タグも格好良く付けたいのです。


「そんなわけなので、ルーちゃんに恰好良い飾りをください」

「……ユーリ、とりあえず、玄関口をスライムで塞ぐな」

「はーい」

「キュピピィ!」


 突然工房に現れた悠利ゆうりに対して、ブライトはどこからツッコミを入れれば良いのか解らなくなったらしい。だがしかし、とりあえず、悠利と一緒に現れたスライムが、ぽよんぽよんと跳ねながら存在を主張してくるのは勘弁して欲しいと思った。玄関口で天然ボケの少年と、彼の従魔となったスライムがぽよぽよしてる姿なんて、ご近所様に見られたくない。何となく。

 金色の半透明というちょっと珍しい色をしたスライムを連れた悠利を中に招き入れたブライトは、そこで、もう一名、別に招いていないのに存在している人物に気づいた。いや、割といつも勝手に入ってきているので、今更な感じではあるのだが。


「何でレオーネまでいるんだ?」

「あたくしがいたら問題でもぉ?」

「いや、別に。……あぁ、ユーリが何かするのが気になったのか?」

「えぇ、気になったわ。だって、この子、あたくしに何て相談してきたと思うの?」

「は?」


 お邪魔します~と暢気な口調で工房内に足を踏み入れている悠利は、興味津々にぽよんぽよん跳ねるルークスに対して、「ルーちゃん、余所では好き勝手に触っちゃ駄目なんだよ?」と子供に対するように説明をしている。いやまぁ、一応従魔の躾だと思えば間違っていないのか。どう考えても発言内容が、幼児に対するアレソレなのだが。そしてそれをちゃんと理解しているのか、ルークスはぽよんと跳ねて返事をしている。賢すぎる従魔だった。

 そんな光景を横目に、レオポルドはため息をついた。本日も麗しのオネェは美しい。穏やかに微笑んでいたら、一瞬女の人と見間違えてしまいそうなぐらいには麗しい。とはいえ恰好と口調以外は一応ちゃんと男なので、声音と口調のギャップに大抵の人間がひいてしまうのだが。そしてブライトは、ひかない珍しい人種だった。

 理由、生粋の職人にとって重要なのは、レオポルドの仕事に対する姿勢と感性だけであって、彼の趣味嗜好についてはまったく興味が無いから。



「この子、あたくしに『どこに行ったらルーちゃんのアクセサリー売ってますか』って聞いてきたのよ。売ってるわけ無いでしょ!」



 基本的に割と何でも普通に受け入れて微笑んでいるレオポルドであるが、流石にちょっと色々アウトだったらしい。思わず叫んでから、ごめんなさい、と失礼を詫びる辺りは流石であったが。その発言に、ブライトはうわぁという顔をした。従魔用の首輪などなら売っているだろう。タグを付けるのに必要だからだ。

 だがしかし、額にぶすっと埋め込めば良いだけのスライム用の装身具など、存在しない。そもそも、どうやって付けろというのだ。こんなぷよんぷよんしたゼリー状生命体に。


「で、売ってないなら誰に頼んだら作ってくれますかって言うものだから」

「俺か」

「そういう突拍子も無い状況に対応してくれそうな職人が、貴方しかいなかったのよぉ」

「……否定はしないがなぁ…」


 ブライトはレオポルドとの付き合いも長いので、多少の無茶ぶりには耐えられる。また、悠利個人とも面識があるので、彼が特に悪気無く、本当に思ったことを言っているだけなのだと理解している。これが何も知らない普通の職人だったら、きっと門前払いだ。従魔用の装身具は革細工で首輪系が一般的とされている。それだって、着飾るためでは無く、タグを付ける目印の為だけだ。悠利が求めている「格好良いのください」とは全然違う。

 やれやれとため息をついてから、ブライトは悠利を呼んだ。悠利は素直にとことことやってきて、その足下をぴょんぴょん跳ねながらルークスもついてきた。見た目だけなら微笑ましいのだが、要求された内容が斜め上にぶっ飛んでいたので、ブライトも困惑したのであった。


「んで、俺に何を作れと?」

「ルーちゃんの恰好良い飾りください。このタグを付けるので」

「いや、そもそもが、スライムにどうやって飾り付けるんだ?そんな要望受けたことないぞ」

「そうなんですか?」

「そうだ」


 前例が無いとブライトが告げると、悠利はうーんと首を傾げて考え始めた。考えて、そして、いつも提げている愛用の学生鞄から、ノートとシャーペンを取り出した。点線でマス目が入ったデザインのノートは、日本語も英語も書きやすいし、更に言えば図を書くのにも適している万能選手だった。このノートのおかげで、授業の板書が大変美しく仕上がったものである。

 余談はさておき、悠利はかりかりとノートにイラストを描き始めた。そんなに絵が得意なわけではないので、イラストというよりは図形の方が近いかも知れない。そうして悠利が書いたのは、小さな王冠のデザインだった。一応対比のためにスライムの頭に乗っけた場合の大きさも描いてある。

 シンプルな作りの、とんがりが三つある、ようは子供のイラストで見かけるような王冠で、その真ん中の部分にタグを埋め込んで欲しいという要望だった。王冠そのものに飾りをたくさん付けるというわけではなく、タグを付けるだけよりお洒落にしてあげたいという、何かよくわからない主人心である。もしくは乙男オトメン魂か。


「あら、可愛らしいわねぇ。今タグを付けてる位置に、この王冠をくっつけるのかしらぁ?」

「はい。小さな王冠なので、こう、ちょっとしたアクセントみたいになるかなって」

「……で、それを俺が作ると?」

「お願いできませんか?」

「金は取るぞ」

「それはわかってます」


 ぺこりと頭を下げた悠利に、ブライトはため息をつきながら頷いた。スライムの頭上に輝く王冠とか、誰が考えるのだろうか。それでも、掌サイズの王冠なので、サッカーボールぐらいの大きさなルークスの頭上に飾れば、ちょっと可愛いかも知れない。タグは六角形に従魔を示す紋章が刻まれているシンプルなもので、それが額にぺかーっと乗っている状態よりは、ずっとお洒落になるだろう。

 そして、ブライトは悠利に金属の材質やら、着色やら、具体的な大きさや触り心地などを尋ねながら、作業を進めた。なお、その間、ぽよんぽよん跳ねていたルークスは、作業の邪魔になると言うことでレオポルドの傍らにいた。美貌のオネェは従魔なスライム程度では驚かないので(何しろ彼の人は元冒険者である)、ルークスのすべすべとした手触りを楽しそうに堪能していた。

 

「ルーちゃん、レオーネさんに迷惑かけちゃ駄目だよー?」

「キュウ?」

「大丈夫よ、ユーリちゃん。この子賢いわ。あたくしの言葉もちゃんと解っているみたいだもの」

「あ、ルーちゃんはすっごく頭が良いんですよ。アロールも『別に僕が調教しなくても、普通に話して聞かせれば解るよ』って言ってたぐらいですからね!」

「あらあら。アロールちゃんがそこまで太鼓判推すだなんて、凄いわねぇ」

「キューイ!」


 撫で撫でと褒められて、ルークスは嬉しそうにぽよんぽよんと跳ねた。そして、そんな風にルークスを褒められて、悠利も嬉しそうに笑っている。気分はうちの子を褒めてくれてありがとうなのだろう。いや、実際ルークスは悠利の従魔なので、それで間違っていないのだが。……感覚的には従魔というよりペットだったりする。

 あと、ルークスが賢いのは事実だが、それは、客観的に見て下級から中級のスライムにしか見えないからであって、超レア魔物であるエンシェントスライムさんなら、それぐらい当たり前だし、朝飯前だ。だがしかし、その種族名(変異種であることや、名前持ちネームドであることも含めて)を口外することは、アリーとアロールの二人に止められているので、口にしない悠利である。

 というか、悠利は8割ぐらい、ルークスの種族名その他諸々を忘れている。だって彼には関係無い。悠利に関係あるのは、ルークスが人懐っこくて賢い、可愛い可愛いスライムであることだけだ。超レア魔物だろうが何も関係無いのだ。天然はぶれない。

 何だかんだとお喋りをしている間に、ブライトは試作品を作り上げた。小さな王冠を悠利に渡す。まだタグは付けていない。タグは、この王冠でも大丈夫だったら調整して、最後に埋め込むことに落ち着いている。なので、悠利はまだ試作段階の、やや荒削りな作り方の王冠を、ルークスの頭の上にちょこんと乗せた。


「キュイィ?」

「ルーちゃん、大きさとかどう?痛い?大丈夫?」

「キュウ」

「ユーリちゃん、スライムには殆ど痛覚は無いわよ。核が傷つかない限り、痛みは多分無いわ」

「そうなの、ルーちゃん?」

「キュキュ!」


 ぽよんと跳ねてその通りだと示したルークスは、タグを埋め込んでいる場所にぽんと乗せられた王冠が落ちないように、自分でくっつけている。くるくるとその場で回り、何かを探しているルークスを見て、悠利は魔法鞄マジックバッグの中から折りたたみ式の鏡を取りだした。ぱかりと開いて鏡の面をルークスに向けた。

 その鏡に映った自分の姿に、頭の上にちょこんと乗っている王冠に、ルークスはしばらく跳ねるのを止めて、じっとしていた。悠利も、ブライトも、レオポルドも、ルークスの反応を窺っている。何しろ、ここまで賢いスライムだ。気にくわない装身具を身につけるのはきっと拒むだろうと解っているので。


「キュウ!」

「あ、ルーちゃん気に入ったみたい」

「……何か、人間の客以上に緊張したぞ」

「スライムにも好みってあるのねぇ」


 嬉しそうにぽよんぽよんと跳ねるルークス。どうやらブライトの作った王冠を気に入ったらしい。そのまま、ブライトの足下まで移動すると、何度も何度も頭を下げた。……王冠を乗せているからお辞儀をされているのだと気づけたが、そうでないとちょっと解りにくい。だってスライムはまん丸なのだから。

 

「……えーっと、喜んでる、で良いのか?」

「ルーちゃん、ブライトさんにお礼言ってるの?」

「キュイ!」

「でも、それまだ試作品だから、今日は返して、仕上げて貰うんだよ」

「キュウ……」


 悠利が王冠を取ろうとすると、ルークスはちょっと不満そうにいやいやと身体を震わせた。そのままぽよんぽよんと跳ねて逃げようとするのを、待て待てと捕まえたのはレオポルドだった。ルークスの身体を腕に抱えて捕獲すると、逃げようと身を捩るのを宥めるように撫でる。


「貴方がそれを気に入ったのは良く解ったわ。でもねぇ、ブライトも、そんな中途半端な試作品じゃなくて、ちゃんとした完成品を貴方に渡したいのよ?」

「キュウ?」

「もっと素敵なものを用意してくれるわ。だから、今日はちゃんとお返しなさいな」

「……キュイ?」

「あぁ、ちゃんともっと良いものに仕上げてから、渡す」

「キュピ!」


 ブライトの言葉を聞いて納得したのか、ルークスはレオポルドとの腕から飛び降りると、ブライトに頭を向けた。固定していた王冠を、むにむにと押し出すようにして外す。ぽろりと落ちた王冠をブライトはちゃんと受け取って、この、賢すぎるスライムの頭を撫でてやった。


「それじゃ、ユーリ、完成したら知らせる」

「よろしくお願いします」

「キュイ!」


 ぺこりと頭を下げる悠利の隣で、ルークスも同じように頭を下げた。僕の王冠をよろしく!とでも言っているような仕草に、三人は誰からとなく思わず笑い声を漏らすのだった。




 後日完成した王冠にタグを付けたルークスはご機嫌で、その後、スライムのタグは王冠を用いようとする人々が増えたのであった。


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