ピーマン嫌いのためのピーマンの肉詰め。


「何なのよ、これ!私に対する嫌がらせなの!?」


 物凄く怒っているのは、ヘルミーネだった。彼女の視線の先には、台所の作業台いっぱいに広げられたピーマンの山。なお、このピーマンは魔物に襲われている農家さんを助けたお礼にと貰ったものである。悠利ゆうりは大変喜んでいた。何故ならば、タダで野菜が手に入ったから。

 だがしかし、ヘルミーネはご立腹だった。理由は実に単純。彼女は大のピーマン嫌いだった。外見は10代前半ローティーンにしか見えないヘルミーネだが、羽根人としては確かに人間換算すればそれぐらいなのだが、実際に生きてきた年月はその数倍になる。それでも嫌いだと叫ぶほどに、彼女はピーマンという野菜が苦手だった。むしろ憎々しく思っている、らしい。


「別に嫌がらせじゃないよ?貰ったから、夕飯に使おうと思ってるだけだよ?」

「だから、それが嫌がらせじゃない!」

「ヘルミーネ、ピーマン嫌いだったの?」

「嫌いよ!大嫌い!……そりゃ、私だって、食べられるようになろうと努力はしたもん」


 流石に、大声で叫ぶのは恥ずかしいと思ったのか、ヘルミーネが言い訳のようにぼそりと呟いた。そんな彼女に対して、悠利はそっかーと脳天気に笑っていた。…てっきり怒られるか、咎められるかすると思っていたヘルミーネは、ぽかんとした顔で悠利を見た。


「……怒らないの?」

「え?何で?誰だって、好き嫌いの一つや二つあるでしょ」

「だって、ユーリいつも、残すなって言うじゃない」

「そりゃ、残すのは行儀悪いもん。でも、嫌いなモノを無理矢理詰め込んで食べたって、美味しいと思って食べなきゃ、栄養にならないと思うんだよね。僕にだって嫌いというか、苦手な食べ物あるし」

「「あるの!?」」

「……何で、皆そんなに驚くの」


 ヘルミーネだけでなく、夕飯の下ごしらえを手伝っていたヤックや、ピーマンを持ち帰ったレレイとクーレッシュや、面白がって覗きに来ていたカミールまで、叫んでいた。彼らの中で悠利は嫌いな食べ物なんて存在しない、何でも食べる人間だと思われていたのだ。……ぶっちゃけ、悠利が作っているのだから、自分の苦手な食材を使った料理が出てこないというだけなのだが。その事実に彼らが気づくことは無さそうだ。


「嫌いな食べ物ぐらいあるよ~。辛いのは苦手だし、苦いのも苦手だし。お酒使った料理もそんなに得意じゃないよ?」

「……でもそれ、特定の食材のこと言ってないわよ」

「まぁまぁ。嫌いなモノを無理して食べろとは言わないよ。…でも、もしかしたら食べれるかも知れないから、夕飯の時間になったら、挑戦するだけしてみて?」

「……えー。だって、ピーマンでしょ?無理!」


 ヘルミーネの返事は潔かった。彼女はそれぐらいピーマンが嫌いだった。苦手だった。別に緑の野菜が嫌いなわけでは無い。苦みが嫌いなわけではない。だがしかし、何故か、不思議と、ピーマンだけは食べられなかったのだ。ピーマンの親戚みたいなパプリカだって、皆が食べやすいと勧めてくれても、彼女にはやはりピーマンと似たような味しかしなくて、全然美味しくなかったのだ。

 そんなヘルミーネにいつもみたいに笑って、けれどそれ以上何も言わずに、悠利は夕飯の下ごしらえに戻る。大嫌いなピーマンをどういう風に悠利が調理するのかを、ヘルミーネはじぃっと見ていた。


「…見てるの?」

「見てるの」

「どうして?」

「だって、私の嫌いなピーマンを、ユーリがどうやって、私が食べれるようにするのか、気になったから」

「あはは、なるほど。それじゃ、見てて」


 楽しそうに笑うと、悠利は作業に戻る。

 まずはピーマンを綺麗に水洗いする。大振りなピーマンは綺麗な緑色をしていて、実に艶々だ。それが嫌いなヘルミーネにとっては忌々しい輝きかも知れないが、そうではない者達にとっては、新鮮な上にきちんと手入れのされた実に素敵なお野菜であった。

 悠利はピーマンを縦半分に切ると、ヘタを落とさないように注意しながら中のわたと種を取り除く。ヘタは落とさないが、ヘタのてっぺんについている傘のような部分は指で挟んでぐりぐりしながら引っ張って取る。ココは流石に固くて食べられない。幾つも幾つも、それこそ気の遠くなるほどの数のピーマンをそんな風に単純作業で半分に解体していく悠利の隣では、彼に頼まれた作業をしているヤックがいた。

 ヤックが行っているのは、バイソンとオークの肉を包丁で延々と叩いてミンチにすることであった。途中でちょっと疲れて見えるヤックに、暇を持てあましていたのかレレイとクーレッシュが交代を申し出て、楽しそうにまな板の上で包丁を乱舞させていた。…基本的には訓練生は料理当番はしないのだが、別に出来ないわけでは無いし、何より、この肉を叩いてミンチにする作業は、結構良いストレス発散になるらしくて、皆が喜んで手伝ってくれるのであった。何故か。


「ヤックー、ミンチできた…?…って、何でクーレがノリノリで包丁使ってるの?」

「あ、悪いユーリ。ミンチ作るの楽しかった」

「いやまぁ、手伝ってくれたなら嬉しいけど…。そのミンチにこのタマネギ混ぜて-。あと、卵と、パン粉も一緒に」

「それはオイラがやるよ。料理当番オイラだし」


 クーレッシュがまな板からボールへとミンチをうつすと、ヤックがそのボールを受け取って悠利の傍らへと歩いて行く。そこには、悠利が綺麗にみじん切りにしたタマネギがあった。ボールの中にタマネギが入れられ、悠利はパン粉と卵も放り込んだ。そして、仕上げとばかりに塩胡椒をぱらぱらり。

 ヤックは綺麗に洗った手で、肉種を混ぜた。中身が綺麗に混ざるようにとこねこねする姿は、周囲にはどこか微笑ましく見えた。ヤックには悪いが、そばかすの浮かんだ少年が一生懸命ミンチを捏ねている姿は、何だか無性に、子供っぽく見えるのである。

 肉種をヤックにまかせると、悠利は大量に半分に切ったピーマンへと向き直る。ちゃきっと取り出したのは茶こしだった。煎茶が存在する世界なので、茶こしさんは存在するのである。…それで何で味噌こしが存在しなかったのか悠利には謎であったが、そもそも王都ドラヘルンでは味噌が流通していなかったのだから仕方ない。

 とにかく、茶こしを手にした悠利は、逆の手に小麦粉を掬うためのスプーンを装備していた。作業台の上に置かれたバットの中には、所狭しとピーマンが並べられていた。いずれも、半分に切った切り口を上向きに並べられている。そして悠利は、そのピーマンの上に、茶こしで小麦粉をふるい始めた。

 ぱらぱらと落ちていく小麦粉が、ピーマンの緑色を覆い隠していく。全てのピーマンの内側にうっすらと小麦粉が塗されると、悠利は満足そうに小さく頷いた。その頃には肉種を混ぜる作業も終わっていたので、ヤックがボールを持って歩み寄ってくる。


「それじゃヤック、その肉種を、ピーマンの中に詰めていくからね」

「わかった」

「こうやってスプーンで掬って、外れないようにしっかりしきつめて…」


 ぎゅ、ぎゅ、としっかり固めるように肉種を詰め込まれたピーマン。一連の作業を見ていたヘルミーネの顔は、まだ、疑わしそうだった。そんな彼女に気づいていない悠利は、ヤックと二人でひたすらピーマンに肉詰めを続けている。

 ある程度詰めることが出来たら、悠利は肉が詰まったピーマンを油をひいたフライパンに並べていく。肉を詰めた面を下側にしているので、じゅーという肉の焼ける音と、食欲をそそる匂いが充満する。ご飯、ご飯!みたいな雰囲気を出しているメンバーを背後に、悠利はそのまま作業を続ける。

 焼き色の付いた肉詰めピーマンをひっくり返すと、次に取り出したのは酒。日本人が料理に使う酒は主に清酒である。よって、コレも清酒だった。酒棚にあったのを引っこ抜いているので、もしかしたら結構良い酒なのかも知れないが、悠利にはどうでも良いことであった。だって彼は未成年で、飲酒はしないのだから。

 そうして手にした酒を少量フライパンの中に入れると、フタをして弱火で蒸し焼きにする。酒と肉の匂いが混ざり合って、欠食児童達の腹が空腹を訴えるように鳴いたが、聞こえないフリである。

 そうやって蒸し焼きにしている間に、悠利は隣のコンロにかけておいた鍋へと視線を向ける。そこには、綺麗に取られた出汁が沸々と踊っていた。出汁の味を確かめると、酒、塩、醤油を加えて味を調える。気持ち濃いめの味付けにすると、次に取り出したのは水溶き片栗粉。煮立った鍋をかき混ぜながら投入すれば、あっという間にとろりとしたあんの出来上がりだ。

 一旦双方のコンロの火を止めると、悠利は蒸し焼きの出来たピーマンの肉詰めを、少し深めの小皿に乗せる。ナイフで半分に切ると、その上へとできたてのあんをかける。これで、ピーマンの肉詰めのあんかけが完成だ。


「…ん-、まぁ、こんな感じかなぁ?」


 あんを絡めて半分に切った片方を口に入れる悠利。もごもごと口を動かしながらも咀嚼する。じぃーっと獲物を狙うかのように見ている一同は、右から左にスルーした。このメンバー全員に味見をさせたら、夕飯の分が足りない。

 残った半分をもう半分に切ると、悠利は小さな取り皿へとその、四分の一になったピーマンをのせる。そうして、今自分が食べていた方の皿は本日の料理当番であるヤックにプレゼントした。料理当番には味見をするという任務があるのだ。それを奪われないように必死に口に入れて、味わっているヤックであった。 

 そして、もう一つの小皿はと言うと。


「ヘルミーネ、一口食べてみない?」

「……でも、ピーマンよね?」

「うん。ダメなら残して良いよ。コレは味見だから」


 にこにこと笑いながら差し出される、ピーマンの肉詰め、あんかけ仕様。油でしっかりと焼き色を付けられた肉の香ばしさと、ふわりと鼻腔をくすぐる出汁のきいた和風あんが、ヘルミーネに食べて食べてと訴えかけてくる。…彼女の大嫌いなピーマンはと言えば、蒸し焼きにされたのかひどくぺちゃんこで、肉に隠れて殆ど存在が見当たらない。

 恐る恐る、四分の一の肉詰めピーマンを、さらに半分にしてから口に運ぶヘルミーネ。とろりとした和風あんは美味しかった。タマネギのみじん切りの入ったミンチは、絶妙な味わいだった。あんと絡まって、しっかりと肉の味がするのに、妙にあっさりと感じる。それなのに、早く主食を寄越せと言うような、腹の虫を責めるような味わいがあった。

 そして、彼女の大嫌いな、大嫌いな、ピーマンはと、言えば。




「……美味しい」




 ぽつりとヘルミーネは呟いた。正確には、ピーマンが美味しいのではなく、肉の旨味と和風あんの風味に隠されて、いつも感じる忌々しい苦みがわからなかったのだ。食感は確かにピーマンを食べているだろうと伝えてくるのに、味がしない。そんなことはどうでも良いと言わんばかりに、肉と和風あんの味が口の中を満たしていくのだ。

 ヘルミーネは口の中に入れた分を飲み込むと、残ったもう半分も、何かに挑むような顔をして食べた。そしてやはり、美味しい、と呟くのだった。


「これならピーマン、食べられそう?」

「…うん。柔らかくなってるから、肉と一緒に口の中ですぐ噛み終わっちゃうの。いつもは、嫌いなピーマンを噛んでる間に味が広がって、余計に嫌になっちゃったのに」

「うん。そうだよね。嫌いな味って、余計に敏感に感じちゃうと思う」


 にこにこと笑う悠利に、ヘルミーネはもう一度、美味しいよ、と呟いた。良かったと笑う悠利に、ヘルミーネは悔しそうに唇を尖らせた。悠利はいつも優しい。好き嫌いをしても怒らないどころか、食べられるように料理を工夫してくれるなんて、優しすぎる。ズルイと呟いたのは、多分ヘルミーネの無意識だ。


「何か言った?」

「何でも無いわよ-。とりあえず、コレなら食べるから、夕飯の分、お願いね?」

「任せて」


 相変わらず笑顔の悠利に、ヘルミーネも釣られたように笑った。…なお、背後では、ヘルミーネだけズルイとか、こっちも味見とか、欠食児童達が叫んでいるのだが、悠利もヘルミーネも無視をした。欠食児童に早く寄越せと責められているヤックだけが、不憫であった。




 余談だが、ピーマンの肉詰めは他の面々にも好評で、夕飯時に争奪戦が勃発するのであった。いつものことだが。


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