採取の残り品とサシェ。


「ねー、この花、捨てちゃうの?」


 ある日の昼下がり、悠利ゆうりは不思議そうにそう問いかけた。視線の先では、ダンジョンで採取してきただろう植物を分類しているクーレッシュとレレイ。つんつんと悠利が突いているのは、根っこを切り落とされた色とりどりの花々だった。とても良い香りがしているのに、無造作に地面に放置されている。


「あぁ、それ、いらない部分。依頼に必要なのは根っこだから」

「でも、花が付いてないと見分けられないから、全部持って帰ってきてるの」

「…じゃあ、これ、いらない?僕、貰っても良い?」

「良いけど、…そんなのどうすんだ?」

「ありがとー」


 よいしょ、よいしょ、と花を寄せ集めて、悠利は長さを揃えている。ハサミで切り落とし、花の部分だけにしてしまうと、そのままぽいぽいと学生鞄に詰め込んでいる。悠利の学生鞄は高性能の魔法鞄マジックバッグなので、そうやって無造作に放り込んでも中で整理整頓されるとう素晴らしい仕組みだ。色々チートすぎるが、悠利は使いやすいぐらいにしか思っていない。相変わらずである。

 しばらく微笑ましく悠利の作業を見ていたクーレッシュとレレイも、すぐに自分たちの作業に戻る。そうして彼らが打ち捨てる花を、悠利がまた拾って集めていく。実にほのぼのとした光景に、通りすがりの面々が顔をほころばせていたのだが、彼らがそれに気づくことは無かった。



 それから、十日ほどの月日が経過した、ある日のこと。



 悠利は手にした小さな布袋を、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の面々に順番に手渡していた。渡されたそれが何であるのかわからないままに、皆はとりあえず受け取っている。一応、男性にはシンプルな飾り気の無い巾着タイプ。女性にはリボンや刺繍をあしらった巾着タイプを手渡している。乙男オトメンの性質としては、女性陣に渡しているような布袋が本領発揮と言えるだろう。

 巾着の口を開いて中を覗いたヤックは、アレ?と小さく呟いた。それもそのはずで、巾着の中にまた布袋が入っているのだ。ただし、こちらは布袋というよりはクッションのようで、きっちり縫い合わされている布の塊のようだった。中身が何かはわからない。


「ユーリ、コレ何?」

「これはね、サシェっていうんだよ。簡単に言うと、匂い袋だね」


 匂い袋、と一同がその単語を反芻する。トレジャーハンターを生業とする冒険者と、それを目指す見習達には、ちっとも馴染みの無い物体である。ただ、その言葉通り、布袋からほのかに柔らかな花の匂いがしていた。

 そこで、はたと何かに気づいたのか、レレイが声を上げた。


「ユーリ、これ、この間の花?」

「正解~。レレイは嗅覚も強いんだね」

「そりゃ、あたしは猫獣人とのハーフだしね。…っていうか、でも、何でこんなに良い香りなの?とっくに枯れてると思ったのに…」


 レレイの疑問ももっともだった。土に植えたまま、或いは花瓶に入れたままならともかく、こんな風に袋詰めにしてしまった生花が、いつまでも瑞々しい香りを放っているわけが無い。にこにこと笑いながら、悠利は種明かしをする。


「この中にはね、あの花を天日干しにして乾燥させて砕いたものと、少量の香水を染みこませた布が入ってるんだよ」

「へぇ…。それは、枯れるのとは違うの?」

「違うね。枯れる前に水分をなくしちゃうイメージかな?それでも匂いは残ってるし、香水の匂いも香り付けに入ってるから、こうやって匂い袋になるんだよ」


 ほうほうと楽しそうに匂い袋を眺めているレレイ。女性陣は概ね好意的に匂い袋を受け入れているようだ。だがしかし、男性陣は、それをどう扱って良いのか考えあぐねているのか、掌の上でぽんぽんと跳ねさせながら遊んでいたりする。確かに、お洒落に興味がある色男でも無い限り、匂い袋なんぞに興味は示すまい。


「ユーリ、貰ったけど、オイラ達、使い道ないんだけど?」

「んー、鞄の中に入れとくとか、衣類しまってる引き出しに入れるとかしたらどうかな?」

「服と一緒に入れたら、匂い移らないか?」

「そんなに強い匂いじゃ無いから、むしろ防臭剤になると思うよ」

「「ぼーしゅーざい?」」


 ヤックの背後から顔を覗かせたクーレッシュが疑問を口にすれば、悠利はけろりと答える。そうして発せられた耳慣れない単語に、ヤックとクーレッシュは、まるで兄弟のように左右対称に首を傾げて見せた。何だかんだで基本の性質が似ているのか、この二人はこういうときに息ぴったりだ。

 そんな中、それまでいつも通り沈黙を守っていたマグが、何かをひらめいたように匂い袋を持って走り出した。唐突な行動に皆が驚きながら追いかければ、マグは、自分に与えられた匂い袋を、アジトの玄関に飾った。玄関には、皆の靴がある。基本的に土足で屋内をうろうろするのだが、探索用の靴と、普段履きの靴は別で、何だかんだで靴箱は常に靴だらけだ。


「マグ、どうしたの?」

「靴、防臭」

「あぁ、靴の匂いが気になるから、ここに飾ったら良いってこと?」

「諾」


 靴箱を示して告げるマグの言葉に、悠利はなるほどーと暢気に笑っている。男性陣はなるほどなるほどと頷いて、己の靴の隣に匂い袋を並べていく。ちょっと用途は違うんだけどなーと笑いながらも、悠利もそれを眺めている。

 それなら今度は、もっと本格的に消臭剤代わりのサシェを作ろう、悠利は思った。玄関や風呂場、トイレなどに設置するには、今回手に入れた花は数が少なかったのだ。また、どうせなら仲間達にお礼を兼ねてプレゼントをしたかったというのもある。

 …マヨネーズとシュシュ、ヘアピンのお陰で、生産ギルドに少なからず貯金が出来ている悠利は、このサシェの為に香水や布を買い求めたりしたのであった。何故そこで自分の為に金を使わない、とアリーにぼやかれたのだが、悠利は気にしていなかった。何しろ、日常生活で何も不自由をしていないのだから。

 第一、冒険者でもない悠利には、生活必需品を調えてしまえば、特に必要物資など無いのだ。皆のように武器防具がいるわけでもなく、ダンジョン探索に必要な特殊なアイテムも必要ない。お金の使い道がなくて、それでも、金は使って還元しなければならないとう思考があるために買い物に出かけ、結論としてサシェの材料に化けたのであった。

 

「それにしても、ユーリって器用だよなぁ…」

「そう?これそんなに難しくないよ?」

「いやいや、俺らには、縫い物ってだけで、十分難しいから」

「ふうん?」


 感心しているクーレッシュに対して、悠利は相変わらずほけほけとしていた。彼にとっては特に難しくも無い作業だが、普通に考えて、針仕事に慣れていない男の子には、難しく見えて当然だ。また、女性陣にしても、レースや飾りボタンを施された、可愛らしいデザインの巾着袋を作るのは無理、と口々に呟いている。乙男オトメンは、自分のスペックが異常だということを未だに理解していない。

 女性陣は概ね好意的に匂い袋を受け入れたらしい。嗅覚の鋭いレレイは、衣類と一緒にしまうことにしたらしい。ティファーナは常に持ち歩いている小物入れの中に入れるという。フラウはしばらく悩んだ末に、衣類ではなく、ハンカチの類を入れている引き出しに入れることにしたようだ。いずれも冒険者であり、香水などを付ける習慣はない彼女達である。それでも、良い香りというのは嫌いになれず、こういったことになったらしい。


「…お前、これを売るつもりはあるのか?」

「はい?」

「だから、この匂い袋とやらを、シュシュやヘアピンのように売るつもりはあるのか、という話だ」

「いえ、別にないです」

「なら、身内以外に言うなよ。……面倒だからな」

「はい、わかりました」


 アリーの言葉に、悠利は素直に頷いた。アリーだけでなく、全員が聞き耳を立てていた。だがしかし、悠利には金儲けをするつもりもないし、商売をするつもりもないのだ。このサシェは、日頃の感謝を込めて皆にプレゼントをしただけである。あとは、花が捨てられるのが勿体ないと思ったからである。

 自分用のサシェを手の上で転がしながら、悠利はニコニコと笑っていた。なお、悠利が自分用に作ったサシェは、白い布地に刺繍糸で模様を縫い付けているだけの、実にシンプルな作りだった。それでも、刺繍は小さな花だし、少しだけリボンを縫い付けたりと小洒落ている。それほど目立つわけでも無いが、ほんのり可愛い。そういった小物だった。

 悠利は乙男オトメンである。可愛いモノも綺麗なモノも大好きである。だが、自分がそれを持つのに相応しいかどうかは、割と客観的に判断できている。似合わない、可愛すぎる物体を持つのは、周囲を不愉快にさせるだけだろうと理解しているのだ。だから、ほのかに可愛い、レベルのサシェを自分用に作ったのであった。

 

「…ったく、お前は次から次へと妙なモノを作りやがる」


 ため息をついて、アリーが呟く。一瞬きょとんとした後に、悠利はじっとアリーを見上げた。小柄な悠利とアリーでは、頭一つ分ほど背丈が違う。それでも、真っ直ぐとアリーの目を見て、悠利は言葉を発した。


「迷惑ですか?」


 幼い子供のような声音で問われて、アリーは悠利を見下ろして、いや、と答えた。今更だ、と続けられた言葉に、悠利はいつものような笑みを浮かべた。ありがとうございます、と告げられた言葉は、紛れもない悠利の本心だった。

 氏素性の知れない異邦人。悪気は無いが、色々と型破りな行動を取る子供。トレジャーハンターを育てるためのクランである《真紅の山猫スカーレット・リンクス》にはあまりにも不似合いな、不釣り合いな、非戦闘員の少年。そんな歪な存在ではあるが、同時に悠利はだからこそ、皆に受け入れられているとも言えた。


「とりあえず、何か作って外部に出すときは、先に言え」

「了解です」



 こんなやりとりも、今では見慣れた光景になりつつある、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》であった。


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