スライム使って失せ物探しです。
そして、悠利がアジトで家事に勤しんでいる間は、邪魔にならないようにアジトの中をうろうろするのがルークスの常だった。ただ彷徨いているだけではない。スライムは対象を吸収し、分解し、消化するという能力を持っている。そうやってエネルギーを蓄える事が出来る、超雑食な生命体である。
よってルークスは、アジト中をうろうろと移動して、ゴミや埃や塵をむにむにと吸収し、掃除をするついでに微々たるエネルギー源を回収するという、一石二鳥の行動を取っていた。理由、こうやってアジト中の床を綺麗に掃除すると、悠利に褒めて貰えて、ご褒美に美味しいご飯(日々の残飯や生ゴミも含む)を与えて貰えるからだ。
ちなみに、ルークスの好物は何故か野菜炒めだった。肉より野菜が良いらしい。ヘルシー嗜好なのかもしれないが、生野菜よりも炒めてある方が好みのようである。とはいえ、特に文句も言わず、残飯だろうが生ゴミだろうが吸収して分解処理してくれる、大変便利な従魔くんだった。
……え?従魔としての使い方が間違っている?今更なので気にしないでください。
そして、ルークスがエンシェントスライム変異種というチートスペックの持ち主であることを教える出来事もあった。
ルークスは日課のようにアジトの掃除をしている。庭先の葉っぱの山も処理してくれる。そうやって大量のゴミを処理している中で、そのゴミに混ざっている異物を発見した場合、ルークスはその異物は決して分解吸収しないのだ。ゴミとそうでないものの区別が付くという事実に、皆が驚いた。具体的には、庭先に落っこちていた指輪を発見して、胎内にしまい込んだまま悠利の元へと届けたのだ。
普通、スライムにそんな知能はない。上級になればあるだろうが、ルークスの見た目は下級から中級のスライムでしかない。正体を知っているアリーとアロールの二人は、まぁそうだろうなと普通に受け止めた。そして、ルークスを下級から中級の、見た目通りのスライムだと思っていた面々がどう反応したかと言えば。
ユーリの従魔だからそんなものだろう。
という、何かよくわからない結論で納得していた。主人が色々アレなチートスペックなんだから、従魔も普通なわけがない、という結論らしい。それに関しては悠利が異論を口にしようとしたが、「つまりルークスがめちゃくちゃ賢いってことだろ?褒めてるんじゃん」とクーレッシュに言われて、「そうだよね!ルーちゃんとっても賢いよね!」と親バカならぬペット馬鹿として笑顔で受け入れていた。単純。
さて、そのルークスは、ぐるりとアジトの一階部分の掃除を終えると、悠利がいるだろう庭へと移動した。洗濯物を干し終えた悠利は、良い天気ににこにこ笑顔だった。ルークスはそんな悠利の足下にすり寄り、ぽよんぽよんと軽く体当たりをする。……なお、全力で体当たりしたらそこらの壁を余裕で破壊出来る強さを誇るルークスであるが、主人がひ弱だと知っているので、悠利に対するときは力は最小限に留めている。
「ルーちゃんどうしたの?掃除終わった?」
「キュピ!」
「そっか。ありがとう。でも、他の皆が掃除するのも必要なことだから、ルーちゃんは基本的に皆が掃除終わってからにしてね?」
「……キュピィ?」
「掃除の仕方を勉強したり、掃除の時間配分を考えたりするのも、大事な修業の一つなんだって」
よしよしと悠利に頭を撫でられて、ルークスはキュイキュイと素直に返事をした。そんなルークスの姿に、悠利は嬉しそうに笑った。可愛い可愛いスライムは悠利の大事なペットである。……え?従魔?確かに分類上は従魔だが、悠利の感覚ではペットでしかない。
そうして悠利は、ルークスをつれて散歩に出かけた。本日の食材の買い出しは、見習い組に任せてみた。四人一緒に市場の方へ放り出したのは、何だかんだでそれぞれが仲良くしている店が違うからだ。四人まとめて行けば、得意分野で値引き交渉とかも出来るだろう。いつもいつも悠利が買い出しをするのでは見習いが成長しないので、たまにこうやってお使いを頼むこともあるのである。
なお、そういうときは、メニューも見習い組が自分で考える。考えて、それに悠利が多少付け加えたりする感じだ。最近では見習い組も料理のレパートリーが増えてきて、最初の頃に比べれば随分と進歩していた。今日のメニューは何だろうと悠利が楽しみに待つぐらいには、見習い組は成長している。理由、自分たちが覚えれば自分たちで作れるのだから、育ち盛り食べ盛りの男の子は頑張るしかないのだ。
「ルーちゃん、他の人に当たらないようにね?」
「キュウ!」
ルークスは利口なので、悠利に言われなくてもそれぐらい解っている。歩く悠利の足下をぽよんぽよんと跳ねながら、通行人には絶対にぶつからない。大変優秀だった。
そんな二人が歩いているのは、アジトの周辺だった。この辺りには冒険者が多く住んでいるが、同時に日雇いの労働者などの、懐がちょっと寂しい人たちも住んでいる。家賃が安いのだ。何しろ門に近い場所にあるので、何かあった場合は一番最初に危険になる。とはいえ、冒険者が集結しているのだから、何かあっても騎士団が出てくる前に解決することの方が多いのだが。
「……何かざわざわしてるね」
「キュ…」
「でも、危ない感じはしない。…行ってみようか?」
「キュイ」
悠利が興味を引かれて問いかければ、そもそもルークスに断る理由など無い。何故ならルークスは悠利にくっついていられればそれで幸せだから。主人に尽くすのが従魔である。そもそも、ルークスに壮大な目的など微塵も無い。あるのはただ一つ、気に入った主人の傍に居ることだ。人間に比べて寿命の長い超レア種であるルークスにとって、悠利の傍に居たところで一生はまだまだ続くのである。
よって、悠利がのんびりと歩くその足下を、ルークスは軽く跳ねながら付いていく。頭に王冠を乗っけた金色の半透明なスライムは、その主人である天然ぽややんの少年と共に、今は近隣ではそれなりに有名人だった。そもそも、《
そうして辿り着いた場所では、ひっくり返ってしまった大量のゴミと、そのゴミを前に途方に暮れている女性達、という構図が存在していた。下町の女将さんといった風情の女性達は、一様に困った様子でゴミの山を見ている。どうも、ゴミ捨て場へと運搬している途中で、荷車がひっくり返ってしまったらしい。
「うわぁ…。大変ですねぇ…」
「おや、ユーリくんじゃないか」
「こんにちは。ひっくり返っちゃったんですか?」
「そうなんだよ。……それだけなら、片付けりゃ良いんだけどねぇ…」
ため息をついたのは、この辺りの奥様方のまとめ役のようなポジションになっている、アジトの隣の下町宿屋の女将であった。素泊まり限定の宿屋だが、気っぷの良い女将さんの性格のおかげか、気性の荒い筈の冒険者達も素直にしていると評判だった。……どことなく、田舎のおっかさんを思い出すのだと言っていたのは、誰であっただろうか。
「何か問題でも?」
「あそこのお嬢さんが、ゴミの山の中に婚約指輪があるって言うんだよ…」
「えぇ?!婚約指輪って、大変じゃ無いですか!?」
「そうなんだよ。何でも、荷車がひっくり返るときにぶつかって、その拍子に、婚約指輪を入れていた箱があの中に…」
女将さんが指さした先には、ぐちゃっと広がるゴミの山。よく見れば、女性達の輪の中で、泣きじゃくっている女性がいた。年齢的には二十歳前ぐらいの少女に見えた。そんな彼女が泣きじゃくっている。どうやら、本当に婚約指輪を入れた箱が、ゴミの山に埋もれてしまったらしい。……不憫すぎる。
さしもの悠利もどうすることも出来ずに困っていると、何故かルークスが勝手にゴミの山に向けて移動を始めた。キュウ!と謎の気合いを入れながら、ゴミの山を端から少しずつ吸収していく。そんなルークスの行動を、皆は意味が解らずに見ていた。
だがしかし、そこで悠利は、ハッとした。
「女将さん、あのゴミの山はゴミ捨て場へ持っていくんだから、処理しても大丈夫ですよね?」
「あ、あぁ、大丈夫だよ。っていうか、アンタの従魔は何をやってるんだい?」
「ルーちゃん、オッケーだよ!全部やっちゃって!」
「キュイィ!」
悠利の許可を得たルークスは、自分のやろうとしていたことを主人が解ってくれた喜びも含めて、嬉しそうに鳴いた。そうして、凄い勢いでゴミの山を吸収し、分解していく。なお、見た目がグロテスクになるのを考慮してか、胎内で分解吸収している部分はあまり見えないように、透明度が下がるようになっている。色々お気遣いの出来る賢いスライムだった。
時々、ゴミでは無いが目当てのものでも無い何かを見つける度に、ルークスは身体の中にそれを保管している。ゼリーみたいな身体の中に、ぽつぽつと何かが蓄積されていく。それは小さな人形だったり、置物だったり、スプーンだったりと色々だが、まだ指輪は出てこない。それでもルークスは気にせずに、目の前のゴミの山をちゃっちゃと吸収していった。
……悠利の脳裏に、昔話に出てくる何でも吸い込む袋とか、瓢箪とか、そういうものが浮かんだ。むにむにとゴミの上を這うようにして吸収していくルークスの姿に、そういう物が重なって見えたのだ。……普段アジトで掃除をしているルークスを見た時は、流行の勝手に掃除をする掃除機を思い出したが。
さて、そんな風にのんびりと見物している悠利と、何が起っているのか解らない女性陣を背景に、ルークスは全てのゴミを吸収しきった。ゴミはちゃんと分解して消化している。何だかんだでエネルギーにしてしまうのだから、スライムは雑食過ぎて無敵だ。
そうして、むにむにと、胎内に留めて置いた異物、ゴミ以外の何かを順番に悠利に差し出した。人形、置物、スプーンなど、壊れていない物が出てくる度に、「あら、これはウチのだわ」みたいな感じで奥様方が拾っていく。……気づかずにうっかりゴミで出してしまったらしい。まぁ、現代でもよくあることだ。
「キュ!」
そして、ルークスは最後に、小さな小箱を悠利の掌の上に置いた。ゴミの山に埋もれていたとは思えないほどに綺麗になっているのは、ルークスがそういった余分な物を全部吸収してくれたからだ。新品同様にぴかぴかになった小箱を、悠利は女将さんに渡した。
「驚いたねぇ。アンタのスライムは利口すぎるだろう」
「ルーちゃんですから」
「キュウ!」
自分が褒められたように嬉しそうな悠利と、褒められていると解っているので喜びを示すために飛び跳ねるルークス。そんな二人にありがとうと告げると、女将さんはまだ呆然としている少女に小箱を届けに行った。案の定それは彼女の大切な婚約指輪だったようで、涙を流しながらも彼女は、悠利とルークスに礼を告げるのだった。
それ以降、ゴミの中から失せ物探しをしたいときにルークスが呼ばれるようになったのは、多分、ある意味お約束である。
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