超レア薬が作れてしまいました。


 その日悠利ゆうりは、ジェイクの部屋に錬金釜を運んでいた。ジェイクに、ちょっと実験を手伝って欲しいと頼まれたのだ。その時悠利は、少し考えて見るべきだった。そもそもアジトにはアリーという錬金釜持ちがいるのに、わざわざ自分を選んだことを。あと、アリーがいない日を選んでいたことを。

 しかし悠利は悠利なので、お手伝いできることがあるなら、ぐらいのノリでジェイクに従っていた。残念なことに、この二人を組ませると面倒くさいとか、色々アレだとか、そういうことを察してくれるメンバーが不在だった。誰か一人でもいたら、多分、見張り役として付いていてくれただろうに。誰もいないので、ツッコミ不在のままお送りします。


「それで、今日は何をするんですか?」

「うん。ちょっと薬を作るのを手伝って欲しいと思ったんですよ」

「薬、ですか?」

「そうです」


 悠利の問いかけに、ジェイクは穏やかに笑って答えた。いつもと同じような笑顔だが、どこかうきうきわくわくした雰囲気があった。薬の調合ならば、調薬の技能スキルを持っている誰かに頼むべきではないのか、と悠利は思った。悠利が持っているのは調合と錬金の技能スキルであって、調薬は持っていない。

 しかし、実は、ジェイクが必要としていたのは錬金の技能スキルだった。調薬では作ることが不可能なレベルの薬を作るには、錬金釜と錬金の技能スキルが必要になるのだ。しかし、哀しいかなジェイクの職業ジョブは学者。錬金の技能スキルは持っていなかったのだ。

 

「それで、僕は何をしたら良いんですか?」

「君に頼むのは、薬の作成。レシピは文献に載っていたんですけどね。調合や調薬じゃなくて、錬金釜で作成するらしいんですよ」

「……薬なのに?」

「手動で調合すると、高確率で薬品の効能が失われて、ランクが下がってしまうみたいなんですよ」


 おっとりとした口調でジェイクが告げて、悠利がふうんと納得している光景。何も知らなければ、大変微笑ましい光景に見える。だがしかし、実は全然微笑ましくなかった。むしろ、危険警報が全力で鳴っているような状態だった。……重ねて申し上げますが、ツッコミ不在でお送りします。

 何故危険かと言えば、この二人の性格というか、相性というか、そういうもののせいだ。片や、無自覚に、悪意が無いだけでいつも色々やらかしてしまう少年、悠利。片や、多少の自覚はあっても、知的好奇心最優先で突っ走る困った学者、ジェイク。そしてこの二人は、互いの行動に疑問を挟まないので、協力を要請されたら、お互い笑顔でお手伝いしちゃうような仲良しさんだった。……微妙に似たもの同士なのかも知れない。

 そんなわけで、ストッパーもツッコミも不在の状態で、彼らの共同作業は粛々と進んでいった。ジェイクが愛用の魔法鞄マジックバッグからぽいぽい取り出す材料を、悠利は言われるままに錬金釜に放り込んでいく。……そこで、材料の鑑定でも行ってくれたら、それが色々アレすぎる素材の山だと気づけたのだが。しかし悠利はトレジャーハンターでも冒険者でもないただの乙男オトメンだったので、何も気にしないで放り込むだけだった。ツッコミ急募。


「材料はコレで全部ですか?」

「うん、全部ですね」

「わかりました。それじゃ、スイッチオーン」


 蓋を閉めた錬金釜のスイッチを、悠利が気が抜けそうな感じで押した。本人としてはえいっという感じなのだろうが、何となく見ていて気が抜ける。だがしかし、今そこにいるのはジェイクだけなので、細かいことは気にしていなかった。むしろ彼は彼で、ちゃんと出来上がるのかどうかをわくわくしながら待っていた。

 錬金釜ががたごとと仕事をしている間に、悠利はジェイクに聞いてみた。思ったことを割とすぐに質問できるのは彼の利点だ。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥というではありませんか。……何でもかんでも聞くのが良いとも言えないのが、浮き世の世知辛いところだが。


「ところでこれ、何を作ってるんですか?」

「うん?今入れたのは、欠損回復薬の材料ですよ」

「欠損回復薬?」

「そう、まぁ、言葉のままの回復薬です」


 そう言いながら、ジェイクは悠利に本の一ページを見せる。そこに書いてあるのは、欠損回復薬の説明だった。

 簡単に説明するならば、普通の回復薬は、傷を癒やす効果があるが、どれほど高位の物になろうと、上質な物になろうと、失った部位までは修復できない。傷を塞ぎ、体力を回復させる効果があるのが、回復薬だ。

 対して欠損回復薬とは、そのものずばりの効果を持っている。品質や階級によって差はあるが、その薬の効能は失った部位を修復することだ。無くなった指を、手を、足を、目を、欠損回復薬は、それぞれの効能に応じて修復してくれる。とはいえ、それほどの効果を持つ薬だけに、そうそう簡単には作れない。悠利は知るよしも無かったが、欠損回復薬が作れるだけで、薬師としては一流と言われるぐらいだ。

 しかし悠利はそんなことは知らなかったので、この世界には魔法が無い代わりに、凄い薬があるんだなぁ、ぐらいの認識で終わった。違う、そうじゃない、というツッコミはどこからも入らない。何故ならここにはツッコミ役がいないから。……何故本日に限って、ツッコミ役を出来そうな面々が誰もいないのだろうか。

 そんな風に二人がのほほんとしている間に、錬金釜が停止した。いつものようにぱこっと蓋が少し開く。悠利は蓋を開けて錬金釜の中へと手を突っ込み、完成した物体を取り出した。それは、細長い瓶に入った液体だった。……なお、瓶のデザインは、この世界で一般的なガラス瓶で、ガラスの栓がされているものだ。理由、アリーに「あんまり突拍子も無いデザインの容器で作るな」と言われたからである。保護者は大変だった。

 

「ジェイクさん、とりあえず薬っぽい何かが出来てます」

「おや、本当だ。流石は錬金釜ですねぇ。それじゃあユーリくん、鑑定を頼んで良いですか?」

「はい、わかりました」


 何となく言われる予感がしていたので、悠利は手にしたガラス瓶に向かった【神の瞳】を発動させる。どんな謎も、【神の瞳】さんにかかれば解決だ。初めて見る物体だろうが、【神の瞳】さんは的確に情報を提供してくれる。素晴らしい虎の巻さんだった。



――完全欠損回復薬(最上質)

  欠損回復薬の中でも最上位の品物です。なお、品質も最上となっています。

  使われている素材は、伝承に残る完全欠損回復薬の物で相違ありません。

  ただし、作成者の技量と錬金釜の品質のお陰で、最高品質を叩き出しました。

  なお、この薬を使えば、生まれつきの欠損も修復することが可能です。

  まさに夢の薬と言えるでしょう。取り扱いには十分に注意してください。



「……うわぁ」


 アウトだった。

 悠利はその瞬間、全てを悟った。何でジェイクがアリーではなく自分に協力を頼んだのかを。多分コレは、作れたら色々アウトなお薬だったのだろう。少なくとも、【神の瞳】さんが忠告をしてくれるレベルで、持っていることが知られたら面倒くさいことになりそうなお薬だった。

 しかも、ジェイクはそこまで知らなかっただろうが、悠利が作ったことによって品質が向上している。更に言えば、以前はアリーの錬金釜を使ってだったが、今回は悠利の錬金釜を使ったことによって、更にパワーアップしてしまった。錬金鍛冶士のグルガル親父殿が作った悠利用の錬金釜は、素材が伝説系金属とか使っちゃってる分、色々ハイパーだった。普段は全然気にしていないのだが。


「……ジェイクさん、これ、作って良かったんですか?」

「うん、やはりこの文献は正しかった。素材は間違っていないのだから、やはり手動で作成できないだけで、錬金釜ならば可能なのではなかろうか」

「ジェイクさん、聞いて」

「とはいえ、生半可な錬金術士では作成不可能だから、やはり難易度は高いのだろうか。まぁ、そもそも素材を集めるのが大変だから仕方ないか」

「ジェイクさん、聞いてください!」

「うん?どうかしましたか、ユーリくん?」


 実に楽しそうにぶつぶつ言いながら、ペンを走らせていた学者先生は、悠利が結構本気で身体を揺さぶってやっと反応してくれた。相変わらずぶれない男だ。なお、ジェイクは知的好奇心を満たしたくて今回の実験を実行しただけであって、別に完全欠損回復薬が欲しかったわけではない。いつものことだが。

 

「これ、この薬、作って良かったんですか?持ってるのバレたら大変なことになりそうなんですけど!」

「そうですね」

「そうですねって、ちょっとぉ…」

「少なくとも、これ作ったのがバレたら、アリーは確実に怒ると思いますよ」

「何でそんなもの作らせたんですか!?」

「いや、作れるかどうか実践してみたかったんですよ。実行しないと、レシピが正しいかどうかはわからないでしょう?」


 あくまで知的好奇心であり、探究心である。そんな態度のジェイクの前で、悠利はその場に崩れ落ちた。実に珍しい反応だった。……悠利は基本的にうっかり色々やらかすが、根は真面目で優しい子なのだ。こんな明らかにアウトな規格外を作り出して、怒られるのはごめんだった。というか、作れるという事実だけでヤバイ気がした。間違ってない。

 手にしたガラス瓶を、どうしようとおろおろしている悠利に対して、ジェイクはいつもの笑顔であっさり告げた。このおっさん学者は、とりあえず理論が正しいと証明されたらそれで良いのだ。迷惑な話だった。

 とはいえ一応、対策を考えて悠利に声をかけていたりもしたのだが。


魔法鞄マジックバッグにしまっておきましょうか」

「……え?」

「君の魔法鞄マジックバッグは特殊で、君以外の者には入れることは出来ても、出すことは出来なかったですよね?」

「……えぇ、はい。僕の学生鞄は、僕専用の魔法鞄マジックバッグですから」


 それは事実なので、悠利は素直に頷いた。そんな悠利に向けて、ジェイクは笑顔で言い切った。……どうでも良いがこのおっさん、本当に普段は基本的に駄目な大人の見本すぎる。たまに見直すときもあるのだが、普段が普段すぎて、どんどん反面教師としてのポジションを確立していた、


「そこにしまいこんでしまえば、誰にも見つかりませんよ」

「……何ですかその、悪戯の原因を親に見つからないように隠す子供みたいな発想は……」

「ですが、それが一番安全だとは思いますよ?」


 もう作っちゃいましたしねぇ、とのほほんと笑うジェイクに、悠利はがっくりと肩を落とした。余人に中身を見られることも、取り出されることも無い無敵の学生鞄さんを、そういう悪戯の隠し場所に使うのはどうかと思った。だがしかし、ここに現物があるのだから仕方ない。悠利は潔く諦めて、体よく押しつけられた完全欠損回復薬を鞄の奥底にしまい込んだ。



 どうかこれを作ったことがアリーさんにばれませんように、と悠利は数日は思い続けるのだった。


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