ツナマヨサンドとベーコンエッグトースト。


 早朝の台所に、カチャカチャと何かを混ぜ合わせる音が響く。音の発生源は悠利ゆうりで、ボールの中身を混ぜ合わせていた。中身は、油を切ったマグロの油漬け、ツナと、マヨネーズだ。ボールは何故か三つ用意されていた。理由は単純。味が少しずつ違うからだ。

 一つ目のボールは、シンプルにツナとマヨネーズを和えただけ。二つ目は、マヨネーズだけでなく胡椒を多めに入れたもの。そして三つ目は、マスタードも混ぜ合わせたものだった。朝食用のサンドイッチの具材なのだが、それぞれの好みを聞いてから挟もうと決めたのであった。

 味覚がお子様な見習い組はともかく、大人たちならば、胡椒多めとかマスタード入りとかを気に入りそうだと思ったのだ。なお、悠利はそれほど辛いものが得意では無いので、マスタードの分量は適当だった。目分量とも言う。常日頃から彼の料理は何となくの感覚で作られている。…お菓子類は別として。


「ユーリ、サンドイッチのパンの厚み、こんなもん?」

「うん。それで大丈夫。ありがとう、カミール」

「どういたしまして。それが仕事だしな」


 ツナマヨを大量に作っている悠利の傍らでは、カミールが延々とサンドイッチ用に食パンをスライスしていた。耳を丁寧に落としているのは、悠利がそうやってサンドイッチを作っていたのを見ていたからだ。このパンの耳はパンの耳で、後ほどおやつに加工されるのが解っているので、勿体なくは無い。ちゃんとボールに放り込んで残してある。

 本日のメニューは、ツナマヨサンドと野菜サラダに、野菜スープ。そして絞りたての牛乳。割とシンプルな朝ご飯だった。それで終わりだと物足りなくないかな?とカミールが考えている間に、悠利は別の作業に取りかかっていた。ツナマヨを作り終えたらしい。

 悠利が取り出したのは、ベーコンの塊だった。これはオーク肉で作られたベーコンで、部位はバラ肉を選んだ。理由は、悠利が食べ馴染んでいるベーコンがバラ肉だったからだ。他の部位も売っていたし、モモ肉は立派なハムになっていた。魔物肉は加工しても美味しいらしく、旨味が段違いだ。このベーコンをカリカリに焼いたものだけで、十分おつまみになる。

 さて、そんなベーコンを、悠利はスライスしていく。厚すぎず、薄すぎず、火を通すのにそれほど苦労しない、けれどしっかり風味を味わえる程度の厚みを残して切っていく。大量にベーコンを切る悠利を横目に、カミールは焼いたベーコンをサラダの横にでも並べるのか?と考えた。


 だがしかし、悠利はそんな事を考えてはいなかった。


 サンドイッチ用のパンを切り終わったカミールからパン切り包丁を受け取ると、少し厚めのトーストサイズに食パンを二枚切る。切った後、並べたその表面に薄くバターを塗る。そして、何故かベーコンを両端にぺたりと乗せた。


「ユーリ?」

「とりあえず、見本も兼ねて賄い先に作っちゃうね?」

「あ、うん。それ、俺らの朝食な?」

「そうだよ」


 ベーコンを並べると、何故かマヨネーズを取り出した。そのマヨネーズは、先日タルタルソースを作ったときに一緒に出てきた容器に入れられていた。…日本人にはお馴染みの、チューブタイプのマヨネーズの完成だ。捨てるのが勿体なかったので、こうして再利用をしている。

 なお、それでも幾つも余ったので、街の子供達に水鉄砲としてプレゼントしたら、遊びながら水まきが出来ると言うことで好評だった。この世界の子供達は、遊びとお手伝いを両立させることが得意らしい。素晴らしい。

 さて、そのマヨネーズで、悠利は食パンをぐるりと囲って見せた。土手を作ると言えばわかるだろうか。そうしてマヨネーズで囲いを作ると、悠利は当たり前みたいに、その囲いの中に生卵を割った。透明の白身も、ぷるんと揺れる黄身も、マヨネーズのお陰でこぼれ落ちることがなく、パンの上に留まっている。

 何をしているのかわからずに首を捻っているカミールの前で、悠利は塩胡椒を生卵にぱらぱらとふりかけた。そこでふと思いついたのか、粉末のバジルもぱらぱらと散らし、最後に薄く細く切って保管しておいたチーズも乗せた。そしてそれをそのまま、オーブンへ放り込む。


「カミールは、バジルとかチーズどうする?」

「あ、全部乗せる」

「了解」


 同じようにカミールの分も作ってしまうと、並べてオーブンへ。スイッチを入れて焼き上がりを待つ間に、スープを温め、野菜サラダを器に盛りつける。カミールにその作業を任せる傍ら、悠利は自分とカミールの分のツナマヨサンドを作った。なお、二人ともプレーンタイプだ。胡椒が多いのもマスタードが入っているのも、彼らの好みでは無かった。一応味見はしたので。

 半分に切ったツナマヨサンド。綺麗に盛られた野菜サラダ。熱々のスープ。反対に冷蔵庫から出されたばかりで冷えている牛乳。そして、ツナマヨサンドの隣に、焼けたばかりのベーコンエッグトーストが並ぶ。オーブンで焼かれた生卵は立派に目玉焼きに変化していた。ベーコンもしっかりと火が通り、チーズがとろりと溶けているのもまた、食欲をそそった。


「ツナマヨサンドとベーコンエッグトーストのモーニング完成~」

「肉が無いと思ったら、こっちでベーコンと卵使うつもりだったんだ?」

「うん。何か無性に食べたくなって。たまには面白いでしょ?」

「……面白いで終わるんだ。ユーリすげーな…」


 昔見た映画で、トーストに目玉焼きを乗せて食べるのがとても美味しそうだったのだ。その後、パン屋などで目玉焼きの乗ったトーストが売られるようになって、時々見かけていた。だが、別に食パンと卵さえあれば自宅でも作れる。とはいえ、いちいち目玉焼きを作って乗せるが面倒くさかったので、最初から生卵をのせてみたのだ。

 …なお、マヨネーズで囲いを作るという発想が出てくるまでは、卵がこぼれ落ちて大変だった。失敗は成功の母なのだ。


「それじゃ、いただきます」

「いただきます」


 仲良く手を合わせて唱和すると、二人は食事に手を付ける。サラダは新鮮野菜で作ってあるので、味付けは塩であっさりと終わらせている。いつもはマヨネーズをかける者もいるが、今日はツナマヨにもトーストにも使っているので、あえて使わない二人だ。というか、逆にシンプルな塩味が美味しかったりする。メリハリ大事。

 ツナマヨサンドは、マヨネーズとツナの抜群の相性が発揮されている。食パンも、本日焼きたての柔らかいパンなので、ふんわりとツナマヨを包み込んでくれる。食べやすいので、気づいたらぺろりと一切れ食べ終わっていた、みたいな状態だ。

 そしてベーコンエッグトーストだが。こちらはこちらで、端っこにはベーコン、中央には目玉焼き。それを囲っているマヨネーズと、ちりばめられたチーズの味わいで、何だか上等な料理みたいになっている。トーストって何だったっけ?とカミールはちょっとばかり自分に問いかけたかった。こんな贅沢なトーストがあって良いのか、彼には全然わからない。トーストは、焼いてバターやジャムを塗って食べるものだと信じていたので、価値観がぶん殴られている。

 なお、そんなカミールをそっちのけで、悠利ははむはむとトーストを食べ進めている。ベーコンと一緒に食べる食パンも美味しいが、柔らかな焼きたて目玉焼きと一緒に食べるトーストは、また別格だ。とろりと黄身が零れてくるのを、落とさないようにあわあわしながら食べるのもまた、楽しい。塩胡椒とバジル、チーズで味付けをしているので、卵もちゃんと味がある。これ一枚で大満足になること間違い無しだった。


「とりあえず、これで満足して貰えるかなぁ?」

「むしろ、人によっては分量多いんじゃねぇ…?」

「多いかなぁ…?」

「ジェイクさんとか、朝はあんまり食べないし」

「そういう人は、トーストを薄めにしようか」

「聞いてみれば?」

「そうする~」


 のほほんと賄いを食べる二人。皆が起きてくるまではまだ時間がある。のんびり朝ご飯を楽しもうと思っていた。それは間違いでは無い。いつもなら、それで良かった。

 だがしかし。


「ナニソレ!?ツナマヨのサンドイッチだけじゃなかったの!?」

「新メニュー、増えた」

「カミール、それ、何乗ってんだ?」

「……うわぉ、おはよう。お前ら、何でそんな早起きなんだよ」

「「新メニュー食べに来た」」

「ハモんなよ…」


 驚愕の叫びを上げたのは、昨日悠利にツナマヨサンドを強請って、「明日の朝食だからダメ」とすっぱり切り捨てられていたヤックだった。楽しみ過ぎて、早起きをしたらしい。そして、マグが目敏くベーコンエッグトーストに目を付けて、ぼそりと呟く。ウルグスは食べているカミールに問いかけている。その心は三人共に一緒だった。美味しい朝ご飯を、食べたこと無い新メニューを、早く食べたかった。それだけだ。実にわかりやすい。

 もごもごと口の中のサラダを咀嚼しながら、悠利が首を傾げつつ三人を見ている。生野菜はしっかり良く噛まないと、消化に悪いのだ。生野菜だけでは無いけれど。食べ物はしっかり噛んでから飲み込みましょう。理想は一口を30回だが、流石にそこまで丁寧にはやっていない。けれど、良く噛めば噛むほどに、満腹中枢は刺激されて過食は減るし、消化、分解、吸収などの工程がスムーズに行われるのは事実である。

 あと、良く噛むと顎の力が強くなるので、健康に良いらしい。


「皆おはよう。早いねぇ。もう食べる?」

「「食べる!」」

「……俺とユーリ、まだ食ってる最中なのに…」

「カミール食べてて良いよ。とりあえず作ってくるから。食べ終わったら交代して」

「了解」


 温かいウチに食べた方が美味しいベーコンエッグトーストを平らげていた悠利は、三人を連れて台所へと移動する。お前らいつもの時間に来いよー、などとカミールがぼやいているが、三人は気にしていなかった。


「じゃあまず、ベーコンエッグトーストを用意するね。パンの厚みは僕等と同じぐらいで大丈夫?」

「俺はもうちょい分厚く」

「オイラは同じぐらい」

「……薄め」

「はいはい。了解。ウルグスが分厚くして、ヤックが同じぐらいで、マグが薄めだね?」


 こくりと頷く三人の希望通りにパンをスライスすると、悠利は慣れた仕草でベーコンを両端に並べ、マヨネーズで土手を作る。手早く生卵を割ってのせれば、三人が不思議そうにそれを見ていた。塩胡椒は全員分に基本で施すのでぱらぱらと振りかける。


「胡椒多めとか、バジルとか、チーズとか、どうする?」

「胡椒控えめ、バジルとチーズ」

「オイラ、チーズだけ!」

「胡椒多めのみ」

「……君たち本当、好みがバラバラだよね。わかりやすいから良いけど…」


 言われた通りのトッピングをしながら、悠利は思わず苦笑した。ウルグスは胡椒が多いと舌が痺れるとぼやき、ヤックはチーズだけのが美味しそうと言い、マグは胡椒と塩だけで勝負するとかわけのわからないことを言っていた。今朝も見習い組は元気だった。

 希望通りのトッピングでオーブンに放り込むと、ツナマヨのサンドイッチになる。こちらも中身が三種類あるので、それぞれ希望を尋ねた結果。


「マスタード入りで」

「オイラ普通の」

「普通」


 という結果だった。ウルグスはマスタードは嫌いではなく、ソーセージに付けて食べたりしているので、マスタード入りを希望したのだった。調度良いからマスタードの分量がどんな感じが聞いておこう、と悠利は思った。悠利もカミールもマスタードがそこまで好きでは無いので、バランスがわからない。ヤックとマグが普通を希望したのは、シンプルなツナマヨを食べたかったからかもしれない。

 そうして出来上がったツナマヨサンドとベーコンエッグトーストを含む本日の朝食を、三人は大満足で食べていた。どっちも美味しいと告げたのはヤックで、ベーコンエッグトーストは昼でも食えるとコメントしたのがウルグス。マグは黙々と食べていたが、スピードがそこそこ速かったので、お口には合ったらしい。

 

「ウルグス、マスタードどんな感じ?」

「これぐらいで良いんじゃね?これ以上入れたら、マヨネーズの風味が弱くなるだろ」

「そっか。ありがと」

「いや、今日も上手い飯、サンキュ」

「いえいえ。これが僕の仕事だしねぇ」


 へにゃりと笑った悠利に、お代わり!と片手を上げて訴えるヤック。サラダもスープも牛乳も完食していたので、希望通りにツナマヨサンドが与えられた。実に嬉しそうな笑顔であった。

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