お好みチョイスのおにぎり弁当。
「今日のお弁当はおにぎりなんで、持っていく人は自分で詰めてくださいね~」
「「はーい」」
朝食中の面々に向けて
そんなこんなで食べ終わった面々の中で、昼食用に弁当を持って行こうと思う者がやってくる。レレイは弁当箱を片手におかずを詰めている悠利に向けて、笑顔で自分の希望を口にした。
「ユーリ、ユーリ、あたしプチトマト多めが良いな!」
「ブロッコリーとキュウリも入れて、隙間が出来たらね」
「うん!」
いわゆるどか弁と言われるような大きめ四角の弁当箱の、三分の一に当たる部分に悠利はおかずを詰め込んでいる。このおかずの分量は人によってまちまちで、半分おかずを希望する者もいる。プチトマトに、乱切りにしたキュウリ。そして塩茹でにしたブロッコリーを詰め込めば、おかずはおしまいだ。そうしておかずを詰めた弁当箱を、悠利ははいとレレイに渡した。
レレイは弁当箱を受け取ると、嬉しそうに台所の作業台の上に置かれている、たくさんのおにぎりと向かい合った。なお、おにぎりは詰めやすさを考慮して、俵型に統一されている。弁当箱に詰めるには、三角のおにぎりはちょっと不便なので。
さて、何故悠利が「自分で詰めて」と言ったかといえば、このおにぎりに原因があった。そう、おにぎりの種類が、無駄と思えるほどに多かったのだ。
「ユーリ、ユーリ!ツナマヨどこ!?」
「さぁ?」
「もー!何で毎回毎回、中に具が入ってる奴、全部一緒にするの!?」
「ゲームみたいで楽しいかなって思って」
「ヒドイよ!」
うぐぐと唸りながら、レレイは表面上は真っ白な俵型のおにぎりが山のように積まれているトレイを見た。そう、困ったことに、そのおにぎり、中身が全部違うのだ。混ぜ込んでいるために味付けが表面から解るようなおにぎりは個別のトレイなのに、何故か中に具材を握り込むタイプだけは、全部一緒に盛りつけているという悠利。本人はちょっとしたお茶目のつもりである。一応、アレルギーとかどうしても食べられないとか、そういうのが無いことを確認した上での行動だが。
「だって、中身が解ったら、それこそ早い者勝ちの争奪戦で、好きなのばっかり詰め込むでしょ。特にレレイ」
「うぐ」
「最初におにぎり弁当やったとき、レレイがツナマヨばっかり詰め込んだの、僕、覚えてるからね?」
「だからって、だからって、ヒドイ!」
原因が自分だったと解っても納得出来ないのか、レレイがうーうーと唸っている。その隣で、リヒトは淡々とおにぎりを弁当箱に詰め込んでいた。特にこだわりはないのか、中身の解らない俵型のおにぎりをひょいひょいと詰め込んでいく。なお、彼もおかずは三分の一だった。おかずが多いより、おにぎりが多い方がお腹が満たされるらしい。
また、お好みで海苔を巻けるように、皿に盛りつけられている。この海苔は、この場でおにぎりに巻いて詰める者もいれば、別に持って行って、食べるときに巻き付ける者もいる。おにぎりの海苔はパリパリ派かしなしな派かは、好みが分かれる分野なのである。
「ユーリ、この混ぜ込んである方なんだが」
「はいはい。何ですか、リヒトさん?」
「そっちのうっすら赤いのは梅干しだとわかるが、こちらのピンクは?」
「生たらこ混ぜてます」
「あぁ、たらこか。わかった」
悠利の答えに納得したのか、リヒトは薄ピンクのおにぎりを一つ詰め込んだ。こちらは、生のたらこを混ぜ込んだだけのシンプルな作りだ。焼いたたらこを中央に埋め込んだバージョンは、レレイが格闘している山の方に入っている。あと、そちらにも一応、一欠片生たらこを放り込んだものもある。だがしかし、悠利のオススメは、生たらこを混ぜ込んだおにぎりだった。全体に味がするので。
赤い方、とリヒトが示したのは梅干しだ。正解である。種から外した梅干しを叩いてご飯と混ぜるというだけなのだが、コレも割と美味しい。中央に梅干しを埋めたのも作っているが、こちらもやはり全体に味がある方が美味しいという意見もあった。
なお、たらこも梅干しも、俵型の中央に埋め込んであるタイプだって嫌われているわけでは無い。あちらはあちらで、白米部分とのメリハリがそれはそれで美味しいという意見だ。あと、おかずを食べるときに、白米の方が良いという意見もあった。皆違って皆良いのだ。ケンカしないで、自分の好きなのを食べれば良いのである。
「ユーリ、塩むすびはこの端のやつで合っているか?」
「合ってますよ。リヒトさんは、塩むすびが好きですね」
「あぁ。勿論具材が入っていたり、混ぜ込んだりしているのも好きではあるが。……何だろうな。塩むすびは妙に、落ち着く」
俵型の塩結びに海苔を巻きながらリヒトは首を捻りながら呟いた。彼はパンが主食の家庭で育っているので、そこまで白米にこだわりは無かった。無かったのだが、こうしておにぎり弁当を食べるにつれて、何となく塩むすびが一番のお気に入りだった。素朴な味わいが彼の感性に触れたのかも知れない。
なお、おにぎりの味付けはその日の気分で変動する。定番として常に存在しているのは、塩と梅干しぐらいだろうか。あと、ツナマヨ。悠利としてはそこまでツナマヨに欲求は無いのだが、皆のリクエストが多かったので、ツナマヨは定番として入っている。まぁ、コンビニおにぎりでも定番のツナマヨさんなので、気にしちゃいけない。
ちなみに、悠利の中で本日の一番のオススメは、バイソンのしぐれ煮入りだったりする。夕飯に使ったバイソンの肉の細切れというか、残った部分というか、端の部分というか、そういうのを、タマネギと一緒に甘辛く煮たものを詰め込んであるのだ。醤油と砂糖で甘辛く煮付けられたバイソンの肉|(とタマネギ)は、白米にその味を染みこませてくれるので、割と普通に美味しい。
他にも、白菜や人参、大根などを切って塩推しして作った浅漬けを刻み、混ぜ込んだおにぎりもこれはこれで美味しい。出汁を取った後の昆布を細かく刻み、醤油で煮詰めたものを混ぜ込んだおにぎりも然り。単純なもので言えば、塩、ごま、醤油で味付けをして混ぜ込んだおにぎりなどもある。基本的に、混ぜ込んだ方が全体に味があるので悠利の好みだったりする。
とはいえ、中に詰め込むスタイルも悪くは無いので、おにぎりは毎回毎回、何か色々進化している。その中から、人気の味付けが定番になっている感じだ。なお、本日初お目見えするのは、中身は塩むすびで、海苔の代わりに薄焼き卵で包んである、茶巾むすびだ。もしくは単純にたまごおにぎりと言えば良いだろうか。
作り方はいたって簡単で、塩で味付けをした薄焼き卵を作り、塩むすびを包むというだけ。中身をチャーハンなどにすれば、オムライスおにぎりっぽくなるだろう。その辺は個人の好みだが、悠利が今回作ったのは、シンプルな塩むすびを塩味の薄焼き卵で包んだだけのものだ。味見で食べたときに、ウルグスが太鼓判を押していたので少し多めに作っておいた。残ったら誰かがお昼に食べるだろう、という判断で。
……結果として、物珍しさが勝ったのか、凄い勢いで茶巾むすびが売れていくのだが。
弁当を詰めている面々は、全員が初めて見る謎の物体に首を傾げ、悠利の解説を受けて、それならと茶巾むすびを詰め込んでいく。美味しいのは間違いないので別に構わないのだが、どんどん無くなっていく茶巾むすびを見ながら、見習い組がこの世の終わりみたいな、哀しそうな顔をしているのだけが気にかかる悠利であった。たかがおにぎりでそんな反応をしないで欲しいと本気で思う。
「四人とも、一応優先順位はお弁当持って行く人なんだからね?」
「「解ってるよ」」
「解ってるなら、そんな恨みがましげな顔で見ないの。たかがおにぎりじゃないか」
「「たかがじゃない!」」
「えー……」
宥めるような悠利の言葉に、四人は真っ向から反論した。そんなわけ無いだろ!みたいに怒られたって、悠利には全然わからない。確かにちょっと物珍しい卵で巻いたおにぎりではあるけれど、塩味の薄焼き卵と、塩味のおにぎりだ。別にそんな、特殊な味付けなんてしていない。そこまで食いつくようなものでも無いのに、と本気で思っている。
しかし、欠食児童達にしてみれば、何か美味しそうな見知らぬ料理が、他の人たちにどんどん取られていくのだ。このままでは自分たちの分が無くなってしまうかもしれない。そんな不安に駆られて、ギリギリしちゃうのも仕方ない。だって育ち盛りの食べ盛りな男の子なのだから。
そんな見習い四人と悠利の、何となく恒例行事みたいになっているやりとりを見て笑いを堪えていたクーレッシュが、ぽんぽんと悠利の肩を叩いた。呼ばれたと判断して振り返った悠利に、クーレッシュは人懐っこい笑顔で口を開いた。
「なぁなぁユーリ。俺、今日の昼飯のリクエスト、あの茶巾むすび?だっけ、卵巻いたおにぎりが良い」
「アレ?クーレ、今日はアジト組?」
「そうそう。マッピング作業の仕上げに入らないといけなくってさー。つーわけだから、レレイみたいに弁当で確保が無理なんだよ」
だから頼むよ、と笑顔で告げられて、悠利は首を傾げた。何でそこまで執着するのか、わからないので。それでも、口に出した返事はまったく別のものだった。
「構わないけど、お昼ご飯そんなんで良いの?」
「アレと、何かスープと肉があれば俺は良いかなー」
「もれなく弁当に使った残りのお野菜が付け合わせとして登場しますが?」
「全然問題ないな。ユーリの作るおにぎりはいつも色んな味が合って美味いけど、アレは何かこう、違うものみたいで食べてみたい」
「じゃあ、お昼ご飯はそれにしようか。皆もそれで良い?」
「「良い!」」
クーレッシュのリクエストに応えることに決めた悠利は、見習い四人にお伺いを立ててみた。なお、本日の留守番担当の指導係はジェイクなので、特に相談はしない。彼は食べられるなら特に文句は言わないし、こってりじゃないなら基本的に何でも食べる。
そして、そんな悠利の言葉に、見習い組は笑顔でとても良いお返事をした。このままだと確実に食べ損なうと解っていた茶巾むすびが、食べられることが確定したのだ。文句なんてどこにもない。むしろ彼らは、顔をキラキラと輝かせて、クーレッシュを見ていた。クーレッシュはそんな四人に楽しそうに笑いながら、ひらひらと手を振っている。今この瞬間、間違いなくクーレッシュは、彼らにとっての救世主だった。
「……だから、何で卵巻いたおにぎりぐらいで、そこまで大騒ぎするの?」
悠利だけが意味がわからずに、首を捻って唸っているのだが、返事は無かった。四人は大喜びだし、クーレッシュはクーレッシュで、「お弁当美味しそうでしょー」と自慢してきていたレレイに「俺も食べられるし」みたいな顔をしていた。何だかんだでこの二人も仲良しだ。
結局、茶巾むすびは弁当組に全て持って行かれてしまい、クーレッシュの機転で食べられることになった見習い組は、物凄く大喜びをしていたのだった。
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