タケノコのお礼に、ひんやりわらび餅。
市場のお婆ちゃんにタケノコを貰った翌日、
……よって、おこぼれに預かれると理解した見習い達は、四人揃って、実に素直に悠利の代わりに洗濯を引き受けてくれたのだ。欠食児童達は今日も通常運転過ぎた。
「何かお菓子作ってきくれたら良いって言ってたしね」
おあつらえ向きに、今日はいつもより気温が高そうだ。今日、これから作ろうとしているお菓子は、冷やした方が美味しいので、タイミングが良いとも言える。惜しむらくは、味付けに使う素材が一つ、見つからないので若干未完成になってしまうところだろうか。
「きな粉、どこかに無いかなぁ…」
ぼそりと悠利は呟いた。多分、探したらどこかにある気がするのだ。だって、醤油も味噌も存在した世界である。流通は限られているが、お揚げや豆腐だって目にすることはある。そういった、日本人お馴染みの食材や調味料があるのならば、きな粉ぐらいどこかに転がっていてもおかしくは無い。だって大豆はあるのだから。
ハローズさんに探して貰おう、と悠利は決意を新たにした。行商人としてあちこち放浪しまくっているハローズは、悠利にとって、毎回素敵な食材をお土産に持って帰ってきてくれる素晴らしいおじさんだった。…なお、向こうは向こうで、使い道の解らない食材を売るために、悠利のアイデアを求めている節があるので、ギブアンドテイクの関係が成立していた。利害の一致って素晴らしい。
なお、何故悠利がきな粉を求めているかと言うと、今から作ろうとしているのがわらび餅だからである。片栗粉と砂糖と塩と水があれば作れる、大変お手軽な和菓子だ。…え?わらび餅なんだから、わらび餅粉?いえいえ、そんな高いの使わなくても、片栗粉でもそれっぽく作れます。家にある材料で作るなら、常備されてる可能性の高い片栗粉の方が汎用性が高い。
しかもわらび餅は、材料がお手軽で、作り方も物凄く簡単で、しかも割と一気に大量に作れるという、素晴らしい和菓子なのだ。そして、大きさを工夫すれば、老若男女問わずに食べられるという利点もある。暑い日など、冷やしたわらび餅は本当に美味しいのだ。
「まぁ、無い物ねだりをしても仕方ないよね。今回は黒蜜だけにしておこうっと」
自分を納得させて、悠利は作業に戻った。既に材料は準備されている。
作業は至って簡単だった。鍋に、片栗粉、水、砂糖、ひとつまみの塩を放り込む。そしてコンロにかけて、中火でことことと煮詰める。粉が綺麗に溶けるように、ヘラでくるくると混ぜながら、様子を見る。混ぜ始めは、片栗粉と砂糖の色のせいで、液体が白い。だがしかし、火が通ってくると、それは透き通るような透明に変化する。
透明になってきたら火を弱めて、ひたすら混ぜる。混ぜると、固まってくるのだ。ぐるぐると混ぜながら、完全に固まってしまうのを確認したら、次の作業に移行する。
冷蔵庫から取り出した氷をボールに放り込んで、氷水を作る。そして、固まったわらび餅を、スプーンで掬って、ぽとんぽとんと水の中へと落としていく。イメージは、鍋につくねを落とす感じだろうか。透明なわらび餅なので、氷水の中でその存在は非常にわかりにくい。わかりにくいが、悠利は気にした風もなく、次から次へと放り込んでいく。固まって冷えれば良いのだ。
全てを終えたら、そのまま冷蔵庫に放り込む。氷水に入れただけでも十分わらび餅は固まっている。そのまま取り出して、食べることは可能だ。だがしかし、冷やした方が絶対に美味しい。ましてや、お礼として持っていくのだ。少しでも美味しい状態でお届けしたいというのが、悠利の気持ちだった。なので、わらび餅は冷蔵庫で大人しく冷やされてもらう。
「きな粉は無いけど、黒蜜は作れるしね~」
原材料に砂糖を大量に放り込んであるので、実はそのままでちゃんと味はある。これはこれで美味しい、と悠利は出来上がりを確かめる為に味見をして思う。ぷるんぷるんのわらび餅は、ちゃんと弾力があるのに、口の中に入れてしばらくすると溶けていってしまうのだ。もちもちとした食感で、食べるために噛んでいる気がするのに、気づいたら溶けているという不思議な食感。暑い季節には嬉しい和菓子だ。
そして悠利は、小鍋に粉末状の黒糖と水を入れて、軽く混ぜる。何となく混ざったような気がしたら、そのまま弱火にかけてことことと煮詰める。しばらく煮詰めているとあくが浮いてくるので、丁寧に掬う。あくが残っていると美味しくない。そこは妥協してはいけないと、悠利は真剣に鍋を見張りながらあくを掬っていた。
なお、当たり前だが、焦げ付かないように弱火でことこと、である。焦げたら一発アウトだ。作ろうとしているのは黒蜜なので、焦げては困る。焦げたら苦くなる。それでは甘い黒蜜じゃない。
そうこうしているうちにとろみが出てくる。あくが無くなって、とろみがついてしまえば、黒蜜の完成だ。鍋から保存用の器に移して、あら熱を取る。急激に冷やすのではなく、自然に熱が無くなるのを待つのが大切だ。…きっと、黒蜜から熱が無くなる頃には、冷蔵庫の中のわらび餅も冷えていることだろう。
それらを待っている間に、悠利は器探しにとりかかることにした。黒蜜とわらび餅は別々にいれて持っていくべきだろう。食べやすいように、フォークも持参しなければ。あと、黒蜜をかける為のスプーンも必要。そんなことをつらつらと考えながら、無駄に大きな食器棚の前へと立つ。
「……ぶっちゃけ、人数が多いとは言っても、ここ、食器多いんだよねぇ」
その通りだった。
確かにここは《
なお、理由はちゃんと知っている。
これらの大量の食器は、見習いの職人達の修練作品だったりするのだ。《
こちらは、訓練を積ませるために、依頼が欲しい。あちらは、作った作品を、安価でも良いから買い取って貰って、金子を得たい。利害の一致で、そういった協力体制が整っているのだ。……もっともそれだって、先代である初代リーダーが、工房の主たちを相手に交渉を続けた結果なのだが。
結局悠利が選んだのは、縁が反るようなデザインになっているガラスの深皿だった。両手で抱えてぴったりぐらいの大きさの深皿なので、わらび餅もしっかり入るだろう。黒蜜をかけることも考えて、ちょっと深めの皿を選んだ。
黒蜜を入れる器は、蓋が閉まるタイプの陶器の器を選んだ。かぱりと嵌めるだけの蓋だが、愛用の学生鞄に入れていくつもりなので、何の問題もない。悠利の
そうして器を確保すると、悠利は使った鍋や道具を洗い始める。そうやって洗い物を終えて、台所を綺麗に拭いて、完全に片付けが終わってから、やっと冷蔵庫から氷水+わらび餅の入ったボールを取り出した。たぽたぽと揺れる水の中、所々ぷるんぷるんと揺れるわらび餅が見える。完全に固まっていた。
「とう!」
悠利はシンクの中に置いた大きなザルめがけて、ばっしゃーとボールの中身をぶちまけた。固まってしまったならば、多分大丈夫だ。なお、一気にぶちまけてはいるが、ちゃんと中身が壊れないように、ザルの近くでやっている。めでたく水は切られ、ザルの上にはぷるんぷるんの冷えたわらび餅が姿を現した。
お婆ちゃんに持って行く分を丁寧にガラスの器に盛りつけると、残ったわらび餅は大皿にどんと盛りつけておく。黒蜜も、持って行く分を器に入れたら、残りはそのまま残しておく。そうして、満足そうに頷くと、わらび餅と黒蜜を学生鞄に入れて、外へと向かう。
玄関先では、草むしりや掃除をしている見習い達がいた。洗濯は順調に終わったので、掃除をしていたらしい。悠利の姿を見つけた彼らは、ぱっと顔を上げて、期待を前面に押し出して輝いた瞳をしていた。
「台所に、わらび餅が置いてあります。大皿に盛ってあるから、ケンカしないで食べること。あと、隣に置いてある黒蜜かけて食べると美味しいよ。以上!」
「「了解!!」」
実に素晴らしいお返事だった。掃除道具を素早く片付けて、見習い達は台所に向けてダッシュした。それを見送ってから、悠利は市場を目指して歩く。歩いているだけなのに、日差しが強くて、妙に暑かった。今度帽子を買おう、と悠利は思った。日差しの暑さは色々辛い。
そんなことを考えながら歩いていると、目当ての店、お婆ちゃんの店へと辿り着いた。暑いのか、ぱたぱたと手で顔の辺りを仰ぎながら店番をしているお婆ちゃん。元々若干強面なので、不機嫌そうにしていると近寄りがたい。だがしかし、悠利はちっとも気にしなかった。これだけ暑かったら不機嫌にもなるよね、とか思うだけだった。だって、彼の知っているお婆ちゃんは、いつも笑顔で穏やかで、超優しいのだ。
……それがイレギュラーだということを、彼は知らない。
「お婆ちゃん、こんにちは」
「おや、ユーリじゃないかい。どうしたね?」
「昨日頂いたタケノコのお礼に来ました」
「ははは、本当に来たのかい。アンタも義理堅いねぇ」
カラカラと笑うお婆ちゃん。先ほどまでの不機嫌そうな姿はどこへやら、悠利が見慣れた笑顔だった。あそこにいたら暑いだろう、と悠利を屋根の下へと誘導している。そして悠利も当たり前みたいに中へと入っていく。どう見ても、優しいお婆ちゃんと暢気な孫の姿だった。…なお、通りすがりの人々が、びっくりしたような顔をしている。だがしかし、周辺店舗の主人達は普通の顔をしているので、察して貰いたい。
「お菓子を作ってきました」
「…おや、見慣れないお菓子だねぇ?」
「僕の故郷のお菓子で、わらび餅って言うんですよ」
学生鞄から取り出したわらび餅を、悠利はお婆ちゃんに手渡した。まずはそのまま一つ食べて貰う。ぷるんぷるんとした感触に不思議そうにしながらも、お婆ちゃんはフォークで一つ突き刺すと、そのまま口に運ぶ。ひんやりとした、ぷるぷるの、不思議な食感だった。だが、最初に感じたような固さは一切なく、口の中でとろんと溶けていく。砂糖の甘さが口に広がって、思わず表情が笑んだ。
「こいつは美味しいねぇ。随分と冷えているし」
「冷やした方が美味しいんですよ。あと、黒蜜をかけるとまた別の味わいになるんです」
「そいつは、黒糖かい?」
「黒糖と水を煮詰めて作りました」
たらーっとスプーンで掬った黒蜜をわらび餅にかける悠利。お婆ちゃんは悠利が持ってくる食べ物が美味しいのはちゃんと知っているので、抗いもせずにそれを口に含んだ。黒糖の甘さが凝縮していながら、後に引くような甘ったるさの存在しない黒蜜は、わらび餅の持つほんのりとした甘みと合わさって、絶品だった。さっきの、何も付けないままで食べても美味しかったが、これはまた別格だった。
「美味しいよ」
「お気に召しました?」
「召したとも。アンタは本当に、毎度毎度色々作るねぇ」
くつくつと楽しそうに笑いながら、お婆ちゃんはわらび餅を口に運ぶ。途中で、アンタもお食べと悠利の口にも放り込んでくるのだから、正しくお婆ちゃんと孫である。二人は実に楽しそうであった。
そこで、悠利はふと思い出して、学生鞄から巾着を取り出した。その中には弁当箱が入っていて、おにぎりにしたタケノコご飯が入っている。昨日、欠食児童達に食べ尽くされる前におにぎりにして、弁当箱に詰めてからは学生鞄に放りこんだのだ。……だから、地味にほかほかである。
「これ、昨日貰ったタケノコで作ったタケノコご飯を、おにぎりにしました」
「あぁ、アンタはライスが主食の所から来たんだっけ。わざわざありがとうね」
「良かったら、お昼ご飯に食べてください。…まだ温かいので」
「おや、それならありがたく頂くことにするよ。…これじゃあ、こっちが貰ってばかりじゃないかね」
「そんなことないですよ?美味しいタケノコを頂いたから、お礼をしたくなっただけです。皆も大喜びしてましたよ」
「そうかい。それなら、良かったよ」
目を細めて笑うお婆ちゃんに、悠利もにこにこしていた。……地味に、周囲がお婆ちゃんが美味しそうに食べているわらび餅を興味深そうに見ているのだが、普段のお婆ちゃんを知っているだけに、声をかけることが出来なかった。そして悠利は、そんなことに気づいていなかった。
なお、アジトに戻った悠利は、「あれだけで足りるわけないだろ!?」と争奪戦に敗れたらしい面々に怒られたので、再びわらび餅を作るハメになったのであった。
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