冒険者ギルドで従魔登録です。
エンシェントスライム。
もはや超レア魔物として、大半の冒険者は書物とか噂話でしか聞いたことがないような、存在。サイズは小さいものでも2階建てサイズに成長し、ダンジョンで出会ったならば、その弾力性と巨体ゆえに倒すのに大変苦労するという魔物。落とす素材はレアであることは間違いないが、魔法の無いこの世界でスライムは高位になればなるほど倒しにくい魔物だった。……弾力性のあるゴムは切るのが難しいのだ。粉砕するぐらいのパワーが必要になる。
無論、手練れならば切ることが出来るだろう。だがしかし、相手は巨体のスライム。核を砕かなければ消滅しない厄介な魔物。唯一の救いと言えば、スライム族はその大半が温厚で、こちらがちょっかいを出さなければ自ら襲ってくることは少ない。
さて、そんなエンシェントスライムの変異種という、超レアの更に上を行く規格外を、何の考えも無しに拾ってきた
子犬だと思ってこのスライムを拾って帰り、魔物使いであるアロールに色々と説明された悠利が出した結論は、飼いたい、だった。スライムの方も悠利に懐いてしまっているので、本人?の意思もあって、アジトで飼うことに決定した。
だがしかし、いかに温厚だろうが、人懐っこかろうが、意思疎通が出来ようが、魔物は魔物だ。その日はもう冒険者ギルドの窓口が閉まっている時間だったので、スライムは悠利の抱き枕となって一緒に眠った。翌日の朝食時、他の雑事は見習いに任せて、さっさと従魔登録に行けとアリーに放り出された悠利である。
なお、右も左も解らない悠利の代わりに、諸々の手続きを行うのは、その道のプロである魔物使いのアロールだった。……10歳児にお世話される男子高校生であった。
「お、この間の坊主じゃないか。スライム抱えてどうした?」
「……ハイ?あ、こんにちは。今日は従魔登録に来ました」
「従魔?そのスライムをか?」
「そうです」
スライムを抱えてにこにこ笑う悠利に声をかけてきたのは、以前悠利が隷属の装身具を見抜いた騒ぎの時に、ギルドにいた冒険者だった。武装しているので、これから依頼にでも出かけるのだろう。のほほんと笑う悠利と、彼が抱えたスライムとを見て、男はちょっと首を捻った。
「どの受付とか解ってんのか?何なら教えてやるぞ」
「あ、それは」
「僕がいるから必要ない」
男の申し出をさっくり断ち切ったのは、ギルドの中から出てきたアロールだった。今日も首に白蛇を巻いたままの10歳児は、ちらりと男に視線を向けて、いらないともう一度告げた。感情が乱れれば子供らしい部分も見えるが、概ね平素は大人びた子供であるアロールは、男に対してもその態度を崩さない。
男はそれを不愉快に思ったわけではなく、不思議そうにアロールを見下ろした。どう見てもただの子供だった。首に白蛇を巻いているのだけは異質だが、それでもアロールの見た目は10歳児でしかない。それが妙に自信満々なので、男は少し心配になったらしい。冒険者らしい無骨な外見の割に、優しいようだ。或いは、悠利とアロールの二人連れが、あまりにも子供子供していたからだろか。……悠利はこちらの世界では童顔も相まって、子供にしか見えないのだ。一応17歳なのだけれど。
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫だと言ってる」
「アロール、言い方に気をつけないと。ご心配ありがとうございます。でも、アロールは魔物使いなので、大丈夫ですよ」
「こんな小僧が魔物使い?!」
男が驚いたように叫んだ。その叫びに、ざわりとギルドにいた人々が反応した。魔物使いという
悠利の言い方で、男はアロールが本物の魔物使いであることを理解した。まだ子供のアロールが、そんな
「……誰が小僧だ」
「おじさん、アロールは女の子ですよ」
「……え?」
そこで初めて、それまでのような大人びた雰囲気ではなく、拗ねた子供のようにアロールはぼやいた。首に巻いた白蛇に顔を埋めるようにしている。完全に拗ねていた。そんなアロールの代わりに、悠利が男に事実を突きつけた。男は思わず驚いて、自らを僕と称する子供を見る。シャツは被りタイプで、ボタンがない。細身のズボンはゆったりとしていて、シャツも同じようなので体型が全然わからない。ただし、飾りっ気は欠片も無かった。
「女の子?」
「悪かったね。そりゃ僕は女っ気はないけど、一応女だよ」
「アロールはこんなに可愛いのにねぇ?」
「それ言うのユーリだけ」
「そんなことないよ。可愛い、可愛い」
拗ねているアロールの頭を、悠利は撫でた。スライムも慰めるようにアロールの足にぽよんぽよんと体当たりをしている。二人に慰められて機嫌が直ったのか、アロールは息を吐き出してから、悠利を伴って歩き出す。……なお、去り際に男に向けて舌を出す程度には、アロールもまだ子供だった。
悠利がアロールに連れて行かれたのは、……何故かギルマスの執務室だった。何でこうなった、と悠利は首を捻っているが、アロールは平然としている。二人を出迎えたギルマスは、相変わらずの老執事のような風体だった。今日も
「ようこそ、ユーリくん。アロールくんもご苦労様ですね」
「唐突に突拍子も無いお願いをして申し訳ありませんでした。ですが、ギルマスにのみ話を通しておく方が建設的と思いましたので」
「君は相変わらず堅苦しい子ですねぇ。それで、その君がここまでするほどの案件と言うことですか?」
「はい」
悠利を置いてけぼりにして、話が進む。何か大事になったねぇ、と悠利は腕に抱いたスライムに話しかける。スライムはキュピと小さな声で鳴いて、ぐりぐりと悠利の腹に身体をすり寄せている。甘えているらしい。
そんな悠利とスライムをちらりと見て、アロールはスライムをびしっと指さした。いきなり指さされたスライムが、不思議そうにキュウと鳴いてアロールを見ていた。
「ギルマス、このスライムはユーリが拾ってきたスライムです。……種族名、エンシェントスライム変異種となります」
「……は?」
百戦錬磨のギルマスが、思わず呆気に取られたようにアロールを見て、スライムを見て、悠利を見て、もう一度スライムを見た。自分が注目を浴びていることが解っているのか、スライムはぽよんと跳ねて、キュピ!と元気よく返事をした。……誰も返事は求めていない。
ずれた単眼鏡の位置を直しながら、ギルマスはもう一度スライムを見た。下級から中級ほどの大きさでしか無いスライム。確かに色は、金の半透明というちょっと変わった色彩をしているが、いないわけではない。一般的にスライムは青、緑、赤、黄色などが知られているが、それ以外にもいることは解ってるので、そこまで大騒ぎにはならない。
むしろ、伝説級の魔物であることとか、その変異種であるとか、そっちの方がツッコミ満載だった。ギルマスがちらりとアロールに視線を向けるも、アロールはその視線から逃げた。僕は何も関与していない、と言いたげだった。実際関与はしていない。だって悠利が子犬と間違えて拾ってきただけなのだから。
「……アロールくん?」
「拾ってきたのはユーリです」
「僕、子犬だと思ったんですよ~」
アロールも悠利も、自分は悪くない宣言をした。ギルマスは頭を抱えていた。基本出来る人であるギルマスなのに、今は予想外の事態に頭を抱えていた。この間の、隷属の装身具事件の時なんて、殆ど動揺もしないで対応していたのに。悠利は不思議そうにしているが、それぐらい爆弾発言だった。
「とりあえず、このスライムを従魔にしたいそうなんで、登録お願いします」
「……だから、ここに直接、ですか」
「はい。下の窓口でやったら、大騒ぎです」
「でしょうね……」
ギルマスはため息をつきながら、書類をアロールに手渡そうとした。が、アロールは既に必要事項を書き終えた書類をギルマスに渡す。……仕事の出来る10歳児だった。
ギルマスは書き込まれた情報をいちいち確認しながら、登録用の水晶に入力している。この水晶はギルドカード作成に使うものと一緒で、
求められるままに悠利は血を一滴差し出し、スライムも言われるままにぷよんぷよんの一部を差し出した。……なお、普通は血や体液なのだが、スライム系の場合は身体の一部ということになる。……だって、どこに血が通っているのだ。このゼリー状生命体に。
「ところでアロールくん、このスライムのルークスという名前は、誰が決めたのですかな?」
「……
「……エンシェントスライムで、更に変異種で、オマケに
「はい」
「…………そうですか。くれぐれも、取り扱いには気をつけてください」
ギルマスは今度こそ、頭を本気で抱えて唸っていた。別に悪くないのだけれど、悠利とアロールはごめんなさいと思わず謝ってしまった。彼らは悪くない。ただ、拾ってきたスライムが規格外すぎただけだ。
基本的に魔物には名前がなく、魔物使いが彼らを従魔にする時に名付けを行う。そうすることで主従関係を結ぶのだが、時折自ら名前を持っている魔物がいる。そういった魔物たちは
……考えてみて欲しい。ただでさえ超レア魔物のエンシェントスライムだ。しかもそれの変異種という変わり種。その上、自ら名前を持っている
まぁ、実際は悠利に懐きまくって、遊んで欲しいと訴えている、子犬みたいなものなのだが。
出来上がった従魔登録カードをギルマスは悠利に手渡し、もう一つ、ギルドの紋章が入ったタグのようなものを渡してきた。悠利が首を捻ると、アロールが自分の首に巻き付いている白蛇の首?の部分を示して説明をした。
「そのタグが、従魔の証明だから、従魔に付けておくんだよ」
「……アロール」
「何」
「ルーちゃんだと、首輪とか無理じゃない?」
「キュイ?」
ルークスという
とにかく、獣系の魔物ならば首や足などに何かを付けてそこにタグを装着すれば良い。蛇もまぁ、くるりと紐を巻いてしまえば可能だ。だがしかし、ぽよんぽよん跳ねているゼリー状生命体のスライムで、どうすれば良いのだろうか。
「……スライムの場合は確か、額?の辺りに埋め込んでたけど」
「埋め込むの!?ルーちゃん痛くない!?」
「その程度でスライムが痛がるか」
「え?そうなの?でも、タグ直接埋め込むとか、……可愛くない」
「可愛さ優先すんな!」
「痛い」
そこはどうでも良いだろうが、とアロールは悠利の頭をぶん殴った。10歳児なのでそこまで痛くないけれど、それでも痛いのは痛い。ルークスがキュピキュピとちょっと怒ったみたいに鳴いているけれど、アロールの首に巻かれた白蛇が舌を出してシャーと鳴いたら、大人しくなった。……従魔同士で説明が行われたらしい。
「とにかく、可愛いのが良いなら、後日なんか装身具とか考えれば?とりあえず今は、ちゃんと従魔だって証明しないとダメなんだから、付けて」
「はぁい…。ルーちゃん、痛かったら言ってね?」
「だから、その程度でスライムは痛がらない」
撫で撫でとルークスの額?部分を触った後、悠利はタグをそこにぐっと押し込んだ。ルークスは痛がりもしないで、大人しくしている。ずぶずぶと埋め込まれたタグは一度完全に沈み込んで、けれどすぐにぽこんと表面に姿を現した。だが外れることはなく、まるで溶接したようにくっついていた。……流石スライム。
「とりあえず、これで連れ歩いてても従魔だって解るから、大丈夫」
「じゃあ、買い物とかに連れて行っても平気?」
「……平気、は平気だけど……」
「一般人はあまり従魔には馴染みがありませんから、怖がらせないようにしてくださいね?」
「こんな可愛いルーちゃんなら、大丈夫です!」
「「……」」
それはどうだろう、と二人は思ったけれど、ツッコミを入れるのが面倒になったので沈黙するだけだった。確かに、人懐っこいルークスは、魔物と言うより何か子犬っぽい。更に、連れているのが悠利なので、余計に微笑ましく見えなくも無い。二人は無理矢理そんな風に納得した。
そんなこんなで悠利は無事従魔登録をして、エンシェントスライム変異種改め、ルークスをペットとして連れ歩くことが決定したのであった。
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