異世界のオネェ、推参!
「あら、貴方がユーリちゃんね?」
その人物は、実に友好的な、晴れやかな、人の心の隙間に入り込むような、とてもとても魅力的な笑顔で声をかけてきた。あまりにも気持ちの良い快晴であったために、アジト中のシーツを根こそぎ洗濯して、干して、大変ご満悦だった
その人物は、実に奇抜な印象を与えた。浮かべる表情は優しげな微笑みで、整った顔立ちにはうっすらと化粧を施しているのが見て取れた。長い茶髪をゆるめの三つ編みにして肩口から垂らしており、なおかつ横側の一房だけを銀色に染め抜いていた。細身の身体を、すっきりとしたパンツスタイルでまとめ、更に腰からマントの様に布を巻いて、どこかスカートのようにしている。顔を動かす度に、ピアスがちりんと音を立てた。
大変麗しい姿をしているし、口調も雰囲気も実に柔らかなのだが、悠利は首をぐぐーっと傾げながら、目の前の人物に向けて言葉を発した。
「とてもお綺麗です」
「あら、ありがとう。噂通り良い子ねぇ。あたくしと初対面でそんな対応をしてくれる子はいないわよぉ」
「でも、お綺麗なのは本当なので。凄く似合ってます」
「やだもう、本当に良い子ねぇ」
嬉しそうに目を細めて笑う姿は、とても美しかった。それは間違いない。化粧もアクセサリーも、少々奇抜な服装も、確かにこの人物には似合っている。だがしかし。だがしかし、である。
その声も、顔も、体格も、どう見たって男でしか無かったのである。
ウルグスは眼前の人物から視線を逸らしている。どうやら、このつかみ所の無い麗人を苦手としているようだった。悠利にしてもこんな人種とお知り合いになったことはない。ないのだが、別に悪い人ではなさそうだし、多少見た目が奇抜でも、彼には大変よく似合っていたので、アレコレ言うつもりは無かった。
「自己紹介がまだだったわねぇ。あたくしのことはレオーネと呼んでちょうだいな。街で香水屋をやっている調香師よ」
「…香水屋さん…。…あ、もしかして、《七色の雫》の店長さんですか?」
「ご名答よぉ。この間は、あたくしの力作をお買い上げいただいて、ありがとうございます」
にっこりと微笑んだレオーネと名乗った調香師に、悠利はぺこりと頭を下げた。先日、サシェを作るために香水を買い求めたのだが、その店が《七色の雫》だったのである。街で情報を集めたところ、多少値段はするが、文句なしに一流の香水を取り扱っている店だと紹介されたのが、彼の店だったのだ。買い物をしたときには売り子の少女しかいなかったのだが、まさか店主兼調香師がこんな奇抜なヒトだとは思いもしなかった悠利である。
「何しに来やがった、レオポルド」
「ちょっとぉ、ご挨拶よ、アリー。あたくしのことはレオーネと呼んでちょうだいと言っているじゃない」
「お前の名前はレオポルドだろうが、このイカレ調香師」
「相変わらずヒドイ男ねぇ。…オマケに、いつになったらその頭を止めてくれるのよぉ。勿体ないったらありゃしないわぁ」
不服そうに唇を尖らせながら呟いたレオーネ改めレオポルドとアリーのやりとりに、悠利は首を捻っている。ウルグスはいつの間にか姿を消していた。この二人のやりとりに巻き込まれたくないとでも思ったのだろう。ちらりと廊下の向こう側に見えたカミールとマグが、悠利と目が合った瞬間にひらりと手を振って消えてしまったので、多分そういうことなのだろう。
スキンヘッドに眼帯のアリーと、男だとわかるのに長い三つ編みに化粧まで施しているレオポルド。そんな二人が顔をつきあわせて揉めているというのは、なかなかに迫力のある光景であった。だがしかし、それを見学しているのは悠利である。マイペース
「アリーさんの頭って、自分で剃ってるんですか?」
「そうよぉ、ユーリちゃん。この男はね、とても珍しい、綺麗な綺麗なストロベリーブロンドの持ち主なのよぉ。それなのに、こんな頭にしちゃって…っ」
「野郎が髪の色なんぞ気にしてられるか。第一、その名称が気にいらねぇんだよ」
「ストロベリーブロンドは綺麗ですよね~。アリーさんは格好良いので、似合うと思います」
「ヲイ、ユーリ」
「そうよね。流石ユーリちゃんだわ。貴方のセンスをあたくしは信じるわ」
「レオポルド、てめぇも何をはしゃいでやがんだ」
手を取り合ってキャッキャと楽しそうな二人に、アリーは頭痛を覚えたのかこめかみを押さえながら呻いた。なお、両者共に悪気は微塵も無い。片や、服装や化粧まで完璧に仕上げてしまう熟練のオネェ。片や、のほほんとした気性ながら、可愛いモノや綺麗なモノが好きな筋金入りの
「……で、お前何しにウチまで来てんだ」
「そんなのユーリちゃんに会うためよ。あたくしの香水を買ってくれた男の子ってだけでも珍しいのに、この子、あんな素敵な匂い袋まで作っちゃうんでしょう?会いたくなっても仕方ないわ」
「ちょっと待て、何でお前が匂い袋について知ってんだ」
「レレイちゃんが教えてくれたわぁ」
「……あの
余計な情報を外部に漏らすな、とアリーが低い声で呻いているが、レオポルドは楽しそうにニコニコと笑っている。そうやって笑っていると、柔らかな雰囲気も相まって実に不思議な風情だった。男だとちゃんとわかっているのに、女性のように柔らかなのだ。だが、そこに他者が嫌悪を抱くようなものが存在しない。それが彼の個性なのだと納得させられてしまう、独特の雰囲気があった。
そうやって楽しそうに笑いながら、不意にレオポルドは目を細めて、真剣な面差しで悠利を見た。悠利は不思議そうに首を傾げる。その悠利に向けて手を伸ばし、眼鏡の半分近くを覆ってしまっている長い前髪を、彼はその男性にしては細く、女性的と言うにはがっしりとした指先で払って見せた。
「あらやだ、雰囲気が柔らかいとは思ってたけど、貴方随分と愛らしい顔をしているのねぇ」
「…愛らしい、ですか?」
「えぇ、小動物みたいに可愛らしいわ。こんな風に前髪を伸ばして顔を隠すなんて、勿体ないわよ。何か意味があって伸ばしているのかしら?」
レオポルドは優しい笑顔で問いかける。それは、もしも理由があるならば無理強いしないという姿勢だった。それが通じているのか、いないのか。悠利は不思議そうに彼を見つめて、そうして、あっけらかんと答えた。
「面倒くさくてそのままにしてます」
ぴしり、とレオポルドが凍り付いた。アリーはその背後で思わず笑いを堪えきれずに口元を覆っていた。けろりと告げられた言葉は、普段の悠利の行動とはあまりにもかけ離れていた。可愛いモノや綺麗なモノをこよなく愛し、掃除大好き、洗濯大好き、暇さえあればあちこちに飾りを追加するような少年。それが悠利であるので、その彼の口から零れるにしては、あまりにも、予想の斜め上だったのだ。
しばらく凍り付いていたレオポルドだが、割とすぐに立ち直った。はぁとため息をつきながらこめかみを押さえて、そうして困ったように悠利を見る。
「なるほどねぇ。わかったわ。貴方、周りを弄るのは好きだけど、自分は割とどうでも良いのねぇ?」
「はい?だって、僕、レオーネさんみたいに可愛いのとか綺麗なの似合わないので」
「そうね。貴方は可愛らしいけれど確かに普通の男の子だわ。貴方の好きな可愛いモノは似合わないわね。…だから、周りを弄るのに一生懸命になっちゃうのねぇ」
色々と納得したレオポルドであった。彼自身は調香師であり、自分自身が着飾るのも好きだ。また、自分に似合うように改良するのも得意と来ている。それに、自分で作った香水を上手に使いこなしてこそ一人前だという意識もあるのだ。それは、服飾職人にも通じる考え方である。
そして、悠利のように、自分の事はそっちのけで、作るだけ、弄るだけ、というタイプもいる。わかりやすく言えば、家具職人や小物職人などがその気質になるだろう。より良いものを作ることには燃えるが、そこに様々に芸術性を見出しはするが、自分が使うとか、飾りとかは考えない。彼らは《誰か》を飾る、《誰か》に使って貰うことが主体であり、そこに自分はいない。そういうタイプなのだ。
「それじゃあ、せめてその可愛い顔が見えるように、前髪を切るか結わえるかしても良いかしら?」
「はい?僕の顔なんて、どうでも良くないですか?」
「あたくしにはどうでも良くないわ。可愛い子は可愛くしたいの。…迷惑かしら?」
「いえ、それじゃあ、そろそろ切ろうかなと思ってたんで、お願いします」
ぺこりと頭を下げる悠利に、気負った様子はなかった。レオポルドはしばらく沈黙して、ちらりとアリーに視線を向ける。アリーはその視線から逃げるように目をそらした。俺に言うな、とでも言いたげな仕草だった。悠利がマイペースでド天然で、色々とズレまくっているのは今更だ。色々言われても困るのだ。
何となくソレで察したらしく、レオポルドは悠利を連れて庭先へと移動する。腰に下げていたポシェットから大きめの布を取り出すと、悠利に顔の前で持つように告げる。悠利は素直に従って、眼鏡も外して、大人しく目を閉じた。そんな悠利に小さく笑うと、レオポルドは同じくポシェットから取り出したハサミと櫛を使って、器用に悠利の前髪を切っていく。…ポシェットのサイズと内容量が合っていないので、これも
レオポルドは手慣れていた。あっという間に悠利の前髪を綺麗に切り揃えてしまう。毛先が少し眼鏡の縁に被るくらいの長さにしてしまうと、それまで半分隠れていた悠利の顔が露わになる。小動物のようで可愛いとレオポルドが形容した通り、それは実年齢よりも幼く見える男の子の顔だった。…だが、やはり、あくまで、男の子であった。
「ありがとうございます」
ぺこりとお礼を告げた後、悠利は水桶に顔を映して長さを確認する。特にジャマになるわけでもない長さで、ほどよくお洒落に切り揃えられている。レオポルドの腕が良い証拠であった。いつもより真っ直ぐに入ってくる光に瞬きを繰り返しながらも、悠利に文句は無かった。
「レオーネさん、髪切るの上手なんですね」
「前髪は自分でこまめに調節するから、割と得意なのよぉ」
うふふ、と楽しそうに笑う麗しのオネェ。そうなんですか、とにこにこしている脳天気な
なお、余談であるが、悠利を気に入り過ぎたレオポルドが、この後頻繁にアジトを訪れることになり、一部男性陣をげっそりさせるのであった。
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