タケノコたっぷりタケノコご飯。


「あぁ、ちょいとお待ちよ」

「はい?」


 日課の買い出しを終えた悠利ゆうりは、念願の品物、お揚げをゲットしてホクホク顔だった。市場の隅っこにある、お婆ちゃんが老後の道楽にやっていると宣うこの店は、時々妙な品物を扱っている。一般にはあまり流通していないそれらの中に、悠利にとっては馴染んだ和食の材料が転がっている事があるのだ。

 そして本日は、以前見かけて予約しておいた、お揚げの購入が叶ったのである。これで、ワカメとお揚げの味噌汁が作れる。あと、葉物を炊いた時の出汁が増える。


「アンタ、割と珍しい食材でも知ってたろう?こいつも知ってるかい?」

「タケノコ!」

「あぁ、やっぱり知ってたかい」


 お婆ちゃんが奥から持ってきた水の入ったボールの中には、白い物体が入っていた。それは、既に湯がいてあく抜きを済ませ、皮を剥がれ、調理するだけとなったタケノコだった。勿論悠利もタケノコは知っている。あと普通に好きだ。

 タケノコは、掘り起こしたその瞬間からあくが出る。掘ってすぐに湯がいてあく抜きをしなければ、えぐみが大変なことになるのである。よく、スーパーなどで朝掘りタケノコとして皮付きが売っているが、あれらを自宅に持ち帰ってから米ぬかを使って湯がいても、既にえぐみが全体に回ってしまっている。ぶっちゃけ、鮮度という意味ではもうアウトなのだ。

 刺身で考えて貰いたい。アレは鮮度が命だ。釣り上げたばかりの、漁師さん達が食べているお刺身が、一番美味しいに決まっている。タケノコも、湯がくまでの鮮度が大変重要なのだ。マグロだって、時間が経てば中が焼けて美味しくなくなる。というか、鮮魚は活け締めしないとアウトな場合もあるし。そういうわけで、タケノコは掘ってからすぐ茹でるのがベスト。

 で、悠利が目にしているこのタケノコはと言うと。



――湯がいたタケノコ。

  今朝取れたばかりのタケノコを、そのまますぐに湯がいた一級品。

  香りも味も抜群。えぐみはあくと一緒に綺麗さっぱり抜けています。

  先端だけでなく、根の部分も旨味が凝縮されていてオススメ。



 相変わらず色々とふざけた鑑定表記である。だがしかし、これは技能スキルの所持者である悠利のせいか、或いは色々チートな【神の瞳】さんがお茶目したかのどちらかなので、気にしてはいけない。あと、悠利にとってはこういうふざけた画面が毎度のことなので、鑑定はこういうものとか思いつつある。

 他人の鑑定結果が見えないのは、悠利にとっても、他の鑑定持ち(具体的には保護者代表アリー)にとっても、大変ありがたいことだった。


「お婆ちゃん、このタケノコどうしたんですか?」

「知り合いが山で取ってきたらしいよ。湯がいてからくれたんだが、食べきれないからね。良かったら持って帰りな」

「良いんですか?あ、お代を」


 突き出されたボールを咄嗟に受け取った悠利は、慌てて財布を取り出そうとしたが、その手はやんわりとお婆ちゃんに止められてしまった。きょとんとしている悠利に向けて、お婆ちゃんは優しく笑う。目尻の皺が楽しそうに笑んで、それはそれは穏やかな笑顔だった。

 ……地味に、気に入らない客は箒でぶっ叩くような強いお婆ちゃんなのだが、悠利は物凄く気に入られていたので、こういう穏やかな顔しか見たことが無い。


「いらんよ。いつも、年寄りの道楽に付き合ってくれてるお礼だ。何なら、また今度、何か美味しいお菓子でも持ってきておくれ」

「わかりました。何か作ってきますね」


 こんな風にお裾分けを貰うことにも慣れつつあったので、悠利は笑顔で答えておいた。タケノコは、水を零さないようにそっと魔法鞄マジックバッグの中に入れた。予想外の大物ゲットにうきうきだ。市場を後にする悠利の後ろ姿は、大変、大変、嬉しそうだった。

 そうしてアジトに帰還した悠利は、買ってきた食材を冷蔵庫にしまうと、作業に取りかかった。お婆ちゃんから頂いたタケノコを、今のうちに下処理しておくためである。

 お婆ちゃんに貰ったタケノコは、ボールに数個。それなりに大振りな物も入っていたが、とてもではないが、おかずとして使うには微妙に足りない。何しろ、本日はメンバー全員大集合状態なのだ。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》は総勢20人の構成員+悠利という状況で、現在21人。しかし、それが全て揃うというのは、きわめて珍しかった。だってだいたい、誰かが遠出してていない。何故なら彼らはトレジャーハンターだから。

 そんなわけで、悠利は貰ったタケノコを、ありがたくタケノコご飯に利用しようと思った。丁度お揚げも手に入ったところだし。ご飯に混ぜるならば、おかずにするには分量が足りなくても何とかなる。あと、自分がタケノコご飯が食べたかったと言うのが最大の理由かも知れない。右手にお揚げ、左手にタケノコとなったら、タケノコご飯を作るしかないのだ。悠利の中では。


「ユーリー、何作ってんだー?」

「あ、クーレお帰り」

「おう。ただいま。それ何?」

「タケノコ」

「へー。タケノコなんて、良く手に入ったな。あんまり流通してないだろ?」

「アレ?クーレはタケノコ知ってたの?お婆ちゃんがあんまり知られてないみたいなニュアンスで言ってたけど」

「俺、山育ち」

「なるほど」


 にかっと笑ったクーレッシュに、悠利は納得した。今日のクーレッシュは、ギルドに依頼の品を届けに行く以外は休みなので、楽しそうにカウンターから台所を覗いている。何作るんだ?とわくわくした表情をしていると、欠食児童の見習い組とまったく変わらない雰囲気がある。…実際は、18歳の成人を迎えている、立派な大人だったりするのだが。ノリは子供組と変わらない辺りが、クーレッシュだ。

 ……黙っていれば、クーレッシュはそれなりに整った外見をしている。真面目な顔をして立っていたら、多分女の子たちに憧れの視線を向けて貰えるタイプの美形ではあるのだ。口を開いたら普通の少年で、醸し出す雰囲気が色々アレソレな為に、全然モテないし、誰も美形だと思ってくれないのだが。なお、悠利もクーレッシュの顔が整っているという事実に気づいていなかった。

 

「で、それ、何すんの?」

「タケノコご飯にしようかなって思って。今日はほら、人数多いから。これだけじゃ足りないでしょ?」

「あぁ、おかずにするなら、足りないな」


 クーレッシュは大真面目に頷いた。そもそもが、半分の人数だったとしても、きっと足りない。何だかんだでクランの面々は大食いなのだ。身体が資本の冒険者。彼らが小食だなんて誰が信じるものか。

 クーレッシュと話をしながら、悠利はタケノコを小さく刻んでいく。一口サイズよりも更に小さく、ご飯に混ぜても邪魔にならない程度の大きさに刻んでいく。ひたすら刻み続けているのだが、クーレッシュがおぉと感動の声を上げる程度には、包丁が素晴らしい動きをしていた。今日も料理の技能スキルは元気に仕事をしている。

 刻んだタケノコを、悠利は深めのフライパンへとざっと放り込んだ。なお、そこにはすでにスタンバイされていた、昆布出汁が入っている。タケノコを入れた状態で出汁を沸かし、沸騰してきたら塩と醤油を少量入れて味を調える。ただし、決して濃い味付けにはしない。すまし汁っぽいイメージで、あっさりとした味でタケノコをひたすら弱火で煮込む。以上。


「で、何でタケノコだけ先に煮込んでんの?」

「だって、タケノコって味付いてないじゃない」

「うん」

「味の付いてないタケノコ、お米と一緒に炊いたって、味つかないよ」

「え、マジ?」


 正確には、味は多少付くかも知れないが、タケノコを食べて醤油の味が染みこむほどにはならない、だろうか。少なくとも、悠利の経験ではそうなっている。美味しいタケノコご飯の作り方、として母親に教わったのは、先にこうやってタケノコを煮込んでおく事だ。なお、こうして細かく刻んで煮込んだタケノコを、小分けにして冷凍しておけば、いつでもタケノコご飯が作れる。お手軽だ。

 弱火で煮汁が無くなるまでじっくりとタケノコは煮込まれる。その間に悠利は見張りをクーレッシュに任せて洗濯物を干したり取り込んだりしてみたり、掃除をしてみたり、見習い達と一緒に繕い物をしてみたりと、実に有意義な一日を過ごしていた。なお、コレが彼の通常運転である。

 煮汁が無くなる寸前に火を止めたタケノコは、そのまま自然にあら熱が取れるのを待つ。そうして冷めていく過程で、更に味が染みこんでいくのが煮物系のお約束だ。夕飯のおかずを作りながら、悠利は味がしっかり染みこんだタケノコに満足そうに笑うと、いつもより少し早い時間に米とぎを終えて水に浸けておいた米の元へと、酒と醤油、塩、あとついでに昆布も放り込んだ。顆粒出汁が無いので、昆布を放り込むことで代用してみたわけだ。

 くるくると混ぜて味を確認すると、タケノコと刻んだお揚げをその上にどぱっと放り込む。一面タケノコで染まった炊飯器の中身を確認して、蓋をする。後はご飯が炊けるのを待てば良い。それまでにメインディッシュを完成させようと、悠利は調理に戻った。


 ……戻ったのだが、珍しい食べ物の気配を察知したのか、台所のカウンターには、いつも以上にメンバーが勢揃いしていた。



「……皆、何してるの?」

「え?俺はさっきからいるじゃん」

「あぁ、ユーリ、気にしないで!」

「オイラ、ちゃんと待てるよ!」


 食事当番のカミール以外に、最初から居たクーレッシュはともかく、レレイにヤック、更にはマグとウルグス。ついでに、何故かその背後で笑顔でお茶を飲んでいるティファーナとジェイクまでいたりして、悠利は首を捻っていた。彼らは、炊飯器から漂ってくる美味しそうな匂いに耐えきれずに、こうして食堂にぞくぞくと集まっているのである。

 炊き込みご飯というのは、調味料を入れて炊きあげるが為に、匂いが充満するのだ。醤油の食欲をそそる匂いが炊飯器から広がって、今か今かと楽しみにしているのである。


「……ねぇ、カミール」

「んー?」

「これってもしかして、タケノコご飯炊けた瞬間に、夕飯の準備しないと大ブーイングとかそういうアレ?」

「じゃね?」

「……うわぁ。急ぐよ!」

「おう!」


 いつもの夕飯時間に合わせようと思っていたら、炊飯器に合わせないと殺されそうな感じだった。2人は大慌てでおかずを作り上げる。人数が多いのでただでさえ大変なのに、次から次へと集まってくるのはどういうことだと聞きたい。なお、皆匂いに釣られているので、どう考えても原因はタケノコご飯を決行した悠利だ。自業自得としか言えない。

 かくして、炊飯器が炊きあがりを告げた瞬間、全員の意識がそちらに向いた。……米はあっても、主食がパンの文化の世界に、炊き込みご飯という概念はあまりないようで、物珍しいというのもあったのだろう。せっせせっせと炊きあがったタケノコご飯を悠利が混ぜる度に匂いが広がって、早く早くと背後からせかされている気分だ。

 焼き魚と味噌汁と炒め物と煮物という、和食でしかない夕飯は、タケノコご飯という主役の登場で、皆の意欲を引き上げたらしい。頂きますと行儀良く一斉に挨拶をして(何故か気づいたら全員揃っていた。怖い)、皆は一番最初にタケノコご飯へと箸を伸ばした。

 そして。


「味の付いたライスめっちゃ美味しい!」

「やべ!このタケノコマジで美味い!」

「……美味」

「ユーリー!めっちゃ美味しい!」

「はいはい、お代わりあるから、ケンカしないで大人しく食べてー。騒いだらアリーさんに怒られるよー」


 茶碗を持ちながら大声で叫ぶレレイ、クーレッシュ。ぼそりと呟いた後に黙々と食べているマグ。悠利の隣で、机を叩きながら感動を伝えてくるヤック。それらの賑やかな面々を宥めながら、悠利も炊きたての、美味しいタケノコご飯を堪能した。

 醤油ベースの味付けのご飯だが、おかずが食べられるようにそこまで濃い味付けにはしていない。だがその代わり、薄味とは言えしっかりと味の付いたタケノコと、味を吸い込んだお揚げが良いアクセントになっている。

 ニンジンを入れたりするのが一般的かも知れないが、釘宮くぎみや家では、問答無用で具材はタケノコとお揚げで、むしろタケノコが所狭しと存在するのがタケノコご飯だった。身内からタケノコが届くからこその最高の贅沢だったりする。タケノコは何気に高い。


「……で、お前タケノコどこで手に入れたんだ?」

「市場の隅の店のお婆ちゃんからのお裾分けです」

「…………お前、あのババアから物貰ったのか?」

「お婆ちゃん優しいですよ?」

「……そうか」


 こいつ大物だ、と言いたげにため息をついたアリーに、悠利はまったく意味が解らずに、不思議そうに首を傾げながら食事を続けていた。なお、皆が同じ気持ちだったのだが、悠利には皆目検討が付かなかった。



 やっぱりこいつ、何か謎のオーラ出てて、相手の敵意奪ってるんじゃないか?という疑問が一同の胸中に飛来するのであった。


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