パッチワークと枕カバー。


 その日、悠利ゆうりはニコニコしていた。いや、彼はいつもニコニコしているのだが、その日は特に嬉しそうだった。何がどう嬉しいのか、誰にも解らなかった。何しろ彼はいつだって、周りにとっては別に何でも無いことでも、とてもとても嬉しそうな顔をしているのだから。

 そんな悠利が手にしているのは、何枚もの布袋だった。端布を縫い合わせているのか、縫い目ばかりだ。正確には、同じ大きさに切った布をつなぎ合わせて作った袋である。…ようは、パッチワークで布袋を作っているのだ。模様は様々だが、基本の形は全て同じ。そして、同じようにして作られた布袋は、20個あった。

 そうして作り上げた布袋を並べているのだが、同時に悠利は、本日いつもと違う行動を取っていた。それが、枕の天日干しである。それも全員分。布団ならいざしらず、枕ならば全部集めても邪魔にはならない。全員分の枕は天日干しされ、ほかほかに膨らみ、リビングの机の上に積み上げられている。

 

「やっぱり太陽に当てるとほかほかになるねー」


 悠利はニコニコ笑いながら、枕を次から次へと布袋に詰め込んでいく。そして、その布袋のカバーをかけられた枕は、見習達によってそれぞれの部屋に運ばれていく。たまに本人がその場にいると、その場で手渡される。

 アジトの枕は、布の中に藁が詰め込まれた枕である。高さはそれほどではないが、少々固い。悠利の感覚では固いのだが、こちらの世界では一般的なようである。お値段がそれほど高くも無い、使い勝手の良い枕だそうな。…これで枕投げをしたら武器になるんじゃ?と悠利が思ったのは内緒である。

 何気に枕カバーの柄は男女でちょこちょこ変えている。暖色系や花柄などの可愛らしい布を用いているのは、女性陣へ。男性陣へは、基本的には無地の寒色系を活用している。そして、自分の分はその間に位置するような、色合いは男性的だが、模様が女性的というチョイスな悠利。趣味と実益を兼ねた作品を、自分が持っていても違和感が無いレベルに落とし込むのは得意だった。


「わーい、可愛い-!」


 嬉しそうに枕カバーのかかった枕を抱きしめてほおずりしているのは、レレイ。彼女は猫獣人との混血な為か、感情の起伏が非常にわかりやすい。耳や尻尾が付いていたら、もっと解りやすいに違いない。感情表現が豊かで、素直なレレイは、今までの味気なく素っ気ない、白布の枕から、悠利が作ってくれた可愛い枕カバーに即座に乗り換えたのであった。単純。

 無論、他の面々もどこか嬉しそうだった。今までの枕は、いわばアジトの備品であり、全員共通。例えば、まとめて天日干しになどしてしまえば、どれが誰の枕か解らなくなるなんて当たり前の話だった。それを思えば、専用の枕カバーが与えられるのは、何だかちょっと嬉しいのだ。深い意味はいらない。自分だけのアイテムというのは、誰だって嬉しいはずである。…しかも、デザインは一つずつ違うのだから、喜びもひとしおである。


「あ、リヒトさんの分はこれですよ」

「おー、ありがと」

「裏地に綿が縫い付けてあるので、柔らかいですよ」

「「…え?」」


 悠利から黒と青ベースの枕カバーに包まれた枕を渡されたリヒトは、素直にそれを受け取って礼を言った。だがしかし、それに続いたのほほんとした発言には、室内にいた全員が一緒に疑問符(ハテナマーク)を浮かべて問い返した。

 リヒトは、とりあえず、渡された枕を触ってみる。もふっとした。藁枕は硬い。中身が藁なのだから仕方が無い。貧乏人には、羽毛や綿を使ったふわふわふかふか枕なんて使えないのだ。藁ならそこらにあるのを取ってきて、中身を詰め替えれば完璧である。その理由で、アジトの枕は藁枕。だがしかし、今触ってみた自分の枕は、ちょっとだけ柔らかかった。

 

「……ユーリ、俺の枕が柔らかいんだが?」

「はい。硬い枕で寝付きが悪いって聞いたので」

「いや、そりゃ言ったけど、それとこれ…」

「布屋のおばあちゃんが、オマケで端材の綿をくれたので縫い込んでみました。だから、リヒトさんのは二重なんです」

「へー…」


 他にコメントが出来なかったのか、ただひたすら枕をぽすぽすしているリヒト。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》で訓練を受けている面々の中では最年長の、24歳。元々普通に冒険者をやっていたのだが、基礎をしっかり学び直したいと思い立ち、アリーの元へ身を寄せたという経緯の持ち主。剣士と槍士の二つの職業ジョブを持つ、前衛型。

 黙っていれば頼れる兄貴分。蓋を開ければ、実は結構傷つきやすい繊細なお兄さん。枕が変わると寝られないとまでは言わないが、元々寝付きが悪いので、硬い枕だと更に寝られなくて、目の下の隈がトレードマークになる感じである。色々がっかりだ。


「待って!何でリヒトさんだけなの!?」

「え?」


 ズルイ、とレレイが叫んだ。悠利がきょとんとしているが、レレイは綿入りでちょっとふかふかになった枕で嬉しそうなリヒトを指さして、もう一度叫んだ。


「だから、何でリヒトさんだけ特注品なの?ズルイ!」

「だって、枕固くて寝れないって言ってたの、リヒトさんだけだし…」

「そりゃ、別に寝られるけど、柔らかい方が良いに決まってるじゃん!ズルイ、ズルイ!」


 悠利の肩を掴んでシェイクしながら叫ぶレレイ。そんなこと言われても~という感じでがっくんがっくんされている悠利。途中で悠利にダメージが入りそうだと判断した一同は、レレイを引っぺがしてちょっとだけお説教した。ティファーナの目が笑っていない笑顔のお説教はとても怖い。そう、とても。

 指導係の中で、物腰は一番柔らかながら、実は一番怖いのはこの人だ、と言われているのがティファーナお姉さんである。にこやかに微笑む穏やかな人である。普段は。怒らせたらめっちゃ怖い。普段温厚な人、口調が丁寧な人が、怒ったら無茶苦茶怖いのは古今東西のお約束である。…なお、一番ゆるゆるだという認識をされているのはジェイクであった。ただし、本を粗雑に扱ったら殺される。

 

「レレイ、貴方の気持ちはわかります。自分も、と思うのもわかります。ですが、だからといってユーリを振り回すのはどうなのでしょうか?」

「……はい」

「あの子は貴方たちとは違います。少しも鍛えていない子ですよ?それなのに、あんな風に全力で揺さぶって…。意識を失ったらどうするつもりだったのですか?」

「いや、あの、そこまでの強さじゃな」

「獣人との混血の貴方と、ただの人間で修行も何もしていない子が同じ感覚だと思ってはいけませんよ?」

「ごめんなさい!」


 にっこり笑ってるのに、物凄く怖かった。周囲はそろっと視線を逸らしておいた。巻き込まれた怖いからだ。きっと、こちらの世界にも触らぬ神に祟り無しの概念は通じるだろう。眠るドラゴンの尾に触れるなみたいなニュアンスで。

 

「とりあえず、使い心地の感想聞かせてくださいね」

「わかった」

「なー、ユーリ、俺も綿入り欲しい」

「綿も布も無いから無理」

「……ひでぇ」


 てへ?と笑顔で拒否されて、クーレッシュが拗ねた。リヒトさんだけズルイーと見習達に混ざってふかふか枕を触らせて貰っている。一応成人済み男子なのだが、細かいことは気にしてはいけない。多分、心情的には「お母さんがお兄ちゃんだけ依怙贔屓した!」みたいな感じなのだ。皆が。

 ファスナーは存在しないのでボタンで開閉できるように作られている枕カバー。枕の入ったそれを見ながら、ちらりと綿入りで面積が増えて見えるリヒトの枕を見ながら、ブルックはふむと小さく頷いた。その隣のフラウも、唇をうっすらと笑みの形にしている。

 大人達は考えた。悠利とクーレッシュの会話を聞いて、考えた。



 材料を買ってきて頼んだら、作ってくれるんじゃないか?と。



 それは正解だった。むしろ、大喜びで作ってくれる。自分が勝手にちまちま作るのも大好きな乙男(オトメン)だが、やはり、誰かに頼まれて、願われて、何かを作るなんて、嬉しすぎるではないか。それを予想しているわけではないが、悠利の性格ならば頼めば作ってくれるに違いないと判断している辺り、大人は冷静だった。

 なお、若手や見習いがその発想に至らなかったのは、お金が無いからだ。納得のいく材料を揃えられる自信が無いからだ。じゃあ何で悠利は材料を揃えられているんだと言われたら、元手タダのマヨネーズ&シュシュ&ヘアピンの代金でお金が貯まっているからである。特許で生活出来る系のアレである。異世界でチート貰ったのにチート使わずに、別の方向でお金をゲットしている悠利は、ある意味強かった。

 

「リヒトさん、もう一度触らせて-!」

「はいはい」

「ううー、ふかふか羨ましいよぉ…!いつか、いつか絶対にふかふかの枕買うんだからぁあああ!」


 何か別の方向に燃え上がっているレレイ。拳を突き上げて宣言するお嬢さんの背後には、同じように拳を突き上げている見習いが四人。クーレッシュは混ざっていなかったが、レレイの手から枕を奪い取ってふかふかを堪能していた。硬い藁枕に比べれば、表面がふかふかになっただけで、だいぶ寝心地が違う気がする。羨ましい限りである。

 なお、その騒ぎに加わっていないのは、アリーとジェイク。この二人、方や枕を殆ど必要としない人種であり、方や、硬めの枕の方が好きという人種であった。それでも枕カバーは普通に有り難いと思ったようで、自分の枕を満足そうに見てから自室へと引き上げていった。

 



 後日、材料費当人持ちで、ブルックとフラウ、ついでにティファーナまで枕カバーの作成を依頼するのであった。


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