さらさらヘアーはシャンプーで?
「ところでユーリちゃん、貴方、シャンプー変えたのかしら?」
「……はい?」
笑顔で質問をしてきたレオポルドに対して、
そのとき悠利の胸中を占めたのは「うわ、目敏い」という感想だった。女性は美に聡いということでアジトの女性陣には速攻バレたし、そもそも風呂場に皆のと違うシャンプーを設置した段階でバレるのはわかっていた。だがしかし、現物を見たわけでもないレオポルドに、早速バレるとは思わなかった。オネェはやはり美容に敏感らしい。
「凄いですねぇ。解りますか?」
「解るわよぉ。艶とかさらさら具合とか段違いじゃ無いの。何したのよ」
「何したと言われましても……。ちょっと、良さそうな素材が見つかったので、作ってみたんです。まだ試作段階ですよ」
「作り方を教えてちょうだい」
「……試作段階ですってば……」
凄い勢いで食いついてきたオネェに、悠利はぱたぱたと手を振った。人に教えたり、勧めたり出来るレベルの商品では無い、と思っている。現状、アジトの女性陣にも使って貰っているのだって、髪質によって合う合わないがあるのでその確認だ。
なお、何で作ったと言われたら、買い出しに出かけた時に見つけた素材で作れそうだと思って、錬金釜さんに放り込んだらシャンプーが出来たというアレな理由だった。同じ理由でリンスとトリートメントも作ってしまった。実家で母親や姉と一緒に作ったのとは違うが、こちらの世界独自の植物のおかげで、似たような感じの品物が出来上がったのである。おかげで、髪は艶々さらさらになったし、キューティクルも復活した。……自分ではあまり思っていなかったが、アジトのシャンプーだとキューティクルが徐々に死んでいたらしい。
悠利は髪が短いのであまり解らないが、フラウやティファーナ、ヘルミーネなどの長髪女性陣は効果絶大とかで、大変喜ばれている。ちなみに、男性陣で唯一「あ、これ良いかも」みたいな反応を返しているのはカミールだ。地味に彼は長い金髪を尻尾みたいに結わえているので、悠利手製のシャンプー+リンス時々トリートメントを使うようになってから、髪の毛の手触りが変わったとのこと。美容には興味は無いが、櫛通りが良くなったというのは解るらしい。
なお、作り方はとっても簡単。材料を錬金釜に入れるだけです。……ただし、作れる存在が限られてしまうのがお約束だ。きちんと体質に合う合わないみたいなのが確認できたら、ハローズに話をすることになっている。もう、面倒くさい商売関係は、全部ハローズに丸投げするつもりな悠利であった。
「ちゃんとレシピ確定したり、合う合わないとか確認できたら、ハローズさんに伝えて商品化して貰いますから」
「それはそれでありがたいけれど、どうせなら自分で調合してみたいのよ。どうやったの?」
「錬金釜で」
「……ちょっとアリー!この子錬金釜の使い方思いっきり間違ってるじゃないの!どういう教育してるのよ!」
「俺に言うんじゃねぇえええ!」
平然と答えた悠利に対して、レオポルドは思わず叫んだ。ただし、その叫びをぶつけられたのは、たまたま通りがかったアリーだった。保護者代表のお父さんは、今日も理不尽なツッコミを受けている。確かに悠利が暴走しないように管理するのは彼の役目かも知れないが、錬金釜さんを色々便利な道具として、間違った方向に使っているのは悠利の独断である。どれだけ言っても治らない悪癖に等しい。アリーは多分悪くない。
思わず、本当に思わず、レオポルドはため息をついた。そうして、眼前できょとんとしている悠利に対して口を開く。思わず苦言めいたことを口にしてしまうほどには、彼もまた、錬金釜というハイスペック
「ユーリちゃん?錬金釜はね、そういう日用品を作るための道具じゃ無いのよ?」
「どうしてですか?」
「どうしてって貴方ねぇ……。普段、錬金釜で何を作ってるのよぉ」
「…………調味料?」
「アリー!」
「だから俺に言うなって言ってんだろうが!」
レオポルドの叫びに、アリーもまた、渾身の叫びで答えた。彼は悪くない。悪くないったら悪くないのだ。調味料を作るなと口を酸っぱくしても「便利なんです」の一言で拒否される。挙げ句の果てには、ハローズを巻き込んで(この場合、むしろ自分から首を突っ込んできたと言えるが)顆粒だしを錬金術師たちに大量生産させるという状況を作り出した。……地味に、錬金釜で調味料が作れる、が広がりつつあった。何てこったい。
二人のやりとりを、悠利は首を傾げながら見ていた。見ていて、そしてふと思ったことを口にした。
「アリーさんも紅茶飲みますか?」
「「…………」」
「アリーさん?」
何だかなぁ、という気分なのである。悠利が色々と斜めにズレた行動を取るのはいつものことだったが、流石のレオポルドもこれは予想外だった。素敵な艶々髪に心惹かれて話題を振った自分を、ちょっとだけ後悔しそうなぐらいだ。
「……ところでアリー」
「何だ」
「あの子が作ったって言うシャンプーの素材、変なのじゃないわよね?」
「素材自体は、そこらの店で売ってる植物油とかだったぞ。レア素材だのを使ったわけじゃねぇ」
「そう。その確認が取れているなら良いわ。……本当に、貴方って色々と規格外よねぇ?」
「はい?」
カップを手にして戻ってきた悠利は、突然レオポルドにそんな風に話を振られて、瞬きを繰り返した。何のことだがさっぱりわからない、と言いたげな顔だった。悠利に自分がチートだとか規格外だとかいう自覚は、ほぼない。一応、【神の瞳】さんとか探求者という
アリーのために紅茶を淹れて、悠利はテーブルの上のクッキーへと手を伸ばす。お茶請けのクッキーは、パン屋さんの隅っこに置かれていた商品だ。店のお嬢さんが作っているらしい。素朴な味わいが美味しい。ドライフルーツが入ったようなクッキーも美味しいが、シンプルなバタークッキーもそれはそれで、妙に食べたくなる味をしているのだ。
「僕はただ、あったら良いなぁを実行してるだけなんですけど」
「その発想が、規格外なのよ」
「そう言われましても……」
「良いわよ。とりあえず、商品化することになったら教えてちょうだいな。あたくしも使ってみたいわ」
「わかりました」
長い茶髪を綺麗に三つ編みにしているレオポルド。美容を疎かになどしないオネェだけあって、彼の髪はいつだって美しい光沢を放っている。毛先をこまめに切って手入れをしているのか、枝毛一つ見当たらない。そんな綺麗な髪をしているのだから、別にこっちのシャンプーになんて興味を示さなくても良いのに?と悠利は思った。思ったが、女性の美への情熱を身内で知っているので、言わなかった。こういうとき、オネェの情熱はヘタしたら女性を上回るのだ。
なお、悠利はそこまで美容には興味は無かったが、それでも、「毛先が傷んできたかな?」とか「ちょっとがしがししてきたかな?」という感想は持っていた。それはつまり、髪から潤いとかミネラルとか必要な保湿成分とかそういうのが失われているからだと、察した。失われたなら補えば良いとばかりにシャンプーとリンス、トリートメントを作ったのだが、作ってから「あ、これ大事になる」と理解したのはいつも通り過ぎた。
アジトの女性陣、特に反応が過剰なレレイに揺さぶられ、問い詰められて、説明をしたらちゃんと人数分用意しろと言われてしまったのだ。そんなに高価な素材でも無かったし、錬金釜に放り込めばオッケイなので問題は無かったのだが。いつの間にかアジトのシャンプーが全部、悠利が作ったものになっていたのだけは、驚きである。
……なお、今まで使っていたのはどうしたかと言えば、宿屋をやっている隣の女将さんに、「使いかけで悪いんですけど……」と進呈しておいた。素泊まりオンリーな宿屋だが、頼めば風呂場を貸すというサービスもしているので、そういう備品は幾つあっても多いという事はないのだとか。ありがたく受け取って貰えて、無駄にせずにすんで何よりである。
「それにしても、シャンプー一つでここまで変わるのねぇ?」
「あ、リンスとトリートメントも使ってます」
「はい、ユーリちゃん、詳しく説明」
「了解です、レオーネさん」
にぃっこりと微笑んだオネェに、悠利は素直に頷いた。微妙に威圧感があったが、気にしない。悠利にとってレオポルドは愉快で優しい楽しいオネェさんでしかないのだ。スキンヘッドゆえにその辺あんまり関係無いアリーだけは、我関せずと紅茶を飲んでいた。……なお、スキンヘッドでも頭皮に皮脂はたまるので、悠利が作ったシャンプーで洗うだけは洗っているとか。しかし毛髪が無いので彼には違いが良く解らないのだった。
「リンスもトリートメントも、シャンプーが終わった後に使います」
「……えーと、はちみつパックみたいなものかしら?」
「そうですね。トリートメントはそんな感じです。保湿することで髪を守ります。で、リンスはシャンプーの成分を中和して、髪にダメージが残るのを防ぐ感じですか?」
「……何でそんなものを作ったのかしら?」
「……僕の故郷では普通にあったんです」
美容に煩いオネェの神妙な顔つきに、悠利はそっと視線を逸らして呟いておいた。気分は、「またやっちゃったかもしれない」だった。だって、自宅の風呂場にはシャンプーとリンスとトリートメントが並んでいたのだ。ならば、それ全部作っちゃっても仕方ないだろう。悠利だって時々使わせて貰っていたのだし。
悪いものじゃないから大丈夫、と悠利は自分に言い聞かせるように小さく呟いた。べしんと頭を一発叩かれたのは、アリーからの「だからお前毎度毎度余計なことすんなって言ってんだろうが」というお言葉の代わりだった。もう解っているので素直にごめんなさいと呟いておいた。
「アリー、怒らなくて良いわよ」
「何でだ、レオポルド」
「レオーネって呼んでちょうだい。……髪を綺麗に保ちたいのは女性の共通の望みだもの。ユーリちゃんは良いことをしたんだと思うわ。ちゃんと商品化してくれたなら」
「……します。てか、多分そろそろハローズさん来る気がするし」
「お前は男だろうが」
「煩いわよ、アリー」
あの人の嗅覚凄いからなぁ、と悠利が呟くのと、アリーが自分を女性に区分しているオネェにツッコミを入れるのがほぼ同時だった。そこから始まる毎度お馴染みの二人の口論を、悠利は右から左に聞き流す。彼らが元パーティーメンバーで古馴染みだと知ってしまったら、これも一種のコミュニケーションなんだろうなぁと思うだけなのであった。
後日、ハローズ主導で売り出されたシャンプーとリンス、トリートメントは髪の傷みに悩む人々の救世主となるのであった。
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