拾いものには福がありました?


「キュウン…」

「うん?」


 足下から聞こえてきた鳴き声に、悠利ゆうりは視線をそちらに向けた。そこには、薄汚れた子犬が一匹転がっていた。じぃっと悠利を見上げて、慈悲を請うように小さな声で鳴いている。薄汚れてはいるが毛並みは決して悪くなく、悠利を見上げる瞳には不思議と意志の強さを感じさせる光があった。


「君、迷子?」


 悠利はその場にしゃがみ、そっと手を子犬に伸ばした。子犬は一瞬びくりと身体を震わせたが、悠利が笑顔のまま伸ばした手から、逃げることはしなかった。撫で撫でと優しく頭を撫でられると、甘えるように鳴く。そもそもが、動物であれ人間であれ、赤子や幼子というのは庇護をそそるように出来ている。アレは彼らの武器なのだ。その愛らしさで庇護欲をそそり、己の身を守れぬ自分を守護するように仕向けるのだ。

 果たして、悠利はその策略にあっさり堕ちた。というか、元々動物は好きだった。それが可愛い可愛い子犬だったら、乙男オトメンな悠利は一発ノックアウトだ。しかも素直に甘えてくるとなれば、もはや悩む必要も無かった。首輪も付いていないし、きっと野良犬に違いない。そんなことを思いながら、悠利は薄汚れた子犬を抱き上げた。連れて帰る気満々だった。

 アジトに子犬を連れ帰った悠利は、とりあえず庭にある水道で子犬をシャワーすることにした。キャウキャウと泣きながら逃げようとする子犬を諭しながら、汚れを落とす。案の定、予測通り、汚れを落とした子犬は毛並みが綺麗だった。流石に、泥まみれの子犬をアジトの中には入れられないのだ。その辺オカンは厳しいのである。


「とりあえず、ミルクで良いかな~?ペット飼ったこと無いから、何食べるか知らないんだけど」


 足にまとわりつく子犬を連れて、悠利は台所へと向かう。台所の中まで入ってこようとしたのには、待っててと食堂スペースに放置した。流石に、調理スペースに子犬を入れるのははばかられたので。そうして適当な深皿(一応割れにくそうなのを選んだ)に牛乳を入れると、食堂スペースに戻って子犬に与える。

 当初、不思議そうな顔をしていた子犬は、すぐに顔ごと深皿に突っ込んで、必死に牛乳を飲んでいる。どんどん減っていく深皿の中身に、悠利は暢気にお腹減ってたんだねぇと思っていた。

 その時である。




「な、な、な……ッ!何拾ってきた!?」



 

 喉を引きつらせた甲高い悲鳴が聞こえた。悠利が視線を向ければそこには、一人の子供が居た。10歳ぐらいの幼子が、首に白蛇を巻き付けた状態であわあわしている。栗色の巻き毛に紺色の瞳をした子供は、アジトの訓練生では最年少である、魔物使いのアロールだった。


「アレ?アロールが何も無いときに部屋から出てくるの珍しいねぇ。どしたの?」

「魔物の気配がしたから探しに来たんだよ!ユーリ、何拾ってきてるの!」

「え?お腹空かせた子犬?」

「子犬じゃなーい!」

「え?」


 凄い勢いで牛乳を飲んでいる子犬を指さして、アロールは絶叫した。悠利にはただの子犬にしか見えないのに、アロールは違うと言う。何で?と首を捻る悠利に、アロールは地団駄を踏むように床を蹴りながら、びしぃっと子犬を指さして叫んだ。


「どう見ても擬態だろ!子犬じゃないから!」

「え?そうなの?僕には子犬にしか見えないんだけど…。…君、子犬じゃないの?」

「キュウン?」

「アロール、通訳」

「通訳とか冷静に言う前に、擬態解かせろ、バカ!」


 ぺしんとしゃがんでいる悠利の頭をひっぱたくアロール。人間の子供なので力は無いが、それでも叩かれると痛いので、悠利は恨めしげにアロールを見た。すぐ暴力振るっちゃいけません、なんてお母さんみたいな事を口にしているが、アロールの激情は収まっていなかった。

 仕方ないので、悠利は子犬の頭を撫で撫でしながら、声をかけた。何だかんだで、この子犬が賢いことは解っている。基本的に、悠利が口にした言葉は全部理解しているようだったので。


「あのねぇ、別に君が何者でも僕は気にしないから、擬態してるなら元の姿に戻ってくれる?」

「キュウ…」

「大丈夫。君が悪いことをしないなら、誰も君を傷つけたりしないよ。ねぇ、アロール?」

「……悪意が無い魔物を攻撃するようなのは、分別の付いてない低級な冒険者ぐらいだ」

「だって」

「キュウ!」


 悠利に話を振られたアロールが、呆れたように呟いた。そうした仕草も表情も、10歳児の外見とは不釣り合いなのだが、悠利は何も言わない。アロールが大人びた子供であるのは周知の事実だった。その持って生まれた性質と、育ってきた環境を考えれば、割と普通なので。大人に囲まれ、自らも魔物使いとして魔物を従えてきた子供が普通なわけが無い。

 悠利とアロールから言質を貰った子犬は、ふるふると身体を震わせた。そして、次の瞬間小さな光と共にその姿を変貌させる。そこにいたのは、サッカーボールぐらいの大きさの、金色で半透明の身体をした、ゼリーみたいにぷよんぷよんした、触ったら気持ちよさそうな生命体だった。……どう見ても、スライムだ。


「あれ?スライムに変身能力ってあったの?」

「高位種は擬態能力を持ってる」

「そうなんだ~。凄いねぇ。綺麗だねぇ。触っても良いかなぁ?」

「キュピィ!」


 大丈夫!と言うように子犬改めスライムがぽよんぽよんと飛び跳ねながら鳴いた。くりくりとした瞳だけが、意思表示をしている。口は無かった。スライムに口は無い。ではどうやって食べ物を摂取するのかと言えば、身体で取り込んで、分解吸収するのだ。先ほどまで牛乳を飲んでいたように見えたが、あれも実は、吸収していただけである。

 撫で撫でとスライムの頭を撫でて、その独特の感触を楽しんでいる悠利。ゼリーのような、スポンジのような、ぽよんぽよんした感触は、何だか妙に癖になる。スライムの方も気にしていないのか、素直に悠利に身体を預けている。ぐりぐりと押しつけるようにしてすり寄ってくるので、悠利は楽しそうに抱きしめたり撫でたり続行中だ。……相手は一応魔物なのだが、何も気にしていなかった。見た目が愛らしいからって、一応魔物なのだが。

 そんな二人のやりとりを見ながら、アロールは顔を引きつらせていた。そんなアロールを気遣うように、首に巻いていた白蛇がすりとその頬を尻尾で撫でる。お陰で正気を取り戻したのか、アロールはゆっくりと口を開いた。


「ユーリ、そいつの種族名、鑑定して」

「アロールが直接聞いたら良いんじゃない?」

「僕が聞くより鑑定の方が確実だから、鑑定して!」

「うん?うん、わかった」


 焦ったように叫ぶアロールの言葉の意味が解らないままに、悠利は【神の瞳】を発動させる。何をされるのか解らずに不思議そうな瞳をしているスライム。大丈夫だよと安心させるように呟いて、そうして悠利は眼前に表示された情報を見た。




――エンシェントスライム【変異種】

  スライム系の始祖とも言われる最高位の種族。の、変異種です。

  スライムですがその戦闘能力は計り知れないものがあります。でも性格が温厚なので安心してください。

  この子は希に現れる変異種で、本来なら巨大なエンシェントスライム族にしては珍しく、現在のサイズが最大です。

  捕食能力が高く、自分の体積の百倍ぐらいまでなら飲み込めます。可愛いけど強いですよ?




 最近、【神の瞳】さんが色々と愉快な表現方法を覚えてきてるなぁ、と悠利は思った。最初の頃は、堅苦しい辞書みたいな感じの表現だった。それが今では、まるでフレンドリーなお手紙みたいな感じだ。とはいえ、カチコチした文章よりはこっちの方がわかりやすいし、読んでいて楽しいのでそれで良いや、と悠利は思った。

 ……【神の瞳】さんは、持ち主に合わせて、間違った方向にアップグレードされていた。

 

「エンシェントスライムの変異種らしいよ?君凄いねー」

「……ま、マジか…」

「アロール?」

「超レアの魔物だよ!」

「……まさか、食べたりしないよね?」

「何でそっちになるんだよ!」

「いや、魔物のお肉美味しいって言うから…」


 ぺしーんとアロールは悠利の頭をひっぱたいた。天然は相変わらず方向性が間違っている。アロールは仕方なく、悠利に懐いてご機嫌なエンシェントスライム(ただし変異種)に向き直り、声をかけた。


「君はどこから来て、どこへ行くつもりだったの?あと、何でユーリに付いてきたの?」

「キュイ」

「……そっか。腹減ってたのか…。つーか、何で王都に?」

「キュキュイ!」

「……うわ。それは災難。で、今後どうするの?」

「キュピー?」

「……え。マジで?」

「キュピー!」

 

 真顔でサッカーボールサイズの金色の半透明なゼリー状生物と会話をする10歳児。しかも首に白蛇を巻いている。普通に考えて色々アレだが、アロールは魔物使いだし、スライムは超レア魔物なので、別の意味でも色々アレだった。しかしそれを見ているのが悠利だけなので、そんなことよりも、会話内容が気になっているようだった。乙男オトメンはぶれない。

 

「ねぇねぇ、アロール。その子なんて言ってるの?」

「変な奴らに捕まりそうだから逃げてきたって。出来るならユーリの傍に居たいって」

「何で僕!?」

「……子犬に擬態してたときに、優しくしてくれたから、だって」

「えー…。あれだけ可愛い子犬だったら、多少汚れてても誰でも可愛がると思うけど…」

「いや、明らかに気配に何か違うもの混ざってたから」

「え?そう?ごめん。僕解らない」

「だろうね!」


 戦闘能力はからっきしな悠利には解らないことだった。その代わり、【神の瞳】が危険判定を出さなかったので、このスライムは害意が無いということになる。キュピキュピ鳴いているスライムは、悠利に体当たりをしつつ、甘えている。意思疎通が図れる魔物使いのアロールでは無くて、拾ってシャワーして牛乳をくれた悠利に懐くスライム。何かがオカシイ。


「……んー、この子、飼いたいって言ったら、アリーさん怒るかな?」

「怒るより前に、どこで見つけてきたって怒鳴られるに100ゴルド」

「あ、それは確かに。…でも、悪い子じゃないよねぇ?」

「キュイ?」


 首を傾げるように身体を傾けるスライム。丸い身体では傾けたかどうかはわかりにくいが、目の位置が変わっているので傾けているのだろう。たぶん。そんな仕草も妙に愛らしいのは、サッカーボールサイズだからだろう。なお、本来のエンシェントスライムは超巨大で、2階建てぐらいのサイズになる。ダンジョンで出会ったら、その弾力性に富んだ身体も相まって、めちゃくちゃ倒しにくい魔物である。

 変異種であるこのスライムは、そのサイズだけでなく、性質も異質だったらしい。基本的にスライム族は温厚だが、ここまで人懐っこくはない。まるで遊んで遊んでと言うように、悠利やアロールに身体をすり寄せてくる姿は、子犬が構って欲しがっているようにも見える。


「……っ」

「アロール?」

「可愛い!」


 遂に誘惑に耐えかねて、アロールがスライムを抱きしめた。魔物使いのアロールは、魔物が大好きだった。珍しい魔物ということで緊張していたが、向こうから遊んでくれと言われては、誘惑に抗えない。ぎゅうぎゅうと抱きしめられても、スライムはキュイキュイと楽しそうに鳴いている。そんなアロールの姿に、首に巻き付いたままの白蛇が、呆れたように長い舌をちろろと伸ばしているのであった。




 なお、結局アリーには怒鳴られたが、何だかんだで飼うことが許されたので、翌日悠利は、冒険者ギルドに従魔登録をしにいくことになったのであった。


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