たらことジャガイモのタラモボール。
「……ユーリ、これ、何?」
不思議そうな顔でカミールが問いかける。彼が指さした先には、薄いピンク色をした謎の物体が、まな板の上に並べられていた。見たことも無いそれは、カタチだけを見ればソーセージのようだ。だがしかし、それはまったく別の物体だ。そもそも、肉ではなく、魚介類である。
「アレ?カミールは見たことないのかな?たらこって言うんだよ。タラっていう魚の卵。これはその卵を塩漬けにした食べ物だよ」
「……魚の卵って、食えるの?」
「食べられるよ。イクラとか数の子とか美味しいんだよね~」
「……ユーリの故郷って、変わってんな」
「え?でもこうやって普通に売ってたんだから、地方によっては食べると思うよ」
「そりゃそうだけど…」
まな板の上の謎の物体を、カミールは指でつんつんしてみた。勿論手は綺麗に洗ってある。ぷにぷにしていた。何だか独特の弾力がある。これが食べ物と言われても、カミールにはちょっと、どうやって食べるのかわからない。そもそもが、食べ物なのかどうかすら、わからない。仮に、自分が市場で見つけても、絶対に買わないだろうなぁ、と思った。
思ったのだが、
茹でて潰したジャガイモ。割と良く行う作業なので、カミールも手慣れている。コロッケもポテトサラダも大人気なのだ。あと、それまで作っていたマッシュポテト(茹でて潰しただけ)と違って、悠利が作るマッシュポテトは美味しいので、そっちも好評だった。なお、バターと牛乳と塩で味を調え、ザルを使ってしっかり裏ごしをするという、実は地味にちょっと手間のかかるお料理になっていたが。
そして、今回、その茹でて潰したジャガイモの上へと、悠利はたらこを半分に切ってしまうと、箸でざーっと中身を放り込んだ。綺麗に皮から剥がしたたらこが、ジャガイモの上へと次から次へと放り込まれていく。ピンクがジャガイモの上に広がる。
何だろうコレ、と思いながらも邪魔をしないカミールであった。刷り込みよろしく、美味しい何かを作ってくれると思っているらしい。…だいたい、見習い達は全員そんな感じで餌付けされている。
「こうやってね、たらことジャガイモを混ぜるんだよ」
「味付けは?」
「基本、このまま。たらこは塩漬けだから、結構しっかり味があるからね。もしも足りなかったら、塩胡椒かな?」
ジャガイモとたらこをへらでまんべんなく混ぜていく。要領としてはコロッケを作る時とほぼ同じだ。均等に混ざり、ジャガイモがうっすらピンクに見える。ピンクのつぶつぶが見えるジャガイモに、カミールはやはり、首を捻っている。
綺麗に混ざったのを確認すると、悠利はジャガイモをへらで掬って味見をする。茹でて潰されたジャガイモに、しっかりと味の付いたたらこが混ざって、絶妙である。そのまま食べても普通に美味い。多分、ここにマヨネーズでも混ぜたら子供は虜になるだろう。たらこマヨネーズは割と子供に人気だ。今回は入れないが。
「カミール、味見お願い。僕はこれぐらいで良いと思うけど、どう?」
「…んー、あ、普通に美味い。つぶつぶしたのが面白い」
「味は足さなくても大丈夫?」
「俺は平気。…てか、これで完成?」
「ううん、違うよ」
どんな味か想像がつかずに口に運んだカミールであったが、一口食べると素直に美味しいと口にした。たらこの食感と、塩気がジャガイモと良い感じに混ざり合って、マッシュポテトともコロッケとも違う食感だったのだ。そして塩加減は彼にとっても調度良い感じだった。
コロッケを作る時に使っているバットを取り出すと、悠利はカミールに見本を見せるようにして、ジャガイモを丸めていく。掌でころころと丸めて作る、それは大人の一口サイズほどのボール状にされていく。イメージとしてはたこ焼きサイズ。
「全部丸めるのか?」
「うん。頑張ろうね」
「わかった」
カミールは素直に頷いて、ジャガイモを丸めるのを手伝う。彼はわかっていた。悠利が手間を加えるときは、その後に出てくる料理が美味しい時だと。勿論、手間暇かけずにお手軽に作る料理も美味しいが、ちょっと面倒な工程を含んだ料理はほぼ外れなく美味しいのだ。現金な子供は、美味しいご飯を予測して素直に働くのである。
全てを丸め終わると、悠利はボールに小麦粉を入れて、コロコロと転がして塗しはじめる。そうして小麦粉を付けられたジャガイモボールは、熱した油の中へとぽいぽい放り込まれていく。茹でて、潰して、混ぜて、丸めて、揚げる。手順さえ知っていれば誰でも作れそうな感じであった。
「ユーリ、これ、なんて料理?」
「うーん、ウチではタラモボールって呼んでた」
「…ふーん」
カミールの質問に悠利は素直に答えた。たらことジャガイモのボールだから、タラモボール。大変安直なネーミングなのだが、元ネタの料理がタラモの春巻きだったので、そこから取ったのだ。
外食で食べたタラモの春巻きを悠利が自作した。ところが、普通サイズの春巻きでは大きすぎてすぐに満腹になると家族に不評。仕方ないのでミニサイズ春巻きに変更したときに、余ったジャガイモをボール型にして揚げてみた。そうしたら、そっちの方が美味しいと受けてしまい、以後、
カラっと揚ったタラモボールは、油切りの網を乗せたバットの上へと転がされていく。全てを揚げるのではなく、試食用に数個だけまず揚げる。そうして出来上がったのを実食するのがいつもの手順だった。熱々のジャガイモを二人ははふはふ言いながら食べる。
ジャガイモの甘み、たらこの塩気、油で揚げたことによって加わる旨味。どれもが上手に絡み合って、絶妙である。おかずかおやつか悩むような、次々口へ放り込みたくなる味わいだった。試食用を素早く二つも食べたカミールは、じぃっとまだ揚げていないジャガイモボールを見ていた。
「これ以上食べたらつまみ食いになるからダメだよー」
「うぅ」
「ダメだからね?」
「……解った。…ところで、何でユーリはまだ揚げてるんだ?」
いつもならば、食事前に揚げる筈なのに、悠利は試食が終わってもタラモボールを作っていた。次々揚げていく。確かに、今日の夕飯の人数を考えたら大量に作ったとは思うが、そこはそれ。育ち盛りが多いので、きっと皆が喜んで食べると思っていたのだが。
悠利はそんなカミールに向けて笑いながら、タラモボールを揚げていく。
「え?お店のおじさんにお裾分けしてくるから」
「え゛!?」
「このたらこ、たくさん安くしてもらったからね~。あ、そんなわけだから、ちょっと出かけるよ。スープの仕込みお願い」
「え?!えぇ?!」
意味が解らずに困惑しているカミールを無視して、というか気づかずに、悠利は揚げ終わったタラモボールをせっせとバスケットに詰めていた。詰め込んだらそれを学生鞄に放り込んだ。時間停止機能付きの
それじゃ、と笑顔を一つ残して、悠利はさっさと台所から出ていく。後に残されたカミールは、俺達の取り分が減る!と叫んでいたのだが、勿論悠利には届いていなかった。合掌。
「おじさーん」
「お?坊主、また来たのか?」
「はい、来ました」
悠利がこえをかけたのは、市場の隅で魚介類を売っている男だった。常にここに店を構えている人間では無く、港町からわざわざ売りに来た行商人だった。行商人というより、どちらかというと漁師の家で商売担当と言う方が相応しいだろう。この男から、悠利はたらこを購入したのである。
実は、王都ドラヘルンは内陸にあるため、この辺りでは魚卵を食す文化があまりない。それをわかりつつも、質の良いものなら食べて貰えるかと思って売りに来た男であるが、魚卵を扱うような店舗はそれなりの商人と組んでいるようで売れず、庶民には馴染みが無いために売れず、としょんぼりしていたのだ。そこに通りがかったのが、悠利であった。
切り身も干物も実に素晴らしい質だった。その隣に、馴染んだたらこを発見した悠利は嬉々として声をかけ、男は魚卵を忌避感無く喜ぶ悠利に安堵して、通常よりかなりオマケをして売ってくれたのだ。売れないよりマシだ、と。…そして今もまだ、切り身や干物は順調に売れているのに、たらこだけが結構残ってしまっているのが、世知辛い現実を教えていた。
「これ、良かったら食べてください」
「…これは?」
「おじさんのたらことジャガイモで作った、タラモボールっていう料理です。お裾分けに来ました」
「おいおい、そんなこと」
「たくさんオマケしてくださったので、お礼です」
悠利はにっこり笑った。オマケをして貰ったのが嬉しかった。そして、たらこを酒のつまみ、ライスと共に食べるぐらいしかない、と沈んでいたおじさんを励ましたくて、悠利は作ってきたのだ。たらこパスタも美味しいと思うのだが、さすがにパスタは食べにくいだろうと思って止めたのだ。
男は目の前の謎の物体を、それでも笑顔で持ってきた悠利の好意をむげにするつもりも無かったのか、一つ手にとって食べた。揚げたてほかほかである。熱さにはふはふしながらも、確かに感じるたらこの味と、そんな風に使うと思っていなかった調理方法に目を白黒させていた。
「お口に合いましたか?」
「あぁ、美味いよ。そうか…。たらこはこうやっても食えるんだな」
「はい。あ、そちらの皆さんも良かったらどうぞ。こちらのたらこで作ったんですよ」
にこにこ笑いながら、悠利は興味深そうに見ていた近隣店舗の店主達にもタラモボールを配っていく。興味津々にそれを食べた一同は、驚き、そして悠利に作り方を聞いた。勿論悠利がレシピを隠すことなど無いので、手順を簡単に説明した。
その結果、どうなったかと言うと。
ジャガイモという、どこの家にもある食材。茹でて、潰して、混ぜて、丸めて、揚げるという割と覚えやすい手順。しかも難しい調味料のなどいらない。必要なのは、男が売っているたらこだけ。家で嫁に作って貰おうと考えた店主達が、たらこに群がった。そりゃもう、わかりやすいぐらいに、群がった。
中には、自分が食べただけでは絶対に嫁に説明出来ないし、納得もしないだろうからと、タラモボールの持ち帰りを希望した者もいた。余っていたので悠利は快くその申し出を受けた。バスケットに大量に持ってきていたタラモボールは、あっという間に完売した。
ついでに、男が売っていたたらこも完売した。
その後、悠利に食材をオマケすると、何か美味しいモノを作って差し入れてくれるという噂が流れるのだが、差し入れがされる確率は気まぐれであったという。…無いとは言ってない。
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