コロッケ再び!ツナマヨコーン。


「……なぁユーリ、今作ってるのって、コロッケだよなぁ?」

「そうだよ」


 大量のジャガイモを茹でながら、ヤックは訝しげな顔で悠利ゆうりに問いかけた。その答えの通り、本日の夕飯はコロッケだった。なお、コロッケは時々メニューに出てくる。大量に作り置きしておけば、軽食代わりにもなるので、割と好評なのだ。中身の8割がジャガイモなのだから、そりゃお腹がふくれるに決まっている。

 ちなみに、ヤックはコロッケが大好きだった。

 初回のインパクトが大きかったのもあるのだろう。だがしかし、農村育ちのヤックはジャガイモに馴染んでいて、その馴染んだジャガイモがメインディッシュに変身するコロッケが大好きだった。なので、ヤックが食事当番の時は、ちょいちょいコロッケが出てくる。最初に作ったときはジャガイモとミンチだけだったが、みじん切りのタマネギを混ぜて、ミンチも配合を変えたりして、色々と堪能している。大人向けに胡椒を多めに入れたり、ハーブを入れてみたり、あの手この手でコロッケは堪能されていた。

 なので、ヤックはコロッケの作り方をきっちり覚えている。使う食材も、覚えている。それなのに、今目の前にあるのは、普段コロッケに使っていない食材ばっかりなのだ。ヤックが疑問を抱いても無理は無かった。


「……何でコロッケ作るのに、マヨネーズいるの?」

「うん?今日のコロッケにはいるから」

「……あと、何でオイラ、さっきからずっと、茹でたトウモロコシを削いでんの?」

「バラバラにしないと使いにくいからだよ?」

「……それじゃ、最後にもう一つ。何でミンチの代わりに、魚の油漬けが大量に用意されてんの!?」


 三度目の質問は、絶叫でぶつけられた。

 そう、ヤックが最大の疑問を抱いたのは、そこだった。コロッケを作るはずなのに、肉がない。ミンチが存在しないのだ。ヤックの中では、コロッケとはジャガイモとミンチとタマネギで作る料理だった。それゆえの絶叫なのだが、悠利は不思議そうに首を傾げた。


「使うからだよ?」


 他に返答のしようがない悠利だった。何故なら、悠利にとってはそれが普通だったから。コロッケに様々な種類があるということを、ヤックはまだ知らなかった。一番作りやすい、オーソドックスなコロッケしか作ってこなかったから、というのもある。だがしかし、そこの認識のズレは、大変大きなものだった。

 暢気な悠利の返答に、ヤックは机の上の、魚の油漬けを見て、自分が削いでいるトウモロコシを見て、首を捻った。理解出来なかった。何故この食材でコロッケになるのか、彼には全然解らなかったのだ。

 なお、魚の油漬けは、マグロだ。巨体の魚なので身をたくさん採れるが、鮮度を保つのが大変という理由で、油漬けが主流として扱われている。生でマグロを食べられるのは、海の近くぐらいだ。今、彼らの目の前にあるマグロの油漬けは普通のマグロだが、時々、マグロ系の魔物の物も流通している。肉と同じように、魚も魔物食材は普通に美味しい。

 ただし、魚の場合は、魔物食材も、普通の魚も、どちらも食用として流通している。肉とは違うのだ。あと、魔物食材の方がレア扱いなので、お値段もそれなりにする。理由は、陸上と違って海上では、魔物を倒すのも大変だからだ。そもそも、水の中にいるので、攻撃が当たりにくい。


「ねぇ、ユーリ、これ、本当にコロッケ?」

「コロッケにするよ?」


 茹でて潰したジャガイモに、油を切ったマグロの油漬け、いわゆるツナを放り込み、バラバラに解したコーンも放り込む。丁寧に混ぜると、マヨネーズと塩胡椒で味を調える。手慣れた動作で混ぜていく悠利を見ながら、ヤックは訝しげな表情を崩さない。どう見たって、これは、変則ポテトサラダを作っているようにしか見えなかった。…まぁ、概ね間違っていない。

 ポテトサラダにするときよりも、マヨネーズは少々控えめに。あまりべたつかないように注意しながら、けれど味がちゃんと付くようにと調整している。ツナとコーンとジャガイモ。しかも味付けはマヨネーズ。ヤックでなくても、ポテトサラダに見えるだろう。


「このまま食べたらポテトサラダだけど、形を整えて衣を付けて揚げたら、コロッケになるよ?」

「……ユーリ、コロッケなのに、マヨネーズ味なの?」

「まろやかになって美味しいよ?あとね、ヤック」

「うん?」

「コロッケって、色んな種類があるからね?」

「は!?」


 ぽかんとしているヤックに、悠利は指折り数えてコロッケの内容を説明する。


「まず、ジャガイモを使っているのが一般的な種類。でも、カボチャとかサツマイモとかでも作るよ。それに、クリームコロッケの類もあるし。あと、味付けを色々変えて、それぞれのオリジナリティを出してたりもするしね」

「…え?え?コロッケって、種類あるの!?」

「あるよ。全部コロッケ。何々コロッケって呼ぶけど」

「じゃあ、コレも、コロッケになるの?」

「なるよ」

「意味解らないよ、コロッケ!!!」


 コロッケという料理は一つしか存在しないと思っていたヤックにとって、青天の霹靂だったのだろう。自分の大好きな料理に、無数の可能性があるというのは、ある意味では大変ありがたい。ありがたいのだが、理解の範疇を超えていて、どう対処して良いのか解らなかった。

 そんなヤックに向けて、悠利は一言。


「でも、どんな種類でもパンはパンでしょ?そんなものだよ」

「わかりやすいけど、納得しにくい!」

「そんな文句言われましても…。とりあえず、丸めるの手伝って?」

「……了解」


 手にべたつかない程度にマヨネーズで味付けをしたタネを、二人でいつものように丸める。丸めるときの注意点は、コーンが外側に飛び出さないようにすることだ。うっかり外にコーンがあると、揚げるときに破裂する。凄まじい音を立てて破裂するコーンは、ありがたくない。それでなくてもコロッケは、うっかりすると割れてしまうというのに。

 二人で手分けして丸めながら、コーンがはみ出ないように注意をする。見た目も味もポテトサラダなので、ヤックはコレがコロッケに進化するのかどうか心配なようだ。だがしかし、問題無いのだ。小麦粉をまぶし、卵液にくぐらせ、パン粉を纏わせた後に揚げれば、立派にコロッケだ。ジャガイモを使っているのだからコロッケで問題はない。


「それじゃ、試しに一つ揚げてみるよ?揚げたらまた味が変わるからね」

「わかった」

 

 味見は既に済ませているヤック。彼の中で、食べてもやっぱりあのタネはポテトサラダだった。もっとも、誰がどう見てもポテトサラダなのだ。ツナマヨコーンとジャガイモなんて、どう考えてもポテトサラダである。だがしかし、それをコロッケにしちゃうから、悠利なのだ。

 なお、マヨネーズで下味を付けるのは、何もポテトサラダにする必要があるわけでは無い。ただ、マヨネーズを使うことによって、食べるときに何も付けなくても良くなる。コロッケは醤油をかけたり、ソースをかけたりとお好みで味付けを追加するのも文化だが、アレは衣に味が付くので、サクサク感が弱まるのだ。あと、かけすぎは塩分の取り過ぎになって身体に良くありません。

 そういったこともあって、先に味を付けてしまうというのが悠利流だ。なお、ツナとコーンを使っているのは、味が上手にまとまったというのもあるが、そもそもが最初は、ミンチを使わない肉っぽくないコロッケを模索した結果だった。別にカロリーは下がっていないが、肉っぽさは減っているので、食べやすいのだ。なお、マヨネーズのお陰でまろやかクリーミーになって、更にお子様大好きツナとコーンなので、子供達には大人気だった。


「はい、どうぞ」


 きつね色に揚ったコロッケを小皿の上で半分に割ると、悠利は一つをヤックに差し出した。まだ熱いそれを摘まんで囓るヤック。驚いたようにその眼が見開かれた。

 それは、確かに彼が知っているコロッケとは別物だった。ミンチの肉汁も、タマネギの甘みも、ジャガイモの旨味も存在しない。だが、いつものコロッケよりも、なめらかだった。いつもは味気ないと思っていた魚の油漬けも混ざり合っていて旨味になっている。コーンは異なる食感と甘みをくれた。そして何より、ほんのり感じるマヨネーズの味わいが、ヤックを虜にした。


「ユーリ、これ、美味しい!」

「ポテトサラダが好評だったから、これも大丈夫だと思ったんだよね~。んー、揚げたてはやっぱり美味しい」


 熱々をはふはふ言いながら食べるのも、コロッケの醍醐味だ。久しぶりに食べるツナマヨコーンコロッケに、悠利の顔も笑顔になる。オーソドックスなコロッケも美味しいが、たまには違う味も食べたくなるのだ。ポテトサラダが皆に好評だったので、こっちもたぶん大丈夫だろうと思って作ってみたが、ヤックの反応を見る限り、問題なさそうだ。

 なお、唐突にこれを作った理由は、市場でマグロの油漬けを発見したからだ。こちらの世界にツナが存在するとは思わなかったので、ついつい大量に購入してしまった。ツナは何だかんだで使い勝手が良いのだ。明日の朝は、多めに作ったマヨネーズを活用して、ツナマヨサンドを用意しようと思っている。卵サンドも美味しいが、ツナマヨサンドもまた美味なのである。

 

「なぁ、これ、何かいつもよりジャガイモが柔らかくない?」

「マヨネーズ混ぜたから、なめらかになってるんだと思うよ?」

「あと、魚の油漬け、こんな風に使えるんだな」

「ていうか、ツナとマヨネーズは相性最強だよ。明日はサンドイッチにするから楽しみにしてて」

「むしろ今食べたい!」

「明日の朝ご飯です」


 新しいメニューに飛びつこうとしたら、笑顔でばっさり切られたヤック。こういう時の悠利は、笑顔で全然譲ってくれない。食べてみたいのに、とぶつくさ文句を言うヤックだったが、明日の朝まで待ってと言われたら、逆らえなかった。仕方ないので、大人しくコロッケを揚げ始める。

 揚げていると、その匂いに釣られたのか、まだ夕飯前だというのに何人かが姿を現す。お、またコロッケか?というお馴染みの反応をする面々に、ヤックはこっそりと笑みを浮かべた。いつものコロッケと違うというのは、衣が付いた状態では判断できない。食べた時にビックリすれば良いのだと少年は思った。ちょっとした悪戯心だ。

 

「ユーリー、味見一つ」

「ありません」

「形崩れたのとか無い?」

「そういうのは僕とヤックで食べるから、ありません」

「そこを曲げて」

「曲げません。もうじき夕飯だから、大人しく待ってて」


 カウンターから中を覗き込んで軽口を叩いているクーレッシュと、その隣で、目をキラキラと輝かせて食事を待っているレレイ。お馴染みの二人のお馴染みの行動に、ヤックは苦笑した。アジトに居るときのこの二人は、いつもこうやって悠利にちょっかいをかけている。まぁ、年齢が近い彼らなので、距離感も近いのだろう。基本的に年上はさん付けで呼ぶ悠利だが、クーレッシュとレレイの二人は呼び捨てにしているのがその見本だ。

 

「で、今日の夕飯コロッケ?」

「コロッケだよ」


 そこで詳しい説明しないんだ、とヤックは思った。自分はちょっとした悪戯心だが、悠利はどうなのだろう。そう思って、コロッケを揚げ続けている悠利を見て、ヤックは気づいた。あ、何も考えていない、と。ヤックに何も説明せずに、いつもと違う材料を並べて、コロッケを作ると言ったときと同じだった。悠利の中ではコロッケはコロッケなので、中身が違うという説明はすっぽり抜けているらしい。

 


 食べたら皆騒ぐんだろうなぁ、とヤックが思ったのだが、現実は正しくその通りになって、あちこちで「コロッケって種類あるの!?」状態に陥ったのであった。

 

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