小さな贅沢、自家製バーガー。


「と、いうわけで、今日のお昼ご飯はバーガーを作ります」

「……バーガーって何?」

「まぁ、サンドイッチの親戚みたいな感じ?」


 悠利ゆうりの説明に、ヤックは首を捻っていた。なお、本日のメニューがバーガーなのは、悠利が食べたくなったからだ。それだけだ。異世界での生活には慣れてきたし、別に不満も無いのだけれど、現代人としてはこう、ジャンクフードが食べたくなるときがあったりする。

 そう、何か無性に、ファーストフード店に行きたくなることはありませんか?妙にハンバーガーが食べたくなることはありませんか?とりあえず悠利は、そういう気分だったのだ。

 本日届けられたパンの中に、おあつらえ向きに半分に切ってしまえばバンズに代用できそうな丸いパンが存在していた。ふわふわとまではいかないが、別に固くもないパン。それを半分に切った物を大量に用意して、悠利は昼食にハンバーガーセットを作る気満々だった。フライドポテトは簡単に作れるし。


「とりあえず、ヤックはジャガイモを洗って切ってね」

「皮は?」

「んー、個人的には剥いた方が好きだけど、手間かからない?」

「オイラも剥いた方が好きだから、剥くよ。だって、今日の昼って、人数少ないじゃん?」

「少ないねぇ」


 いつもならアジトに居る見習い組も、実はヤックを残して外出だった。それぞれ与えられた宿題があるそうだ。そして留守番として残っているのも、アリーだけだった。つまり、悠利とヤックとアリーしかいないのだ。この面々の中だと一番よく食べるのはアリーだが、別に暴飲暴食というわけでもないので、ジャガイモの皮を剥いたとしてもそこまで手間では無い。

 なので、ヤックは皮むき器を片手に、ジャガイモと格闘を始めた。フライドポテトは皮付きか皮なしかで好みが分かれるものだ。あと、ジャガイモの太さでも好みが割れるが。とりあえずこの場には皮なし派が二人いたので、本日のフライドポテトは皮なしで決定だった。

 ヤックにフライドポテトの作成を任せた悠利は、冷蔵庫からボールを取り出した。その中には、ミンチ(本日はオーク肉とバイソン肉の合い挽きミンチでお送りします)がたっぷりと入っていた。いや、正確にはそれはもうただのミンチではない。タマネギのみじん切り、パン粉、卵、塩胡椒を加えて、粘りけが出るまで捏ねられた、それは立派なハンバーグのタネだった。

 そう、ハンバーガーに必要なのは、ハンバーグだ。え?魚のフライとかチキンカツとかでも良い?そりゃ勿論、バーガーには色んな種類がありますから、そこは異論は認めましょう。だがしかし、本日悠利が作りたいのは、オーソドックスなハンバーガーだった。中に挟むのは勿論ハンバーグなのだ。

 なおこのハンバーグ、タネを作る段階で、実はケチャップも投入されている。そうすることで、食べるときにケチャップをかけなくてもすむという主婦の知恵だ。どこが主婦の知恵かって?そんなもの、ハンバーグ大好きなお子様が、ケチャップで口の周りやテーブルをべたべたにする危険性が減る、という知恵に決まっているじゃないですか。あと、かけ過ぎ防止になるし。

 

「そういえば、ケチャップはあるんだよね」

「何か言った?」

「ううん、独り言~」

「そっか」


 ぼそりと悠利が呟いた本音にヤックが反応したが、独り言だったので悠利は何でも無いよと笑った。そう、この世界、マヨネーズはないくせに、ケチャップは存在したのだ。悠利としてはどっちかがあるならもう片方もあるだろうにとか思ったのに、なかった。何故だ。

 ちなみに、その謎はケチャップを見つけて疑問を抱いたその日に、学者のジェイク先生が解消してくれた。なんでも、百年ほど前の学者の中に、通称「トマト博士」と呼ばれたトマトマニアがいたそうな。トマトの魅力にとりつかれた彼は、その魅力を伝えるためにトマトを品種改良し、更にはより一層美味しく食べて貰えるようにと加工品の作成に乗り出した。そんなわけで、ケチャップが存在するのだ。

 ……どこの世界にも、間違った方向に情熱を傾けるマニアはいるという証明だった。おかげでお手軽にケチャップが手に入るので、悠利としては文句は無いが。トマトピューレとかも普通に売ってたし。


「とりあえず、ハンバーグを焼かないとね~」


 ハンバーグとして食べるときよりも気持ち薄めに形を整えたハンバーグを、熱したフライパンの上へと並べていく。じゅうじゅうと肉が焼ける音に、ヤックがじっとこちらを見ていた。けれど悠利は、笑顔で「まだだよ?」と彼の食欲を一刀両断した。食べたいのは解るのだが、ハンバーガーセットにはフライドポテトが必要なので、頑張ってジャガイモの用意をして貰いたいわけだ。

 ハンバーグの真ん中辺りまで火が通ってきたのを確認すると、ひっくり返して反対側も焼く。薄めに作っているとは言え肉は肉。しっかりと火を通さなければ、身体に悪い。…え?生で食べられる肉もある?それはそれ、これはこれ。ハンバーグはしっかり火を通してジューシーを味わう料理です。

 慣れた手つきでハンバーグの形を整え、次から次へと焼いていく悠利。なお、ハンバーグの数がそれなりに多いのは、残ったら残ったで、夕飯の付け合わせに足せば良いとか思っているからに他ならない。三人分のハンバーガーに合わせてハンバーグを作るのも出来なくはないが、ミンチの分量と釣り合いが取れなかったので、とりあえず全部ハンバーグにしようと決めたのであった。

 焼き上がったハンバーグを皿の上に乗せておいて、悠利はレタスを千切って洗う。その隣でヤックは切り終わったジャガイモを素揚げして、フライドポテトを作っていた。なお、フライドポテトの味付けは塩オンリー。勿論様々なフレーバーで楽しむのも、ディップで楽しむのもフライドポテトの醍醐味だろう。だがしかし、悠利が食べたいのはシンプルなハンバーガーセットなので、塩味になる。……基本、自分が食べたいときは食べたいものを作ることを妥協しない乙男オトメンであった。


「……ユーリ、そのバーガーって、ハンバーグを挟むの?」

「別にハンバーグだけじゃないけどね。魚のフライとか、カツとか、色々だよ。中にはハンバーグと目玉焼きとか、チーズとか、スライスしたトマトとかあるし」

「え?それ全部美味しそう!」

「まぁ、好みがあるよね。……あ、じゃあヤックはチーズ載っける?僕は載せない派だけど」

「いる!」

「了解」


 ヤックの希望を聞き入れて、悠利は冷蔵庫にスライスした状態で保管してあったチーズを取り出した。半分に切ったパンに、まずはレタスを載せる。続いてハンバーグ。自分の分はそれでパンを重ねておしまいだが、ヤックの分はチーズを載せてからパンで蓋をする。そういった単純作業でシンプルなハンバーガーを幾つも作っていった。

 一応、お代わりが出来るように、一人二つは食べられるように作っておいた。なお、ハンバーグもパンもレタスも余っているので、足りなければまた作ればよいだけだ。

 出来上がったハンバーガーを大皿に盛り、その隣にヤックが作ったフライドポテトを載せる。いつもなら紅茶かお茶しか出てこない飲み物だが、今回は別だ。ハンバーガーセットなら、ジュースが必要だということで、冷蔵庫に残っていた果物を色々混ぜて作ったミックスジュースが添えられた。


「はい、ハンバーガーセット完成~」

「ユーリ、ハンバーガーセットって?」

「僕の故郷だと、ハンバーガーとフライドポテト、それに飲み物で一つのセットだったんだよね」


 勿論それ以外にサイドメニューが多数合ったが、そこは今は関係無い。悠利としては、自家製バーガーとはいえ、ハンバーガーセットが出来上がったことが嬉しかった。……まぁ、お店の味を再現するのは難しいし、ジャンクフードとは言えないのかも知れないが、食べたかったのだから仕方ない。

 悠利がトレイに載せたハンバーガーセットをテーブルに運ぶ間に、ヤックは自室で仕事をしているだろうアリーを呼びに走った。三人だけの食事はちょっと寂しく感じるが、それでもこういう時でも無いとチャレンジ精神旺盛なメニューには挑戦できないので仕方ない。……人数がいたら、ハンバーガーを作るだけで軽く死ねる。


「……で、今日の昼飯は何だってんだ?」

「ハンバーガーセットです」

「それは何だ」

「サンドイッチの亜種だと思ってください。中身はハンバーグです」

「なるほど」


 それなら別に変な味はしないな、という結論に達したのか、アリーは大人しく席に着いた。ヤックは既にわくわくしすぎていた。何しろ、ハンバーグを焼いているときから、腹の虫が「お腹減った!お腹減った!」状態だったのだ。育ち盛りの少年なのでそれが普通だ。多分。

 三人は黙って手を合わせ、異口同音に唱和する。


「「いただきます」」


 悠利が《真紅の山猫スカーレット・リンクス》のアジトに身を寄せてから、当たり前みたいに浸透した挨拶だった。でも、いただきますの挨拶は必要だと思いますし、ご馳走様と言うのも必要な文化だと思いますので、良いことだと思っておきます。キリシタンの皆さんは食前に祈りを捧げるようなので、いただきますもそういう意味では良い文化だと思います。

 悠利はとりあえずハンバーガーに手を伸ばした。念願のハンバーガーだ。味は自分が作ったのである程度想像は出来ている。ハンバーグの味付けだって自分のものだ。ファーストフード店のそれとは全然違うだろう。解っていても、ぱくりと囓った瞬間に、懐かしい味わいに顔がほころんだ。

 ふんわりとしたパンに、シャキシャキとしたレタス。肉汁がじわりと滲み出るハンバーグ。それらが見事に調和して一つの味を作り上げる。それがハンバーガーだ。難しい調味料なんかなくたって、それぞれの味だけで十分に美味しいモノが出来上がる。


「んー、やっぱりハンバーガーは美味しいなー」

「ユーリ、ユーリ!」

「何?どうかした、ヤック?」

「チーズとハンバーグ、めっちゃ合う!」

「あぁ、うん。合うと思うよ。チーズINハンバーグとかあったし」

「ナニソレ!?食べたい!」


 はぐはぐとチーズバーガーを食べていたヤックが、チーズとハンバーグの相性の良さを力説するが、悠利はさらっと流した。チーズバーガーも、チーズINハンバーグも、チーズ載せハンバーグも、悠利にとっては馴染んだ食文化なので、今更大慌てする何かでは無い。とりあえずリクエストを受けたので、今度ねと答えておいた。……チーズINハンバーグは何気に難しいのだ。載せる方で良いかな?とか思っているのは内緒にしておこう。

 そんな二人の会話を横目に、アリーはほぼ無言でハンバーガーを食べていた。とはいえ、食べる速度が遅いわけでは無いので、お口には合っているのだろう。あっという間に一つを食べ終えたアリーに対して、悠利は台所を示した。


「アリーさん、一応お代わりに余分に作ってあるんで、何でしたらどうぞ」

「あぁ、助かる」

「リーダー、リーダー、チーズ挟んだのはオイラのだから!」

「へいへい」


 チーズバーガーは取らないで、と訴える子供の発言に、アリーは苦笑しながら頷いた。そこまでチーズに欲求の無い大人は、とりあえずシンプルなハンバーガーを取るために台所に向かうのであった。



 なお、残り物のハンバーグは夕飯に並ぶ前に、「食べたい!」と訴えた欠食児童達の腹の中へ、新たなハンバーガーとして消費されることになったのであった。

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