スイーツバイキングにやってきました。


「美味しいですねぇ」

「……そうだな」


 悠利ゆうりがのほほんと呟けば、一拍ほど開けてからブルックが答えた。二人の前には、スイーツの載せられた皿とパスタの入った皿。それとスープの入ったカップと、水の入ったガラスコップ。ちょっとした食事風景に見えるが、比率としてはスイーツの載っている皿の方が大きく、パスタはオマケ程度に見えた。

 ここは《食の楽園》で、彼らは毎月2回限定で行われるスイーツバイキングにやってきていた。スイーツバイキングという内容から理解して貰えるように、周囲にいるのは大半が女性だった。若い女性が大変多い。時々カップルがいるが、どちらかというと彼女を喜ばせるために来ているだけで、男の方はそこまで思い入れは無さそうだった。

 そんな中で、ににこにこ笑いながら普通にスイーツを食べている悠利は、変なものを見るような顔で男性達に見られていた。給仕をしているスタッフもそんな顔をしている。そして、笑顔で食べている悠利の傍ら、ほぼ無表情に近い淡々とした顔で黙々と食事を続けているブルックを、皆が痛ましいものを見るような顔で見つめている。

 ……なお、顔に出ていないだけで、ブルックは思う存分スイーツを食べられるこの状況を大変喜んでいる。顔に出していないだけで。

 ブルックが顔に出さないのは、どう考えても自分が甘い物を好んでにこにこしても不気味だと解っているからだ。自分に対する評価は正しい。クール美形と呼ぶべき外見と、歴戦の戦士としての貫禄を兼ね備えたブルックが、甘い物を前にして相好を崩す姿なんて誰も見たくない。ブルックも見せたくない。


「ねーねー、新しいロールケーキ出たから持ってきたよ~」

「お帰り、レレイ」

「はい、これはユーリの分。こっちはブルックさんの分」

「ありがとう~」

「……助かる」


 手にした皿に山盛りのロールケーキを積み上げて戻ってきたレレイは、そのうちの幾つかを悠利の皿に、幾つかをブルックの皿に分けた。ふんふんと鼻歌でも歌いそうな感じにご機嫌のレレイは、悠利の隣に座るとフォークでロールケーキを半分に切って口に運ぶ。美味しい、と笑顔になる彼女は、いつも本当に美味しそうに食べている。

 レレイが持ってきたロールケーキは、全てプレーンなスポンジ生地に、生クリームとフルーツが挟まれているタイプだった。だがしかし、クリームと合わせるフルーツを様々な種類に変更し、味にバリエーションを出している。中には、クリームに果汁を混ぜているのか、色が付いているバージョンもあった。同じロールケーキといっても、中身が違うだけで味わいが変わるので、これはもはや別のスイーツである。

 ちなみに、これは悠利が《食の楽園》のパティシエであるルシアに伝えたアイデアだった。同じ工程で作るデザートの、中身や使うフルーツなどを変えることによって、バリエーションを増やすアイデアだ。季節のフルーツを使うというのも手だろう。そしてまた、これならば手間が少なくてすむ。無理に手の込んだことをしなくても、種類を増やせるお手軽な手段だった。

 それに、伝えた方法が安直だったとしても、それをきちんと店に出せるレベルにまで引き上げたのはルシアである。悠利としては、美味しいロールケーキが大量に食べられるので、大変満足していた。なお、ロールケーキは直径が五㎝ほどで、外側をぐるっとスポンジが巻いて、中央にクリームとフルーツが存在している形だ。クリームがたっぷりで美味しい。


「ユーリも自分で取りに行ったら?」

「んー、取りに行こうかなとは思ってるんだけど」

「だけど?」

「ただいま~。ねぇねぇ、このゼリーすっごく美味しそうだからユーリの分も持ってきたわよ。あ、勿論ブルックさんのも持ってきましたよ?」

「……レレイもだけど、皆こんな感じだし」

「うん。あたしが悪かった。確かにユーリ、席立たなくても良いね」


 上機嫌で戻ってきたのは、ヘルミーネだった。邪魔になるので背中の翼は出していない。彼女が手にした皿には、一口サイズのゼリーが幾つも載っていた。ころんとしたそれはまん丸で、何だかとても可愛らしい。色が何種類もあるのは、それだけ味が違うのだろう。ヘルミーネは楽しそうに笑いながら、悠利とブルックの皿へとゼリー達を転がしていく。

 そう、悠利だって、自分でスイーツを見て、選んで、というバイキングの楽しみを堪能しようと思ったのだ。だがしかし、最初に一度取りに行ったきり、こうやって大人しく座って届けられるのを待っている状態だ。女性陣に悪気は無い。自ら選びに立つことが難しいブルックの分を調達するという任務を請け負ってくれている彼女達は、当然のように悠利の分まで持ってきてくれちゃったりするのだ。それだけだ。

 なお、ブルックは彼女達のおかげで、席を立たずともスイーツが舞い込んでくると言う幸せを噛みしめていた。彼が席を立つのは、スープとかパスタとかパンとか飲み物を取りに行くときだけだ。……基本、スイーツゾーンは女性ばかりなので、男のブルックには近寄りにくいのだ。何せ、この見た目で甘党なんて誰も信じてくれない。

 

「ほぉ、レレイもヘルミーネも、随分と大量に取ってきたな」

「私達も人のことは言えませんよ、フラウ」

「……まぁ、それもそうだな」


 楽しげに会話をしながら戻ってきたのは、フラウとティファーナのお姉さんコンビだった。フラウは片手にパスタを載せた皿、もう片方の手にスイーツを載せた皿と、器用に二枚の皿を持っていた。ティファーナは一口サイズのタルトを幾つも載せた皿を両手で丁寧に持っていた。どこまで行っても対照的な二人である。

 そして、二人もまた、自分たちの持ってきたスイーツの一部を、悠利とブルックにプレゼントしてくれる。どちらもありがたく受け取るが、何で僕の分まであるんだろうと悠利はちょっとだけ疑問に思っている。多分ただのついでなのだが。そろそろもう一度ぐらい、ずらっと並ぶスイーツを眺めながら、どれにしようかと楽しく選ぶ行為をやりたい悠利だった。

 そんなわけで、本日スイーツバイキングに繰り出した面々が、勢揃いしていた。本当ならばもっと早くに食べに来る予定だったのだが、オープンしてからこちら、いっこうに客足が衰えなかった。少しぐらい客が減ってから行こうと思っていたら、むしろ増えてるんじゃないかという事実に彼らは気づいてしまったのだ。それならいつ行っても一緒だということで、本日決行されたわけである。


「んー!甘くて美味しい!」

「レレイ、鼻にクリーム付いちゃってるわよ」

「アレ?あはは、美味しくて、つい」

「っていうか、どうしたら鼻の頭にクリームつくのよ」

「うん?何でだろう」


 ぱくぱくとロールケーキを食べるレレイに、ヘルミーネは呆れたように笑った。そんな彼女も、色とりどりのゼリーを口に運ぶと幸せそうに微笑む。元気よく食べるレレイと、絵画から抜け出してきたかのような微笑みを浮かべて食べるヘルミーネの姿は、微妙に周囲の注目を浴びていた。だがしかし、当人達は気にしないで、美味を堪能している。

 フラウは上品にパスタを食べている。スイーツも勿論味わっているが、そればかりでは口の中が甘ったるくなるので、口直しのパスタを持ってきたらしい。その隣でティファーナは、小さなタルトをゆっくりと味わっていた。こちらは特に会話をすることも無く、静かに食べている。

 そんな四人の女性に囲まれる形になっている悠利とブルック。どちらも何も気にしていないし、そもそもがどちらも美味しいスイーツを堪能しに来ているのだからこの状況は願ったり叶ったりなのだが、傍目から同情するみたいな視線が突き刺さっていた。……このメンバーだと、悠利はオマケ、ブルックは女性陣に護衛か財布か何かとして無理矢理連れてこられてきた同行者、という風に見えるのだった。事実とは大いに異なるのだが。

 

「それにしても、こんなに大繁盛だと、ルシアさん大変だろうねぇ…」

「でもルシア、喜んでるわよ」

「そうなの?」

「えぇ。だってあの子、自分のスイーツをたくさんの人に食べて貰うのが夢だから」


 むしろ夢が叶ったから、今とても充実してるはずよ。笑顔でヘルミーネが言い切った。彼女はこの場にいる面々の誰よりもルシアとの付き合いが長い。長いというか、深い。美味しいスイーツ大好きなヘルミーネにとって、ルシアはパティシエとして得がたい人材だ。だがしかし、それだけではなく、個人的にも友好を深めているので、その言葉には信憑性があった。

 時折、厨房からスイーツを運んでくるルシアの姿が見える。忙しく働いているが、その顔は満面の笑みだった。悠利達と目が合うと、ぺこりとお辞儀をしてくれる。忙しい彼女の手を煩わせるつもりのない彼らは、ひらひらと手を振って彼女を見送っているが。

 

「……ここのスイーツは、本当に美味いな」


 ぼそりとブルックが呟いた。普段よりも声量を落としているのは、周囲に聞かれるのを気にしてだろうか。別に気にしなくても良いのになぁ、と思っているのは悠利だけだ。女性陣は、周囲のためにも、その凄まじいギャップの原因である無類の甘味好きの部分は隠しておいて欲しいと思っている。クール美形が甘味大好きは、意外すぎて衝撃が大きい。

 これが男であっても子供なら、まだもう少しマシなのだろう。だがしかし、どこをどう見ても三十代の男であるブルックが、少女達に混ざって甘味に幸せを感じていると知るのは、ギャップが大きすぎるのだ。またブルックも、今まで隠してきたそれを、すぐに外に出すのは不可能だった。美味しいと思っているくせに、顔は真顔になるぐらいに染みついている。隠蔽モード怖い。


「そうですね」

「スポンジ一つとっても、材料も腕も良いのだろう。変な甘みがない」

「そうそう、ここのスポンジ、食べても、もそもそしないよね!」

「私は、生クリームが好きかなー。余所のは時々妙に甘ったるいんだよね~」


 ブルックがスポンジを褒めると、レレイがそれに乗っかった。安いの食べると口の中に張り付く感じなんだよ!と力説するレレイ。そんな彼女の前の皿は、もう殆ど空っぽだった。食べる速度が色々おかしい。ヘルミーネはレレイが食べているロールケーキを見ながら、生クリームを褒める。砂糖で誤魔化さない、牛乳の味をしっかり生かした生クリームは彼女のお気に入りだった。

 そうして、あーでもない、こーでもない、ここが美味しいなど、三人で語り始める。もっぱら、ブルックがぽつりと漏らした感想に、レレイとヘルミーネが乗っかる形だ。彼女達二人は、普段そこまでブルックと仲良しなわけではないが、美味しいスイーツという共通のご褒美かつ話題がある現状なら、気にせず会話を出来る程度には社交性が高かった。


「美味しいなー」


 そして、そんな三人の討論じみた感想会に囲まれつつも、悠利はマイペースにスイーツを食べていた。美味しいスイーツはご褒美だ。多少のものなら自分でも作れるが、やはりプロが作ったものは味が違う。美味しい、と悠利は実に幸せそうに微笑むのであった。



 なお、帰る時に何故か、大慌てで出てきたルシアにこっそりお土産の焼き菓子を貰ってしまうというラッキーが存在したのであった。


 

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