乙男はヘアアレンジも得意だった。
「はい、こんな感じでどうかな?」
「うわぁあああ!すごくステキ!ありがとう、ユーリお兄ちゃん!」
「ううん。喜んでくれて良かったよ」
ニコニコと笑う
少女の髪の毛は、綺麗に編まれていた。ただ編んでいるだけではない。頭上から耳の下まで、綺麗にぐるりと輪を描くようにして、編み込んだ髪が存在しているのだ。長い長い三つ編みを作って、それをぐるりと回しているのだが、編み目が実に美しく、ただそれだけで少女は愛らしくなっていた。
ただし、全ての髪を編んだわけでは無い。一本の三つ編みをカチューシャのようにしただけで、それ以外の髪は背に流されている。癖の無いストレートの髪は、三つ編みカチューシャと相まって、実に美しかった。
なお、今でこそ少女は嬉しそうに笑っているが、先ほどまで、大泣きをしていたのだ。
日課の散歩に出かけた悠利が見つけたのは、男の子達に髪を掴まれて弄られて泣いていた女の子である。すぐに女の子の仲間がやってきて、男の達は蹴散らされてしまったが。それでも、引っ張られた髪は乱れてしまい、彼女は大泣きしてしまっていたのだ。
悠利は焦らず騒がず、
髪をとかして綺麗にすると、悠利はまだ涙で顔をぐしゃぐしゃにしている女の子に問いかけた。髪の毛、結っても良いかな?と。
街の人々は、この風変わりな異邦人の少年のことを、好意的に受け入れてくれている。少女達も、どこか天然ぽやぽやで、危なっかしい悠利に対しては、お姉さん風を吹かせるようにして接してくる。また、悠利もそれを拒まないので、彼女達との関係は良好だ。…なお、男の子は胃袋を掴んでしまうとわりとチョロイ。
そんな関係なので、少女は涙目で、鼻水をすすりながらも、頷いた。その結果が、この三つ編みカチューシャヘアーである。
「ユーリお兄ちゃん、これ、わたしたちでも出来る?」
「三つ編みが作れるなら、出来ると思うよ?ただ、頭をぐるっと回す長さが必要になるから、短いヒトは無理かなぁ…?」
「「わかったー!」」
悠利の返事に、女の子達は、二人一組になりながら、三つ編みを作り始める。髪の短い子が、長い子に三つ編みを作っている感じだ。時々失敗して困っているので、悠利がちょこちょこ教えることで事なきを得た。
なお、三つ編みカチューシャを固定するヘアピンは、悠利の
そんな少女達を見ながら、悠利は三つ編みカチューシャが出来るほどではないけれど、そこそこ長さのある髪の毛を持てあましている少女達に近づく。短い子は諦めがつくのだろう。そもそもが三つ編みを作れない。けれど、三つ編みは作れるけれどカチューシャにするほどの長さに出来ない子たちは、どこか悔しそうだ。少女といえども女である。お洒落には敏感だった。
「君たちは、三つ編みハーフアップにしたらどうかな?」
「え?それってどうするの…?」
「髪の上半分で左右に三つ編みを作って、残した髪の下で結わえてしまえば、カチューシャみたいになるよ」
にこにこ笑顔の悠利の言葉に、少女達は色めきたった。お手本を見せて欲しいと頼まれて、悠利は少女達の一人の髪を掴んだ。上半分を鞄から取り出した櫛で掬うようにして取ると、それを半分に分けて、器用に二本の三つ編みを作り上げる。そして、その三つ編みを残した髪の下を通すようにして、髪紐で括った。これで出来上がりである。
三つ編みカチューシャ組は頭上にも三つ編みがあるが、それ以外はほぼ変わらない感じの髪型だ。それまで曇っていた少女達の顔が、ぱぁっと輝いた。次々と三つ編みハーフアップに挑戦していく少女達と、悠利は笑顔で見ていた。彼は、女の子や女の人が着飾る姿を見るのが好きだったし、それを手伝うのも好きだった。だって
そんな悠利の視界に、三つ編みを作るほどの長さも無い、けれど短髪というには少し長い髪をした少女達が入り込んだ。短髪の子たちと違って諦められない。けれど三つ編みは作れない。その狭間にいるが故に諦めきれない彼女達を見て、悠利は学生鞄からあるモノを取り出した。
それは、色とりどりのシュシュだった。悠利の持ち物に、髪ゴムの束が入っていたので、それを利用して、端布の再利用をしたのだ。使わないと服飾店に言われた端布を、譲り受けたのだ。向こうも向こうでゴミとして捨てるつもりだったので、WIN-WINである。それを使って、悠利は趣味の裁縫で、シュシュを幾つも作っていた。
シュシュは、ようは飾りに使える髪ゴムだ。布で髪ゴム部分を覆っているので、見た目が愛らしい。悠利は色んな端布を使ったので、柄もたくさんある。ただの手慰みの趣味であった。
そのシュシュを持ちながら、悠利は少女達に近づいた。そして。
「三つ編みできないなら、せめてこれで括ったらどうかな?」
「「え?」」
「これ、僕が作ったシュシュなんだけど、良かったら使ってくれない?僕、髪は短いから使わないんだよね」
ニコニコと笑いながら悠利が手渡そうとするシュシュを見て、少女達は目をぱちくりさせた。綺麗な柄の付いた輪っか。彼女達にはそれとしか思えない。布で作られた輪っかをどうするのか解らずに、困惑している。
そんな彼女達を理解したのか、悠利は一人の少女に断って、その髪をブラシで梳いて、整えて、髪紐で結わえてから、シュシュをかぶせた。勿論、シュシュだけでも髪を結わえることは可能だ。ただ、髪紐の方がしっかりと結わえることが出来るので、悠利は先に彼女が持っていた髪紐で結わえてから、飾りとしてシュシュをかぶせたのである。
途端に、少女達の口からこぼれ落ちたのは感嘆の声であった。ただ結わえただけだ。されど、端布といえども花柄の入った布である。味気ない髪紐で結わえたよりもぐっとお洒落だ。少女達が顔を輝かせるのは無理も無い。
「皆もどうぞ。数はこれだけしかないけど」
そう言って悠利が手渡した十数個に及ばんとするシュシュを、少女達は争奪戦の有様で取り合った。これには、三つ編みカチューシャ組も、三つ編みハーフアップ組も参戦している。唯一参加しなかったのは、短髪組だ。こちらは結わえる髪が無いので、諦めている。
とはいえ、その彼女達にしてもお洒落には興味がある。羨ましそうにみつつ、自分の毛先をくるくると触っているのは、少し髪を伸ばそうと考えているからに他ならない。
そんな少女達に、悠利はヘアピンを差し出した。しかし、それは、先ほどまで持っていた、黒のヘアピンではない。ピンの部分事態は同じ真っ黒のモノだが、ピンを挿したときに髪を留める役割を果たす話の部分の上に、飾りが付いていた。
「…ユーリお兄ちゃん?」
「括れないヒトは、これで前髪止めたりどうかな?」
「「ありがとう!」」
少女達は声を揃えて答えた。
悠利が手渡したヘアピンには、端布を綺麗に珠の形にしたり、結び目を作ったりして固定されている。貼り付けているのでは無く、糸でずれないように固定しているのだが、そこは制作者が悠利である。きっちり固定されており、どうやっても壊れないだろうことは一目瞭然だ。
三つ編みも出来ず、シュシュで髪を結わえることも出来ない短髪の少女達は、与えられたヘアピンを、誰にどれが似合うかと言いながら仲良く分け合っていた。その姿を見て、悠利はやはり、ニコニコしている。
……何となく鞄に放り込んだままだったヘアピンが、良い仕事をしてくれている。なお、このヘアピン、ノートと同じような状態になっている。というのも、20本ほどのヘアピンがまとめて入っているプラスチックケースを所持していたのだが、取り出しても取り出しても、中身が減らないのだ。地味に、悠利の
そんな少女たちに囲まれていた悠利は、喜んだ少女達により、その日の散歩をお付き合い頂くという栄誉に預かった。少女と舐めてはいけない。王都で逞しく生きているお嬢さん達は、どの店に何があるのか、どこが良心的かを、日々お母様と一緒に発掘しているのだ。馴染みの店主に悠利を紹介することも忘れない。
おかげで、その日、悠利は思った以上に有意義な散歩をすることが出来た。それまであまり近づかなかったお店にも近づくことが出来た。少女と一緒なので、女性向けのショップに入ることが出来たのも、嬉しい誤算である。
雑貨屋では、少女達と一緒になって、どの小物が可愛くて、使いやすいかなどの談義に勤しんだ。店番をしていた老婆が、最初は胡乱げに悠利を見ていたのだが、きゃっきゃと楽しげに少女達と過ごしている彼の姿を見て、柔らかな笑みを浮かべていたのだが、悠利は勿論、気づいていない。
……余談であるが、その日以降シュシュとヘアピンが大ブレイクしてしまう。悠利は服飾店に頼まれるままに、暇なときに内職をしてシュシュとヘアピンを卸すことによって、収入を得ることになったのであった。
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