ラーメンが無いのでスープパスタです。


 その日、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》のアジトには、三人しかいなかった。

 基本的に、留守番に指導係が一人と決められている以外は、人数が変動する。最近では、家事担当として悠利ゆうりもほぼほぼ留守番に等しい。たまに馴染みの店に買い物に出かけたりするぐらいで、基本的にはアジトにいる。そして、本日アジトにいるのは、悠利と食事当番のカミール、そして指導係のティファーナの三人だけだった。

 そんなわけなので、悠利は昼食をちょっと冒険してみることにした。人数が少ないときは、色々とアレコレ食べてみたい料理の試作品を作ったりする悠利である。人数が多いときは、失敗した場合のリスクがあまりにも大きすぎるので、そういうことはしない。また、今日のメンバーが女性なので小食なティファーナと、少年にしてはそこまで食べないカミールという取り合わせだったので、シンプルなご飯にしようと思ったのも理由だった。


「ラーメン、食べたいけど、無いんだよねえ…」


 ぐーるぐーると、ガラで取った出汁と昆布で取った出汁を混ぜ合わせながら、悠利はぽつりと呟いた。その呟きは実に寂しげで、切実で、どこか郷愁を感じさせる声音であった。……まぁ、戻れぬ故郷を思う理由が、ラーメン食べたい、という辺り何というか、実に悠利らしいというか、アレすぎる。普通はもっと違う理由でホームシックになるはずなのだが、彼には言うだけ無駄だった。


「らーめんって?」

「僕の故郷の麺料理の一種だよ。スープの中に麺が入ってて、一緒に食べるの」

「……は?麺とスープが一緒?何でだよ。麺は麺で食べるもんだろ?」

「まぁ、パスタは基本そうかもね-」


 カミールの疑問を、悠利はけろりと流した。麺がパスタしか見当たらなかったので、その感想は予想済みだ。だがしかし、うどん、蕎麦、そうめん、と国産系だけでも三種類の汁物+麺という食べ方が定着している日本人だ。そこにラーメンや春雨、フォーなども参入する。パスタだってスープパスタというジャンルがある。汁と絡めずに食べる麺は、もしかしたら焼きそばぐらいかもしれない。

 なので、悠利はラーメンが食べたかった。そりゃもう、食べたかった。うどんや蕎麦も確かに食べたいと思うのだが、何故か無性に食べたくなるのはラーメンだった。……多分、どこへ行ってもとりあえずラーメン店が存在するという日本の環境のせいだろう。……まぁ、どこかのうどんの国では、ひたすらに麺系はうどんオンリーなのだが、あそこはちょっと例外なので忘れておいてもらいたい。

 で、ラーメンだ。

 食べたいと悠利が願っても、そもそも中華麺が存在していない。王都ドラヘルンで流通している麺は、パスタのみだ。小麦粉は存在するので、うどんは頑張れば作れるかもしれない。蕎麦はそば粉を発見しなければいけないので、難易度が高い。そして、中華麺は作り方を悠利が知らないので、どうにも出来ない。だがしかし、ラーメンが食べたいと思ってしまったのだ。

 その為、悠利はラーメンもどきを作ろうとしていた。というか、まぁ、ラーメンを懐かしんで、スープパスタをそれっぽく作ろうとしている。間違った方向に努力していると言わないで欲しい。日本人は、食べたいもののために結構努力する人種なのだ。……その昔、食べられたもんじゃないと言われていたマグロが、今では皆大好きなお魚さんになっていた程度には。


「具材は、タマネギとキノコ類で良いかな~。チャーシューは流石に無いしねぇ」


 ひょいひょいとタマネギの皮を剥くと、悠利は慣れた手つきでタマネギを刻んでいく。太すぎず、細すぎず、絶妙のバランスで刻んだタマネギを、ガラと出汁のみで味付けのされていないスープに放り込む。そうして一緒に煮込んでいる間に、キノコも刻んで、放り込む。

 味付けは塩胡椒と醤油で調える。……そしてここで、最終兵器を悠利は取り出した。スープを一瞬で中華風にしてくれる素晴らしいアイテム。その名は、ごま油だ。

 くるーっと鍋の中に円を描くようにして流し入れて、スープの味を確かめる。何となく、中華スープっぽいものが完成した。うきうきワクワクしながら、悠利はパスタを鍋へと放り込む。……スープで直接茹でるのかとか、ものぐさとか言わないで欲しい。一応、味が染みこむことを考えて、スープで煮込んでいるのだ。別に面倒くさがっているわけでは無い。元々、そういう風に親が作っていたので、悠利もそうやって覚えた。ただそれだけなのだ。

 

「……ユーリ、それ、何でごま油入れたんだ?」

「え?風味出て美味しいじゃない。使わないの?」

「んー。スープに入れるのは、オリーブ油じゃね?」

「オリーブ油も美味しいよね~」

「…あぁ、うん」


 話が通じなかったので、カミールはスルーしようと心に決めた。悠利を相手にすると、会話が色んな方向に脱線する。そこを気にしたら負けだ。負けなのである。

 もしかしたら、この辺りでは中華風の料理はあまり作らないのかも知れない。そんなことを悠利はちらっと考えたが、頭の片隅にぽいっと捨てた。それは今、彼にはまったく関係の無いことだった。悠利に必要なのは、ごま油を隠し味に使ったスープパスタが、ラーメンもどきになったかどうか、である。最重要事項はそこなのだ。

 パスタと具材に火が通ったのを確認すると、悠利は鍋の中身を深めのスープ皿へと三等分していく。このメンバーならばお代わりを要求することがないというのは、経験則で解っている。……ここにウルグスとマグの見習い年長コンビがいた場合は、かなりの確率でお代わりコールが始まるのだが。大柄なウルグスはともかく、見習いで一番小柄な筈のマグの胃袋の収納具合は地味に《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の七不思議であった。


「今日のお昼は、中華風スープパスタです~」

「中華風って何?」

「そういう料理の種類?」

「ふうん」


 異世界で、中国という国の名前を出しても通じないだろうと思ったので、悠利は曖昧に誤魔化した。もとい、そこの細かい説明をするよりも、早くラーメンもどきスープパスタが食べたかった。ラーメン食べたいという欲求だけで、こんなことをやらかしちゃってるのだ。早く食べたいに決まっていた。


「あら、今日は少し変わったメニューなんですね?」

「スープパスタって言うんですよ、ティファーナさん」

「スープの中にパスタが入ってるのですか?不思議な料理ですね」


 穏やかに微笑むティファーナは、それでも、見慣れないスープパスタを拒絶しなかった。ふわりと鼻腔をくすぐるごま油の匂いに、食欲を刺激されたのかも知れない。また、悠利が作る料理がいつも美味しいので、絶対的な信頼を寄せているというのも大きかったかも知れない。

 悠利が作る料理は、いずれも家庭料理だ。難しい工程も、複雑な技術も、選りすぐりの材料も必要ない。その気になれば、そこらの主婦の皆さんが普通に作れるような料理ばかりだろう。けれど、それが何故か美味しいのだ。また、ここはトレジャーハンターばかりが集うクランである。料理がそこまで得意な者がいないので、余計に際立つのかも知れない。


「それでは、いただきます」

「「いただきます」」


 ティファーナが手を合わせて口にすれば、悠利とカミールもそれに倣った。悠利は早速、パスタを箸で挟んで、ずずーっと啜って食べた。パスタでやるには行儀が悪いかも知れないが、気分はラーメンなので、そうやって食べたかったのだ。ごま油の風味が生きている醤油味のスープと、パスタが絡まってこれはこれで美味しい。……まぁ、ラーメンかと言われたら、微妙ではあるが。

 それでも、合わないわけではない。

 昨今、和風パスタが流行っているので、パスタと醤油がマッチするのは悠利も知っている。そして、キノコとタマネギの風味が良い感じにスープに味わいを加えていて、普通に美味しい。ラーメンもどきとしての完成度はまぁそれなりだが、何となくラーメン食べたいという欲求を、多少は満たしてくれた。いつか中華麺を手に入れて、ちゃんとしたラーメンを作ろう、と悠利は決意した。

 ……何でそこで、故郷に戻ろうと思わないのか不思議だが、彼の思考はそっちに走った。何だかんだでここに馴染みすぎである。



 が、暢気に食べている悠利と裏腹に、ティファーナとカミールはスープパスタに悪戦苦闘していた。



 そもそもが、麺と汁物が一緒になっている料理に、彼らは馴染みが無い。そしてこれは、日本人がついうっかり陥りがちな認識なのだが、実は、麺をすするというのは、結構難しいことらしい。幼少時からうどんや蕎麦、ラーメンに親しんできた日本人には理解出来ないのだが、外国人が麺をすするのは大変苦労するらしい。あと、日本人でも麺がすすれない人はいる。

 したがって、ずぞぞぞっと普通にパスタを食べている悠利の隣で、カミールはとりあえずパスタを引き上げて、何とか口の中に放り込むことで食べていた。ティファーナはスプーンとフォークを利用して、くるくると器用に巻いてから食べている。……結果として、彼らはスープと麺を一緒に食べていない。アレ?と悠利は首を捻ったが、とりあえず気にせずに食べた。食べたかったので。

 そんな風に黙々と食べている悠利の食べ方に、二人が動きを止めて注目したのも、無理の無いことだった。箸で麺を掴んで、ずずーっと口の中に入れていく。一度箸で掴んで麺を口にくわえたならば、口の力だけで吸い込んで、そのままもぐもぐと咀嚼する。日本人には見慣れた光景だろうが、異世界人たちには変な光景でしかない。二人は目を点にして、悠利を見ていた。

 流石にその視線には気づいたので、悠利は首を傾げながら二人を見た。


「どうかしました?」

「ユーリ、その、この料理はそのようにして食べるのですか?」

「はい?いえ、別にこうしなきゃいけないというマナーがあるわけじゃないですよ。ただ、僕はこういう風に食べる方が楽なので」


 スープと一緒にずずーっといっちゃう方が、何となく風味を感じられる気がするのであった。だがしかし、それが正しい食べ方かと言われたら、多分違うと悠利も解っている。だってコレはラーメンではなく、ラーメンもどきのスープパスタなのだから。だがしかし、ラーメン気分を味わいたいという悠利には、この食べ方以外の選択肢は存在しない。

 とりあえずティファーナとカミールは、他の食べ方をしても大丈夫と言う言葉を引き出して、安堵したように食事に戻った。美味しいのだが、どうにも食べにくかった。カミールは箸でパスタを掴んで悠利の真似をしてみたのだが、何故か、悠利のように上手に口の中に麺が入らない。途中で諦めて、掴んでは放り込むスタイルに変更した。

 ティファーナは最初から挑戦しようとしていなかった。出来ない、と何となく察してしまったらしい。だがしかし、カミールもティファーナも、なんとなく、悠利の食べ方の方が美味しそうに見えた。悠利のことだから、またこういった料理を作るだろう。その時には、少しずつ練習をしよう。そんなことを考える二人であった。



 なお、昼食が新メニューだったと聞いた一部メンバーが、ズルイ、ズルイとわめき立てたという微笑ましい事件が起ったのでありました。

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