たまには仕事する【神の瞳】さん。


 その日、悠利ゆうりが買い出しに出かけたときに隣にいたのは、ブルックだった。自分の買い出しもあるからと、同行していたのだ。それはある意味、不幸中の幸いだったのだろう。多分。


「…ブルックさん」

「どうした、ユーリ」


 じぃっと悠利は冒険者ギルドでたむろする人々を見ていた。人間から獣人まで様々な人種がいた。冒険者ギルドは無法者の集まりと思われているが、そういうのは一握りだ。もっとも、その馬鹿な一握りのせいで、他の冒険者が迷惑するのだが。どこにだって阿呆はいるのだ。働き蜂にも怠け者がいるように。

 悠利の視線を追って、ブルックは首を捻った。彼が見ているのは、別に普通の冒険者達だった。前衛職と思しき面々と、後方支援らしい者達。別に何の疑問も無い、ありふれたパーティー構成のように見えたのだが、悠利はじぃっと彼らを見つめながら、首を捻っていた。

 何度も何度も首を捻って、そうして、悠利はブルックを見上げて、問いかけた。質問した。もとい、爆弾を投げつけた。




「あのー、隷属のネックレスって、普通の人が身につけるアイテムなんですか?」




 ざわり、とその場が凍りついた。誰もが驚いて、ぎょっとした顔で悠利を見ている。中でもぎょっとしていたのは、悠利が先ほどから見ていたグループの者達だった。全員が驚きの目で悠利を見ている。それに悠利はびくっとして、隣のブルックの服を掴んだ。一般人育ちの悠利には、強面の冒険者達と真っ正面からやり合う胆力はない。


「…ユーリ」

「はい」

「この中の誰かが、その、隷属のネックレスとやらを、身につけているのか?」

「はい」


 事実なので素直にきちんと答える悠利。また周囲が騒がしくなる。ブルックは額を押さえながら、悠利を伴って冒険者ギルドに入ることにした。往来でする会話では無い。幸い、今のやりとりを聞いていたのは、耳聡い冒険者達ぐらいだった。…本当に、幸いである。

 ブルックに連れられて悠利が冒険者ギルドに入ると、皆がぞろぞろと中に入る。ブルックは何事かと不思議そうな受付にギルマスを呼ぶように頼むと、悠利の肩を掴んだままで、静かに、問いかけた。


「どこのどいつに、その隷属のネックレスが付いてる?」

「あそこの、鎧姿のお姉さんです」

「…彼女か。他は?」

「他は、その後ろのローブのお兄さんが、隷属の腕輪してます」

「わかった」


 周囲はもはや、ざわめきですらない。沈黙であった。静寂であった。その中で、ブルックは淡々としていた。悠利は困りつつも、質問にはきちんと答えた。

 なお、悠利は別に、何かを暴こうと思ったわけでは無い。ただ、彼らを見ていて嫌な感じがしたので、失礼とは解りつつ、その嫌な感じの正体を探ったのだ。ダンジョンでトラップと遭遇したときのような、何とも言えない嫌な感じだったので、街中でそんなものに遭遇した理由を知りたかったのである。

 そうしたら、少々顔色の悪い鎧姿の女性の首元で光るネックレスが、隷属のネックレスと出たのだ。ついでに、同じパーティーらしい後衛っぽいローブ姿の青年の、ちらりと見えた腕には隷属の腕輪がついていた。普通の人が身につけるのは物騒な名前のアクセサリーだった。…なお、悠利はブルックにまだ告げていないが、その二つには偽装がかけられていた。

 アイテムを鑑定した時に、こんな風に出たのだ。



――紅石のネックレス【偽装:隷属のネックレス】

  紅石をはめ込んだネックレス。品質、普通。

  【装着者を主に隷属させるネックレス。自力脱着不可能】



――銀の腕輪【偽装:隷属の腕輪】

  銀細工の腕輪。どこにでもあるありふれた品。

  【装着者を主に隷属させる腕輪。自力脱着不可能】



 おそらく、鑑定レベルが低ければ、偽装を見抜くことは出来ないのだろう。だがしかし、悠利が保持している技能スキルは【神の瞳】である。鑑定系最強のチート様である。そんな偽装なんて、無いに等しい。むしろ、偽装しているという事実が丸わかりで、本来の情報まで見えてしまう。【神の瞳】に勝てる偽装など存在しない。

 アイテムを身につけていると言われた二人は、顔を強張らせてはいるが、同時にどこか、安堵したような顔をしていた。代わりに、その周囲にいた仲間と思しき者達の顔が、引きつっている。悠利に殺気を向けているのだが、傍らのブルックに睨まれると息を飲んで黙り込む。…瞬間的に相手を限定して放たれたブルックの殺気は、格の違いを教えるには調度良かったらしい。


「おぉ、ブルック。これは何の騒ぎですかな?」

「騒がせてすまんな、ギルマス。急用だ」

「それはそうでしょう。貴方がわざわざとは。…何がありましたか?」

「あそこの二人に、隷属の装身具がついていると、この子が言っている」

「……何ですと?」


 奥から現れたギルマス、ギルドマスターは、その肩書きからは予想も出来ない風体をしていた。有り体に言えば、頼りない。ひょろっとしているし、単眼鏡モノクルを身につけた、老執事と言いたくなるような風情の人物なのである。荒くれ者が所属する冒険者ギルドのマスターとは思えない。だが、隙の無い身のこなしと、低く落とされた声音は間違いなく、その貫禄を宿していた。

 

「この子の鑑定の腕前はアリーのお墨付きだ。その上で、あの二人のネックレスと腕輪が、隷属の装身具だと言っている」

「…誰か、確認を。逆らうようならば、取り押さえなさい」

「「はい」」


 ギルマスの言葉を受けて、何人かの男達が進み出る。二人は抗わずに素直に身柄を拘束されているが、その仲間達が抵抗した。わかりやすい抵抗をした。だがしかし、多勢に無勢であり、周囲を取り囲んでいる冒険者達も胡乱げな目で見るだけで手助けもしない。

 そして、呼ばれて走っていった、ギルドの内勤と思しき人間がネックレスと腕輪を確認して、しきりと首を捻っている。困ったように眼鏡をかけ直す女性に、悠利はとことこと近づいた。無論、ブルックとギルマスもセットで。


「お姉さん、その二つ、偽装がかかってるんです」

「偽装ですって?!」

「はい。表向きは紅石のネックレスと銀の腕輪です。でも、どちらも偽装と付いてます」

「……驚いたわ…。貴方、そんなに幼いのに、そこまで見抜けるのね…?」

「アリーの秘蔵っ子だそうですよ」

「納得です」


 背後からギルマスが告げた言葉に、女性は即座に頷いた。アリーさんって凄いんだなーと悠利は暢気に思った。暢気だった。拘束されている男達が暴れているが、誰も気にしていない。流石冒険者ギルド。

 偽装がかかっていると解れば、それ相応の対処法があるのか、女性は真剣にアクセサリーを見て、そして、息を吐いた。それはため息と言うよりは、どこか不愉快そうな顔だった。


「ギルマス、その子の言う通りです。確かにコレは、巧妙に偽装されてはいますが、隷属の装身具です」

「そうですか。あとは、誰が主であるか、ですが…」

「「…………」」


 その呟きに、その場にいた全員が、騒いでいる男達を見た。多分、十中八九この中にいるだろうと解っている。解っているが、自白するわけがないだろう。そして、装身具を付けられている二人に答えられるわけもない。


「あのー」


 張り詰めた空気をぶち破ったのは、悠利の脳天気な声だった。ブルックだけでなく、全員が悠利を見る。悠利はそのまま、すいっと指先を、大暴れている男の一人に固定した。そしてそのまま、一言。


「あの人です」

「「……」」


 その場を沈黙が満たした。誰もが思った。何かこう、色々と段階をすっ飛ばしすぎじゃないかな、と。そんなあっさり答えに辿り着くなと言いたいのか、何でわかると聞くべきなのか、誰にも解らなかった。だがしかし、ブルックはぽんぽんと悠利の肩を叩いて、目線を合わせて、問いかけた。


「あの男が、隷属の装身具の主か?」

「はい」

「間違いないな?」

「ありません。……えーっと、本当はダメだと思うんですけど、その、ステータスに、出てたので」

「……そうか」


 ブルックは小さく頷いた。ギルマスはもはや、何も言わずに、目線だけで職員を促している。男達はそのまま、連行されていった。きっと、愉快で楽しい尋問が始まるのだろう。元凶である悠利に向けて罵声が飛んでいるのだが、ブルックがそっと両耳を塞いだので何も聞こえていない。不思議そうに首を傾げているだけで。

 何でお前そんなのわかるんだとか、どんだけ腕の良い鑑定士なんだとか、色々と周囲が騒いでいたのだが、ギルマスが一言「アリーの秘蔵っ子だそうです」と宣言した瞬間、全員が納得した顔で頷いていた。…なお、悠利は全然知らなかったが、アリーは真贋士としてかなり有名だった。何しろ魔眼の技能スキルレベルがMAXなのだ。王都でも名を知らぬ者がいないほどの腕利きである。

 何で初心者向けのクランのリーダーなんかやってるんだ、と言われるぐらいの実力者なのである。実は。その気になれば、王族のお抱えにだってなれる。本人に言えば、「面倒くさい」の一言で一刀両断だろうが。

 



 後日、隷属の装身具から解放された二人は、悠利に礼を述べて故郷へと戻っていった。彼らは元々地元で自警団をしていたそうだ。その腕と見目の良さに目を付けられ、勧誘を受けた。断ったのだが、だまし討ちのように隷属の装身具を付けられて、王都まで連れられてきたのだとか。不憫な話である。

 幸い、これまでの道中での蓄えもあるし、今回の件で賠償金も出たとのことで、無事に故郷へと帰れる話となった。悠利に何度も何度も礼を言っていたのだが、それと同時に二人に、悠利について口外するなと言う約束が取り付けられた。人の口に戸は立てられないが、必要以上に広がるのを防ぎたいアリーの考えであった。

 なお、この話には更に後日談がある。

 悠利の並外れた鑑定能力に目を付けた連中や、件の騒ぎで厳罰を受けた連中が、色々と悠利を狙うようになったのだ。だがしかし、誰一人として悠利に近づくことも、危害を加えることも出来なかった。のに。

 それに関して、アリーはただ一言、こう告げた。



「あいつは幸運体質だからな。全部未然に防がれるんだろ」



 そんなことがあるのか?と誰もが思ったが、よくよく考えたら、悠利は危ない目に殆ど合わない。多少のドジや怪我はあっても、命に関わるような大事には無縁だ。しかも、知り合うのはほぼ善人ばかり。何か目に見えない力が働いているとしか思えない確率だった。なので、皆も納得するのであった。




 何気に、運∞という能力値パラメータのおかげで、スローライフをエンジョイしている悠利であった。


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