薬草、毒草、見分けてポン!


 《真紅の山猫スカーレット・リンクス》のアジトの庭で、悠利ゆうりは籠に入った草を分類していた。籠は全部で四つ。それぞれの籠の前に、二つに分けながら、草を分類している悠利。それを真剣な顔で見ているのは、見習い四人組だった。


「それじゃ結果発表するよ~?」


 悠利が暢気な口調で告げると、四人はこくりと頷いた。いずれも、真剣な顔をしている。そんな彼らに対して、悠利はゆっくりと口を開いた。何かを背負っているような四人に対して、おごそかに宣言する。


「トップはマグ、次がカミール。ウルグスとヤックは同点最下位です」

「…」

「よーっし!」

「ちっくしょぉおおお!」

「また負けたぁあああ!」


 マグは無言で力強く頷き、カミールは気合いを入れてガッツポーズ。ウルグスとヤックは二人揃ってうなだれて、地面を殴りながら悔しがっている。実に愉快な光景だった。

 彼らが何をしているのかと言えば、無造作に与えられた草の山から、薬草を見つけ出す訓練だった。だがしかし、勿論全てが薬草では無い。雑草もあれば、毒草も存在する。そして、今回使用されているのは、全て、薬草と毒草だった。

 何故そんなことをしているのかと言えば、採取依頼の訓練だった。なので、ただの雑草は入っておらず、メジャーな薬草と毒草がこれでもかと詰め込まれている。なお、これを用意したのは、指導係のジェイクなのだが、用意するだけ用意して、それじゃと部屋に引っ込んでしまった困った先生だ。


 とはいえ、最初からこんな風に、ゲームめいた行動をしていたわけではない。


 ジェイクは見本となる薬草と毒草を大量に用意すると、同時に、図鑑を人数分置いて去って行った。それで自分で確認して覚えろと言うことらしい。鬼だ。全然指導するつもりがない。だがしかし、相手はジェイクなので、こんなもんかと諦めつつ、四人は庭で草と図鑑のにらめっこを続けていたのだ。

 だがしかし、そんな退屈な勉強が続くかと言われたら、続かない。大切なことだと解っていても、退屈なのは退屈なのである。ジェイクは本の虫なので、現物と図鑑があれば十分に幸せなのだろう。だがしかし、育ち盛りの10代の少年達にそれを求めるのは酷だ。

 案の定彼らは半時間ほどでその作業に飽きてしまった。飽きて、ぶちぶち文句を言いながらも、クイズ形式にして覚えようとしてみたり、頑張っていた。だが、やはり退屈だったのだ。

 そこに通りがかったのが暇を持てあましていた悠利で、とりあえず薬草と毒草を見分けるだけならと、このゲームを提案したのだ。どの種類かの判別はまた後ほどにするとして、とりあえず、薬か毒かという大雑把な見分けだけでも覚えてしまおうという魂胆。


 では、何故、悠利が審判みたいなことをしているのかと言うと?


 まぁ、当たり前の事だが、鑑定系最強のチート様である、【神の瞳】さんで遊んでいるだけだ。細かく種別を判断するのは時間がかかるが、毒の有無だけに限定して常時発動させてしまえば、「コレはアタリ。こっちハズレ」みたいにして草の山を分類するのも容易い。そしてまた、悠利もそうすることで、普段あんまり使わない、【神の瞳】の危機管理能力を練習しようとしていた。

 他人の嘘が見抜けたり、トラップが見抜けたりする【神の瞳】なので、勿論毒の有無も見抜ける。あと、何気に相手の健康状態を中心に判断するようにしてみれば、病気かそうでないか、怪我をしているかしていないか、なども、詳しく鑑定しなくても、相手を見るだけでわかる。極端な話、視界に赤い感じで映るのは全てアウトな状況だ。

 よって悠利は、薬草の種類も毒草の種類も全然覚えていないし、覚えるつもりもちっとも無かったが、毒の有無だけを判断基準に、ぽいぽいと草を分類していたのだ。そして、その内容によって、順位は厳格に決められていた。


「……ねー、これ、僕の独断と偏見なんだけど、ウルグス、やばくない?」

「本気で心配そうに言わないでくれるか!?」

「だって、ウルグスもうすぐ訓練生に昇格するんだよね?採取依頼って、新入りの基本中の基本だよね?」

「真顔で念を押さなくても解ってるよ!」

「それなのに、一番経験の少ないヤックと同じとか…」

「哀れみの籠った目で見るんじゃねぇえええええ!」


 本気で心配そうに見つめてくる悠利に、ウルグスはかなり本気で叫んだ。彼だって解っている。まさかの、一番経験の少ないヤックと同じ。ウルグスもそこまでバカでは無いし、きちんと今まで学んでも来ている。だから、彼も、基本はそれなりに押さえているのだ。

 ウルグスの名誉のために言っておこう。トップに輝いているマグが、色々と、おかしいだけである。

 カミールとウルグス、ヤックの差はほぼ僅差。順位はここ三人は入れ替わる。だがしかし、何回遣っても、マグだけはダントツトップだった。その理由はただ一つ。奴はここまで一度も、毒草の類を選んでいない。マグの使っていた籠の前には、山は一つしかないのだ。薬草のみ、である。驚きの的中率だ。


「ねー、マグ」

「…?」

「何かコツがあるなら、皆に教えてあげてよ」

「……コツ?」

「そう」


 ギャーギャー騒いでいるウルグスと、それをからかって遊んでいるカミールと、その二人に巻き込まれているヤック。賑やかな三人と対照的に、黙々と使った草を再び大きな籠にまとめて放り込んでいたマグは、悠利の問いかけに、首を傾げている。何が?と言いたげな反応に、悠利はダメかなぁ?と心配そうにマグを見る。

 マグはしばらく考え込むように動きを止めて、そうして、ぽつりと呟いた。それは実に実感のこもった言葉だった。




「毒草は、食べたら、死ぬ」




「「…………」」


 確かにその通りなのだが、何か違う、と全員が思った。俺達が聞きたいのはそこじゃない、とウルグスが思わず口に出したが、マグはやはり、首を捻っている。マグにとってはそれが事実なのだろう。毒草は食べたら死ぬ。だから、間違えないように覚えている。それは事実なのだが、何やら、籠っている実感が、彼らの知っている世界とは別次元のように思えた。

 そこではたと、彼らは思い出した。実は、マグの出身は、農民や町民というありふれたものではなかった。悠利も最初の頃、見習い組は皆が農民や町人だと思っていたのだが、マグは違ったのだ。マグはこことは別の街の、スラムからやってきたのだ。それはすなわち、彼らとは育ち方も価値観も、色々と違うと言うことだった。


「毒草は、覚えないと、死ぬ」

「…うん、そうだね。うっかり食べたら危ないよね」

「だから、間違えない」

「そっかぁ…。……ウルグス、どうしよう。マグの覚え方、全然参考にならない…」

「俺に言うな…」


 お手本を探したつもりが、全然お手本にならなかった。悠利がしょんぼりしているが、ウルグスだって泣きたい。マグは色々と変なところで規格外だ。肩を落としている二人の背中に、「食べれば覚える」とかいう、絶対に実行してはいけない方法が聞こえてきたが、彼らは必死に無視をした。その方法だけは、やっちゃいけない。ぶっ倒れるのが目に見えている。毒草なのだ。うっかり一口囓っただけでもアウトなのだ。それを自分の身体で試したくは無い。

 むしろ、そんな過酷な環境で生き抜いてきたマグが、ちょっと怖い一同。冒険者を目指しているとは言っても、毒草を食ってうっかり死にかけるとか、それが日常茶飯事っぽいとか、年端もいかない年齢で毒草をきっちり見分けないと死ぬような場所とか、想像したくない。…何だかんだで、マグ以外の面々は普通の環境で育っていた。世の中には下には下がいるのだと、農村出身のヤックはしみじみ思った。労働が過酷だろうが、家族がいて、寝起きする場所があって、うっかり食べても死なないご飯がある生活は、それだけで十分恵まれていた。


「よし、気を取り直して、もう一回やろうか」

「…あ?」

「こういうの、回数をこなしたら覚えられると思うんだよ。マグはもう、例外すぎるから、放置で」

「…ユーリ」

「ぶっちゃけ、マグ、毒草の見分けは出来るんだから、薬草の種類分けとか覚えた方が良くない?」

「…毒草、種類は、知らない」

「じゃあ、それ覚えるとか」

「……一人」


 既に完璧に毒草と薬草の見分けが出来ているマグまで、分類ゲームに付き合う必要は無いだろうと悠利が気を回したのだが、ぽつりとマグが呟いた言葉に、全員が動きを止めた。一人、と呟いた後、続きはない。無いのだが、特徴的な赤い瞳が、じぃっと悠利達を見ていた。…何というか、捨て犬みたいな目だった。普段のマグからは想像も出来ない風情である。


「……えーっと、マグも、皆と一緒が良い感じ?」

「…諾」

「そっか。それじゃ、一緒にやろうか?」


 こくりと頷いたマグに、ウルグスが天を仰いで呻いた。カミールは視線を明後日の方向に逸らした。ヤックは見ちゃいけない何かを見たように、瞬きを繰り返していた。悠利だけが普通に、それじゃもう一回やるよー、などと言っているが、三人はまだ立ち直れない。

 何しろ、マグは警戒心の強い人間なのだ。育ちのせいだろう。指導係達相手でも、完全に気を許したようには見えないところがある。共に雑用をこなしている見習い仲間が相手でも、決して踏み込ませない壁がある。特に、付き合いが一番長いウルグスはそれを顕著に感じていた。



 その筈だというのに、今、その壁が、綺麗さっぱり存在しなかった。



 餌付けとはまた別の方向で、マグは悠利に手懐けられているようだった。悠利は誰かに警戒心を抱く事の無い人間で、もしかしたらそれがマグにも跳ね返ったのかも知れない、とカミールは冷静に分析しようとして、考えるのが面倒になって止めた。ウルグスは不気味そうにマグを見ている。ヤックは修行に集中、と合い言葉のように呟いていた。…呟かないとやってられないらしい。


「…ユーリ、お前やっぱすげーわ」

「え?何?どうかした、ウルグス?」

「いや、何でもねぇ…」


 家事全般が得意だとか、何があっても滅多に怒らないでにこにこしてる性格だとか、強力な鑑定技能スキルを持っているとか、所持品が魔法道具マジックアイテム乱舞だとか、悠利という人間を説明する言葉はたくさんある。たくさんあるのだが、そのどれもが、今回の状況とは違うような気がした。


「ユーリさぁ、もしかしたら魔物使いとかなれるんじゃない?」

「カミール、いきなり何?」

「いや、ユーリなら、猛獣も素直になりそうって思っただけ」

「僕別に、動物に懐かれたりはしないけど?」


 不思議そうに首を捻る悠利に対して、カミールはそれ以上何も言わなかった。言わなかったけれど、「いや、お前絶対猛獣とか魔物とか手懐けられるって、確実に!」とか心の中で叫んでいた。警戒心が人一倍強いマグを手懐けたのだ。ちょっと餌付けしたら、魔物だって飼えそうだ。


「それじゃ、ゲームスタート!」


 悠利のかけ声で、四人は籠を手にして草の山に突撃した。記憶を辿りながら薬草を探す一同。なお、このゲームの勝敗は、毒草が入っているか否かなので、薬草を手にした数ではない。加点式ではなく、毒草一つにつき一点減点の、減点方式なのだ。

 頑張れーと暢気に応援する悠利の前では、四人が喧嘩をしながらもゲームと化した修行に講じているのであった。




 結局の所、マグが首位を譲ることはなく、ご褒美におやつ一品追加という栄光を手にれるのだった。



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