乾物ゲットで、顆粒だしが出来ました。


 その日、悠利ゆうりはまたやらかした。

 ただし、いつものことなのだが、当人にはやらかしたという自覚はちっともない。まったくない。ただただ、より良い生活、より美味しいご飯を求めて、いつものようにやっちゃっただけなのだ。悪気は無い。全くない。……欠片も悪気がないからこそ、余計に怒られるのかも知れない。


「……で、これは、何だ?」

「……顆粒だしです…」

「それは何だ」

「……乾物を砕いた、溶かしたら出汁になるもの、です」


 食堂のテーブルの上には、アリーの錬金釜さんが鎮座しておられた。今日も悠利がアリーに借り受けて、わくわくモードで実験を行ったのだ。そして、それは成功した。成功してしまったのだ。

 本日悠利が作ったモノは、前述の通り、顆粒だしだ。ハローズが、海の方から帰還して、乾物をたくさん届けてくれたことが原因でもある。ハローズはこれらの乾物を悠利がどう使うのかを知りたかっただけだ。鰹節、昆布、ワカメに煮干しなど、様々な海産物の乾物が、届けられた。

 そして、それらを見た悠利は、閃いた。閃いちゃったのだ。これらを錬金釜に放り込んで、色々配分を変えたりしてみたら、顆粒だしが作れるのではないか、と。乾物と、少量の塩を放り込んでスイッチオン。やってみたらあら不思議。あっという間に、1回分ずつ個包装された粉末のだしが完成したのである。


 そして、それを手にして成功を喜ぶ悠利と、何かと問いかけてくるハローズが盛り上がっているところに、アリーがやってきた、というわけである。


 先日、タルタルソースでやらかしたのに、全然懲りていなかった。というか、その後もタルタルソースは何度も同じようにして作っている。本日、ハローズにそれがばれて、笑顔で、「一緒に生産ギルドに参りましょうね?」とか言われちゃったのも、記憶に新しい。その上で顆粒だしまで作っちゃう辺り、悠利の中で錬金釜=便利に調味料を作れる魔法道具マジックアイテム、ぐらいの認識になっていた。

 確かに錬金釜は材料を入れたら、割と物理法則を無視して色々作れちゃう素晴らしい道具だ。使い手の技量と技能スキルとイメージに影響されるが、概ね、同じ素材を使えば同じようなものが出来上がる。品質はともかくとして、一定の安定した生産が見込めるという便利な道具だ。

 ……何でそれを使って大量に調味料を作り出すのかというツッコミは、してはいけない。だって悠利だから。


「確か今日は、ハローズが土産を持ってきた、だったよな?」

「そうです。その貰った乾物で、顆粒だしを作りました」

「だから、何でお前は、そうやって、錬金釜を、調味料作成に、使うん、だ?!」

「いたい!痛いです、アリーさん!ギブ、ギブギブ!!」


 アイアンクロー再び状態で、ギリギリと頭を掴まれて、悠利はバシバシと隣にあった机を叩いている。だがしかし、それぐらいでアリーのお怒りが収まるわけが無い。また何かやらかした、と遠巻きに眺める面々は、誰一人として助けてはくれなかった。

 ……なお、ハローズは未知の顆粒だし(個包装された紙袋パッケージも彼には十分未知だった)を手にしながら、真剣な顔で眺めている。商人の勘が、何かを訴えているのだろう。

 

「そもそも、何でこんなことしてんだ」

「……だって、乾物で取った出汁は美味しいですけど、一から出汁を取ってたら、時間かかるんです…」

「は?」

「それに、出汁を取って使うと水分になっちゃうし、粉末にしてしまえば、振りかけるだけで出汁の風味が加わるから、味付けとか調理とかすごく楽になるんです!」

「……だからそれで、何で、錬金釜使うっていう発想になるんだよ、お前は…」


 悠利の力説に、アリーは疲れたようにため息をついた。錬金釜とは、錬金の技能スキルを持つ者にしか扱えない、魔法道具マジックアイテムなのだ。普通の魔法道具マジックアイテムは使い手なんて選ばない。錬金釜は、使い手に使いこなせるだけの技量を求めてくる、ハイレベル魔法道具マジックアイテムさんなのだ。そして、それ故に、錬金釜でモノを作り出すというのは、ある種のステータスでもあった。

 というか、普通に、レアインゴットを作成したり、薬品類を的確に調合したり、素材を放り込んで別の魔法道具マジックアイテムを作ったりという、ハイスペックな存在だ。それを、調味料の作成という、誰も思いつかなかった方向で使いこなしている悠利の頭を、アリーがギリギリするのは無理の無いことだった。何でお前はそんな風に常識が無いんだ、という保護者の怒りである。


「時間短縮の為?」


 アイアンクローから解放された悠利は、不思議そうに首を傾げながら答えた。実に正直な感想だった。外野が、うわーと言いたげな表情で視線を明後日の方向へと逸らした。アリーは完全に脱力して、項垂れている。軌道修正不可能と悟ったらしい。……お父さん、悟るのが少し遅いです。今更です。

 そんなアリーの脱力からお説教が一時中断と判断したハローズが、ちょいちょいと悠利の肩を突いた。彼の手には悠利が作った顆粒だし(紙袋に個包装パック)が握られていた。


「ハローズさん?どうかしました?」

「ユーリくん、これ、売りませんか?」

「……ハイ?」


 ニコニコ笑顔のハローズに、悠利は頭に疑問符ハテナマークを浮かべて首を傾げた。言われた言葉の意味が、彼には全然理解出来なかった。悠利が顆粒だしを作ったのは、日々の料理が楽になるようにと言うだけだった。自分が料理をするときに楽がしたいから。ただそれだけなので、売るとか言われても全然意味が解っていなかった。

 ハローズは、悠利から顆粒だしについて説明を受けて、閃いたのだ。細かくなっているこの顆粒だしは、水に溶かすだけで出汁を作ることが出来る。また、顆粒なので、炒め物などに使うことも簡単になっている。これは絶対に売れる。主婦だけでなく、料理店にも売れる!と彼の行商人としての勘が叫んでいるのだ。


「……これ、ただ乾物を細かくしただけですよ?ちょっと塩は入ってますけど」

「勿論解っています」

「普通に出汁を取っても同じ味だと思いますよ?」

「えぇ、勿論解っています。ですがユーリくん、君が自分で言ったことですよ?」

「……僕?」

「はい。これを使えば、料理の時間が短縮できる、と」


 にこやかな笑顔のハローズに、悠利ははぁ、と気のない返事をした。ハローズがここまでぐいぐい来ている理由が全然わからなかったのだ。確かに、顆粒だしは料理時間を短縮してくれるだろうし、それを狙って悠利は作った。だがしかし、やはり相変わらず、売れるとか、売ろうとするとか、そういう発想は出てこない。

 けれど同時に、ふと疑問が湧いた。


「でもハローズさん、そもそも、この辺りの人たち、出汁を取る習慣があまり無いのでは?」

「無いですね。だから、乾物をどうやって売ろうかと考えていた部分もあります。勿論、名の知れた料理店の料理人ならば知っているでしょうが、庶民には馴染みがない文化だと思います。……実際、ユーリくんが作った味噌汁は、味噌だけで味付けをした味噌汁より美味しかったですしね?」

「味噌汁に出汁は必須です」


 悠利は真顔で言い切った。

 ココは譲れないポイントだ。外国人妻を得た日本人男性がぶつかる壁の一つらしい。味噌汁は、何も味噌で味付けをすれば良いわけではない。出汁が必要なのだ。味噌だけで味付けをしたら辛い。出汁と味噌、そして具材の旨味で作り上げられるスープ、それが味噌汁だ。

 

「つまり、出汁を取る習慣がない人々に、これを勧めるんですよ」

「顆粒だしを、ですか?」

「はい。これならばスープを作るときに、塩を入れるように入れれば良いだけですよね?それで味が変わるのならば、きっと売れます」

「……まぁ、僕の故郷でも、顆粒だしは生活必需品みたいになってましたけど」


 そもそもが、日本人は出汁と旨味に囲まれて育っている。顆粒だしは、生活に根付いてしまっているのだ。そして、顆粒だしの使い勝手と美味しさが広まれば、売れるかも知れない、と何となく思った。あくまで何となく。


「……あの、もしかして、販売する分、僕が作るんですか?」

「……俺の錬金釜でか」

「……デスヨネー」


 悠利がハローズに問いかけた瞬間、アリーが低い声でツッコミを入れた。悠利はその反応を予想出来ていたので、ハローズにどうします?と視線を向ける。だがしかし、ハローズは解決策をちゃんと考えていたらしい。というか、とりあえず初回分を悠利に作って貰うことを考えていたらしい。


「とりあえず、商品見本としてユーリくんに幾つか作って欲しいですけど、それ以降は他の錬金術師に頼みますよ」

「錬金術師どもが、そんな仕事を受けるか?」

「アリーさん、そこは貴方のように錬金の腕が良い人間の発想です。……どこでも、修行途中の若手は、仕事が無くて困っているものですよ」


 穏やかなハローズの言葉に、感じるところがあったのか、小さく呻く訓練生たち。彼らもまだまだ駆け出しに分類されるので、引き受けることの出来る仕事が少なかったり、報酬が低い仕事ばっかりだったりする。何事も積み重ねが大切なのだ。

 錬金術師たちも実力でピンキリで、レアアイテムを作れる凄腕から、基本の錬金が出来るだけの駆け出しまで様々だ。そして、顆粒だしは材料が簡単な上に、一度現物を見て味を確かめてしまえば、イメージするのも容易い。難易度が低いレシピなのだ。


「なのでユーリくん、明日は、生産ギルドに一緒に行きましょうね?」

「……えーっと、顆粒だしのレシピも登録するってことですか?」

「はい。勿論タルタルソースもです。アレも売れると思います」

「……アリーさーん」

「行ってこい」

「……はい」


 色々面倒くさい権利関係に関わりたく無かった悠利が放棄しようとしたが、アリーにだめ出しをされた。どうせ、ここでごねてもハローズがあの手この手で連れて行こうとするのは目に見えていた。それなら、すっぱり諦めて、最初から大人しく生産ギルドに行った方がマシなのだ。そして、とりあえずレシピさえ登録してしまえば、それ以降は悠利が商売に関わらなくても、ハローズが上手くやるはずだ。

 つまり、後々の面倒を考えたら、今、諦めて生産ギルドに向かった方がマシ、なのだ。何故なら、レシピを登録すれば、今後の供給は他の錬金術師が担ってくれるだろうから。


「じゃあ、ハローズさん、よろしくお願いします」

「はい。よろしくお願いします」


 色々諦めた悠利がぺこりと頭を下げるのと、ハローズがニコニコ笑顔で頷くのが、実に対照的だった。新しい商売の気配を察して楽しそうな行商人ハローズ。彼の目には、悠利が金の卵を産む鶏に見えていることだろう。何気なく、のほほんと、毎回色んな爆弾を落としてくれるのだから。




 なお、余談だが、同じ理屈で悠利は鶏ガラ、豚骨、牛骨の顆粒だしも作り出して、アリーの拳骨を貰い、ハローズに言われてそれらもレシピ登録した後、販売されることになるのであった。



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