お昼寝ハンモック。


「…………で?」


 頭にたんこぶを作った少年達を前にして、アリーは仁王立ちをしていた。彼らのたんこぶはアリーに殴られて付いたものである。大人しく正座して並んでいるのは、見習い四人だけでなく、悠利ゆうりとクーレッシュ、さらには何故かジェイクまでいた。あと、我関せずと逃げようとしていたレレイはアリーに襟首を引っ掴まれて、その足下に引き倒されている。…基本的に、悠利を中心に何かをやらかす時には、見習い+クーレッシュとレレイというのがお約束だった。今日は何故かジェイクまで混ざっていたが。

 とりあえず、怒ったアリーに逆らえる者など存在しない。無言で説明を求められるのだが、誰も答えない。というか、誰が答えれば良いのか悩んでいるという方が正しい。普通、こういう時は年長者が代表して答えるのだろうが、ジェイクは役に立たない。次に年長なのはレレイだが、アリーの足下に引き倒されているので、無理。となるとクーレッシュになるだろう。

 誰も言葉にせずともその結論は出された。静かに怒っているアリーを、正座の状態で見上げながら、クーレッシュは口を開いた。…何となく理由を説明したら、更に怒られるような気がしたのだが。



「ユーリに教わってハンモックという寝具を庭先に作って、皆で順番争いをしてました」



 なるべく簡潔に説明したクーレッシュ。割と上手にまとめてある、と皆が思った。アリーにげんこつで怒られるまでのドタバタした大騒ぎが、実に的確にまとめられているのだ。だがしかし、そんな感想を抱いたのは怒られている面々だけで、怒っているアリーはさらに機嫌を悪くした。


「どこをどうしたらそうなる。あと、ユーリ!お前何やらかしてんだ!」

「ごめんなさい」

「そもそも、はんもっくってのは何だ」

「あそこの木の間に張ってある寝具です」


 アリーに怒鳴られて、悠利は素直に謝った。自分の非を認めてすぐに謝ることができるのは、悠利の美点だ。そうして悠利が示した先には、なるほど、風にそよそよと揺れているハンモックがあった。人一人が眠れそうな大きさの一枚布の両端に、紐が何本も付けられており、それを一本にまとめて木の幹に括り付けてある。


 何でそんなものを作ったのかと言えば、アジトに転がっていたドロップ品が原因だった。


 《真紅の山猫スカーレット・リンクス》は、毎日あちこちのダンジョンに潜ったり、草原で魔物を倒したりと、それぞれが冒険者としての活動をしている。勿論、ギルドの依頼を受けることだってある。その為、自分たちが手に入れても当面必要としないドロップ品の類は、倉庫にまとめてしまわれているのだ。誰かが何かの依頼で必要になった場合には、そこから持ち出すことも可能となっていた。

 基本的には自分で手に入れるべきなのだが、緊急の依頼などの場合は、倉庫からの持ち出しが認められている。そして、そんなアジトの倉庫の中に、特に使われることも無く放り込まれたままの、ロープが存在したのだ。

 このロープ、シルクタランチュラという魔物の糸から作られているのだ。シルクタランチュラはそれほど強くない魔物で、その糸は名前の通りシルクのような極上の糸である。そして、ここが重要なのだが、見た目も手触りも完璧にシルクだというのに、シルクタランチュラの糸は、恐ろしいほどに強度が高かった。細い細い絹糸みたいな一本だけで、子供をつり下げることができるのだ。

 で、そんなとっても頑丈なシルクタランチュラの糸で作ったロープが、倉庫に転がっていた。一時期大量に捕獲した時の残り品で、作業を覚えるために皆でロープにしてしまったという物体だ。そして、使い道は全然無かった。

 



 ……頑丈な糸と、丁度その場にあった頑丈な布という二つを見た悠利が、「ハンモック作れるね」とか言い出さなければ、何も起きなかったのだ。




 ハンモックが何かを知らない面々は、勿論悠利に話を聞いた。そして悠利は普通に答えた。今日は風が心地よく、小春日和という雰囲気だった。絶好のお昼寝日和である。皆はそれはもう、食いついた。食いつかないわけが無い。

 悠利が布の両端にロープを通すための輪っかを縫い付けている間に、他の面々はロープを均等な長さに切り分けていた。…普通に考えて悠利の作業の方が時間がかかりそうなのだが、裁縫レベル50のおかげでさくさく進み、結果としてほぼ同時に両者の作業は終わった。

 見習い達は嬉々として庭先の木にハンモックの両端から伸びていたロープを括り付けた。高さを調節し、乗り降りがしやすい高さを皆で考えた。そうして、まずは小柄で体重の一番軽いマグが挑戦してみて、ずり落ちることも無くハンモックが固定されているのを確認して、順番に寝っ転がってみた。

 それは、何とも気持ち良い寝心地だった。風にゆらゆらと揺れるのもまた、睡魔を呼び起こされそうになる。一通り交代でハンモックを堪能した後、騒動は起きた。悠利と見習い達が遊んでいるのを発見した、クーレッシュとレレイが合流したのだ。二人もハンモックを大いに気に入り、争奪戦が勃発した。

 それだけならば良かったのだが、何故かそこに、ジェイクまで乱入してきた。基本的に本の虫、部屋から出てこないジェイクの登場に、皆が呆気に取られる。その間に、ジェイクはハンモックの観察を熱心に行っていた。素材や寝心地の確認をした後、……ハンモックの上でその情報を書き殴り始めたのだ。

 ジェイクのスイッチが入ったことに気づいた一同は、大慌てでジェイクをハンモックから引きずり下ろそうとした。ジェイクは書き物を始めると、なかなか動いてくれないのだ。このままハンモックの上に居座られては、自分たちがハンモックを楽しむことができなくなる。

 そうして大騒ぎをしているところに、アリーが通りがかり、全員がげんこつを貰ったというのが、事の顛末であった。


「……つまり、大騒ぎの元凶はてめぇか、ジェイク」

「……」

「人の話を聞け!ペンを置け!」

「……」

「聞けって言ってんだろうが、ジェイク」

「…ッ!?痛い、痛いです、アリー!ちょっ、頭、頭が割れる…ッ!」


 集中しすぎて全然話を聞いていないジェイクの頭を、アリーが鷲掴みにした。ギリギリと音がしているが、誰も助けない。どう考えてもジェイクが悪い。アリーがご立腹の状態で、飽きもせずに紙にハンモックについて書き殴っていたのだから、怒られても仕方ない。というか、この人相変わらずダメな大人過ぎる、と全員が思った。…ジェイクがダメダメなのは今更だが。


「お前が皆の邪魔をしなけりゃ、あいつらはあいつらで大人しくしてたんだろうが」

「でもアリー、このハンモックは凄いですよ!」

「そういう話じゃねぇ!ガキ共の邪魔してどうすんだ、大人だろうが、てめぇ!」

「邪魔なんてしてませんよ?」

「「してた!!!」」


 お説教されているジェイクは、ハンモックの素晴らしさを力説しようとして、アリーに更に怒られた。だがしかし、怒られた理由が全然わからないと言いたげに、首を傾げる。そんなジェイクに、正座していた全員とアリーの手から解放されて大人しく正座の列に加わっていたレレイが叫んだ。心を込めて、息ぴったりに。

 ジェイクに悪気は無かったのかも知れない。だが、ハンモックを占領された面々にとっては、思いっきりやらかされていたわけである。しかも、その大騒ぎのせいでこうやってアリーにも怒られているのだ。どう考えたって、ジェイクが悪い。


「…とりあえず、この阿呆は俺が引き取る。お前ら、喧嘩はすんなよ」

「「はい!」」

「あと、ユーリはあとで、このハンモックとやらについての概要を説明しに来い」

「…はい?」

「……ジェイクがこうやって書いてるってことは、どこかしらに提出するつもりだろうからな。最後まで責任取れ」

「……わかりました?」


 とりあえず大人しく頷いたものの、悠利は全然意味が解らなかった。ジェイクがハンモックに大興奮して、色々と書いていたのは見ていたのでわかる。そして、それをどこかに提出するらしいというのも、彼の職業ジョブが学者なので何となくわかる。しかし、それに関係して、最後まで責任を取れというのは、どういうことか、全然解っていなかった。

 なお、アリーが悠利に求めたのは、どうやってハンモックを作ったのかや、その基本的な用途の確認だけである。ジェイクは優秀な学者だが、情熱が臨界点を突破すると暴走する性質がある。その暴走で書かれた内容が、悠利の知っている本来のハンモックとかけ離れていないかを、確認しなければならないと思ったのだ。……主に、妙な文書を世間様に広めないために、であるが。


「それじゃ、交代で使おうか」


 アリーとジェイクが立ち去った後、悠利が気を取り直したように告げると、皆は大喜びでハンモックに群がった。一人数分のくつろぎタイムを仲良く順番制で楽しんでいる。別に昼寝がしたいわけではない。ただ、風が心地よく、ゆらゆらと揺れるハンモックの寝心地は最高だったのだ。…遊園地の新しいアトラクションに群がる子供みたいになっている。

 皆がハンモックに群がっている間に、悠利は黙々と布の端にロープを通す輪を縫い付けていた。途中で目敏く気づいたヤックが駆け寄り、ロープを均等な長さに切り分けてくれる。布に余分があったので、もう一枚ハンモックを作ろうとしていたのである。理由、順番待ちが長いので、もう一つあった方が便利だろうな、ということで。

 なお、このハンモックがアジトに本当に必要な設備などではないことぐらい、誰もがわかっていた。わかっていたが、天気の良い昼間に、庭先で昼寝ができるという夢のような道具だった。雨の日などは使えないだろうが、今日のような天気なら交代で取り合ってもおかしくないのだ。

 無事に完成した二つ目のハンモックも、庭先に設置されることになった。結局、夕飯の時間まで皆が交代でハンモックでくつろぐことになり、外出から戻ってきた面々まで加わって、ハンモックの周辺は大賑わいになるのだった。



 あと、ジェイクが提出した報告書+悠利が話した作成方法が偉い人まで届いて、結果として、旅用寝具の一つとしてハンモックが量産される事になるのだが、両者共にそこら辺はどうでも良いのか、まったく関わることが無かった。


 

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