メインディッシュは山芋の竜田揚げ。


「は?山芋?」


 悠利ゆうりの言葉を聞いて、ウルグスは嫌そうな顔をした。というか、どこかがっかりしたと言う風情だった。そんなウルグスを気にした風もなく、悠利はこっくりと頷いた。そんな悠利の手には大きなボールがあって、何かの液体につけ込まれた大量の輪切りにされた山芋が存在していた。


「今日のメインディッシュは、この山芋だよ」

「メインディッシュが山芋って、どういうことだよ…。肉や魚はねぇのか?」

「たまには無くても良いかなーって。というか、山芋を大量に貰っちゃったから、それの処理をしないとダメなんだよ。傷んじゃうし」


 どっさりとボールの中で存在を主張する山芋。別にウルグスは山芋が嫌いなわけでは無い。だがしかし、育ち盛りの10代の少年にとっては、物足りないのだ。メインに肉や野菜が存在しないとか、どうやって主食を食べきれと言うのか。理不尽だとウルグスは思う。

 なお、本日の主食はライスだった。理由、米が残ってきてるから。基本的にオカンな悠利の判断基準は、美味しいご飯を作ることと同時に、食材を無駄にしないことである。ゆえに、賞味期限がやばそうな食材があった場合、優先的にそちらが使われることになる。え?栄養バランスとか被りとか気にしないのか?そういうのよりも無駄にしないことが一番です。


「大丈夫。この料理なら、山芋でも肉や魚並にライスが食べられるから」

「はぁ?」

「今日作るのは、山芋の竜田揚げだよ」


 半信半疑なウルグスを残して、悠利はさっさと作業に取りかかる。ウルグスにとっては謎の液体に浸けられている山芋を、丁寧に別のボールに移してタレを切っている。なお、この漬けダレは、竜田揚げのタレなので、醤油、酒、生姜汁をメインに作られている。あと悠利の気分で少量の出汁、塩胡椒まで追加されちゃっている。その辺は好みのアレンジなので気にしないで欲しい。

 昼前からしっかりとタレに漬け込んでおいた山芋は、元々が白いこともあって、醤油ベースの茶色に変化しているのがよくわかる。ウルグスは胡乱げな顔をしているが、とりあえず大人しく手伝いに戻る。


「油の準備お願いして良い?」

「了解」


 深めのフライパンに油を入れて、ウルグスはコンロの火を付ける。それを横目で見ながら、悠利はせっせと山芋をタレからボールへと移していた。それが終わると、今度は別のボールに片栗粉をぽいっと放り込む。油が温まるまでの間を利用して、タレを切った山芋に片栗粉をまぶしては、叩いて余分な粉を落とすという作業を続ける。途中でフライパンの前から戻ってきたウルグスも作業を手伝い、二人は延々と、輪切りの山芋に片栗粉をまぶすという作業を続けた。

 油が温まってしまえば、後は揚げるだけ。悠利はフライパンの縁に添わせるようにしてそろりと山芋を放り込む。試しに一枚、だ。油の温度を確かめるのもあるし、ウルグスに味見をさせるためでもある。

 悠利には、確信があった。確かにコレは山芋で、れっきとした野菜のおかずだ。だがしかし、竜田揚げにした山芋は、肉類に負けないぐらいにご飯が進むのだ。これは経験談である。実家で作ったら、家族が普通にご飯を大量消費したので、イケると思っている。こちらの人も、味覚はあまり変わらないようなので。


「はい、完成。味見してみて」


 からっと揚げた山芋を皿に乗せて、悠利は半分に割る。片方を自分の口へと放り込むと、残りをウルグスに差し出した。ウルグスは特に抵抗もなくそれを口に含んで、驚いたように目を見張った。山芋を揚げただけに見えていたのだろう。彼の中ではきっと、フライドポテトに近い味のイメージだったに違いない。

 だがしかし、残念だが、竜田揚げはフライドポテトとは全然違うのだ。あちらがジャガイモの旨味と塩で味わう料理に対して、竜田揚げは漬け込んだタレの味を堪能する料理である。醤油ベースのタレにじっくり漬け込んだ山芋さんは、その味をしっかりと吸収した上に、油でからっと揚げられて味が深まっている。美味しくないわけが無い。


「……え?これマジで山芋?」

「そうだよ。竜田揚げにすると美味しいでしょ?」

「……うん」


 見た目がガキ大将でも、中身は良いお家で育ったお坊ちゃまであるウルグスくんは、割と素直だった。素直に認めた。野菜がメインディッシュになるわけないと噛み付いた自分の浅慮を、素直に謝った。別に悠利は謝って欲しかったわけでは無いので、二人でどんどんと山芋を揚げていく。

 途中、美味しい匂いにつられてやってきた欠食児童達には、形が崩れてしまった山芋の竜田揚げが与えられた。なお、足りないと机を叩いてお代わりを要求する面々に対しては、ウルグスが「うるせぇ!夕飯の分が無くなるだろうが!」と正論を叫んで黙らせた。

 …それでも物欲しそうにしていたので、悠利が固くなった食パンを利用して作っておいたおやつ(食パンを細く切って揚げた後に砂糖をまぶしておいた)を与えて、黙らせた。オカンは今日も欠食児童に甘かった。



 夕飯の時間になり、いつものように皆が美味しい美味しいと食べている姿に、悠利はにこにことしている。なお、男性陣の前には竜田揚げにされた山芋が大量に置かれているが、女性陣の前の皿はちょっと違った。油モノが得意なレレイは男性陣に混ざって竜田揚げを食べているが、そうではない女性陣とジェイクは、悠利が同じ山芋で作った竜田焼きを食べていた。

 こちらは、同じタレに漬け込んだ山芋を、タレを切ってそのままフライパンで焼いただけの簡単料理だ。片栗粉をまぶしていないので、油を吸わない。揚げないで焼いているので、胃もたれしないという利点がある。味は竜田揚げと同じ濃いめのものなので、こちらも十分にご飯が進む。


「ユーリ、わざわざこの焼いた分を作ってくれたのは、私たちの為ですか?」

「へ?違いますよ。僕も揚げたのばっかりだったら胃もたれするんで」

「そうですか」


 ティファーナに問われて、悠利はきょとんとして答えた。竜田揚げも好きだが、あっちばっかり食べていては胃もたれする。当たり前みたいに答えて、悠利はキノコとタマネギの味噌汁を飲んだ。今日もお味噌汁は美味しい、とのほほんと思う程度には、彼は通常運転だった。

 当初、大量に手に入った山芋を前に、皆はどうするかと頭を抱えていたのだ。だがしかし、悠利は気にしなかった。山芋は色々と使える。それでも副菜にしかならないと皆が思っていたようなので、こうやって本日は、大量の竜田揚げを作ってみただけだ。久しぶりに食べたくなったというのも理由にある。悠利がメニューを決めるのは、だいたいそんな感じだ。素材と食欲以外に理由などない。


「マグ、てめぇ!さっきから山芋ばっかり食ってんじゃねぇええええ!」

「そうだぞ、マグ!お前ちゃんと、ライスや他のおかずも食え!」

「……拒否」

「「拒否じゃねぇえええええ!」」


 山芋の竜田揚げの乗せられた大皿の前に陣取って、マグは延々とそれを食べているらしかった。別に食いしん坊キャラでは無いのだが、気に入ったメニューの時はあんな風になるマグ。ウルグスとクーレッシュが引きはがそうとしても、淡々と拒絶の言葉を発して、再び食事に戻っている。小柄なマグなのに、こういうときは何故か力が強くなるのが謎だ。火事場の馬鹿力のようである。

 悠利が提供する食事のスタイルは、基本的に一人分の料理が最初に提供される。主食とおかず、汁物いずれも、個別に用意するのだ。そして、それらを食べ終えてなお足りないかもしれない場合を考慮して、いずれのおかずも大盛りにされている。汁物は各自お代わりをしにいくスタイルだ。

 なので、今現在、大皿の前に陣取っているマグも、お代わりとして山芋の竜田揚げを食べている。一応、最初に悠利に提供された「絶対に食べないと駄目な分」は食べているので、マグとしては好きなだけお代わりをしようということだろうか。基本的にお代わりは自由なので、そこには悠利も関与しない。だって、欠食児童の胃袋の上限値など、悠利には全然見当が付かないのだから。

 とはいえ、その光景を見ながら、悠利は首を捻った。マグが山芋の竜田揚げに固執する理由がわからなかったからだ。いったい何が彼の琴線に触れたのか、悠利にはさっぱりわからない。


「ユーリくん、この山芋、タレに出汁を使ってたりします?」

「……使ってますけど、少量ですよ?」

「多分、それが理由じゃ無いですかねぇ…」

「えー…。解るほど大量に使ってないのに、マグ怖い…」


 ジェイクが学者らしく情報を分析して告げれば、悠利は目を点にして、次いで呆れたように呟いた。確かに竜田揚げのタレに出汁を入れた。旨味を引き出すために、少量入れた。これが肉や魚で作る場合ならば、それらの旨味が出るが、山芋の場合は足りないだろうと思って出汁を足したのだ。その判断が間違っているとは思わないし、皆が美味しいと言ってくれているので大丈夫だろうと思っている。

 だがしかし、そんなちょびっと入れただけの出汁に反応して、マグが欠食児童ハイパーモードになってるなんて、信じたくなかった。というか、何故気づいたと問いかけたい気分だ。


「マグの味覚はどんどん鋭くなっていくようだな」

「フラウ、そういう次元じゃないと思いますよ、アレは…」

「私には、生姜の味は解っても、出汁の味はわからんが…」

「安心してください、フラウさん。出汁を入れた張本人の僕でも、食べてて出汁を感じるかと言われたら、否と答えますから」


 山芋の竜田焼きを口に運びながらフラウがしみじみと呟けば、悠利がぱたぱたと手を振りながら答える。作者でも解らないレベルの、少量の出汁。それを感じて、山芋の竜田揚げを独り占めしそうなぐらいに食べまくっているマグ。何か妙な技能(スキル)でも手に入れてるんじゃないか?と皆が思ってしまうのも無理は無いことだった。


「まぁ、美味しいですからねぇ。食べたいと思うのは当然ですよ」

「だがジェイク、そればかり食べるのはどうなんだ?」

「そうですよ。他の皆が食べられなくて、あちらのテーブル、殺気立ってますし」

「殺気立っていようが、食堂で乱闘にはならないと思いますけどねぇ…」


 のほほんとジェイクが答えるのに対して、フラウとティファーナはため息をついて視線を逸らした。食堂で、皆がこうやって一堂に会して食べている場所で、乱闘が起きるわけがない。当たり前の事だ。というか、乱闘になりそうになった瞬間に、確実に。



「お前ら、ちったぁ大人しく飯食えねぇのか!全員放り出すぞ!」



 という具合に、保護者代表のアリーが叫ぶのだから。びくぅっと身を硬直する欠食児童達。それでもマグは大皿の前から動かなかったし、自分の取り皿に確保した山芋の竜田揚げを護るように抱え込んでいる。色んな意味でぶれなかった。

 アリーさん大変だなぁ、と悠利は暢気に思いながら食事を続けていた。彼と同じテーブルを囲んでいる面々も同じく。アリーは本来、ブルックと共に、騒動とは縁遠い場所で酒を飲みながら食事を楽しんでいた筈である。そんなアリーを引っ張り出すぐらいに欠食児童達の騒動が喧しかったのだ。今日もお父さんは大変そうである。

 なお、そんな風にアリーが鉄拳制裁を加えて欠食児童達を教育的指導しているのを、誰も手伝わなかった。これが身の危険が迫っているとかの案件ならば他の指導係達も手伝うのだが、ただただ食事時に煩いというぐらいならば、誰も手伝わない。それぐらいには、いつもの光景であるとも言えたが。



 なお、竜田揚げを気に入った欠食児童達が、「次は肉で!」と強請ったので、後日肉で竜田揚げが作られることになるのだった。


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