食堂とシチューとドリアのお話。


「うん、美味しい」


 スプーンで掬ったシチューを一口食べて、悠利ゆうりは満足そうに頷いた。肉はしっかりと火が通っているのに固くなく、ほろほろと口の中で蕩けてるように崩れていく。ジャガイモや人参といった野菜もしっかりと煮込まれており、デミグラスソースの味を吸い込んでいた。幸せと言いたげな顔で食べている悠利の足下を、むにむにと従魔のルークスが這うようにして床を掃除していた。

 なお、ここは《真紅の山猫スカーレット・リンクス》のアジトではなく、大衆食堂の《木漏れ日亭》である。


「ルーちゃん、別にウチの床を掃除してくれなくても大丈夫よ?」

「キュイ?」


 看板娘のシーラに言われて、ルークスは不思議そうに身体を揺らした。何で?とでも言いたげな態度だった。ルークスは悠利が昼食を食べに来たのに付いてきたのだが、人の出入りが多い食堂の床掃除をせっせせっせと行っていた。……まぁ、超雑食生命体のスライムにとっては、塵や埃を含むゴミも吸収すればエネルギーになるので、ある意味食事ではあるのだが。

 一瞬悠利を見上げて窺って、特に咎められていないと理解したのか、ルークスはそのまま《木漏れ日亭》の床をむにむにと掃除し続ける。お客さんの邪魔にならないようにという、実に器用な芸当で。最初は驚いていた客達も、ルークスに敵意がないどころか、物凄く真面目に掃除をしているのだと気づいてからは、優しい目で見守っている。人によっては、食べ残しの食料を与えていたりする。……犬猫の餌付けではないのだが。

 悠利は時々、こうやって外食をする。新しい情報を手に入れるのは、必要なことなのだ。料理の腕の善し悪しではなく、同じ素材でも使い道への発想がそれぞれ異なるのだから。特にここは、店主のダレイオスが自分で獲ってきた食材を活用しているのもあって、異世界特有の肉の使い方が絶妙だった。

 今悠利が食べているのも、味で言うならビーフシチューだろう。だがしかし、使っているのは魔物の肉だ。最初は牛系ということでバイソンの肉かと思ったのだが、シーラに聞いたところ笑顔で「バイコーンの肉よ」と教えられて、一瞬固まった。

 バイコーンとは、簡単に言ってしまえば二本角のユニコーンだ。だがしかし、ユニコーンが聖なる生き物として認識されているのに対して、バイコーンは邪というか魔というか、まぁ、宜しくないものとして扱われている。どちらにせよ魔物なので、討伐して問題は無いのだが。

 ユニコーン系ならば馬かと思いきや、何故か味は馬肉と牛肉の間ですみたいなよくわからないコメントをくれた【神の瞳】さんであった。シチューで煮込まれた肉を鑑定したら、そうして教えてくれた。まぁ、美味しいので結構なのだが。

 ……問題点があるとすれば、バイコーンは結構強い魔物だと言うことだろうか。それを一人で狩りに行って、しっかり仕留めて戻ってきたダレイオスが色々オカシイというだけの話だ。若い頃は名の知られた冒険者だったとかいう話が、とても信憑性がある。……まぁ、先日はちょっと張り切りすぎて大怪我したのに、まだ狩りに行ってる辺り、ちょっとお茶目なおっさんなのかもしれない。


「あ、シーラさーん、ライス貰えますかー?」

「あら、ユーリくん、パンのお代わりじゃなくて?」

「え?ライス駄目ですか?」

「駄目じゃ無いわよ。待ってて」


 とても美味しいシチューだったので、悠利はドリアもどきを楽しもうと思ったのだ。パンも勿論美味しかったが、日本人としてはやはり、ドリアが食べたくなった。流石に、お店でいきなりドリアにしてくださいとは言いにくかったので、自分でやろうと思っただけだ。……本音を言えば、是非ともチーズを載っけてオーブンで焼いて欲しかったが。

 そんなこんなで届けられたライス。悠利はシチューを食べていたスプーンで、ライスの上へとシチューをかけていく。シーラが目を点にしているが、そんなことは気にしない。美味しいご飯を食べたいだけなので、自分の行動が周囲にどう思われていようが、関係無いのである。美味しいは正義だ。

 なお、ドリアという料理は、日本で仕事をしていた外国人が作り出したそうな。そして、最初に作られたドリアは白かったらしいが、昨今は割と色んな種類がある。カレードリアも美味しい。色々と魔改造することに定評のある日本人は、メニューの幅を広げるのも得意だったということだろうか。とりあえず、悠利は何も気にせずに、ビーフ(というかバイコーンか)ドリアを堪能しようと思ったのであった。


「いただきまーす」


 たっぷりとバイコーンシチューのかかったライス。周囲が怪訝な顔で見ているが、悠利は気にしない。スプーンをざくっと入れて、シチューとご飯を一緒に掬う。ぱくりと口の中に放り込めば、両者の味がミックスされて、実に美味しい。……実際、カレーライスに慣れている日本人にとって、こういう食べ方は当たり前に分類されるのかも知れない。味の濃いハヤシライスみたいな感じだろう。

 だがしかし、たいへん美味しいので、余計にあと一歩が足りない感じがした。チーズを載せてオーブンで焼いたら、絶対に美味しいのに、とちょっと残念に思った。だがしかし、流石にそれを言うわけにもいかないので、もぐもぐとひたすら食べている。


「……坊、お前何やってんだ?」

「う?」

「いや、パンに付けて食う奴は見たことあるが、ライスにかけてんのか?」

「ドリアもどきです」

「は?」


 不思議そうな顔をして現れたのは、店主のダレイオスだった。筋骨隆々とした偉丈夫で、白いコック衣装がちっとも似合っていなかった。下町食堂のおやっさんという風情は確かにあるのに、大剣でもぶん回している方が似合いそうな体格だ。確かにこれならバイコーンを一人で狩って来ちゃうかもしれない、と悠利は思った。


「僕の故郷では、シチュー系をライスの上にかけて、その上にチーズを載せてオーブンで焼く、ドリアって言う料理があるんです」

「……ほぉ」

「なので、シチューが美味しかったので載せて食べてます。美味しいです」


 ヘタすると威圧感満載で恐ろしいイメージを与えそうなダレイオスであるが、悠利は全然気にしない。美味しいご飯を作れる人に悪い人はいないと思っている。あと、駆け出しの冒険者が満足に食事が出来るようにと、リーズナブルな価格で提供してくれるようなおやっさんが、悪い人なわけがない。多少顔が強面だろうが、筋骨隆々としすぎていて料理人に見えなかろうが、関係無い。関係無いったら関係無いのだ。

 そんな悠利の笑顔での返答に、何か思うところがあったのだろう。ダレイオスがそのまま厨房へと引き返していく。そして、しばらくしてから戻ってきた彼の手には、耐熱皿に入った、紛れもないドリアが存在していた。


「……ダレイオスさん?」

「坊が言ってたのは、こういうので良いのか?」

「あ、はい。そうです。……って、何で作ってるんですか?」

「とりあえず味見して確認しろ」

「……了解です?」


 何でそんなことを要求されているのか解らなかったが、悠利はとりあえず素直にドリアをいただいた。バイコーンのシチューは文句なしに美味しいし、チーズがとろとろで完璧だった。普通に美味しい。というか、オーブンで焼く時間が完璧過ぎて驚きだ。流石料理人というところだろうか。


「美味しいです」

「ふむ。悪くねぇな」

「あら、本当。シチューにはパンだと思ってたけど、ライスも合うのね~」

「おいシーラ、丼と一緒にこれもメニューに入れるぞ」

「はいはーい」

「……あるぇ~?」


 ダレイオスとシーラも味見をして、確かに美味しいと納得したらしく、その場でメニューに追加されることが決まってしまった。何でそんなことになったのか、悠利にはよくわからない。よくわからないが、美味しいドリアが食べられることが判明したので、まぁよいかと思った。彼にとっては何事もその程度なのである。

 なお、そんなやりとりを見ていた客達が、あちこちでドリアを注文しようとしているのだが、ダレイオスの「値段が決まってねぇから無理だ」の一言で撃沈していた。確かに、お店で出すならば、原価計算などをして値段を決めなければいけない。お店って大変だなぁ、と悠利は思った。その点、家庭料理は食べたいものを好きなように作れて幸せだ。自分は幸せだなと再確認する悠利だった。


「坊、助かった」

「何がですか?」

「パンとシチューだと食べるのに時間がかかるって意見があってな。どうにか出来ないかと思ってたんだよ」

「時間、ですか?」

「冒険者の中には、ゆっくり飯を食ってられない奴らもいるってことさ」

「大変ですねぇ」


 依頼があるので、食事はがっとかっ込むタイプの人種もいるそうな。シチューとパンを交互に食べるのは面倒くさいという意見があったらしい。……恐らくは、食べ盛りの男子高校生とかが、スプーン一本で食べられるカレーとか丼とかの類を好むのと似たようなものだろう。おかずと主食を一気に食べられるというのは、確かに早食いには持ってこいなので。

 なお、そんな面々には、悠利が以前アルガに提案した丼メニューは大変好評だったそうな。何しろ、肉も食べられるし。今では現場復帰したダレイオスが、様々な丼メニューを考えているのだそうな。といっても、別にそこまで奇抜な料理は無いが。焼いた肉を載っけただけの焼き肉丼が大変好評とのことだった。……それ絶対、使ってる肉が色々アレだからじゃないかな、と悠利は思ったけれど、言わないだけの良識はあった。ちなみに正解だが。


「キュウ」

「あ、ルーちゃんどうしたの?何か食べたい?」

「キュイー」


 床全部を掃除し終わったらしいルークスは、じぃっと調理場の方を見ている。どうやら、調理場の床の汚れが気になって気になって仕方が無いらしい。だがしかし、アジトでも台所への立ち入りは禁止されているルークスは、食事を作る場所には自分が近寄っては行けないことぐらいはわかっているようだ。だがしかし、それでも気になる床の汚れということらしい。……何でそこまでお掃除に目覚めているのか、悠利にも謎だった。

 なでなでとルークスの頭を撫でながら、悠利は苦笑する。これがアジトならば、ご飯を作っていない時間帯ならとルークスに床掃除を思う存分させてやるのだが。生憎ここは《木漏れ日亭》で、客商売を行っている場所なのだ。流石に、魔物が調理場に入るのはどうだろうか。


「どうした、坊」

「あ、いえ。ルーちゃんが、調理場の床を掃除したがってるんですけど」

「ほぉ」

「すみません。ちゃんと言い聞かせますから」

「もうちょいしたらランチタイムが終わるからな。その後なら良いぞ」

「え?」

「キュウ?」


 謝った悠利に対して、何故かダレイオスは許可を出した。目が点になる悠利と、本当?と言いたげにぽよんと跳ねるルークス。そんな二人を見て、ダレイオスは大きく頷いた。


「何せ、店の床をここまで綺麗にしてくれてるからな。調理場の床も綺麗に掃除してくれるってんなら、むしろありがたいぜ」

「キュイー!」

「わー、ルーちゃん張り切ってるー。何?そんなにお掃除楽しいの?」

「キュ!」


 ルークスはもちろんだと言いたげに飛び跳ねた。彼にしてみれば、掃除をすれば悠利に褒めて貰えるし、エネルギー補給にもなる。一石二鳥なのだ。その上、何か失せ物を探したら、他の人にも褒めて貰えたりする。基本、今までが魔物として人間に追われてばかりだったルークスにとって、自分が頑張れば褒めて貰える状況は、大変嬉しいものだった。

 そんなわけでルークスは、ランチタイム終了後に調理場の掃除を張り切って行った。なお、その間悠利は、店主のダレイオスと顔をつきあわせて、あーでもないこーでもないと、料理についての談義に花を咲かせるのであった。



 後日正式にメニューに追加されたドリアは、何だかんだで人気メニューの一つとして定着するのでありました。

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