用事が無いヒトお断りです。


「ねぇクーレ、あそこって何?」


 食材の買い出しを終えた帰り道、悠利ゆうりが不思議そうに問いかけた。傍らで荷物持ち(といっても食材は全て魔法鞄マジックバッグに入っているので、重さなど無いに等しいのだが)をしていたクーレッシュは、悠利が指さした方向を見て、首を傾げた。そこが何かをクーレッシュは知っているのだが、見えた状況は彼が首を捻るに値したのだ。


「あそこは診療所だけど…。…何であんなに人だかりが出来てんだ?」

「診療所なの?その割に、なんか賑やかだねぇ…」

「だよなぁ?」


 顔を見合わせて不思議そうに首を傾げる悠利とクーレッシュ。彼らの中で、診療所と言ったら病人や怪我人が赴くところであって、ほのぼのとした雰囲気が漂っていても許されるが、彼らの眼前にあるような、人だかりでわいわいがやがやしているのは、何か違うと思うのだ。それも、重傷人がいて大騒ぎ、というのとはまた違う雰囲気だった。何しろ、人だかりを形成しているのは、殆どが若い男なのである。

 興味が湧いた二人は、そのまま診療所の方へと足を向けた。近づけば近づくほどに、人だかりが異常だと言うことが何となくわかる。何しろ、集まっているのは、誰も彼もがとても元気そうなのだ。間違っても診療所に用事のある人々ではないと判断できた。


「……診療所は、怪我人とか病人の集まる場所だと思ってたんだけど、違うのかな?」

「いや、普通はそうだって。しっかし、この人だかり何だってんだ…?」


 不思議そうに首を捻っている悠利の傍らで、クーレッシュは視線を彷徨わせ、耳を澄ませ、周囲の情報を集める。これでも一応、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》で斥候職としての訓練を積んでいるクーレッシュなのだ。ざわざわと騒がしい周囲から、必要とする情報を聞き分ける能力も地味にちゃんとある。実は。

 そうして判明した事実に、クーレッシュは疲れたようにため息をついた。思わず、何でだよ、とぼやいてしまう感じの、凄くどうでも良い理由での盛り上がりだった。


「クーレ?」

「理由判明。診療所の先生、今までは爺さんだったんだけど、爺さんがどっかに移動するってことで、弟子の姉ちゃんが来たらしい」

「お姉さん…。……あ、若くて美人で優しいとかそういうの?」

「正解」


 ほけほけしながら悠利が告げた予想に、クーレッシュはこくりと頷いた。それならば、目の前の光景も、とてもとても納得が出来るのだ。どう考えても怪我人や病人に思えない面々が、若くて美人な女医さんに会うために、こうして人だかりを作っているのだろう。大変迷惑なことだ。

 そうして賑やかな診療所の周囲を見ていた悠利は、あ、と小さく声を上げた。クーレッシュが釣られたように悠利の視線の先を追う。そこには、少々顔色の悪い少年と少女が、賑やかな男達の間に挟まれるように列に並んでいた。明らかに健常者とわかる男達とは裏腹に、二人の表情はあまりにもさえない。病気か怪我かはわからないまでも、彼らが本来の診療所に用事のある人々だというのは一目瞭然だった。

 だがしかし、騒々しい人だかりは、そのことにまったく気づいていないようだった。


「ねぇ、クーレ」

「うん?」

「あの集団相手に騒動になったら、クーレは困る?」

「……んー、あの集団と、ねぇ?」


 いつも通りの表情で悠利が告げた言葉に、クーレッシュは拳を顎に当てて首を捻った。そうしていながら、細めた目で人だかりを見つめている。悠利と軽口を叩き合うときと同じ表情をしていながら、細めたその双眸には冷静に戦力差を分析する斥候職としての思慮があった。


「俺、レレイじゃないから体術は苦手だし、持ってるナイフは基本的に罠解除用だから武器としてはあんまり役に立たないんだ」

「うん」

「んで、俺の武器って基本的に薬品を投げつけるタイプだから、街中とか巻き込んじゃいけない一般人がいる状況だとすっげー制限されるんだ」

「うん」

「…けど、ここは冒険者ギルドも近いし、騒ぎになったら誰か知らせに行ってくれるだろうし、その間を凌ぐぐらいなら、いけると思う。武装してるヒト少ないしな」

「わかった。ありがとう」


 一つ一つ大真面目な顔で告げるクーレッシュと、律儀に相槌を打つ悠利。微笑ましく見える光景だが、交わしている会話の内容はあまり穏便では無い。クーレッシュは最後に笑顔で大丈夫と伝えれば、悠利もいつもの笑顔でありがとうと答える。……これから何かをやらかすにしては、実にのほほんとしたやりとりであった。

 クーレッシュの答えに何かを納得したのか、悠利は人だかりに向けて歩いて行く。そうして、顔色の悪そうな少年と少女の側に、彼らの前に陣取っている、健康そうな男達に向けて、すみません、と声をかける。


「すみません」

「ん?何だ、小僧。順番はちゃんと守れよ」

「はい。それはとても大切なことだと思います。でも、その上でお願いがあります」

「あん?」


 にこにこ笑っている悠利と、訝しげな男達。悠利の傍らに立つクーレッシュは、背後の少年少女に笑顔を向けていた。そうしながら、きちんと相手の出方を窺っているのは、修行の賜だろうか。




「そもそも診療所に来る必要が無いぐらいに元気なら、重症とか重病のヒトに順番を譲ってあげてくれませんか?」



 

 しん、とその場が静まりかえった。

 怖いぐらいに静まりかえった人だかり。視線が集中しても悠利は気にしていなかったが、その背後の少年少女は固まっていた。クーレッシュが宥めているが、やはり、怯えてしまっている。男達の視線が集中する中で、悠利はにこにこ微笑みながら、もう一度口を開く。……何だかんだで悠利は図太いのだ。


「ですから、実は全然病気じゃ無いとか、自然に治りそうなかすり傷とかの人たちが診療所に押し寄せちゃうと、本当に治療を必要としている人たちが困りますよね?っていうことです」

「いやいや!俺達はちゃんと診療所に用事があって、順番を護って」

「でも、その用事って、美人で優しい女医さんとお話ししたいとか、そういうのですよね?」

「「……ッ!」」


 誰もが思っていても言えなかったことをずばっと言い切る悠利。お前そういう所、妙に強気だよなぁ、と呆れたように笑うクーレッシュ。…そう、悠利は基本的にはほわほわしているし、大抵のことは笑って流すのだが、当人の中でどうしても譲れない一線とか、信念とかに引っかかった場合、普段のほわほわが嘘みたいにザクザク切り込んで行くのだ。とはいえ、それが普段出てくることはあまりないので、クーレッシュも久しぶりに見た、と呟いているのだが。

 ぶわっと押し寄せてくる視線に、苛立ちに似たナニカが混ざり始める。邪魔をされた苛立ちを感じているのだろう。クーレッシュがさりげなく悠利を庇うように一歩足を踏み出すが、それを悠利が制するように手を掴む。そうして、にこにこと笑いながら、再び言葉を綴った。


「そうじゃないと仰るなら、僕の判断で分類しても宜しいですか?急ぎの診断が必要な方と、後でも大丈夫そうな方と」

「はぁ?お前にそんなことができ」

「僕、これでも鑑定持ちなので」

「「……!」」


 にこにこ笑顔で投げつけられた爆弾に、周囲が絶句した。それまで、この小僧みたいな顔で悠利を見ていた男達が、顔を引きつらせる。彼らはちゃんと自覚していた。自分たちの傷が浅いことを。診療所で治療をして貰う必要などないことを。それでも、美人で優しい女医さんに会いたいばかりに、こうやって大挙して列を成しているのだということを。

 ……そして、鑑定持ちを名乗った眼前の少年になら、その事実が見抜かれてしまうであろう事も。


「……なー、ユーリ」

「なぁに、クーレ」

「どう考えても、これ、俺、いらなくないか?」

「そんなこと無いよー」


 そっかなー?とクーレッシュは首を捻りながら、眼前の固まる男達を見ていた。何か揉め事になったら盾になろうと思っていたのに、全然必要が無かった。そこでふと、クーレッシュは思い出す。悠利は運の能力値(パラメータ)がとても高い幸運体質で、それで大抵のことは何とかなってしまうという事実を。…今日も運∞は良い仕事をしているようだ。


「次の患者さんは…、ってどうされたんですか?」


 不思議そうに診療所から姿を現したのは、なるほど確かに、若い男達が騒ぎそうな美人の女医さんだった。外見年齢は二十歳前後で、ウサギの獣人らしく耳がぴくぴく動いている。小さな丸眼鏡をかけているのがチャームポイントの美人さんは、纏った白衣をふわりと揺らしながら、硬直している男達と、笑顔の悠利を見比べて、首を傾げた。


「あのぉ、次の患者さんはどなたでしょうか?」

「あ、急ぎの患者さんは、こっちの二人です。早く見てあげてくださいね」

「え?あの、でも順番は」

「こちらの皆さんは軽傷なので、順番を譲ってくださるそうです。優しいですよね」

「まぁ、そうなんですか?ありがとうございます」


 女医さんが嬉しそうに微笑むと、男達はデレデレしながらも頷いた。それくらい当然ですよとか、気にしないでくださいとか、美人に良い格好をしたい男達の性質が見事に発動していた。悠利はにこにこ笑いながら少年と少女を診療所の方へと押しやって、傍らのクーレッシュを見てぺろりと舌を出した。クーレッシュはそんな悠利に肩を竦めながら、一言。


「ユーリ、お前怖いな」

「そう?」

「そんな風に言われたら、この人達、重傷者に順番譲り続けるしかねーじゃん?」

「でも、それが普通だし、それでお姉さんの好感度も上がるよね?」

「んー、まぁ、そうなんだろうけど……」


 個別にお話したいが為に、かすり傷を作ってまで診療所に並んでいる男達に、クーレッシュはちょっとだけ同情した。ちょっとだけ。あくまでちょっとでしかないのは、その男達に邪魔される形で、ちらほらと重傷とか重病っぽい人たちが見え隠れするからだ。診療所とは、本来、そういった病んでいたり怪我をしていたりするヒトのための施設なのだから、色恋目当ての方々にはお引き取り願いたいと思うのは普通だろう。

 そんなことをクーレッシュがぼんやりと考えている間に、悠利は次の行動を起こしていた。


「はい、おばあちゃんは前に来てね。無理しちゃだめですよ?あ、そっちのお兄さんは順番譲ってくださいねー。あ、そこのお姉さん、遠慮しないで前に来てください。ダメですよ、下手に我慢したって良くないですからね~?」

「……ユーリー、何自主的に列整理やってんだー」

「あ、クーレ、ちょっと待っててね。これ終わったら帰るから」

「へいへい。俺、何か手伝える?」

「それじゃあ、後ろの方の人に、順番整理してるって伝えてきてくれる?」

「了解」


 ひらひらと手を振って去って行くクーレッシュと、笑顔で列整理をしている悠利。なお、悠利は【神の瞳】を使っているが、眼前の人々のステータスを事細かに鑑定しているわけではない。ステータスを詳細に鑑定するまでもなく、重傷や重病の人々は赤く見えるのだ。相変わらず便利なチート様である。



 なお、この悠利の列整理が功を奏したのか、翌日以降、不必要に診療所に並ぶ人々の姿が激減したとのであった。




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