小腹が空いた時はジャガイモのガレット。


 ぐぅぅぅ。

 唐突に響いた腹の虫に、皆が動きを止めた。なお、腹の虫は数人から聞こえたので、何だか合唱みたいになっていた。悠利ゆうりが振り返って視線を向ければ、腹の虫の主達はバツが悪そうに明後日の方向を見ていた。


「…えー?皆、あれだけ昼食食べといて、もうお腹減ったの?」


 首を傾げながら問いかけた悠利に、しばらく視線を逸らしていた面々は、すぐに諦めたのかこくりと頷いた。なお、腹の虫の主は、ウルグス、カミール、ヤック、それとオマケにクーレッシュだった。マグと悠利の二人はそんな欠食児童達を見て、顔を見合わせて、肩を竦めた。マグは割と燃費が良いので、そうそう腹の虫が鳴くことはない。…が、食べられるときに食べるが心情なので、ここで食べ物が出てきたら、欠食児童達と一緒に食べるのは確定だ。


 とはいえ、彼らが腹を空かせているのは、半分悠利の責任ではあった。


 今日はとても良い天気で、悠利が絶好の洗濯日和だと張り切ってしまったのだ。ただ洗濯をするだけにとどまらない。アジト中の布団を天日干しにするべく、見習い達を総動員しての大洗濯だったのだ。で、そこにたまたま本日は非番だったクーレッシュも加わり、実に楽しい半日を過ごしたわけである。

 布団を干したならば、その布団を退けた部分の掃除までセットになるのはお約束だ。午前中は洗濯班と布団干し班に分かれ、昼食後は全員で布団を退けた後の室内の掃除を行った。普段と違う筋肉を使う掃除というのはそれなりに疲れるわけで、少年達は働いたことによって空腹を覚えているのであった。

 

「仕方ないなぁ…。今日はお茶はしないつもりだったから、お菓子はないからね?とりあえず、台所で何か作ってくるから、誰か一人手伝って」

「じゃあ、俺。今日の食事当番俺だし」

「ん。それじゃ、僕とカミールで用意してくるから、皆は今のうちに干した布団を取り込んでおいてね」

「「了解!!」」


 実に素直で元気な、お手本みたいな返事をして、クーレッシュを筆頭に少年達が走っていく。その背中を見送って、悠利は傍らのカミールを見て、二人並んで台所へと歩いた。心なしかカミールの足取りが軽やかで、うきうきしているのだが、悠利は気づいていなかった。

 見習い達は全員悠利に胃袋を掴まれている。というか、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の面々は、ほぼ全員が胃袋を掴まれてしまっている。その中で、カミールは悠利に絶対服従レベルで美味しいご飯を愛しているのだが、それを表に出さないでいる程度には、飄々としていた。そして、美味しそうな食材を見つけると購入し、悠利に料理を強請る程度には、抜け目が無かった。

 そんなカミールなので、これから悠利が何を作るのかを、非常に楽しみにしているのだ。


「あんまり時間かかっても皆が怒るだろうから、ジャガイモのガレットでも作ろうかな」

「がれっと?」

「元々はそば粉っていう粉で作る料理なんだけどね。丸くて薄いものっていう意味があるから、他の材料で作ったのも、ナントカのガレットって言うんだよ」


 冷蔵庫から大量のジャガイモを取り出しながら、悠利はにこにこと笑っている。

 そう、ガレットとは、本来はそば粉で作られる料理だ。クレープの元になったとも言われている。ただし、クレープがお菓子なのに対して、ガレットは肉や魚、野菜に卵などを乗せる、おかず系であった。そして、その丸くて薄い形への派生として、色々な材料で作られるようになったのだ。

 悠利が作るジャガイモのガレットは、ジャガイモを千切りにする。潰すか薄切りにするのが一般的なのかもしれないが、悠利が自宅で作っていたのは、スライサーで細くしたジャガイモを使っていたのだ。そこら辺は家庭料理なので仕方ない。…なお、すり下ろしたジャガイモで作った場合も、それなりに美味しい。ただしこれは水分が大量に出るので、上手に焼かないとひっくり返せなくなる。


「とりあえず、僕が皮を剥くから、カミールはスライサーでジャガイモを千切りにしてね」

「わかった」


 くるくるとジャガイモの皮をカミール達の倍速ぐらいの勢いで剥き続ける悠利の隣で、カミールはごそごそとスライサーを取り出した。受け皿に取り付けるタイプのスライサーは、悠利の記憶にある調理器具とそっくりそのまま同じだ。

 …当たり前である。このスライサー、悠利がハローズに話を通して、調理器具を作る職人に作成して貰った、試作品なのだ。

 おろし金のような道具は存在したのだが、スライサーが無かったのだ。今手元にあるのは、千切りタイプと薄切りタイプ。これの幅を変えれば、色々とアレンジができるだろう。ご家庭の革命になるとハローズは大騒ぎしていたが、悠利としては、自分が使いやすい道具が欲しかっただけなので、アイデア料がどうのと言われてもどこ吹く風だった。そもそも、マヨネーズとシュシュの材料(元手がタダ)で貯金が無限に増えているような状態だ。面倒な利権問題など不要なのである。

 なお、おろし金っぽい調理器具が何に使われていたかといえば、チーズを削るのに使われていた。悠利は大根おろしや山芋をすり下ろすのに適した感じのおろし器も作って貰おうとしている。大根おろしも山芋をすり下ろしたとろろも、好物なので、是非とも作りたいと思っている。

 …悠利は基本的に、皆に美味しいモノを食べて欲しいと思っているが、同時に、自分が食べたいなぁと思った料理を作っていたりもする。材料を見て、アレが食べたいと思い立ち、それを作る。そしてそれが、たまたま皆に美味しいと受け入れられる。大変有り難い状況であった。


「ユーリ、コレ、ボールに入れていけば良いのか?」

「うん。どんどんやっちゃってー」

「わかった」


 そうして、次から次へとジャガイモを剥き終わった悠利は、カミールにスライスを任せて、フライパンを用意する。熱したフライパンに油を入れると、そこにスライスしたジャガイモを一掴みほど入れる。フライパンに触れないように指先で広げて平らにすると、火が入るまでしばらく待つ。

 その間に、胡椒とチーズを用意する。このチーズは塊ではなく、悠利があらかじめ薄切りにしておいたものだ。朝の忙しい時間などは、チーズをいちいち薄切りにするのも手間となる。できる作業はあらかじめやっておいて損は無い。

 ジャガイモの端が白く変色して火が取ったのを確認すると、悠利はフライ返しでガレットをひっくり返す。ジャガイモのデンプン質が繋ぎになるので、特に繋ぎのための粉を入れずにすむのがお手軽なのだ。ひっくり返した瞬間に、手早く胡椒を振りかけて、薄切りにしたチーズを敷き詰めるようにして乗せる。後は、チーズが溶ける頃合いでジャガイモにも火が通るので、完成だ。

 とりあえずは試食ということで一枚だけ焼いてみる悠利。焼き上がりを小皿にとりわけ、カミールと二人で半分こ。…料理当番の利点の一つに、味見がある。他より一足先に美味しいモノを食べられるという、実に素晴らしいポジションだ。


「やっぱり焼きたてはチーズがとろとろで美味しいねー」

「……ッ」

「……カミール?」


 フォークで突き刺して囓りつつ、チーズが伸びる楽しさと、ジャガイモのもちもちを楽しんでいた悠利は、返事をしない、一言も発しないカミールに首を捻った。問いかけながら隣を見てみれば、カミールは黙々とジャガイモのガレットを食べていた。ちゃんと味わっているのだろうが、あまりにも真剣すぎてこえがかけられないぐらいだ。

 どうやらお気に召したらしいと判断して、悠利は自分の分を手早く食べ終えると、残りを焼き上げることに専念する。ホットプレートでもあれば、大量に一度に焼くのだが、生憎鉄板を用意するのは面倒くさい。コンロにフライパンを二枚並べて、掌サイズのガレットを一つのフライパンに三つ、合計六つ一度に焼いていく。難しい調理手順が存在しないので、そうやって次から次へと焼き上げることにした。


 ……どう考えても、掌サイズのガレットは、一人数枚食べるのがわかりきっていたので。


 そして、布団を取り込み終えた面々が、食堂になだれ込んできた。悠利は慌てず騒がず、焼き上がった分を皿に盛りつけて、一人一人に渡していく。カミールは、まだ悠利が皮むきを終えたジャガイモが残っているので、一心不乱にスライサーを使っていた。…どれだけスライスしても、ジャガイモが凄い勢いで減っていくのだ。怖い。

 なお、ジャガイモは酸素に触れると変色するのだが、見た目は悪いように見えるのだが、焼いてしまえば元通りだ。なので、悠利もカミールも気にせずに、ひたすらジャガイモをスライスし、ガレットを焼いている。途中で、薄切りのチーズが足りなくなったので、悠利はまたチーズを切り分ける作業に取りかかったりもした。


「ユーリ、お代わり!」

「俺も!」

「こっちも!」

「はいはい、今焼いてるから、順番に並んで。あと、夕飯食べられないぐらい食べるのは却下だよ~?」

「「わかってる!」」


 チーズの乗ったジャガイモのガレットがよほど気に入ったのか、皆は凄い勢いで食べていく。なお、味にうるさいマグは、胡椒の分量を控えめで、という通な要求までしてきた。マグ曰く、胡椒が強すぎるとチーズとのバランスが崩れるそうだ。そこら辺は個人の好みなので、悠利は素直に言い分を聞いておいた。

 なお、ジャガイモをスライスすることに忙しいカミールが食べ損ねそうになり、「誰か交われよ!てか俺の分まで食うな!」と叫んでいたのだが、勿論のこと、欠食児童達にはスルーされた。まぁ、悠利がその辺を見越して、焼かないで分量を残しておいてくれたりはするのだが。それでも、大量消費されると不安になるのは仕方あるまい。

 途中で顔を出したアリーとジェイクの二人も、小腹が空いたとジャガイモのガレットを食べた。アリーは胡椒多めが好みで、ジェイクは胡椒無しのチーズ控えめをご所望だった。薄味が好みのジェイクは、焼いたジャガイモの甘みとほんのりチーズの塩気ぐらいがお気に召したらしい。

 ジャガイモのガレットには、細切りにしたベーコンを混ぜて焼くバージョンがあったり、今回のようにチーズを乗せたあと、マヨネーズをトッピングするという食べ方もあるのだが、言ったら皆が大騒ぎしそうなので悠利は何も言わなかった。賢明な判断だった。




 後日、ジャガイモのガレットの存在が外部に漏れて、調理方法を教えてくれと頼み込まれて、のほほんとソレを教える悠利と、何でレシピ登録しないんですかと頭を抱えるハローズがいたのだが、気にしてはいけない。



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