お手軽作成、タルタルソース?


「アリーさーん、今日も錬金釜借りても良いですかー?」

「あぁ、俺は使わないから、好きにしろ」

「ありがとうございます。じゃあ、借りていきますねー」

「………持てるのか?」

「持てますよ~」


 胡乱げな顔をしているアリーに笑うと、悠利ゆうりは錬金釜を両手で抱えた。大きさが大きさなので、両手で抱え、胸の位置に抱き込むようにしないと運べないのだ。重さはそれほどでも無いのだが、サイズがそこそこ大きく、更に悠利が小柄なことも影響しているのか、見ていると非常に危なっかしい。それでも、本人が持てると言うのだからあまり手を出すのもよくないだろうと考えて、アリーはその小さな背中を見送るだけに留めた。

 だがしかし、廊下の途中で、錬金釜を抱えてとことこと、いつも以上にのんびりと歩いている悠利を見かけた面々は、そうはいかない。手伝いを申し出た女性陣は、「僕だって男なんですから大丈夫ですよ」と笑顔で言われて、絶対に自分たちの方が腕力があるとわかりつつも無理強いは出来なかった。同じく、見習い組のマグ、カミール、ヤックの三人は、体型が悠利とほぼ変わらないことを理由に、手助けを断られた。

 こうなったらと見習い三人が取った手段は、真面目に玄関掃除を行っているウルグスを連行することであった。意味が解らないままに連れてこられたウルグスは、悠利が見た目はよたよたしながら錬金釜を運んでいるのを見て、問答無用で奪い取った。


「ちょっと、ウルグス、何するのー。アリーさんから借りてきたのに」

「別に取ったりしねぇよ。どこに運ぶんだ」

「え?」

「見てて危なっかしいんだよ。で、どこに運ぶんだ」

「食堂」

「了解」


 豪腕の技能スキルを保持しているウルグスは、悠利が両手で抱えていた錬金釜を、片手で掴んだあげく、肩の上に担ぎ上げた。それでも特に重さを感じているわけではない。技能スキル効果と、常日頃から鍛錬に励んで鍛えている結果だろう。……皆様ご想像の通り、悠利は主夫業しか行っていないので、肉体的には殆ど鍛えられていない。

 そうして、錬金釜を担いだウルグスと、その隣を歩く悠利。何をするのか興味津々の見習い三人は食堂へと足を運んだ。悠利に言われるままに錬金釜を運んだウルグスは、軽々と担いでいたそれを食卓の上へと降ろした。それを見届けると、悠利は冷蔵庫へと走っていった。

 そうして冷蔵庫へと向かった悠利は、大きなボールに目当ての材料を放り込み、皆の元へと戻った。悠利がにこにこ笑いながら持ってきた材料に、皆は首を傾げる。

 ボールの中には、卵、キュウリ、タマネギ、各種ハーブ、油、酢、塩胡椒、砂糖、が用意されていた。お前何をするつもりだ、と口に出したのはウルグスだけだった。年齢が近いこともあって、ウルグスは悠利に割と遠慮が無い。あと、当人は否定するが、彼は何だかんだでツッコミ気質だった。普段マグの行動にツッコミを入れている姿がよく目撃されている。


「ちょっとね、テスト」

「テスト?」

「錬金釜で何が作れるのか、試してみようと思って」


 にこにこ笑顔なのだが、皆は胡乱げな顔をした。お前何をしでかすつもりなの?という気分だ。だがしかし、悠利以外の誰にも錬金釜の構造を把握することは出来なかった。当たり前だ。彼らの中には錬金の技能スキルを持った者などいない。

 そんなわけで、一抹の不安を覚えている面々を残して、悠利は錬金釜の蓋を開けて、ぽいぽいと材料を放り込んでいく。卵は割れないようにそっと入れ、キュウリとタマネギは卵が転がらないように周囲を固定した。なお、タマネギは皮付きのままだった。その上に、生のハーブを散らし、油、酢、塩、胡椒、砂糖と順番に振りかける。…もはや、何をやろうとしているのか、謎過ぎた。


「スイッチオーン」

「「……」」


 悠利が一人物凄く楽しそうだった。ワクワクしながら錬金釜の起動ボタンを押す悠利。カタカタと小さな起動音を立てて動く錬金釜。赤く光る起動ランプを眺めながら、見習い達は戦々恐々としていた。悠利が突拍子も無いのはいつものことで、何気に彼が自分たちとは毛色の違う、鑑定の能力を持っていることは知っていた。そこに、錬金が加わったというのも知っている。知っているが、彼らの知っている錬金術師とは違う方向に何かを頑張っている気が、してならないのである。

 ……多分間違ってない。

 そんな皆の視線を受けていた錬金釜が、やがて動きを止めて、ぱこっと蓋を少しだけ開けた。悠利は顔を輝かせ、見習い達は怖い物見たさでそんな悠利を見ている。……ここで見ないで逃げるというのも、何だか後ろ髪を引かれる感じで気になりすぎて仕方ないので。


「わー、完成したー」

「「なんだそれ?!」」


 悠利が錬金釜から取り出した物体を見て、四人は思わず叫んだ。普段殆ど口を開かない筈のマグですら、驚いた声を上げている。悠利はきょとんとしながら、手にした物体、ビニール製のチューブに入った白い中身の物体を、見下ろして、告げる。彼にとっては非常に馴染んだ、名前を。


「え?何って、タルタルソース」

「いやいやいや!お前錬金釜で何作り出してんだ?!」

「っていうかその入れ物何で出来てんだ!?」

「ユーリ、さっきの材料で何でこんなのになるの!?」

「……もしや、マヨネーズ?」

「「はぁ?!」」


 ぽつりと最後に呟いたのは、マグだった。驚愕の声を上げて三人の見習い達がマグを見下ろした。マグは、悠利が手にしたタルタルソースをじっと見つめながら、もう一度、マヨネーズ、と呟いた。言われて見れば、確かに、容器自体は見慣れない材質の、見慣れない形状だが、その中身は彼らの大好きなマヨネーズに良く似ていた。だが、悠利はタルタルソースと告げた。意味が解らない四人の視線を受けて、悠利は首を捻って、そして、へらっと笑いながら答えを告げる。


「タルタルソースは、マヨネーズにキュウリのピクルスとタマネギ、それにハーブとか加えて作る調味料だよ」

「マヨネーズだった?!」

「マグ、お前怖いな!」

「最近、マグ、食べ物に関して鋭くなり過ぎじゃない!?」

「……目指せ、料理人」

「「マジで?!」」

「冗談」

「「笑えないから!」」


 出汁とか旨味に目覚めているマグからそんな発言が出ると、信憑性が高い。あと、普段冗談を口にしないマグなので、皆は一瞬信じそうになった。だがしかし、すぐにいつもと同じ真顔で否定されたので、ウルグスはぽかりとマグの頭を殴り、カミールはべしべしとマグの背中を叩き、ヤックはみよーんとマグの頬を引っ張って抗議した。その間、マグは大人しくされるがままだった。仲良しな見習い達である。

 そんな見習い達を眺めながら、悠利は錬金釜に再び手を突っ込んだ。そうして取り出したのは、先ほど手にしたものと同じ大きさの、タルタルソースが二本。何でやというツッコミは見習い達からは出なかった。何故なら彼らは見ていなかったから。……しかも、まだ中身はある。

 そうして、悠利は食卓の上に、合計五本のタルタルソースを並べた。並べた上で、愛用のメモ帳に材料どれだけで五本分のタルタルソースになったのかを記入している。ある意味レシピであり、錬金釜を使う者達は、そうやって試行錯誤を繰り返している。……普通は回復薬とか、稀少金属とかを錬金するのだが。


「今日はこのタルタルソース使って、魚のフライ食べようねー」

「「わかった!」」


 見習い達は、素直に返事をした。

 悠利がやることをに、いちいちツッコミを入れても仕方が無いと思ったのが2割。マヨネーズ系の調味料で食べる魚のフライがどんなものか気になって、思考がご飯に支配されたというのが8割。……着実に胃袋を掴まれている見習い達であった。なお、訓練生も、指導係も、時々やってくる卒業組も、全員もれなく、悠利のご飯に胃袋を掴まれていた。世も末である。



 が、それで話が終わるかと言えば、終わるわけが無い。



 悠利が錬金釜で何を作ったのか気になったのか、それとも単純に喉が渇いて水を取りに来ただけなのか、とにかく、アリーが食堂へと足を運んだのだ。その頃には、謎の容器に入った謎の調味料タルタルソースは、キュウリやニンジンの野菜スティックで味見をされており、見習い四人は美味しそうに野菜を食べていた。ただのマヨネーズとはひと味違う、ワンランク上の味わい。それがタルタルソースである。

 で、彼ら何かを食べているのを、アリーは気にしなかった。どうせまた、悠利が欠食児童に何かを与えたのだろうと思ったのだ。しかしその目が、マグがニンジンにタルタルソースをかける姿を見て、鋭く光った。見慣れない容器であった。何で出来ているのか謎な材質の入れ物から、ぷにゅーっという感じで白い何かが出てくる。


「ユーリ!お前今度は何やらかした!」


 アリーの怒声が響いた。見習い達はびっくりしながらも、それぞれ自分の皿を確保していた。そこにはちゃんとタルタルソースが入っている。ついでに、野菜スティックも確保されている。そろり、そろり、とアリーの怒りの余波を受けないように撤退する四人。マグは、アリーの意識が悠利に向いている間に、タルタルソースの入れ物を食卓の上にそっと戻しておいた。そうして四人は食堂の隅まで移動して、聞き耳を立てながら野菜スティックを堪能していた。……見捨てる気満々だった。


「え?タルタルソース作っただけ、ですけど…?」

「……そのたるたるそーすってのは何だ」

「マヨネーズ系の調味料です」

「お・ま・えは、錬金釜で、んなものを、作りやがったの、か!」

「痛い、痛い!アリーさん、痛いです!」

「やかましい!痛くしてるんだよ、大バカ野郎!」


 ぎりぎりとアイアンクローをされながら、悠利は必死に叫ぶ。なお、アリーは一応手加減はしている。戦闘訓練もしていない悠利相手に、本気でアイアンクローなんてしたら、大怪我をさせてしまうからだ。それでも、考え無しにマイペースに爆走する悠利に対して、お怒りなのも事実であった。お父さんは大変だ。

 なお、アリーがタルタルソースが錬金釜で作られたと見抜いたのは、その未知の材質で作られた容器のせいだった。これが見慣れた瓶とかだったならば、アリーはそれが錬金釜で作成されたとは思わなかっただろう。……とはいえ、聞かれたら悠利は素直にタルタルソース作ったと答えるので、怒られることに変わりは無いのだが。


「で、何でそんなもん作った」

「タルタルソース作るのって大変なんですよ」

「で?」

「人数分を揃えるのが大変だなぁと思ったので、錬金釜で作れたら便利だなあ、と」

「何でお前の頭は、そういう、どうでも良い方向にばっかり、発想を向かわせるんだろう、なぁああああ?」

「だからアリーさん、痛いですって!」


 アイアンクロー再び。この阿呆とギリギリしながらアリーに小言を言われ続ける悠利。じたばたしても、アリーの手を掴んでみても、びくともしない。痛い痛いと訴えているが、保護者役のアリーの怒りが収まるまでは解放されそうになかった。…なお、口で文句が言える程度には手加減されているのだが、痛いと叫んでいる悠利にはそこまで察することは出来ていなかった。



 とはいえ、錬金釜製タルタルソースと魚のフライは確かに絶品で、皆の胃袋を満足させたのでありました。


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