スイーツバイキング始めました?


「はぁ、嬉しい悲鳴ってヤツですね?」

「えぇ、そうなるんだけどね…」


 困ったようにため息をついたのは、ルシアだった。相談に乗って欲しいと言って彼女が《真紅の山猫スカーレット・リンクス》のアジトにやってきた時は、流石の悠利ゆうりも驚いた。そもそも、悠利にとって、自分を訪ねに誰かが来るのなんて、ハローズかレオポルドかしか思いつかなかったのだ。まさかのルシアさん登場に、ヘルミーネは「お土産は!?」とおやつを催促していた。

 なお、出来る大人ルシアさんは、パウンドケーキを持参してくれていた。流石だ。


「まさか、人気になりすぎて困るとは思いませんでしたねぇ…」

「そうなのよ…」


 悠利とルシアは、二人揃って遠い目をした。

 ルシアは、先日悠利によって、製菓の技能スキルを持つならばパティシエだろうと言われ、そうしてパティシエという職業ジョブを得てしまった。これは、とても大きな事だった。

 ルシアの実家は、《食の楽園》という伝統のある、大きな食堂だ。そして、この食堂は名門を掲げるような感じで、料理人という職業ジョブの持ち主が美味なる料理を振る舞う店、として君臨していた。その一族に産まれた、料理スキルを持たない存在が、ルシアだったのだ。

 だが、ここで誤解しないで欲しいのは、ルシアと家族の関係は良好だ。むしろ、製菓という一風変わった技能スキルを手に入れたルシアは、家族が絶賛するほどに菓子類を作るのが上手い。むしろ、店でちゃんとしたコースに出しても文句を言われないぐらいの味を作り上げていた。だがしかし、ルシアには職業ジョブが無かった。職業ジョブの無い者が作った料理に、高価な値段を付けるわけにもいかないのが、長年の伝統に縛られた《食の楽園》の苦悩だったのである。

 それならばいっそ実家を出て、どこか別の店で菓子を作るというのも、考えないでもなかった。だが、《食の楽園》は有名で、そこの末の一人娘であるルシアの存在も、有名だった。そんな彼女が家を出れば、口さがない輩に何を言われるか解らない。結局彼女は、ランチとディナーの間のティータイムにのみ、ひっそりとケーキセットを作って売っていたのだ。

 可愛い娘が、可愛い妹が、こんなにも上質な菓子を作るというのに、それを正当に評価してやれない。正当に宣伝してやれない。と悔しがっていた両親と兄達は、ルシアがパティシエという職業ジョブを得たこと、それが紛れもない料理系の職業ジョブであると太鼓判を押されたことで、長年の鬱屈を吹っ飛ばすように、ルシアのお菓子をデザートとして組み込んだ。

 


 結果、他のどの店でも味わえない絶品として有名になり、もっと食べたいとの意見が相次いだ。


 

 ルシアは張り切った。それはもう、張り切った。あと、家族も張り切った。毎日のティータイムだけでなく、ランチやディナーのデザートも全てルシアが担当した。そうしてますます彼女の作る菓子類の人気は広がっていった。

 そして、そうやって広がった頃、ぽつぽつと寄せられる意見に、ルシアはどうして良いのかわからなくなった。叶えて上げたいと思いながらもどうにも出来ない。そんな風に、困ってしまったのだ。



――もっとたくさん、この素敵なスイーツを食べたいのに、食べきれないわ。

――本当は全部の種類を食べたいのに、お財布もお腹も無理なのよ…。


 

 ダイエット云々ではなく、普通に懐事情と腹具合の問題である。考えて欲しい。ティータイムに提供されるような、皿の上に普通に盛られたケーキ類を、そうそう幾つも食べられるだろうか?どんなに頑張ったって、普通の女性ならば2、3個が限界だ。それも結構頑張った方だろう。

 まして、スイーツのみの注文を受け付けているのはティータイムだけだ。ランチやディナーの時は、他の料理とセットで販売している。というのも、そうでないと本来の料理が売れないという本末転倒に陥るからだ。《食の楽園》は食堂なので、ご飯を食べに来る場所である。


「私のお菓子を望んでくれるのは嬉しいの。本当に、嬉しいのよ?」

「はい。わかります。美味しそうに食べて貰えると、本当に嬉しいですよね」

「えぇ、でも、だからこそ、私はどうしたら良いのかなって思っちゃって…」


 ふぅ、と寂しげにため息をついたルシア。彼女は彼女で、唐突な環境の変化に対応しようと必死だった。パティシエの職業ジョブを手に入れるまで、彼女の扱いは日陰者だった。彼女の作る菓子類をこよなく愛するヘルミーネのような一部の親しい客を除いては、殆どの人間が《落ちこぼれ》だと思っていたのだ。…実際は、彼女は《落ちこぼれ》ではなく、《分野特化型の天才》だっただけなのだが。

 客の要望に応えたいと彼女は思っている。だが、彼女に出来るのは菓子を作ることだけだ。何をどうすれば、その客の願いを叶えられるのかがわからない。そうして彼女は、何となく、自分にパティシエという職業ジョブを得るきっかけを与えてくれた悠利の元へやってきたのだ。

 別に、悠利に解決策を考えてくれというわけではない。ただ、息抜きを兼ねて、悠利に愚痴に付き合って欲しいと思ったのだ。数回言葉を交わしただけだが、悠利のほわほわとした雰囲気にルシアは癒やされていたのだ。そして案の定、悠利はルシアの話を真面目に、丁寧に、静かに聞いてくれている。それだけで張り詰めていた心が軽くなるのだ。



 そんな中、悠利がふと名案を思いついたと言いたげに、ぽんと手を打った。



 瞬間、二人の様子をうかがっていた《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の面々が、悠利を見た。彼らは、何かを警戒するように、神妙な顔をして悠利を見ていた。悠利に悪気が無かろうが、彼が何かを言い出すと、事態がよくわからない方向に転がったり、妙に話が大きくなったりするのだ。それは今までの経験から、皆が解っている。ある種の不文律みたいになっている。…何故だ。


「ルシアさん、スイーツバイキングやったらどうですか?」

「…スイーツ、ばいきんぐ?」

「そうです。あ、バイキングっていうのは、僕の故郷に存在する料理店の一つなんですけど、制限時間があって、その時間内であれば、決まった金額を払えばいくらでも料理が食べられるっていうものです」

「そんな料理店が存在するの?」

「はい。色んな種類の料理屋さんで、そのやり方をしてましたよ。勿論、スイーツもありました」


 にこにこと笑う悠利は、バイキングという未知のシステムに首を傾げるルシアに説明を続ける。

 制限時間を決める。金額も決めておく。そうして、店内にスイーツを客が自由に取れるように並べる。客は、その制限時間内に、欲しいだけスイーツを食べる。追加料金を払えば水以外の飲み物が飲み放題になったり、スイーツだけでは口の中が甘くなるだろうから、軽食も用意しておくことなども、伝える。

 その辺は、悠利の記憶の中にある、スイーツバイキングの店を参考にしてみた。原価率とか収益とかは後で調整して貰うとして、悠利としては、ルシアのスイーツをたくさん食べたいと思っている客と、その客にどうにかして寄り添いたいと考えるルシアに対する発案という気分だった。採用するかどうかは、ルシアたち次第である。

 

「でもユーリくん、結局、スイーツをたくさん食べるのは無理じゃない?」

「なので、お菓子のサイズを小さくしてみるのはどうですか?色んな種類を、こう、一口ちょっとぐらいで食べられるようにするんです。作るのは手間かも知れませんが、それなら、色んな種類を食べられますよね?」

「…ぁ」

「で、基本は普通の食堂さんなので、例えば、毎月決まった日だけ、昼間の時間にスイーツバイキングするとか、どうですか?その辺は、お父さん達と相談して貰ってってことになりますけど」


 ダメでしょうか?と首を傾げながら問いかけてきた悠利に、ルシアは目を大きく見開いていた。彼女は驚いていた。悠利のアイデアに、ただただ、驚いていたのだ。

 ルシアは今まで、菓子類を作る際に、それ一品でお茶を楽しめるサイズを考えて作っていた。デザートとして作る時も同じくだ。だが悠利はそれを、一口ちょっとの大きさで、と口にした。つまり、それ一つを食べて、そのお菓子を味わうことは出来るけれど、まだまだたくさん食べることの出来る大きさ。プチデザートなんて考えが存在しないこの世界において、その発想はルシアのパティシエ魂に火を付けた。


「ユーリくん、他に、どういうことに注意して、行えば良いかしら?」

「んー?とりあえず、お菓子に合う飲み物を用意するのも大事じゃないですか?紅茶も美味しいですけど、ジュースとかも揃えたら、子供も喜びそうですし」

「そうね。それと、時間はどれぐらいなら適正かしら?貴方の故郷の話で構わないのよ?」

「概ね、一時間半ぐらいが一番多かったと思います。それぐらいあると、味わって食べて、最後にお茶で一服するぐらいの時間だと思います」


 ルシアの質問に、悠利は記憶を辿りながら答える。一時間では短すぎるし、二時間ではちょっと長く感じる。無論、バイキングやビュッフェスタイルの店には、平日限定で時間無制限とかいう剛毅なシステムの店もあったが。この異世界で、初めて行われるバイキングスタイルならば、皆が飽きるほど長くてもダメだし、満足できないうちに終わるほど短くてもダメだろう。その見極めは難しい。


「あと、軽食と言ったけれど、何を用意してあったのかしら?」

「僕が行ったことのある店では、パスタとパンとスープが用意してありました。甘い物ばっかりだと胃もたれしちゃうので、パスタ食べたり、スープ飲んだりして、口の中をリセットしてたんですよ」

「ありがとう。とりあえず、このアイデアをお父さん達に話してみるわ。また、相談に乗ってくれるかしら?」

「僕に出来ることなら、喜んで」

「ありがとう」


 来たときとは打って変わって、ルシアは希望に満ちあふれた顔で去って行った。その背中を見送って、悠利はにこにこ笑顔だった。もしもこれでこの世界でスイーツバイキングが誕生したら、しかもそれを作るのがパティシエのルシアだとしたら、それはそれは美味しいお菓子に巡り会えると確信していたからだ。

 …実際にスイーツバイキングが始まったら、絶対に行こうと心に決めている悠利であった。あと、外野で話を聞いていた女性陣+甘党のブルック。




 それからしばらくして行われたスイーツバイキングは大好評となり、毎月2回行われる《食の楽園》の名物となるのでありました。


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