梅干し料理は、好みがあります?
「わー、梅干しだー!」
顔をキラキラさせて
「お前、梅干し食うのか?」
「え?普通に食べますよ。僕の故郷でも作ってますし」
「そうか。この辺ではあまり食べないな。ウチで食うのも、俺とジェイクぐらいだ」
「へー。勿体ないですねー。美味しいのに-」
ひょいと小ぶりな梅干しを一つ摘まむと、悠利はそのまま口に入れる。田舎のお祖母ちゃんが作ってくれる、手作り感満載の塩味と酸っぱさが同居した梅干しである。酸っぱい、と顔をちょっと歪めながらも、美味しいと笑う悠利に、アリーは苦笑した。そんな風に梅干しを食べる人間は、滅多にいないのである。
何故アリーが梅干し壺を持ってきたかと言えば、コレが彼の実家から送られてきたからだ。アリーの実家は梅農家なのである。梅干しと梅酒と梅ジュースを作って生計を立てている。で、独り立ちして王都で暮らしている息子に、定期的に梅干し壺が送られてくるのだとか。なお、梅酒はブルックがほぼ一人で飲んでしまうらしい。甘党男は果実酒が大好きだった。見た目に反して。
「まぁ、大量にあるにはあるが、日持ちがするからな。その辺に置いといてくれ」
「あの」
「何だ?」
「コレを使って色々料理をしても大丈夫ですか?」
「……梅干しを使って、色々と、料理?」
「はい」
悠利は大真面目だった。アリーにしてみれば、ライスと一緒に食べるか、お湯割りにして飲むか、ぐらいの感覚であった。そもそも、梅干しはそういう扱いの食べ物だった。梅酒ならばもっと需要はあるのだが。
梅干しは元々、梅酒に出来なかった分の梅を保存するために作られたものだった。少なくとも、アリーの実家ではそうだった。そうして、別にそんなに売れるわけでも無い梅干しを、食べると解っている息子の元へ送ってきているだけなのだ。それだけなのだが、悠利は真顔で料理に使うと言い出した。
悠利が突拍子も無いのは今に始まったことでは無い。ないので、アリーの返答も、決まっていた。
「まぁ、好きにしろ」
かくして、悠利は嬉々として梅干し料理に取りかかり、皆の意見を聞くための試食会が開催されることになったのである。(なお、料理の試食会は不定期に開催されます。開催は料理人悠利の気分です。)
「「…………」」
食堂のテーブルに並べられた謎の料理の数々に、《
分量は、いずれも2、3人前である。試食用の皿が置いてあるので、興味がある料理を食べて貰おうとしている。そして、その中で皆に評判が良かった料理を、定番料理として格上げする予定なのであった。
なお、元々梅干しが好きなアリーとジェイクの二人は、既に全料理を実食済みであり、ついでに、一番気に入った料理を一人前確保して、台所の隅で食べていた。
「これは、キノコの梅和えです」
ニコニコと笑いながら悠利は料理の紹介を始めている。
キノコの梅和えは、炒めたシメジとマイタケを梅肉で和えた料理である。ただしこの梅肉、叩いて細かくした上で、少量の醤油を混ぜて伸ばしてある。また、キノコを炒めるときに軽く、本当に軽くだけ塩胡椒をしている。がっつり食べる料理と言うよりは、酒の肴に近いだろう。
「こっちは、山芋の梅和えです」
先ほどの料理と味付けはほぼ変わらない。ただし、短冊に切った山芋と和えているので、食感や味わいがまた変わる。和風食材の山芋なので、梅干しとの相性も別に悪くない。こちらも、おかずというよりは酒の肴のイメージが強いだろう。仕方ない。
「こっちは梅きゅうです」
これも前者二つと味付けはほぼ変わらない。ただ、梅肉を伸ばす時に、少量だけ、昆布出汁を混ぜている。薄く輪切りにしたキュウリに絡めてあるだけだ。他と違うのは、この料理にはぱらぱらと白ごまがふりかけられていることだろうか。特に深い意味は無い。悠利が食べたことのある料理として、これにだけ白ごまが振ってあっただけである。
「これは、バイパーの肉の梅肉カツです」
次は、実家では鶏むね肉で作っていた料理である。バイパーは味や食感が鶏むね肉に近いので選んだ。一口サイズに切った肉に切り込みをいれて、叩いた梅肉を挟み、更に青じそで巻いて、カツにしたものである。味付けは挟んだ梅肉のみだが、田舎のお祖母ちゃん手作り系の梅干しは味が濃いので、案外これだけでもイケる。
「これは、梅パスタです」
叩いた梅肉を醤油、酒、少量の油で伸ばして味を調えたソースを絡めたパスタ。ただそれだけである。刻みのりと刻んだ青じそを散らしてある。今回は素材の味を楽しんで貰う為に具材は無いが、キノコやじゃこ、あっさりした肉などを混ぜても美味しい。…日本なら鶏肉だが、異世界ならば、多分バイパーの肉になるのだろう。味わい的に。
「最後に、これは梅干しの種を使ったスープです」
これまでの料理で消費した梅干しの種を使ったスープであった。昆布出汁を作っておいて、そこに大量の梅干しの種を投入。梅肉を取ったとは言え、種に残ったままの部分もある。それを煮出して、塩、酒、醤油で味を調える。そうして、葉っぱ系のお野菜を投入するだけだ。今回は栄養価の高い小松菜さんを放り込んである。葉っぱは火が通るのが早いので。
「そんなわけなので、試食お願いします」
ぺこりと頭を下げる悠利。一同、とりあえず沈黙したまま、料理を見ている。紹介されても、彼らは梅干しの酸っぱさがあまり好きではなかった。そもそも、ライスと一緒に食べるものとしてしか認識していない。または、喉の調子が悪いときに、お湯で割って飲む半分薬みたいな認識だ。なので、目の前の料理と梅干しがイコールで結びつかないのである。無理も無い。
とはいえ、美味しそう、と誰かが呟いた。まさにその通りだった。何だかよくわからない料理だけれど、美味しそうなのだ。一人が皿を手にして近寄れば、皆が釣られたように動いていく。悠利はにこにこ見ている。その中で、皆は少しずつ、料理に手を付け始めた。
「梅干しにこんな使い方があったんですねぇ」
「そうだな」
暢気に呟いたのはジェイク。彼の手には、悠利が作った梅干しの種のスープがあった。全部一通り食べて、ジェイクが気に入ったのは、このスープだった。彼は元々梅干しのお湯割りが結構好きで、その流れからスープに落ち着いたのであった。なお、その隣のアリーは、ひたすらにキノコの梅和えを食べていた。酒が欲しい、とぼやきながら。
彼らの目の前で、少しずつ、少しずつ料理が消費されていく。料理は均等に減っていた。梅干しは酸っぱいが、悠利は梅肉に醤油を和えることでその酸っぱさを軽減していた。また、和えることによって味は分散する。何も、梅干しの塊を食べるのとは違う。料理の味付けに利用されているだけだ。
また、《
ただ、梅干しそのものを食べるのが、酸っぱすぎて苦手なだけなのだ。
さて、その状況において、ちょっと食べやすくされた梅干し味の料理が出てきたら、どうなるだろう?しかも、それを作ったのが、悠利であったのならば。…このクランの面々は、悠利の料理に餌付けされている。悠利が作ったのならば美味しいと思っている。刷り込み怖い。
「…ジェイクの予想は?」
「女性は僕と同じようにスープじゃないですかねぇ?ほら、あっさりしてて美味しいですし」
「案外、あのカツが人気出るんじゃねぇか?揚げ物だが、肉だが、梅の味でさっぱりしてる」
「あぁ、それは確かに。あのカツは次々食べられますよね。肉なのに」
それほど肉食では無いジェイクは、確かに確かにと納得したように笑った。バイパーの梅肉挟みカツは、見習いたちを中心に消費されているようだ。だが、ティファーナたち女性も手を出している。あまり肉を好まない面々も手を出していることから、食べやすいのは事実なのだろう。
「マグ-!お前が一人で食ったら、俺らの食う分がねぇだろうが!」
「……」
「返事しろ!あと、器離しやがれ!」
「…拒否」
「ヲイィイイイ!」
騒がしい声が聞こえたので視線を向けてみれば、一人で延々と、黙々と梅きゅうを食べているマグがいた。器を抱え込んでいる。ウルグスが取り上げようとしているのだが、全然聞いていない。そもそも、返事をするのも面倒くさいと言いたげである。
「……あいつ、そんなにキュウリや梅干し好きだったか?」
「……確か、あの料理は梅肉を伸ばすのに少量の昆布出汁を使っていたと思いますが」
「……それか」
「……多分」
マグは出汁の信者である。あと旨味。悠利の料理を食べるようになって、手伝うようになって、マグは出汁やら旨味やらの信者になった。素材そのものの旨味を引き出す料理を愛している。そんな彼なので、素朴なキュウリの味と、梅肉に混ぜられた昆布出汁の味を認識して、自分のモノ認定したのだろう。ぶれない。
多分、一応、全員が一通りの試食はしたのだろう。そしてその後で、マグが梅きゅうを抱え込んだのだ。何故なら、所々から「もう一口食べたかった」みたいな意見が聞こえるから。食べていない、という意見は聞こえなかった。つまり、それぐらいはマグも自重したのだろう。
……器を抱え込んで一人で食べている以上、全然自重してないとも言えるが。
「ユーリー、このカツ、他の肉でも出来るかー?」
「うん?作ったこと無いけど、大丈夫だと思うよ?」
「じゃあ、今度オークの肉で頼む!」
「クーレはオークとかバイソンとか好きだねぇ…」
「オークなら良いだろ、オークなら!」
良いだろ、の意味は、「そこまで高くないから、オークの肉なら予算的に大丈夫だろ!?」という意味であった。まぁ、間違いでは無いので、悠利はとりあえず頷いておいた。作るかどうかは、また別の話であるが。
やはり育ち盛りの男の子。カツが美味しいらしいクーレッシュは、笑顔でカツを食べ続けている。それなのにオークの肉で、と要求するのは、やはりバイパーの肉では弱かったのだろう。悠利は作ったことは無いが、聞いた話では、アレンジで豚肉で作った人がいるそうなので、出来なくもないだろうと結論付けている。
結局、全ての料理は順調に売り切れて、「どれも美味しい!」とのことから、いずれ定番メニューになるのは確定したのであった。
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