技能だけが全てではないと思います。


「鑑定士組合のお仕事って、楽しいですね」

「それはたまにやるから出る台詞だな。毎日毎日やってたら飽きるぞ」

「アリーさんも、鑑定士組合でお仕事したことあるんですか?」

「あぁ。怪我をしたときなんかは、臨時でそっちで働いてたからな」

「そうなんですかー」


 暢気に会話をする彼らは、鑑定士組合から出てきたばかりだった。本日、臨時の手伝いを頼まれて、鑑定技能スキルを駆使して仕事をしていたのだ。

 今日彼らが頼まれたのは、アイテムの選別。言ってしまえばそれだけだが、持ち込まれた品々は、偽装がされていたり、呪いがかかっていたり、トラップがくっついていたりと、危険物満載だった。アリーが悠利ゆうりを連れて行ったのは、彼に、割と正しい鑑定の使い方を教えるという意図があった。

 実際、悠利はきちんと仕事をこなした。アリーは経験とその技能スキルレベルの高さを活用して仕事をしていたのだが、その隣で、アリーに勝るとも劣らない活躍を見せたのだ。【神の瞳】はチート技能スキルなので、他の皆さんが必死に偽装や呪いを確認している間に、ぱっと見るだけで全て確認出来てしまう。そうして、危ない物体は取扱注意の説明書きを付け加えて、次に進むという次第である。

 多分、地味に、悠利向きの作業だったのだろう。

 同じ事を延々と繰り返す単純作業は、人によっては大変な苦行となる。実際、鑑定士組合の職員なのか、かり出されていた鑑定士なのか知らないが、途中で何人かは「息抜きに…」と呟いて外の空気を吸いに行っていた。悠利はと言えば、事務員がお茶を持ってきたときに雑談する以外は、割と黙々と作業をしていた方だろう。


「そういえば、僕、勧誘されましたよ」

「まぁ、するだろうな。で?」

「僕にはアジトで仕事があるのでお断りしました」

「お前ならそう言うだろうな」


 アリーは呆れたように笑った。

 鑑定士組合から直々に職員にならないかと声をかけられた。それは、公務員の勧誘を受けたのと同じように考えて構わない。安定した収入が見込める上に、鑑定士組合は基本的にデスクワークなので、安全な職場だ。冒険者として鑑定士をやるのとは全然違う。それなのに、悠利はあっさりと断った。

 悠利にとって、現金収入を得る事に対する欲求は無い。基本的な衣食住はクランで保証されているし、そもそもが生産ギルドから定期的に金が入ってくるのだ。今更どこかに働きに行こうとは考えない。…第一、そんなことになったら、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》のアジトを出なければならない。そちらの方が辛かった。

 金銭的な問題ではなく、人情的な問題で、だ。ぶっちゃければ、悠利が一番信頼しているのは《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の面々なので、その彼らと離れたいとは思わない。故郷を遠く離れた場所で、見知らぬ人しかいない土地で、それでも自分を大切にしてくれている仲間がいる。彼らの側を離れてまで現金収入を求める必要性が、悠利には無いのだ。

 あとはまぁ、彼は、自分の職業ジョブ技能スキルがチートであることを理解していても、それに魅力を感じてはいなかった。せいぜい、買い物の時に目利きに使えるとしか考えていない。チートでヒャッハーを求めるタイプではないので、致し方ない。

 悠利がそういう性格だと言うことを知っているので、アリーは気にしなかった。多分、アジトの面々に話しても、同じような反応だろう。彼らは何だかんだで悠利がマイペースで、平和と平穏をこよなく愛し、家事に全力投球できる環境を愛していることを知っていた。



 だが、それは身内と呼べる彼らだからこその、判断でもあった。




「そこの貴方、お待ちなさい」

「…はい?」

「……ちっ。面倒なのが来やがった」


 澄んだ少女の声が響いた。やや居丈高ではあるが、美しい声だ。不思議そうに振り返った悠利の視界に映った少女は、声の印象そのままの、勝ち気そうな面差しをしていた。身に纏っているのはシスターの服装で、首元に下げられた中央に十字架を象った金色のリングが、しゃらんと音を立てた。


「僕のことですか?」

「そうよ、貴方。貴方に話がありますの」

「お話、ですか?」


 意を決して、という風情の少女に対して、悠利は相変わらずのほけほけした態度だった。だがしかし、これは彼の通常運転であって、別に悪気があるわけでも、彼女の発言を真面目に受け止めていないわけでもない。ちらりと隣を窺えば、アリーが面倒そうに顎をなぞっていた。彼女の登場は、アリーにとっては予想外だったのか。或いは、予想はしていたが外れて欲しかったというべきか。

 淡い金髪をツインテールにしたシスターの少女は、穏やかに笑っていれば愛らしいとしか言えないだろう顔立ちに、融通の利かなさそうなきびきびした表情を貼り付けていた。釣上げられたような眉も、意志の強そうな瞳も、悠利をまるで射貫くように見ていたので、余計にそう見えるのだろう。


「貴方、何故、仕事を引き受けませんの」

「……はいぃ?」

「そこまでの優れた技能スキルを所持していながら、きちんと役目を果たさぬなど、怠慢ですわ!」

「……アリーさん、あの人何言いたいんでしょうか?」

「俺に聞くな」


 本気で怒っているらしい少女の言葉に、悠利は困ったようにアリーに問いかける。アリーは面倒そうに投げた。実際、彼にも彼女が何を言っているのかよくわからなかった。仕事を引き受ける受けないの話は、おそらく悠利が鑑定士組合の勧誘を断った件だろう。何でこんな部外者が知っているのかと思ったのだが、今回の仕事の依頼元は教会なので、そこから話が回ったのだろうと推察できた。

 二人が、よくわからないと面倒くさいの狭間で無言でいると、少女は更に言葉を重ねてくる。


「優れた技能スキルを持つ者はそれに見合った仕事をするべきですわ」

「……それはつまり、技能スキルで仕事を選ぶのが当然ということですか?」

「当たり前ではありませんの。与えられし技能スキルに相応しい役目を果たすこ…」

「僕はそういうの、嫌ですねぇ」

「なっ?!」


 少女の言葉を遮って、悠利はのほほんと笑いながら告げた。笑っているのだが、その瞳は強い意志を宿して少女を見ている。アリーは一瞬だけ目を見張って、けれど面白そうに笑う。口を挟むこと無く、悠利に任せようということだろう。

 反論されると思っていなかったのか、少女が絶句している。それに対して、悠利は柔らかな口調で言葉を綴った。…口調も声音も常の悠利そのものなのだが、そこに込められた絶対的な意志の強さだけは、どこか異質だった。怒っているわけでは無い。だが、譲る気配がどこにも見えない声音だった。


「貴方の言い分が正しいとするならば、人の価値が技能スキルで決まると言うことに聞こえます。優れた技能スキルを持たない者は落伍者で、技能スキルに見合った仕事をしない者は怠慢で、その人の評価は人格ではなく技能スキルに依存しているように思えます」

「私はそのようなことを言っているのではありませんわ!持つ者はそれを正しく使うべきだというのです!」

「その正しさは、誰が決めたものですか?貴方ですか?教会ですか?僕は、そうやって、技能スキルだけで仕事を決めるのは良くないと思いますし、そんな理由で仕事を押しつけられるのもごめんです」

「貴方は、己の力を世のため人のために使わないというのですか!?怠慢ですわ!」

「ですから、何故、怠慢なんですか?」


 噛み付くように叫ぶ少女と対照的に、悠利はどこまでも淡々と答えている。…あの悠利が、表情こそ笑顔のままだが、感情を封じたような声音で言葉を続けている状況に、アリーは視線を明後日の方向へと逸らした。らしくない姿だが、これもまた悠利の一面だろうとアリーは思う。ただの幼いだけの、無垢なだけの子供に、異質と取れるような行動を常に続けることが出来るだけの精神力は、宿らない。

 否、それらが異質であると解った上で、自らその道を歩み続けるだけの覚悟は、ただの子供にはもてない。そう、悠利は自分が異質であることを理解している。常識は一応、あるのだ。……一応。

  

「僕は今、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》で炊事番のようなことをしています。その仕事は、人の役に立たない仕事でしょうか?価値の無い仕事でしょうか?少なくとも僕の周りの人々は、僕が作る食事を美味しいと言ってくれます。掃除をすれば喜んでくれます。洗濯もそうです。そんな僕の仕事は、貴方にとって怠慢に映るのですか?」

「話が違いますわ!私は、貴方には鑑定士としての類い希なる能力があるというのに、それを世のため人のために生かさないことが怠慢だと…!」

「だから、勝手に僕の生き様を決めて、勝手に僕を怠慢だと決めつけないでください。望みもしない仕事なんて、僕には不要です」


 きっぱりと悠利は言い切った。少女が、何か反論を口にしようとして、悔しそうに唇を噛みしめる。何を告げても、この眼前の少年を言い負かすことが出来ないと気づいたのだろう。彼女は自分の正しさを信じていた。それは間違っていない筈だと思っている。だがしかし、悠利にはそれが通じない。そんなもの、通じるわけが無いのだ。

 この世に正しいことなんて、視点を変えれば幾つも存在することを悠利は知っている。だから悠利は、彼女の正しさを受け入れようとは思わなかった。…地味に腹を立てていた。悠利は確かにチート技能スキルを持っているが、それは別に彼が望んで得たものではないし、それしか価値がないと言われているような気がして、大変不愉快だったのだ。


「ちょっと言い過ぎたかもしれませんけど、それが僕の素直な感想です。…技能スキルだけで判断されると、僕は、僕を否定されているような気がして、辛いです」

「……何故」

「貴方には貴方の信念があると思います。でも、お願いですからそれを、僕に、押しつけないでください」


 ぺこりと頭を下げて、悠利は踵を返した。もう良いのか、とアリーが静かに問いかけると、こくりと頷く。そんな悠利の、もういつもの様子に戻った姿に苦笑すると、アリーは少女を見下ろして口を開いた。


「悪いな、お嬢ちゃん。こいつはウチの大事な仲間でな。余所に渡すつもりはねーんだよ」

「……真贋士アリー様、彼の力をご存じの上で、そう仰るのですか」

「力?あぁ、ちゃんと知ってるさ。こいつの作る飯は美味い。こいつが掃除した部屋は綺麗になる。洗濯物も皺一つないし、修繕までしてくれる。ウチの大事な大事な、仲間だよ」

「……ッ、貴方までが…」

「その石頭にちゃんと刻んでおけ。俺達は意思を持った存在だ。技能スキル職業ジョブも、そいつの本質の一つに過ぎない。…そんなもんで人を測って、遊戯盤の駒みたいに配置できると思うのは、お前らの思い上がりだ」


 にぃと唇の端を持ち上げて笑いながら、アリーは低い声で少女に告げる。その声は、周囲のざわめきのただ中にあって、何故か不思議と、よく響いた。答えない少女を無視してアリーは歩き出す。悠利はもう、のんびりと帰路についていた。相変わらずのマイペースだ。

 

「アリーさん、帰ったらお茶にしましょうね。この間作った焼き菓子が、食べ頃なんです」

「おー、そりゃありがたいな。俺は紅茶が飲めりゃ満足だが」

「ダメですよ。今日はブルックさんいるから、甘味出さないと拗ねちゃいますし」

「あー…。拗ねるな。確かに」


 いつも通りの会話をしながら、彼らは《真紅の山猫スカーレット・リンクス》のアジトへの道を歩く。まるっきりいつもと同じだった。先ほど少女をやり込めたとは思えない態度の悠利。アリーはそんな悠利の頭を、大きな掌でぐしゃぐしゃと撫でた。何となく、この少年の本質を少しだけ、掴めたような気がして。




 職業ジョブ技能スキルも関係無く、ただの悠利として彼が望むのは、炊事番としての仕事だけなのである。


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