小さな友達あみぐるみ。


 それに最初に気づいたのは、アジトの掃除を受け持っている見習い達だった。アジトの玄関には大きな靴箱があって、その靴箱の中央部分は飾り棚になっている。今まではただぽっかりと穴が開いているだけだったその場所は、悠利ゆうりがアジトに身を寄せてからは、一輪挿しが飾られるようになった。数日おきに花を交換しているのを、見習い達は知っている。

 特に深い理由は無いらしく、せっかくだから飾ってるという返答だったのだが、まぁ、それはこの際良いだろう。そうして花が飾られるようになったその場所に、気づけば珍妙な物体が置いてあるのだ。小さなそれは掌に収まるだろう大きさで、ころんとしていた。

 それは良い。そう、それは、もう、良いのだ。問題は。


「……増えてる?」


 ぽつりとウルグスが呟いた。返答は無かったが、その周囲にいたヤック、カミール、マグも同意見だった。一輪挿しの花瓶の隣にころんと転がっていた筈のそれ。最初は確かに一つだった。間違いない。それなのに、気づいたら数を増やしていたのか、今や色違いが五個転がっている。何でこうなった。

 つんつんとヤックがそれを突く。ころんとした形をしているため、それはすぐに転がってしまう。手にとって、それを眺めて、ヤックは首を捻った。それが何かは解らないが、誰が置いたかは解る。


「……ユーリ、これ、何?」

「え?あみぐるみ」

「「アミグルミ?」」


 一輪挿しの花を交換しようとやってきた悠利に対してヤックが問えば、あっさりと返答された。だがしかし、それは少年達には聞き慣れない単語だった。何それと呟いたのはカミール。お前また何かやってんのかとぼやいたのはウルグス。マグは特に興味が無いのか、無反応だった。そしてヤックは、手にしたふにふにしたその小さな物体、あみぐるみをまじまじと見つめている。

 そう、それは悠利が作ったあみぐるみだった。あみぐるみとは、毛糸で編み上げたぬいぐるみだと思って貰えば良い。ようは、毛糸で作ったマスコットだ。かぎ針と毛糸があれば作れるだろう。上級者だと様々な色を組み合わせて、キャラクターまで再現してしまうほどだ。ちなみに、悠利が作っているのは動物たちで、今靴箱の飾り棚には犬、猫、兎、鳥、象が転がっていた。


「可愛いでしょ?」

「……可愛くしてどうすんだよ」

「え?見て和まない?」

「「和まない」」

「そっかー……。和むと思ったんだけどなぁ。可愛いし」


 一輪挿しを囲むように転がっている動物のあみぐるみ。確かに可愛いのかも知れない。だがしかし、少年達には別にピンと来なかった。和むかと言われても、別に和まないのだ。むしろ、何でこんなところにあるんだろう?としか思わない。

 それに何より、ここはトレジャーハンター育成クランである。何でそこそこ名の知れたクランである《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の玄関で、こんなほのぼののほほんとした物体が転がっているのか誰も理解出来ないに違いない。というか、大人達は気づいていないのだろうか、と彼らは思った。気づいていたら、撤収を命じられそうなのだが。どこかのお父さんに。

 そんな彼らをそっちのけで、悠利はあみぐるみ達を並べ替える。そうして笑顔で、当たり前みたいに、一言。


「次は熊さんを連れてくるからね~」

「「まだ増えるのか!?」」

「え?もうすぐ出来上がるよ?」


 きょとんとしている悠利は、何も違和感を感じていないらしかった。洗濯干し終わったら仕上げるんだ!とどこか嬉しそうにしているので、それ以上ツッコミを入れることが出来なかった四人。俺達悪くないよな?と思いながら、彼らは悠利を見送った。

 多分そのうちリーダーにバレたら怒られるに決まってるけど、とは誰も口にしなかった感想だった。


 そうして数日が過ぎて、何だかんだであみぐるみが三つほど増えた頃。


「お・ま・え・は・な・に・が・し・た・い・ん・だ?」

「アリーさん、痛い、痛いです!ギブギブギブ!」

「靴箱の上のあの妙にファンシーな物体は何だコラ」

「あみぐるみ、です。あみぐるみ……っ!だから、アリーさん、頭痛い……!」

「痛くなかったら説教にならねぇだろうが、阿呆!」


 ぎりぎりとアイアンクローをかまされている悠利は、痛い痛いと訴えているが解放される気配は無かった。まぁ、そうなるよなぁと見習い達は達観した表情でそんな二人を見つめている。彼らの視線の先には、一輪挿しを囲むように輪になっているあみぐるみがあった。熊以外に増えたのは、デザインの異なる鳥と、虎だった。いずれもデフォルメされたデザインだが、愛らしく出来上がっているが、無駄にクオリティが高いので、元が何であるのか一目でわかる。

 確かにクオリティは高いのだが、重ねて言うが、ここは一応冒険者のクランである。トレジャーハンター育成クランであり、所属しているのは冒険者もしくはその見習い達だ。一応全員ギルドカードを持っているので、冒険者と言っても間違っていない。そんな場所にあるには、やはり、相変わらず、空気を読まないレベルでほわほわだった。作り手と同じく。

 

「あのなぁ?お前が趣味で何かを作るのを咎めるつもりはねぇが、玄関に変なもん飾るな」

「変じゃないです。あみぐるみです」

「だっから!この無駄にファンシーな毛糸のマスコット共は、明らかにウチには不似合いだろうが!」

「可愛いのが玄関で待ってたら和むと思ったんです」

「和むな!」


 お父さんはご立腹であった。そりゃそうだ。冒険者という殺伐とした職業に身を置く彼らだというのに、何で玄関にほわほわオーラを発したマスコットが鎮座しているのかわけがわからない。どこのクランのアジトだって、こんなものは飾っていない。見栄えを良くするために花や絵を飾るぐらいなら解るが、なんであみぐるみを飾るのか理解不能だった。

 しかし、悠利には悠利なりの考えがあったらしい。アリーのアイアンクローから解放されると、だって、とちょっと拗ねたように口を開いた。その手には、新たに追加しようとしていた獅子のあみぐるみが握られていた。……獅子だが、デフォルメされているので妙に可愛い。可愛すぎて全然怖くない。獅子と言えば厳ついイメージなのにどうしてこうなった。


「帰ってきた時に可愛いの見たら、皆、和むかなぁって思ったんです」

「だから、和む必要なんて」

「だってここは、皆の家じゃないですか」

「……あ?」

「ここは、クランの皆が帰ってくる、お家でしょう?」


 じぃっとアリーを見上げて、悠利は告げた。その言葉は、妙に力強く発された。アリーを見上げる悠利の瞳は真剣そのものだった。家、とぽつりと反芻するように呟いたのは、マグだった。スラム育ちのマグにとって、家というのはどうにも馴染みがないらしく、首を捻っている。他の三人はしばらく考えて、そういえばそうか、と納得したようだった。

 そして、アリーはといえば。悠利の言葉に、どこか苦虫を噛み潰したような表情をした。確かにここはクランのアジトで、メンバー達が帰ってくる場所だ。それは間違いない。間違いでは無い。……けれど。


「……確かにそうかもしれねぇが、ここを完全な家にするわけにはいかねぇんだよ」

「……アリーさん?」

「お前のおかげで環境は良くなったし、皆もやる気になってる。それは悪いことじゃない。だけどな、ユーリ」

「はい」

「ここは、いずれ皆が巣立っていく場所だ」

「はい」


 それは紛れもない事実だったので、アリーの言葉を悠利は素直に受け止めた。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》は初心者トレジャーハンターを育成するためのクランだ。だから、見習いがいて、訓練生がいて、教えを受けた者達は卒業していく。そういう場所だ。ずっと皆が留まっている場所では無い。

 居心地が良すぎては、巣立つのが嫌になる。そのことをアリーは言外に告げていた。それを解った上で、けれど悠利はアリーに向けて言った。


「それでも、巣立っても戻ってくる場所でもありますよ?」

「……あのな」

「バルロイさんとか見てたらそう思います。だから、ここは皆の家で、……実家の一つで間違いないと思うんです」

「それとファンシーな置物を飾るのを一緒にすんな」

「お出迎えしてくれるの可愛いじゃないですか」

「だから、可愛いはいらねぇっつーの!」


 何だか真面目な話になっていたが、すぐにいつもの調子に戻った。家云々はどちらも建前だと解っている。とりあえず可愛く飾って、ほわほわ和み要素を追加したい悠利と、そんなもんいるかというアリーの信念のぶつかり合いである。物凄くしょうもない争いだった。

 見習い達はとりあえず見物しているだけだ。口を挟んでも良いことが無いのは解っているので。とりあえず、一輪挿しの周りで転がっているあみぐるみを、各々一つずつ手にしてみる。流石悠利が作っただけあって、編み目も均一で実に美しい。


「ユーリって、無駄に器用だよな」

「でも、大工仕事系はイマイチだったよ」

「そうなのか?」

「釘打ち頼んだら、微妙に斜めになってた」

「あいつにも苦手な作業あるんだな」

「確かに」


 毛糸で作られたあみぐるみは手触りが柔らかい。女性陣なら喜びそうだなと思って、もしかしたら、どんどん増えているのはそのせいなんじゃないか、と彼らは思った。悠利は一人で放っておいても作るけれど、皆が喜んでくれると作る速度が二割増しぐらいになるタイプだった。非常に解りやすい。


「……猫」

「ん?どうした、マグ」

「猫、赤毛、金目」

「あぁ、赤い猫だな。珍しい」

「……レレイさん」

「「……あ」」


 最初に転がっていたのは確か、淡い茶色の犬だった。次に増えたのが、赤い猫だ。その猫の瞳の部分は、金色というか、明るい黄色の毛糸で編まれていた。彼らは気づいた。気づいてしまった。絶対に、犬を見て可愛いとはしゃいだレレイが原因で、次に増えたのは赤い猫だ。そうに決まっていた。

 ……そこで彼らは、彼らの愛すべきリーダーに、生温い視線を向けた。多分、どう考えても、悠利の背後に「これ可愛い!」と大喜びした女性陣がいるのだ。そして、その女性陣が悠利の援護に入ったら、アリーも面倒くさくなって折れるしかなくなるだろう。そんな未来が彼らには簡単に想像できた。



 なお、彼らの想像は大当たりで、その後、リビングや書庫だの様々な場所にあみぐるみは増殖していくのであった。

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