鍛冶とガラスとアクセサリー。


「できましたー」


 脳天気な悠利ゆうりの声が響いたのは、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》のアジト、…ではなかった。ここはアクセサリー職人ブライトの工房である。

 何故悠利がブライトの工房にいるかと言えば、話は彼の技能スキルに繋がっていた。実は、悠利は地味に鍛冶という技能スキルを持っていたのだ。この鍛冶技能スキル、貴金属や鉱石の類を取り扱うことに優れる、という補正がかかる。物作り系の基本的な技能スキルであり、その影響は幅広い。悠利の感覚では鍛冶という単語からはかけ離れたような作業も、鍛冶に含まれている。木材、皮、骨などの加工も、誰もが最初に覚える技能スキルとして鍛冶に分類されるのだ。

 鍛冶というと一般的に武器防具職人をイメージするかも知れないが、金属を加工するという点ではアクセサリーも変わらない。作業工程はそれぞれの分野によって異なり、同じ鍛冶という技能スキルを持っていても得手は異なる。そして、それぞれに特化した場合は、鍛冶の上級や細分化したような技能スキルを手に入れることもある。そんなわけなので、知人であるということも踏まえて、悠利はブライトの工房へ放り込まれたのだ。

 なお、放り込んだのはアリーである。悠利が色々うっかりで、考え無しで、常識が通じないことを痛感しているアリーは、一通りの技能スキルの経験を真っ当に積ませようとしたのである。今回は鍛冶ということでブライトの元にいるが、調合の場合は調香師であり薬師でもあるレオポルドに丸投げされる予定である。


「お、できたか?どうなった?」

「こんな感じです」


 楽しそうに視線を向けたブライトに、悠利は今まで一生懸命作っていた小さな物体を掌に乗っけた状態で見せた。それは、四角い金属のプレートの上に同種の金属で受け皿のような形を作り、その受け皿の中にガラスが乗せられている飾りだった。ペンダントトップのようでもあり、針を付けていないブローチのようでもあり、紐の付いていないストラップのようだった。

 悠利に与えられた道具は、現代日本で技術の授業で使っていたような、どこかで見慣れたような道具達だった。違うのは、いずれも動力源は魔石を使用している魔導具で、時々驚くほど高性能だったりすることだろうか。とにかく、悠利はその魔導工具を用いて、端材であった金属とガラス片を活用して、飾りを作って見せたのだ。

 別に、商品を作ったわけでは無い。ただ、道具の使い方、技能スキルの活用方法を学ぶために、余った素材を好き勝手に弄くり回して遊んでいただけである。…子供が、食事の支度をする母親の隣で、野菜の切れ端を包丁で刻んで喜ぶような、そんな感じだったりする。

 とはいえ、悠利の技能スキルレベルは50なのだ。ちょっと手慰みに、ぐらいのレベルで本人がやったつもりでも、仕上がりがグレードアップするのはお約束である。具体的に述べるならば、金属部分は艶やかな光沢を放っているし、ガラス部分は透き通っている。普通、初めて工具に触った素人が、こんなレベルの作品を生み出せるわけが無いのだ。技能スキルレベルのチート怖い。


「…お前、故郷でも何か作ってたのか?」

「いえ、こういうのは初めてです。ただ、家族と一緒に、時々飾りを作ったことはあったので…」


 悠利が作った飾りを、ひっくり返したり、軽く指先で叩いたりしながら確かめつつ、ブライトは訝しげに問いかける。プロの目から見ても、その仕上がりは上々である。まして、素材に使ったのは、本来ならば捨てられるような端材だ。余り素材でこれだけの作品が作れるなら上等、と太鼓判を押されるような物が出来上がっていた。

 ちなみに、悠利が実家で母や姉と一緒に作ったことがあるのは、トンボ玉とかレジンとかだ。最近は百均でもパーツが揃ったりするので、自作のストラップやペンダント、イヤリングなどを作って楽しんだのである。…釘宮くぎみや家の女性陣は、自分たちが何かにハマると、当たり前のように悠利を引きずり込み、巻き込み、キャッキャウフフと楽しんでくれる女傑であった。普通息子は誘わないだろうというマトモなツッコミは届かない。

 

「正直、こんだけ作れるなら、俺が教えることなんて無さそうだけどな。インゴット作成とかなら武具職人の方が得意だし」

「そんなこと無いですよー。ブライトさんが作るアクセサリー、僕大好きですよ」


 にこにこと笑う悠利に、ブライトは照れたように鼻の頭を掻いた。自分の工房を構えるぐらいには腕利きと知られているブライトであるが、若輩であるのも事実。奇想天外奇天烈なオネェのレオポルドと平然と手を組んだりしているので、頭の固い年寄り連中にはあまりよく思われていない。それでなくとも、男がアクセサリーを丁寧に仕上げているのを、胡乱げに見る人々もいる。

 そんな状況なので、悠利の掛け値無しの好意が嬉しいのである。自分を褒められるより、自分が作った作品を褒められる方が嬉しい。そこらへん、ブライトは筋金入りの職人だった。多分、好きな女性ができたとしても、自分を好きと言われるより、貴方の作ったアクセサリーが好きよと言われた方が喜ぶ。確実に。


「これ、もうちょっと加工してきますね」

「おー、好きにしろ。お前は道具を大事に使うからな。そっちの素材なら、好きに使って良いぞ」

「ありがとうございます」


 大事そうに自分が作った飾りを手にして、悠利は作業場の方へと戻っていく。その小さな背中を見送って、ブライトも作業に取りかかる。気分がとても良いので、工具を扱う姿も楽しそうである。真剣に作らない作品など論外というのは持論だが、それでも、好きなことを楽しんでやることの何が悪い、というのも持論であった。そして今は、楽しんで作る時間帯なのだ。

 理由、悠利に褒められたから。

 さて、自分がブライトのやる気に火を付けたなんて思いもしていない悠利は、黙々と作業に取りかかっていた。彼が行っているのは、金属板の部分に、別のパーツをくっつけて、紐を通せる穴を作ることだった。ペンダントトップサイズなので、そこに鎖をはめ込めばペンダントになるだろう。そして、短い紐を通せばストラップになる。悠利は、ストラップを作ろうとしていた。

 最初はキーホルダーを作ろうとしたのだが、何だかんだで鎖や留め金の構造は難しい。そんな難しいことをするぐらいならば、紐を通してストラップにした方が楽だと判断したのだ。なお、何故そんなことをしているかと言えば、自分でも上手にできたと思うので、学生鞄にくっつけようと思ったのだ。ココは異世界なので、悠利が鞄に可愛いアイテムを付けていたって、誰にも文句は言われない、筈だ。

 少なくとも、現代日本の高校で、可愛いキーホルダーを付けていたことを男女問わずに揶揄されて、苛め通り越して無視されまくったことに比べたら、こっちの世界の人は他人の装いに寛大である。もとい、無頓着かも知れない。職業によって装いが変わるので、男性で華美だろうが別に咎められたりしないのだ。実際、吟遊詩人や踊り子などは、男性でもお洒落なのだ。

 そんなわけで、悠利はこちらの世界でならば、心の赴くままに可愛いモノや綺麗なモノを愛でて、身につけて、幸せに浸っても大丈夫じゃないかと思ったのだ。…なお、彼にそんな感想を抱かせた最大の元凶は、天下無敵のオネェ調香師レオポルドなのだが、アレは色々規格外なのだと誰も教えなかった。…教えなくても規格外だと思うだろうという判断だったのだが、相手は悠利なのだ。誰か一人ぐらい、軌道修正をするべきだった。今更遅いのだが。


「こっちを伸ばして、こっちをくっつけて~」


 魔導工具を手にして、悠利は楽しそうだった。基本的に彼は物作りが好きだ。料理も裁縫も工作も、自分の手で何かを作り出すのはとても楽しいことだと思っている。家族に引きずられる形で意外に多趣味になっているのだが、そのどれもがそれなりのカタチになっているので、悠利の能力値は高い。当人にその自覚が無かっただけで。

 トンボ玉もレジンも、嬉々として作り始めていた母や姉よりも、結局悠利の方が器用に作ってしまった。デザインに関しては好みもあるので、二人の要望を飲み込んで作るのが楽しかった。裁縫にしても同じ事だ。自分で図面を引いて刺繍をするのも好きだったが、親戚の小さな子たちに願われて、彼らの好きなキャラクターを縫い上げるのもまた、楽しかった。

 悠利は根本的に、誰かに喜んで貰うことが好きだ。自分が好きなモノを愛でるのは勿論楽しい。けれど同時に、自分がそうして作ったモノで、誰かが喜んでくれると、そのことが本当に嬉しいのだ。…一種の承認欲求なのかもしれない。自分の本質を否定されることの多かった悠利にとって、受け入れてくれる人たちは全て優しい人で、大切な人になるのだ。


「こんな感じかな?」


 紐を通す穴部分を金属板に取り付けて、悠利は学生鞄の中から紐を取り出す。この紐は、以前サシェを作ったときに購入した残りである。魔法鞄マジックバッグである学生鞄の中には、買い求めた素材がてんこもりだ。時間停止とソート機能が付いているので、どれだけ放り込んでも困らない。しかも容量無制限。夢の鞄だ。

 紐を通した飾りは、立派なストラップになった。悠利はうきうきしながら、それを学生鞄に取り付けた。金属とガラスが、窓からの光を反射してキラキラと輝いている。とても綺麗だった。そして、シンプルに作り上げたので、少年の悠利が持っていても違和感は無い。

 そして。


「ユーリ、それ、綺麗ね?」

「…え?」


 何故か突然背中に張り付いてきたヘルミーネの声に、悠利は驚いて固まるのであった。

 首を捻ってみれば、悠利の背中に抱きついているヘルミーネが、にこにこと笑いながらストラップを見ている。実に愛らしい笑顔だった。背中に翼が出てしまっているので、彼女のテンションが上がっていることは誰の目にも明らかだ。…背後でブライトが、勝手に工房に入るなと文句を言っているのだが、天窓から当たり前みたいに入ってきた羽根人には何を言っても通じない。


「…これ?」

「そう。それ何?」

「僕が作ったストラップ。こうやって紐に通して、鞄とか持ち物に付ける感じの、…アクセサリー?かな」

「すっごく綺麗ね」


 悠利の説明を聞いて、ヘルミーネは同じ言葉を繰り返した。綺麗ね、と何度も告げる少女。うっとりとした、どこか幸せそうな微笑みを浮かべる美少女。しかも背中には真っ白な翼。見た目だけなら文句なしの、少女漫画とかに出てきそうな天使様だ。

 だがしかし、悠利にはヘルミーネが何を言いたいのか、解っていた。そういう所の察しが良いのは、多分、女性に囲まれて育ったからだろう。おそらく。





「……作れば良いの?」




 悠利の言葉に、ヘルミーネはぱあっと顔を輝かせた。とても嬉しそうだった。うんうんと頷く美少女に、悠利はわかったと答えた。そうして、背中にくっついてる彼女に離れるようにお願いする。…なお、普通の少年ならば、美少女に背後から抱きつかれれば何らかの感情を抱くだろうが、悠利にそういう感覚は存在しなかった。今のだって、仲良しの友達がじゃれてきたぐらいの認識だ。乙男オトメン怖い。


「それじゃ、とりあえず僕は土台の金属作るから、ヘルミーネはガラス片探してね」

「探す?」

「そこの余った素材使わせて貰ってるから、好きな色のガラス物色しといて?」

「わかった!ありがとう、ユーリ!」


 大喜びでガラス片を物色しに行くヘルミーネに、悠利は困ったように笑った。怪我しないでねーと暢気にかけらた言葉に返ってきたのは、大丈夫!という元気いっぱいの返事だった。…なお、工房主であるブライトは、入ってくるならせめてドアから入れと小言を口にしているが、新しいアクセサリーをゲット出来ることに大喜びなヘルミーネの耳には、ちっとも届いていなかった。





 余談だが、ヘルミーネだけズルイと女性陣に怒られて、悠利はその後数日、ブライトの工房で作業に勤しむのであった。


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