食堂メニューのお手伝い。


「食堂って、こういう感じなんですね~」

「店によって趣は違いますが、概ねこんな感じですよ。さ、入りましょうか」

「はい」


 ティファーナに促されて、悠利ゆうりはこくんと頷いてからその背中を追って扉をくぐった。悠利がティファーナに連れられてきたのは、庶民相手の食堂である《木漏れ日亭》だった。素朴な大衆食堂のファンタジー版という感じだろうか。建物や調度品などは質素だが、清潔に保たれており、その名前の通り庭から差し込む木漏れ日が実に美しい。

 ただし、扉にかけられている、「本日休業」の札が、なんとももの悲しいのだが。


「こんにちは、アルガ、いますか?」

「あぁ、いらっしゃい、ティファ」

「ティファ姉、いらっしゃい」


 ティファーナが呼びかければ、同じ茶髪に緑の瞳をした男女が食堂の奥、台所と思しき場所から顔を出した。男性の方は20代の半ば頃、女性は二十歳前というところだろう。顔立ちも似通っているので、兄妹と見て間違いは無い。

 兄の名前は、アルガ。妹の名前はシーラ。この《木漏れ日亭》の店主の子供達である。シーラは看板娘として父親を助けており、アルガは隣で母親が切り盛りしている宿屋日暮れ亭の看板息子である。だがしかし、今、アルガは料理人らしく、エプロンを装着していた。


「ユーリ、この二人はアルガとシーラです。この《木漏れ日亭》の、暫定店主と看板娘です」

「ティファ、暫定店主は止めろ…」

「暫定ではありませんか。…お父上の具合はいかがです?」

「傷自体はたいしたことないけどな。それでも、治るまで数ヶ月はかかるだろうって」

「本当、いつまでも若い頃のつもりで、食材採取に出かけたりするから、こうなるのよ」


 ひょいと肩を竦めるアルガと、ふくれっ面のシーラ。彼らの発言にも、一応理由はあった。この《木漏れ日亭》を切り盛りしているのは、二人の父親であるダレイオスだ。彼はかつては冒険者であった頃もあり、自分で食材の採取を行うような、ちょっと型破りな料理人だった。しかし、寄る年波には勝てなかったのか、一週間ほど前に大怪我をしてしまい、現在店は絶賛休業中なのだ。

 そして、そんな父親の店を手伝うためにアルガとシーラが立ち上がったのだが、ここで問題が一つ。アルガは、適当にざかざかっと作るような、賄いぐらいしか作れない。シーラは、配膳や注文の腕前は完璧だというのに、料理をさせると何故か未確認物体を作り出してしまう特殊技能の持ち主だった。この二人で、どうやって料理屋をやれというのか、というぐらいの状況なのである。

 


 そして、そんな二人への助力を願って、ティファーナは悠利をここへと連れてきたのだ。


 

 彼らの事情については、悠利も一通り聞いている。料理は一般人ちょっと下レベルの兄と、料理をさせたら殺人案件になってしまうというアウトな妹。つまり、接客完璧な妹はこれからも看板娘として働かせ、兄に料理をさせるという選択肢しか存在しない。そして、そんな兄でも作れるメニューを考えること、である。

 最初、悠利はティファーナの申し出を断ろうとした。悠利に作れるのは家庭料理だ。お店でお客様相手に出すような料理は作れない。例え、アジトの皆が高評価を与えてくれていたとしても、それは事実なのだ。悠利にとって、自分の料理はお金を取るようなものではない。一般家庭のご飯でしか無いのだ。


 だが、ティファーナは「それが良いのです」と笑顔で言い切った。


 そもそもが、《木漏れ日亭》は安い値段で家庭料理を出す店だった。手の込んだ料理では無い。誰もが自宅で食べたことのあるような、素朴な料理しか出てこない。一つ違うのは、その料理を比較的安い値段で提供し、相手がどんな身なり、身分でも気にしないで食べさせてくれる、ということだ。元冒険者のダレイオスが、そうしてきた。…駆け出しの、殆ど金のない冒険者たちでも、何とか食べられるような食事を、と。

 ゆえに、ティファーナが悠利に求めるのは、いつも作っているような家庭料理をアルガに教えて貰うことだ。とはいえ、アルガの料理の腕前はそこまで高くはない。なるべく簡単で、材料費もかからず、更には調理に手間がかからないもしくは作り置きが可能な料理、という無茶ぶりはしているが。

 

「とりあえず、僕が提案したいのは、丼メニューです」

「ドンブリ…?」

「僕の故郷の料理なんですけど、器にライスを盛って、その上に具材を乗せるだけの料理です。たったそれだけですが、乗せる具材によって色々変化も付けられますし、何より、洗い物が少ないです」


 洗い物が少ない、と聞いた瞬間にシーラが目を輝かせた。定食スタイルのように小鉢や小皿が増えれば、洗うのも大変になる。それは必然的に回転数にも影響する。《木漏れ日亭》は彼女と父親の二人でやっていたので、洗い物は基本的に彼女の仕事だったのだ。それが減るなら、万々歳である。


「それと、野菜をたっぷり入れたスープをセットにします。野菜は刻んでしまうので、多少形が悪いものでも、残り物でも結構です。…むしろ、形が悪い方が安く買えるので、良いかも知れません」

「スープに野菜を入れるのか?」

「はい。むしろおかずになるぐらい大量にいれます。時々は、肉の破片なども入れれば、味に深みが出ると思います」


 一般的なスープに具材は少ない。なので、アルガにもシーラにも想像が出来なかったのだろう。だが、悠利にしてみれば、丼をメインに、野菜たくさんのスープを作ってしまえば、それでバランスの良い食事になるのではないか、と思ったのだ。原価についてはそこまで計算していない。そこはプロにお任せ状態だ。

 言うだけでは意味が無いので、とりあえず試作品を作ってみることになった。

 悠利が今回作るのは、以前ティファーナが絶賛してくれた他人丼だ。これは、アジトの見習い少年達でもそれほど苦も無く作れた料理であるし、安い肉でもしっかり味付けをすれば美味しくなるのは解っている。使う肉は、その日によって変えれば良いのだ。バイパーだろうが、オークだろうが、バイソンだろうが、ビッグフロッグだろうが、卵とじ丼は普通に美味である。

 本日活用するのは、アルガが購入しておいてくれたオーク肉。部位はロースのようだ。結構上等ではないかと悠利は思うのだが、この世界で魔物の肉は安価なので、庶民でも手が届くのだとか。よほどレア級の魔物で無い限り、値段はそこまで高騰しない。何しろ、魔物はそこらに普通に発生するのだから。一口サイズに切り分けながら、今度美味しそうなのあったら買おうと悠利は暢気に思っている。

 なお、肉に対する味付けをするために、持参した昆布を鍋につけている。昆布出汁の素晴らしさもついでに布教したい悠利である。出汁を取るという概念がないのか最初は首を捻っていたアルガとシーラだが、一口味見をしてからは昆布出汁の信者に早変わりした。何だかんだで料理人の父親に育てられたので、この二人、味覚はきちんとしているのだ。…それでシーラがこう育ったのは、誰にも解らない不思議案件だそうだ。


「出汁を取ったら、昆布は外に出してください。捨てるのは勿体ないので、刻んでスープに入れてもらっても大丈夫です。しっかり煮込んだら美味しいので。お肉の味付けは、とりあえず醤油と砂糖、酒で甘辛く作ります。好みで変えて貰っても大丈夫ですが、個人的に、この味付けはご飯が進むので喜ばれると思います」

「大変美味しかったですよ」

「ありがとうございます、ティファーナさん」


 ふんふんと頷いて、メモを取っているアルガに変わって、ティファーナが笑顔で告げてくる。彼女は他人丼(肉はビッグフロッグ)を実食しているので、実に説得力がある。なお、今日はオーク肉なので、普通に考えて、肉の旨味がこちらの方が上等である。多分、普通に、美味しい。

 アジトで作ったときとは異なり、悠利は今回、タマネギも最初から肉と一緒に煮込むことにした。大量に作っておけば、それだけ楽になるからだ。そうして煮込んでいる間に、スープに取りかかる。こちらは、刻んだ昆布を放り込み、野菜を適当に色々とぶち込む。ただし、タマネギとジャガイモは排除した。タマネギは丼に使用するし、ジャガイモは別メニューで使う予定だからだ。人参やキャベツ、キノコ類を遠慮無く放り込まれたスープの味付けは、塩胡椒に醤油でまとめる。丼に添えるので、少々和風イメージなるのはご愛敬だ。

 なお、煮込む前にスープの味見をお願いしたのだが、本来アルガだけで良い筈の味見は、きっちり三人で行われた。そして、その全員がスープの美味さに感動していた。


「丼を作る時は、一人前の肉と出汁を別の小鍋にうつします。そして、中身が煮立ってきたら溶き卵一個をこうやって流し入れて、火を入れます」

「卵の固さは?」

「好みがあると思います。個人的には、とろとろ具合が好きなので、この辺で。余熱で多少火は通りますから」


 雑談しながらも手つきは危なげなく悠利は他人丼を作り上げる。なお、ライスに関しては、あらかじめティファーナが炊いておくように伝えておいたので、炊きたてほかほかである。炊きたてご飯の上に、甘辛い卵とじの肉。これで美味しくなかったら、よっぽど味付けがアウトなだけだろう。

 とりあえず試食できれば良いので、丼は一人前。スープは一人前を作る方が逆に難しいので多めに作ったが、残った場合はアルガ達に家で食べて貰えば良いので問題はない。

 ほかほかの丼と、具だくさんのスープ。感動しながら試食をしている二人の相手をティファーナに任せて、悠利はせっせとジャガイモを洗っていた。表面に付着した汚れが落ちるように念入りに洗っている。程なくして土汚れが全て落とされたジャガイモを見て、満足そうに笑う。


「ユーリくん、これめちゃくちゃ美味し、…って、君何してるんだ?」

「あ、丼とスープ以外に、サイドメニューもあると便利かなと思って…。小腹空いたヒトが摘まむ感じで…」

「……それで、ジャガイモ?」

「はい」


 にこにこ笑いながら、悠利は綺麗に洗ったジャガイモをスティックっぽく切っていく。正確には、半分に切ってから縦に四等分にしたりして、同じぐらいの大きさになるように切っているだけだ。そしてそのジャガイモを、熱した大量の油に投入する。…ようは、ただの皮付きフライドポテトだった。

 ジャガイモは有り余っているので、それで一品料理が増えるなら良いかな?と勝手に思った結果だった。呆気に取られている外野を無視して、悠利はフライドポテトを作っている。なお、アジトで作ったときは、皮付き派と皮なし派で論争が起こったのだが、料理に不慣れなアルガが簡単に作れるように、あえて皮付きにしている。…皮むきは、慣れないと案外時間のかかる作業なのだ。

 揚がったジャガイモは、網付きのバットの上に並べる。店主は揚げ物を作ることもあったようで、機材はばっちりだ。このバット欲しいなぁ、と思いながら悠利はどんどん皮付きフライドポテトを作り上げ、軽く塩を振る。味付けは塩オンリーだ。その方が飽きが来ない。もしも売れてきたら、ハーブを混ぜてみたり挑戦して貰いたいが。


「はい、フライドポテトの出来上がりです。どうぞ」

「へぇ、ジャガイモを揚げるのか」

「味付けは塩だけですか?皮を剥かずに切るだけなら、私でも手伝えそうですね」

「……味付けと調理には関わるなよ、シーラ」

「煩いわよ、兄さん!」


 仲良く兄妹喧嘩(じゃれ合い)をしながらも二人はフライドポテトを口に運び、そして。



「「美味しい!」」



 ジャガイモを揚げるという発想が無かったようで、もぐもぐと食べている。綺麗に洗って、手頃な大きさに切って、火が通るまで揚げて、塩を振る。揚げる課程だけが少々難しいかも知れないが、慣れれば大量にこなせるだろう。おつまみにも子供のおやつにも最適な料理である。二人が大喜びするのも無理は無かった。




 後日、《木漏れ日亭》はひっそりと営業を再開し、以前と変わらぬ賑わいを見せるのであった。



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