栄養満点ねばねばパスタ。


 その日はいつもよりも暑かった。だから悠利ゆうりは、昼食には暑さに負けない栄養たっぷりなものを用意しようと張り切った。そうして用意したのが、山芋、オクラ、めかぶの三つの食材だった。そう、暑い時にはねばねばで栄養をたっぷり取ると良いと、どこかで聞いた様な気がしたので、市場で見つけた悠利は迷いなく購入したのだ。

 

「あ、ウルグス、山芋の皮は皮むき器で剥くと楽だよ」

「おー」

「それと、手が痒くなるといけないから、出来たら布とかで山芋を持った方が良いかも」

「痒くなるのか?」

「僕はちょっと痒くなるタイプ」

「へー」


 悠利の忠告に従って、本日の食事当番であるウルグスは、布巾で山芋を持ちながら、皮むき器で皮を剥いてく。包丁で剥くよりも皮が薄くむけるので、こういう縦に長い野菜の時は皮むき器が重宝される。基本は包丁で剥くのだが、たまには文明の利器を活用したって問題無いだろう。

 そうしてウルグスが山芋の皮むきをしている隣で、悠利は水洗いしたオクラを茹でていた。茹で上がってくると緑がより一層鮮やかになる。綺麗に茹で上がったのを確認すると、悠利はオクラをまな板の上に並べて粗熱を取った。このあと刻もうと思っているのだが、熱すぎて触れないのでちょっと冷ますのだ。

 その間に、めかぶをさっと茹でる。なお、めかぶは先に千切りにしておいた。食感を楽しむために千切りで、とはいえあまり大きすぎても食べにくいので、適度な長さにしている。こちらも、火が入ると綺麗な緑になった。それはもう、見事なまでに鮮やかな緑になっていく。

 茹で上がっためかぶはそのまま水を切ってボウルにぽいっと放り込んだ。あとで刻んだオクラもこの中に入る予定である。


「……まぁ、めかぶを原型そのままから使う日が来るとは思わなかったんだけどね」


 ぼそりと呟いた独り言はウルグスには聞こえなかったらしい。彼は熱心に大量の山芋の皮むきをしていた。まとめて放り込んで茹でれば良いだけの悠利の作業と違って、皮むきはそれなりに時間がかかるのだ。

 日本にいた頃は、めかぶと言えば、スーパーでパック詰めにして売っていた。味付けめかぶという商品は実に便利だった。そのまま食べても美味しいし、納豆に混ぜても美味しかったし。今日のように、ねばねば系の料理を作る時だって、そのままぽいっと混ぜれば、味付けも担ってくれるという優れものだった。だがしかし無いものは仕方が無いので、生のめかぶを購入し、こうして茹でて、刻むことで使おうとしているのであった。

 粗熱の取れたオクラを悠利は輪切りにしていく。みじん切りにはしない。あえて、ちょっと厚みがある輪切りにしているのは、その方が食感が楽しめるかな?というだけだ。みじん切りのようにしてしまっても良いのだが、そうするとオクラの食感が消えるような気がしたので、個人的に輪切りにしている。


「ユーリ、山芋の皮剥けたぞ……って、何だそれ」

「オクラとめかぶ。ありがとう。じゃあ、人数分のパスタ茹ではじめてくれる?今日は人数多いからねぇ~」

「お、おう」


 めかぶを入れておいたボウルに刻んだオクラを投入した悠利は、まな板をぴかぴかに磨いてからウルグスが皮を剥いてくれた山芋へと向かった。そんな悠利の背後では、微妙な顔をしながらウルグスが大鍋にお湯を沸かしている。……実際、今日は人数が多いので、たかがパスタを茹でるだけでも時間がかかりそうだった。具体的には、見習いと留守番担当以外に、まだいるので、総勢10人とかになりそうだった。今日は休暇が被ったらしい。

 皮を剥いた山芋は真っ白で綺麗だった。なお、皮を剥いただけではヒゲの残りや根がくっついてる場合があるが、ウルグスはちゃんと水洗いしてそういったものは排除しておいてくれたらしい。皮むき器の片側に付いている芽取り部分を使えば簡単に抉れると教えておいたので、上手に活用したようだ。

 そして、悠利は山芋を布巾越しに掴むと、ボウルの中に立てかけたおろし金ですり下ろし始める。個人的にはおろし金+受け皿タイプに馴染んでいるのだが、大量の山芋をすり下ろすので、おろし金をボウルの中に入れて、延々とすった方が早いと判断したのだ。真っ白なとろろを大量生産しながら、悠利は鼻歌を歌ったりしている。ねばねばがしっかりした山芋は、栄養たっぷりの筈なので、美味しそうでわくわくしているのだった。

 大量の山芋をすり下ろして大量のとろろを作り上げると、悠利はとろろの入ったボウルを持って刻んだオクラとめかぶのボールの元へと戻る。そうして、とろろをオクラとめかぶの上へと流し込んだ。ボウルにくっついて残りそうな部分は、ヘラを使って最後までちゃんと流し入れる。入れ終わったら、ヘラを使ってざっくざっくと混ぜ合わせた。


「うん、ねばねばが凄い」


 ちょっと感動しながら呟いて、悠利は調味料を手にした。昆布や鰹節を原材料にして作った顆粒だしと、醤油と、ほんの少しだけ酒を投入していく。日本にいた頃は白だしとかめんつゆとか言う便利なものがたくさんあったので、そういうものを使っていたが、ここには無いので仕方ない。自分の味覚を信じて味付けをするだけだ。

 調味料を入れた後は、ひたすら混ぜる。混ぜる。ただただ混ぜた。混ぜるにつれてねばねばが強くなってきたが、悠利は気にしない。ねばねばはちゃんとねばねばになってくれないと困る。むしろねばねばしている方が美味しいとか思っていた。

 綺麗に混ざったのを確認すると、味見を一口。少々濃いめに味を付けたのは、これをパスタに絡めて食べる予定だからだ。なので、これを食べただけではちょっと濃いかな?と思うぐらいがベストだと思っている。……まぁ、これで味が薄いと言われたら、上から薄めた醤油だし系の何かを作ってかけてもらうことにしようと思った。


「ウルグス、味見する?」

「……パスタ茹で上がったぞ」

「あ、うん」


 返事までに若干の間があった上に、さらっと話題を変更されたことに悠利は気づかなかった。そんなことより、茹で上がってほかほか状態のパスタを混ぜる方が重要だった。湯切りを行ったパスタは大きなボウルに移されて、オリーブオイルを大量に投入されて混ぜられる。こうするとパスタが固まりにくくなるのだ。

 その後、二人はパスタを人数分の深皿へと盛りつけていく。ウルグスがパスタを盛りつけると、その上に悠利がねばねばをぽいぽいと載せていく。更に、刻んだ青じそと細かくした海苔、鰹節を振りかければ完成だった。ウルグスが微妙な顔で見ていることに最後まで気づかない悠利。そうして出来上がったパスタ皿を持って食堂に行けば、待っていた面々が目を点にして出されたパスタを見た。

 その反応を見て、悠利はハッとした。「あ、もしかしなくてもやらかした?」という気分だった。



 そう、悠利は日本人なのでうっかりしていたが、生活圏によってはねばねば食材を受け付けない者もいる。



 美味しくて栄養もたっぷりなので悠利は気にしていなかったが、よく考えたらここは異世界だった。しかも、どちらかというと西洋風な世界だ。その世界の住人の皆様が、今まで和食食材にあまり馴染みが無い反応を示していたことを思い出す。……もしかしてもしかしなくても、ねばねばはアウトだったかもしれない。


「……えーと、今日のお昼はこのねばねばパスタの予定だったんだけど……」

「「……ねばねば」」

「うん。刻んだオクラとめかぶ、それにすり下ろした山芋を醤油と酒、出汁で味付けしてあるんだよね。それをパスタに絡めて食べるんだけど……」

「「……」」

「……食べるんだけど、苦手な人は今から違う味でも作るか」

「美味」


 ら、と続けようとした悠利を遮って、ちゃっかり自分の分の皿を確保して、律儀にいただきますと小声で挨拶した後に食べているマグがいた。しかも、ぐっと親指を立てて美味しさをアピールしている。今日も、出汁と旨味に魅了された少年は絶好調だった。ねばねばだろうが気にしない。出汁が入っていれば彼にとってはそれが最強なのだ。


「……マグ、せめて皆が揃ってから食べない?」

「皆食べない、冷める」

「……えーっと、皆が食べないで、別の味付けを作っている間に冷めるから、自分は食べるって事で良いのかな?」

「諾」

「……マグ、通訳無しでも大丈夫なように、もうちょっと喋ろう?」

「……?」


 何で?と言いたげな顔をするマグだった。彼は彼で一応意思表示をしているつもりだった。しかし、一種独特の口調と基本が無表情という状況なので、なかなか伝わらない。とはいえ、とりあえず、マグはねばねばパスタがお気に召したようで、黙々と食べ始める。

 そうなってくると、それを拒絶するのもどうなんだ、みたいな空気が流れ始めた。悠利が作った料理が美味しいことは彼らも知っている。よく知っている。だがしかし、ねばねばはあまり馴染みが無いので、これ食べられるのかな、みたいな気分になっているのだった。

 そんな空気を吹っ飛ばしたのは、軽快に食堂に入り込んできたレレイだった。


「お腹空いた~!ユーリ、今日のお昼なぁにー?」

「あ、レレイ。あのね、今日はねばねばパスタなんだけど、レレイねばねばは平気?」

「うん?あたし平気だよ。お父さんが言ってたもん。ねばねばしたものは身体に良い成分がいっぱいあるんだぞって!」

「へー。レレイのお父さん凄いね」

「あとね、冒険者が食わず嫌いは良くないって言ってた!」


 いつも通りの元気な笑顔で言い切られて、何人かが視線を明後日の方向に逸らした。物凄く痛いところをぶっ刺された気がしたのだ。しかも、物凄く無自覚に。レレイに悪気は無かったし、他の誰かを責めるつもりなんてもっと無かった。彼女は思っていることを口にしただけで、何も悪くない。

 そして、レレイも何も気にしないで、いただきますと挨拶してから食べ始める。美味しい美味しいと言いながら彼女が食べるものだから、皆もとりあえず食べることにしたらしい。悠利としては、生理的に受け付けないものを無理に食べさせるつもりは無かったので、無理なら言ってねと伝えておいた。ご飯は美味しく楽しむものであって、栄養があっても嫌なものを無理矢理食べるのは宜しくないと思っているので。

 とりあえずそんな風に落ち着いたので、悠利もねばねばパスタの実食に取りかかる。濃いめに味付けをしたねばねばをパスタに絡めてぱくり。醤油と出汁の風味を、ちらした青じそ、海苔、鰹節と一緒に堪能する。とろろがパスタに絡み、オクラとめかぶはそれにつられてくる。刻んだオクラのほのかな食感と、刻んでも海藻らしさを失わないめかぶのこりこりとした食感が、アクセントになっていた。結論、美味しい。


「うん、ねばねば美味しい」


 同意は特に得られなかったが、何だかんだ言いながら皆も普通に食べていたので、思っていたほど忌避感は強くないのかも知れない。食べ慣れないからちょっと二の足を踏んだだけのようだ。よし、今後もねばねばを使おうと悠利が思っていることなんて、彼らは知らなかった。これから暑くなっていくらしいので、ねばねばで栄養をしっかり取って貰おうと思っただけなのだが。

 パスタをぺろりと食べ終えたレレイが、思いついたように悠利に向けて口を開いた。


「ユーリ、これ、このねばねば、ライスに載っけたら美味しそう!ライスある?」

「あぁ、ねばねば丼にするの?美味しいとは思うけど、今日はライスありません」

「マジ?」

「マジ」

「……また今度、ねばねば丼作ってください」


 しょんぼりと肩を落とすレレイに、悠利はわかったと返事をしておいた。美味しい食べ方を発見したのに実行できなかったことにショックを受けていたらしい。……どうでも良いが、ねばねばパスタを一人前ぺろりと食べて、まだねばねば丼を食べるつもりだったのだろうか。レレイの胃袋恐るべし。

 

 

 後日作成されたねばねば丼には、この間作れなかったお詫びとして温泉卵がトッピングされていて、レレイは大変喜んだのでありました。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る