思いやりのサンドイッチ。
マヨネーズとポテトサラダで大いに盛り上がった翌日、
…実は、悠利のスマホとミュージックプレイヤーは、
いつもは6時に起きる悠利であるが、今日は5時起きだ。そして、起きたと同時に台所にダッシュした。なお、今日の朝食当番は悠利とカミールなのだが、カミールはまだ起きていない。当然だ。一時間も早いのだから。そして、悠利が早起きをしているのは、自主的なものだった。
悠利は慣れた手つきで食パンの山を切り分けていた。普段トーストとして使うときよりも随分と薄い。何枚も何枚も薄切りの食パンを作り上げ、更には耳を全て落す。手慣れた仕草で、食パンの塊は、すぐに薄切りと切り落とされた耳という二つの部品に分解されたのであった。
「昨夜作っておいた卵フィリングと、レタスとハムに、キュウリと…。…あとは、デザート代わりにジャムでも良いかな」
るんるんと鼻歌でも歌いそうな雰囲気で、悠利は作業に取りかかる。
冷蔵庫から取り出したボールの中には、刻んだゆで卵とマヨネーズを混ぜて味付けを済ませた卵フィリング。綺麗に水洗いして、ザルとボールで水気を切ってあるレタス。薄切りにされたハム。キュウリもまた、短冊状に切られていた。そして、ボールに残されている、マヨネーズ。
ここまでくればお解りだろう。悠利はサンドイッチを大量に作ろうとしていた。
作るのは、卵サンドとハムサンドだ。悠利の中で、ハムサンド=レタスとキュウリとハム、というコンビネーションになっている。これは実家で食べて育ったハムサンドがそうだったからで、特に他意は無い。
まず薄切りにして耳を落した食パンの片面に、マヨネーズを塗っていく。そこにレタス、ハム、キュウリと乗せてから、食パンを重ねる。重ねたパンは、バットに並べ、数枚完成したところで布巾をかぶせ、手頃な大きさの鍋で押して圧をかけた。決して潰さないようにだが、そうすることでぎゅっとくっつけるのだ。
ハムサンドに圧をかけている間に、今度は卵サンドを作る。こちらは簡単だ。食パンからはみ出さないように卵フィリングを挟むだけ。手早く作ると、こちらもバットに並べて置いておく。
さらに最後に、冷蔵庫に眠っていたイチゴジャムを取り出すと、ジャムサンドも作る。こちらは他の二つよりも数は少ない。デザート代わりに食べて貰おうと思っているので、主食の二つよりも少なめなのである。
そうしてサンドイッチを完成させると、悠利は包丁でざくざくと三角の形に切っていく。微塵もためらわずに手際よくサンドイッチを半分にしていく。そうして切り終わったサンドイッチを、蓋の出来るタイプの小型のバスケットに詰めていく。中には勿論、綺麗な布巾をひいている。ハムサンド、卵サンド、ジャムサンドの三種類を詰め込んだバスケットを、合計三つ作る。分量はあらかじめ決めておいたので、綺麗に完成した。
「よし、サンドイッチはこれでオッケー」
にこにこ笑うと、悠利は今度はヤカンにお湯を沸かす。わき上がると、茶葉を入れたティーポットにそそぎ、紅茶が出るのを待った。紅茶が出たと判断すると、今度は三本並べた小ぶりの水筒に注いでいく。この水筒は金属加工で作られているので、多少の保温、保冷機能がある。外側には熱を通さない金属を利用しているそうで、持っても熱くないのが特徴だ。
そうして三本の水筒に紅茶を入れ終わると、零れないように丁寧に蓋を閉めて、バスケットとセットにする。先日、手慰みに作った小さな布の袋に、バスケットと水筒を詰め込んだ。都合三人分のお弁当セットが完成である。完成したサンドイッチ弁当を、悠利は台所から食堂の入り口にほど近いテーブルへと移動させた。
そして、目当ての人物がやってくるのを待つ。
ほどなくして、三人分の足音が聞こえた。早朝であることを考えているのだろう。足音は殆ど聞こえず、話し声は小さすぎて何を言っているのか解らない。それでも、三人が食堂に近づいているのは、悠利にも解った。
「おはようございます」
「…ユーリ?」
「え?ユーリじゃん。何でこんな早起き?」
「おっはよー、ユーリ-」
食堂へと入り込んだ三人に向けて、悠利はにっこりと笑顔で挨拶をした。悠利がいるとは思わなかったのか、ブルック、クーレッシュ、レレイの三人が瞬きをしている。レレイはすぐに立ち直って、悠利に暢気に挨拶などしているが。
この3人は、今日、少し遠出をする。遠方にあるダンジョンに採取依頼をこなすために出かけるのだと行っていた。距離があるために、早朝に家を出る。その為、朝食は道中で適当に食べる、と。それはいつものことで、水筒とパンだけを手にして出かけていくのが常のことだった。
だが、悠利はそれに納得できなかったのだ。
悠利は、《
そして、そんな悠利だからこそ、否、現代日本の高校生という価値観を有しているからこそ、思ったのだ。そんな早朝から仕事に出かけるヒトに、そのせいで朝ご飯を満足に食べられないヒトに、お弁当をもたせないなんて間違っている、と。
これが現代日本だったら、悠利もそこまでは思わなかっただろう。24時間営業のコンビニエンスストアも、早朝から深夜まで営業している飲食系チェーン店も、あちこちに存在しているのだから。けれどここは異世界で、露天や屋台があるとは言っても、そこまで充実はしていない。まして、ブルック達がこれから向かう先には大きな街はない。となれば、食生活でひもじい思いをするのは当然である。
「これ、お弁当です。持っていって下さい」
「ユーリ?」
「三種類のサンドイッチと紅茶が入ってます。卵サンドと、ハムサンドと、ジャムサンドです。ジャムはイチゴです。デザートの代わりに食べて下さいね」
「待て、待ってくれ、ユーリ」
「何ですか、ブルックさん?」
つらつらと説明を始めた悠利の言葉を、ブルックは驚いたように遮った。常に冷静沈着と言われる剣士のブルックが、普段見せないような驚愕の表情をしていた。だが、クーレッシュもレレイも、それを指摘することは出来ない。彼らもまた、ブルックと同じように、否、若いが故にブルックよりも盛大に驚いていたのだ。
まず、お弁当とは何か?と彼らは問い返した。
この世界に、お弁当という文化が無かったことを、悠利は初めて知った。携帯食という概念は存在しても、わざわざ、遠出する為に、出先で食べるために食料を作って用意するなど、思いもしなかった、らしい。食料は持っていっても、それは悠利のイメージするようなお弁当では無かったのだ。カルチャーショックである。
次いで、サンドイッチとは何か?とも問われた。
食パンに具材を挟んだ物だ、と説明して、悠利は具材が余った為に自分とカミールの賄いにしようと取り分けておいたサンドイッチを見せる。レレイとクーレッシュがすぐさま食いつきそうだったが、ブルックに制止される。ヒトの食料を横取りするんじゃ無い、と静かに言われてしまえば、二人はしょぼんとするしか無いのだ。
その姿が何だか可愛くて、悠利はサンドイッチを更に小分けにして、一口サイズに切った。そうして、味見と称して二人に差し出すと、一も二も無く食べ始める。勿論ブルックにも差し出した。食パンは焼いてバターやジャムを塗る、ぐらいの調理方法しか知らなかった彼らにとって、青天の霹靂だったのだろう。驚愕している。
片手で食べられる、主食と副食がセットになった食事である。おまけに携帯にも便利。ブルックが、何か言いたそうな、物凄く微妙な顔で悠利を見ていた。悠利はよくわかっていないので首を捻っているが、ブルックの心情を語るならば、「このレシピを売るだけでそこそこの富が入ってくるぞ」であった。いつぞやのティファーナと同じ心境なのである。
無論、マイペースな
「それで、どうしてわざわざこんなものを用意してくれたんだ?」
「え?だって、朝ご飯を食べる時間より早いって聞いたので」
「それは言ったけどさ、何でそうなるんだ?早起きまでして」
「そうだよー。サンドイッチ美味しいし、嬉しいけど、何で?」
「……何でって、朝ご飯を食べ損ねるぐらい早くにお出かけするヒトにお弁当を作るのが、僕の故郷の普通だから?」
「「……」」
そんなに深く考えていなかった悠利は、首を傾げながらほわわんと答えた。彼にしてみれば、それだけだ。日本人なら、朝ご飯を食べる暇が無い家人に、おにぎりを作って持たせたり、菓子パンの袋を渡して道中で食べろと言ったり、そういう情景を想像することが出来るのでは無いだろうか。悠利にはそういう認識だった。
だが、重ねて言うが、ここは異世界だ。現代日本ではないのだ。助け合いの精神はあるが、文化が色々と違う。出かける家人の為に、わざわざ手間暇かけて、持ち運びの出来る食事を作るような文化は、存在しないのだ。
ゆえに、悠利に笑顔でサンドイッチ弁当を差し出された三人の心境は、感謝の一言では言い表せないほどのものだった。この新入りの少年が、いつもニコニコ笑いながら、誰もが面倒くさがる家事全般を喜んで引き受けてくれているだけでも、感謝しているというのに。(なお、悠利にとってそれはむしろご褒美だし、大好きな趣味でしかないのだが、イマイチ伝わっていない)まさか、自分たちの為にわざわざ早起きをして、こんな手のかかる食事を作ってくれているなど、思いもしなかった。オマケに、水筒の中身は水では無く、紅茶だ。
「ユーリ、土産、何か土産欲しいのないか?」
「ほえ?」
「遠出するからさ、珍しいものもあるかもしれない!」
「うーん?うーん?僕、そんなに欲しいモノないし、困ってないし…。…っていうかクーレ、何でそんなに大はしゃぎしてるの?」
「するだろ、普通!」
「何で?」
文化の壁は高い上に分厚かった。
クーレッシュはがっくりと肩を落した。その肩を、レレイがぽんぽんと叩いた。ブルックは諦めたように苦笑を浮かべている。クーレッシュとしては、自分と年の変わらない悠利が、まだ《
生憎、悠利にはそこまで大事にしているつもりはないので、いつも通りのほわほわした態度であった。哀れ。
「クーレ、諦めろ。ユーリに我々の常識は通用しない」
「ブルックさん、でも、俺ら…」
「じゃあさ、じゃあさ、勝手にお土産買ってくるから、それで良いよね?」
「そうだな。珍しい食材でも買って帰れば、喜ぶだろ」
「よっし!決定!」
「はいぃ?」
悠利をそっちのけで、三人の中でお土産を購入することは決定されたらしい。ほけほけとした顔で首を捻っている悠利の、長い前髪のせいで眼鏡の一部しか見えない顔を、三人は笑顔で見ていた。……多少なりとも、幼子を見るような風情が漂っているのは、致し方ないことである。
そんな騒動を軽く起こした後、三人は悠利に笑顔で謝礼を口にして、サンドイッチ弁当を持って出かけていった。仕事に出かける三人の背中に、悠利は笑顔で「行ってらっしゃい」と告げたのだけれど、それを聞いて、三人が驚いた顔をして、次いで破顔したのが、妙に悠利の心に残ったのであった。
……着実に、オカンへの道を歩み始めている、マイペース
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