リアル嘘発見器。


 それは、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の面々が密かに抱いていた疑問だった。


――嘘ついちゃダメだよ。

――嘘はダメですよ。


 いつも通りのにこにこした笑顔で、通りすがりに悠利ゆうりが口にする言葉である。何かを咎めると言うほどでは無く、ダメですよー、ぐらいのニュアンスなのだが、よくよく考えると地味に怖かった。



 何故ならその台詞を言われた時、彼らは皆、ちょっとした嘘をついていたのだから。



 なお、彼らの名誉のために告げておけば、それは決して悪意のある嘘では無い。話を盛り上げるためにちょっと大げさにしてみたり、相手をからかうためにわざと嘘をついてみたりという、実に茶目っ気溢れる、人間関係を円滑にするためのコミュニケーションみたいなものだ。

 だがしかし、それはそれ、これはこれ。確かにその時彼らは嘘をついていた。それは事実だ。そして、そのタイミングで悠利が通りかかると、必ずと言って良いほどに、笑顔でダメと言われるのだ。…まるで、彼らが嘘をついているのを完全に見抜いているように。


 ……冷静に考えると、何やら背筋が寒くなる一同であった。


 とはいえ、その事実に思い至って、リビングでざわざわしている一同の中で、平然としている者達が三人いた。

 一人はアリー。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》のリーダーであり、悠利の保護者代わりであり凄腕の真贋士であり、鑑定系能力における悠利の指導係でもある。その彼にしてみれば、その程度、の認識で終わる。

 もう一人はブルック。アリーと付き合いの長いブルックは、悠利が普通の鑑定士を上回る能力の持ち主であることを知っている。アリーから詳しい話をきいたわけではない。彼はただ、先日の隷属の装身具の一件で、悠利が規格外だと身を持って知っているだけだ。

 最後の一人はジェイク。学者という職業ジョブについている彼は、知識量だけならばクラントップだろう。その知識は実に幅広く、当人の興味が向いたものは全て吸収されていく。頭の出来が一般人とは違うと言われ、色々とネジがぶっ飛んでズレているジェイクであるが、それゆえに、彼も悠利の能力をある意味そこそこ正確に理解していた。


 あと、この三人は鑑定系能力に真偽を判断する力があることを、知っていた。


 ただの鑑定では、レベルが低い間は百発百中とはいかない。何か違和感を感じる、程度かも知れない。だが、逆を言えば、鑑定という技能スキルであっても、高レベルであれば嘘を見抜くことは可能だ。そして、魔眼という鑑定の上位技能スキルを保持しているアリーもまた、相手の嘘を見抜く事など朝飯前だった。あまり知られてはいないだけで、彼らは聞かれたらそれを教えてくれる。…聞かれないから答えないだけだ。


「ユーリって、もしかして、嘘見抜いてるのか…?」

「クーレ、本人に確認してきなさいよ」

「何で俺なんだよ!?」

「親友なんでしょ!」

「だからって、そんな質問させるなよ!」


 クーレッシュとレレイが押し付け合いをしていた。なお、見習い達は全員レレイの肩を持っていた。クーレッシュが聞きに行けば良い、と何だか満場一致みたいになっている。皆、面倒くさいことは誰かに押しつけたいらしい。あと、実際に自分が聞いて、それが正しかったときの衝撃が怖かったりするので。

 ぎゃーぎゃーやっている面々を、アリーとブルックとジェイクの三人は面白そうに眺めていた。完全に見物するつもりである。…そこで、嘘が見抜けるという事実を教えてくれない辺り、思いっきり面白がっている。


「皆、何大騒ぎしてるの?」

「「ユーリ!?」」

「…え?何で驚いてるの?」


 はいおやつー、と手にした大皿の上にクッキーを山盛りにした状態で現れた悠利が、皆の反応に不思議そうに首を捻っている。自分は別に何もしていないのに、どうしてこんなに驚かれているのだろう、という感じだ。実際悠利は普通に入ってきただけなので、それに気づかないぐらい白熱していた皆が悪い。

 誰に聞こうかと考えた悠利は、いそいそと近寄ってきたブルックに視線を向けた。悠利がテーブルにクッキーの皿を置いた瞬間、ひょいっとクッキーを手にして食べているブルック。見た目騎士の雰囲気侍は、クール美形な外見に反して、無類の甘党だった。悠利のお菓子に餌付けされている人一号である。なお、二号以下は数えるのが面倒なので割愛する。

 

「ブルックさん、皆、何を大騒ぎしてたんですか?」

「うん?」


 じぃっと見上げて問われて、ブルックはクッキーを手にしたまま首を傾げた。しばらく考えて、手にしたクッキーを一口で食べてしまうと、悠利の頭をくしゃくしゃと撫でる。そうして、笑顔のままで言葉を発した。


「お前に聞きたいことがあるらしいぞ」

「「ブルックさんんん!?」」


 物凄くあっさり売られてしまった一同が、絶叫した。美味しいクッキーを食べて和んでいたのが、色々と台無しだ。もとい、クッキー争奪戦が本気で繰り広げられていたのに、一気に吹っ飛んだ。にやりと唇の端で笑っているので、ブルックは勿論わざとである。後輩達をからかいたくなったらしい。ヒドイ大人である。


「聞きたい事って何?」

「「……」」

「どうしたの?」


 無邪気に問いかけられても、答えられない一同。だがしかし、悠利は不思議そうに首を傾げながら、彼らを見ている。その姿に、何故か妙に罪悪感を覚える一同。別に悪いことはしていないのだが、悠利が不思議そうにしながら「どうしたの?」と繰り返すと、こっちが悪いような気がするのだ。…げに恐ろしきは悠利の持つ小動物オーラ。

 そもそも、悠利は童顔なので、17歳の男子高校生の筈なのに日本でも中学生に間違えられていた。そして、どちらかというと顔立ちが西洋風なこの異世界では、外国に出かけた日本人よろしく、幼く見られている。アジトの面々は悠利が17歳だと知っているが、どうしても外見的には彼らの中でヤックと同じ13歳ぐらいにしか見えないのだ。

 そんなわけで、どうにも自分たちが苛めている側のような気分を味わうのであった。…なお、悠利は別に深い意味など何もなく、ただ不思議がっているだけなのだが。


「えーっと、あのさ、ユーリ」

「うん、何?クーレ」


 意を決して口を開いたのは、周囲に背中を小突かれたり、足を踏まれたり、服を引っ張られたりしたクーレッシュだった。哀れ。何で俺が、と思いながらも先陣を切る辺り、何だかんだで良い男だ。あとはまぁ、悠利相手の奇妙な罪悪感に、耐えきれなくなっていたというのも大きいかも知れない。悠利の親友を自負するクーレッシュは、他の皆より数倍悠利に甘かった。



「もしかして、嘘がわかったり、するのか?」



 クーレッシュの質問は、皆が沈黙しているので、リビングに大きく響いた。うっかりしたら反響するレベルで響いたことに、クーレッシュもぎくりとした。そんな一同の注目を浴びている状態で、悠利はぱちぱちと瞬きを繰り返して、そして、答えた。



「うん、わかるよ」



 物凄くあっさりだった。

 ピシッと周囲が固まる音が聞こえたような気がするが、悠利はのほほんと笑っている。それがどうかしたのー?ぐらいのニュアンスだった。普通に考えて色々あり得ないのだが、悠利は「できることはできる」「できないことはできない」とあっさりと受け入れてしまっているのだ。あと、技能スキルとはそういうものだと思ってもいる。流石、サブカルに慣れ親しんだ男子高校生。順応レベルが半端無い。

 

「答えがわかって良かったな、クーレ」

「……ッ!ブルックさん、知ってたんですね?!」

「あぁ、知ってたぞ。ついでに、アリーとジェイクもな。…そもそもお前達、アリーに嘘が通用しない時点で、想像ができるだろうに」

「「あぁああああああ!!」」


 そうだった!と一同が大騒ぎする。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》を率いるリーダー様は凄腕の真贋士様で、鑑定系技能スキルを保持しておられて、しかも、いつだって嘘はきっちり見抜いてお説教をしてくる怖い保護者様だった。その事実を忘れていたわけでは無い。アリーはそうだという認識はあったのだ。



 ただ、それと悠利がイコールで結ばれなかっただけである。



 悠利は鑑定師ということになっている。まだまだ色々と未熟だが、素質はあるとアリーが太鼓判を押している存在だ。…実際は、技能スキル【神の瞳】さんがあまりにも最強チートすぎて、ちょっと使い方を教えるだけで余裕でアリーの上を行っちゃうのだが、その辺の事情はアリー以外の誰も知らないし、知らせるつもりも無いアリーであった。被害者を増やしてはいけない。

 

「…何で大騒ぎしてるんですか?」

「お前に嘘が見抜けると思ってなかったそうだ」

「でも、鑑定の技能スキルにはそういう能力ありますよね?」

「あまり知られてないからな」

「そうなんですかー」


 大騒ぎしている一同をそっちのけで、悠利とブルックはのほほんとしていた。ブルックは会話をしながらひょいひょいとクッキーを食べている。他の面々が頭を抱えて唸っていたり、叫んでいたりするので、クッキー争奪戦がとても楽になっていた。…なお、同じようなことを考えたのか、普段はおやつ争奪戦を面倒くさがって混ざらないアリーや、怪我を恐れて見学しているだけのジェイクまで、クッキーの皿に手を伸ばしていた。

 鑑定持ちが嘘を見抜ける、という事実を知ってしまった面々は、恐る恐るアリーと悠利を見た。この二人に嘘がつけないと言うことは、この二人に隠し事ができないということである。勿論、隠し事をしたいわけではないが、まったく嘘がつけないというのも、ちょっと困る。…主に、サプライズが全滅するという感じで。


「実害の無い嘘は見逃してやってんだろ」

「嘘をついてるのがわかるだけだから、隠し事はできると思うよ?」


 アリーが面倒そうに呟き、悠利が首を傾げて口にする。皆はどういうことだと悠利を見た。だがしかし、説明は悠利ではなくアリーがすることになった。…理由、悠利が言うとややこしくなりそうだと判断したアリーが、代わりに説明をしたと言うだけだ。


「言ってることが《本当じゃ無い》ってことが解るだけで、何が《本当》かはわからん。白黒はっきりしてる内容でも無い限り、隠し事は可能だ。…まぁ、隠してるってのは気づくかも知れんが」

「つまり、上手に隠せと言うことだろう?良い訓練になるじゃないか」

「ブルックさん無責任!」

「俺は慣れてるからな」

「ひでぇ!」


 アリーの説明をブルックが補足する。噛み付くようにレレイが叫んだが、あっさりと流される。そのあまりにもしれっとした態度に、大人はヒドイと言いたげにクーレッシュが叫んだ。なお、その叫びに見習い達も同調している。大人二人はどこ吹く風で、そんな後輩達を眺めているのだが。




 なお、悠利が全力で嘘を見抜くのは、つまみ食い犯を発見するときだというのは、お約束である。


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