自分専用の錬金釜を手に入れました。
「うわぁ、凄いですねぇ…」
そして、悠利を驚かせたのは、それだけではない。その巨大な錬金釜の側に、一人の男が立っていた。小柄だが筋骨隆々としており、髭もじゃで、色黒で、明らかに人間ではないと解る程度には毛むくじゃらだった。顔立ちは皺が刻まれた所から判断しても、そこそこ年配だろう。
「……ドワーフ?」
ぽつりと悠利が思わず呟いたが、傍らに居たアリーも、眼前の男も、首を傾げている。悠利には目の前の男はドワーフにしか見えなかったのだが、この世界での呼び名は違う。
「ユーリ、この親父は山の民の錬金鍛冶士で、名前はグルガルだ」
「お前さんが今日の客か。ふん、こんなひよっこを連れてくるなんぞ、何を考えとるんじゃ、アリー坊」
「坊は止めろ、親父」
「えーっと、ユーリです。よろしくお願いします」
じろりと睨め付けるような鋭い視線を向けられても、悠利はとりあえずぺこりとお辞儀をした。何だかんだで肝が据わっているのだ。ふんわりとした雰囲気を裏切って、全然動じない悠利に、グルガルは面白そうに目を細めた。元々細い目が余計に細くなる。
グルガルは、山の民と呼ばれる種族だ。山に住み、鉱物を掘り、加工することに長けた一族。小柄な体躯ながら力は強く、鍛冶によって鍛えられた肉体は、並の戦士よりも遥かに逞しい。男女問わずに力に優れ、なおかつ貴金属の類の扱いにかけては天下一品。鍛冶という分野においては、ハーフリングと並んで優れていると言われる種族だ。
細かい細工を得意とし、手先の器用さとその芸術的センスによって作品を作り上げるのが、ハーフリング。対して山の民は、金属の加工に優れ、武具の作成を任せれば右に出る物はいないと言われている。大雑把に分類するならば、物作りは山の民が得意で、細工はハーフリングが得意というところだろうか。とはいえ、どちらの種族も双方の作業を得手としているのは事実である。
さて、そんな山の民であるグルガル。この男は、アリーが口にしたように、錬金鍛冶士と呼ばれる
錬金釜はそもそも、最初の一つは、古代遺跡から発掘された
……なお、手作業で作っていた頃も、「……何でこれでこれが出来上がるんだろう?」と技術者たちは首を捻っていた。作っている面々ですら構造がよくわからない謎物体。それが、最強の
「で、このひよっこに錬金釜を与えるというわけか?」
「……俺の錬金釜でやらかされるぐらいなら、専用を与えた方がマシだと思ったんだよ」
「何じゃそりゃ」
「聞いてくれるな」
明後日の方向に視線を逸らすアリー。意味が解らずに眉間に皺を刻んでいるグルガル。悠利はといえば、慎ましやかに、大人しく、ぺこりとお辞儀をしておいた。アリーに色々怒られた経験はちゃんと覚えている。……覚えていて、また似たようなことをやらかすのだが。物覚えが悪いわけではないのだが、悠利の中で、錬金釜=便利な調味料作成機になっているのが原因だろう。人間、便利なものを見つけたら、そっちに流れてしまうのだ。きっと。
二人の反応から聞かない方が良いと察したのか、グルガルは悠利に小さな金属の棒を渡してきた。その先端には無数の糸のようなものが繋がっていて、視線で追えば、棚に陳列されている無数のインゴットや宝石と繋がっていた。
「……何ですか、これ?」
「錬金釜をオーダーメイドする時は、素材から決めるんじゃ」
「これを握ったら素材が決まるんですか?」
「そうじゃ」
よく解らなかったが、グルガルがそう言うならと、悠利は金属の棒を握った。アリーも特に何も言わなかったので、それで正しいのだろうと思った。握っていると体温が金属の棒に移り、そして、じわり、と透明だった糸に色が付いて、その色が走る。走って、繋がった先へと一気に伸びた。
そして、赤が一つ、オレンジが二つという色で、停止した。それが伸びた先を悠利はのほほんと視線で追っていたが、アリーは素早く確認して、目をそらした。グルガルは、細い瞳をこぼれ落ちるほどに見開いて、驚愕していた。
「……アリー坊」
「坊って言うな」
「お前さん、いったいどんな存在を連れて来たんじゃぁあああああ!」
「ウチの家事担当だよ!」
「阿呆ぬかせぇええええ!」
山の民のグルガルは、声が大きい。地声が無駄にデカイ。その叫びを近い場所で受けた悠利は、ぐわんぐわんと頭の中で声が反響するのを感じて、その場に蹲った。普通に頭が痛い。だがしかし、そんな悠利の反応など気にせずに、グルガルはアリーに食ってかかっていた。アリーはアリーで、やけっぱちのように返答をしている。確かに彼の返答は間違ってはいないのだが、正しい情報を全部伝えているわけでは無いので、怒られても仕方ない。
グルガルが叫んでいる理由は、悠利の錬金釜に適性と判断された素材が、規格外だったことによる。赤は最適、オレンジは適応率が高い、という事になる。本人の能力や相性によって色が変わるのだが、そうして悠利が引っ張り出した素材が、色々アウトだったのだ。
「……どこの世界に、ヒヒイロカネと最適な適合率を叩き出す人間がおるんじゃ!」
「ここにいたな」
「アリー坊!」
「俺に叫ぶな、親父!俺だって、こいつがそこまでやらかすとか思ってねぇよ!」
伝説の金属の一つである、ヒヒイロカネ。とあるダンジョンから発掘できる以外の入手方法が存在しない、レア金属の一つだ。魔石との適応率も高く、それを用いて
なお、赤色だったのはヒヒイロカネで、その時点でグルガルが絶叫しているのだが、実はオレンジ二つも割とオカシイ。
ヒヒイロカネに継ぐ稀少金属として知られている、オリハルコン。こちらは名称がヒヒイロカネよりよく知られている分、最高品質の金属だと皆に認識されている。なお、オリハルコンがオレンジだったのは、「悠利の能力が足りない」のではなくて、「オリハルコンでは悠利の能力を引き出しきれない」という意味で、オレンジだ。可能ならば、オールヒヒイロカネとかやりたかったに違いない。
最後の一つも、オレンジ。これは、金属二つと宝石一つという割合で配合が決められているので、宝石になる。そしてこの宝石も、色々おかしかった。ダイヤモンドは貴重な宝石として知られているが、その中でもなかなか産出されない、バイカラーダイヤモンドというものだった。バイカラーダイヤモンドは、一つのダイヤモンドの中に、二つの色が入っているという、とても珍しい種類なのだ。
「……そもそも、何でそんなもん置いてあんだよ」
「ふん。手に入ったなら並べておくべきじゃろうが」
「……とりあえず、それで作ってやってくれ」
「代金はどうするんじゃ。そこのひよっこに払える金額ではないじゃろうが」
「……一旦俺が立て替える」
「…………アリー坊、お前さんがそこまでするのか?」
不思議そうに問いかけたグルガルに、アリーは面倒そうにぼやいた。それは彼の本心だった。
「いっそ、ちゃんとした錬金釜を与えた方が、俺の錬金釜が壊されずにすむ」
「……アリーさーん、僕、別に錬金釜壊すつもりとか無いんですけどぉー?」
「やかましい。どうせお前、これからも思いつきで錬金釜使うだろうが!」
「…………てへ?」
「てへ?じゃねぇ!」
怒鳴られて、悠利は誤魔化すように小首を傾げてみせた。童顔の彼がやるとますます子供っぽい。普通ならほだされるだろうが、アリーはむしろ逆に怒った。実年齢を知っている上に、今まで色々やらかしてきたのを理解しているので、怒るしか無い保護者なのだ。
そんな二人のやりとりを見ていたグルガルは、ため息をつきながらも、ヒヒイロカネを棚から取り出していた。なお、続いてオリハルコン、バイカラーダイヤモンドを取り出した親父殿は、白い目でアリーを見ていた。こんな素材を引っ張り出す人材を、どこから連れてきたと言いたげである。だがしかし、アリーにしてみれば、俺は悪くねぇ!という気分だろう。そもそも、偶然が重なって出会っただけなのだから。
「……ひよっこ」
「はい」
「この素材で、お前さん用の錬金釜を作ってやる」
「ありがとうございます」
「出来上がるまでは数日かかる。それと、血を一滴貰うぞ」
針を差し出され、悠利はぽかんとした。そんな悠利に対して、アリーが説明をする。
「オーダーメイドの錬金釜は、所有者との適合率を高めるために、その血を製造に混ぜるんだよ」
「オーダーメイドじゃない錬金釜には、使わないんですか?」
「あぁ。そっちは作り置きだな。素材もそれぞれ変えてあるが」
「言っておくが、オーダーメイドに比べて、相性は悪いぞ」
二人の会話に口を挟むグルガル。その発言の意味を説明するなら、「相性の良く使い勝手の良い錬金釜を求めるなら、オーダーメイドでしっかり作れ」と言うことだろう。…なお、駆け出しの錬金術師などは、オーダーメイドなど買えないので、安い素材の既製品を買うのだが。
アリーが悠利をオーダーメイドの職人であるグルガルの元へ連れてきたのは、悠利のスペックを考えてのことだった。既製品では釣り合わないと考えたのは、悠利の
とはいえ、それをグルガルに告げることは出来ないので、親父殿の追求をのらりくらりとかわすことになってしまうのだが。
「そうだ、ひよっこ。何かデザインで注文はあるか?」
「デザイン?」
「図に書けるなら、書いておけ。それに近づけてやる」
「えーっと、図に書くほどじゃないんですけど、持ち運びしやすいように両脇に取っ手が欲しいです」
「……アリー坊、このひよっこは、錬金釜を持ち運びするのか」
「……してやがるな」
普通、錬金釜は使用する部屋に置いたままだ。持ち運ぶ必要性など存在しない。だがしかし、悠利はアリーの部屋から借り受けて、食堂で作業をすることが殆どだ。きっと今後も、自分の部屋ではなく、食堂やリビングなどで行うだろう。予想が出来るだけに、アリーは小さくため息をついた。
「まぁ、良い。なら、取っ手を付けておいてやる」
「ありがとうございます」
「……しっかし、こんなひよっこが、この素材ねぇ…?」
「「……」」
まだ納得していないらしいグルガル。二人はそっと、視線をそらした。そこは触れないでください、という気分だった。触れられると色々と困る。今後も追求から逃げまくる予定の二人であった。
後日完成した錬金釜に、悠利は大喜びで、その後も色々なものを作っては、アリーの小言を誘発するのであった。
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