チートはやっぱりチートだったようです。


「お前の技能スキルはどうなってやがんだ…」

「…僕に言われても…」


 アリーの部屋にて、悠利(ゆうり)とアリーは二人揃って脱力していた。色々疲れてしまっている感じだった。悠利は困っているだけだが、アリーは頭を抱えて唸っている。基本的に剛胆なアリーなのだが、こと悠利に関すること、いや、悠利の技能スキルである【神の瞳】や職業ジョブの探求者に関することになると、頭を抱えるしかなくなる。今日も、そんな感じだった。

 悠利は、アリーによってこの世界の常識や、色々な情報を教わっている。また、鑑定という技能スキルの意味や、その使い方も色々とレクチャーしてもらっている。いわば、師匠のような存在である。気分的には世話焼きのお兄ちゃんが出来たような感じなのだが。

 そんな中、悠利がちょっと気になったことを聞いてみたのだ。それが、今回の発端である。



 鑑定系の技能スキルには、辞書機能はあるのですか?と。



 勿論、アリーの返答は「んなもんあるか」の一言だった。それが普通だ。アリーの【魔眼】ですら、そんな意味の解らない機能は付いていない。

 だがしかし、悠利の技能スキル【神の瞳】には備わっていたのだ。

 ようは、今まで鑑定した情報が、もう一度見れるという状況だ。人や魔物のステータスのように、変動するモノは見た時の情報で。ステータスに変動の出ない物を鑑定した結果はそのままに。いつでも再閲覧可能になっているのだ。完全に辞書機能である。

 しかも、更にオマケがついた。

 悠利はこの世界の世界情勢などを示した本や、伝承を綴った本を読んでいた。読んでいたときに、出てきた固有名詞がよくわからずにじっと見つめたら、なんと、それが鑑定できてしまったのだ。国の名前や人の名前が大量に出てきて把握できずに、じっと見つめたら、いつものお約束鑑定画面が出てきて、色々データがわかったという状況。…なお、これも、普通ではあり得ない。


「鑑定ってのはなぁ、目の前にあるものを調べる能力なんだぞ?なぁ、解ってるか?」

「僕にそんなこと言われましても…」

「お前の技能スキルだろうが」

「自分で会得したんじゃないですもん…」


 しょんぼりと肩を落す悠利。事実なので仕方ない。【神の瞳】が限りなくチートな技能スキルであったとしても、悠利はそれを生まれつき持っていたわけではない。願って手に入れたわけでもない。気づいたらくっついていたのだ。むしろ、何でそんなチートをくれたのか、是非ともお伺いしたいぐらいであった。

 頭を抱えつつ、アリーが悠利に告げたのは、実に簡潔な一言だけだった。



「外では絶対にそのことを口にするな」



 スキンヘッドに隻眼のアリーが、真顔をすると本当に怖い。怖いが、悠利はこくこくと素直に頷いた。悠利は、どこの誰とも解らない自分に便宜を図り、色々なことを教えてくれた上で、衣食住を保証してくれているアリーにとても感謝している。なので、その彼に逆らうつもりなど毛頭無い。

 

「…で、あと、お前の持ち物の能力の確認だな…」

「…とりあえず、全部が魔法道具マジックアイテムになってます」

「元は違ったんだな?」

「はい」


 そこで嘘はつけないので、素直に頷いた。アリーにもどういう原理かは解らぬものの、魔法道具マジックアイテムならば確認だけはしておくべきだと考えたのである。…何しろ、魔法道具マジックアイテムはその名前の通り、普通の道具とは違う。様々なことが出来る可能性が広がるのだ。

 オマケに、持ち主は悠利だ。脳天気で楽観的で、マイペースでほわほわした天然系である。未知の魔法道具マジックアイテムを、そんな人間が多数保有している状況など、普通に考えて見逃してはならないのである。なので、時間のある今日、改めてその魔法道具マジックアイテムの確認を行うことにした。

 悠利は机の上に、魔法鞄マジックバッグと化した学生鞄から、私物を取り出して並べていく。一応、元々入っていた物しか入れていないので、鞄の容量がおかしいようには見えない。また、取り出されている道具達も、見た目はそこまで変わっていない。…単純に、異世界の文房具とか日用品が、こちらへ来たことによって魔法道具マジックアイテム化しているということなのだが。原因は誰にもわからない。

 そんなわけで、二人で鑑定の始まりである。



――ユーリの学生鞄

  ユーリ・クギミヤの学生鞄。高性能の魔法鞄マジックバッグ

  容量無制限。時間経過無効。ソート機能付き。所有者のみ使用可能。

  ただし、荷物を鞄に入れることのみ、所有者の許可した相手が可能。



「…ソート機能って何だ」

「えーっと、中に入れたものが、自動的に整理整頓されて、種類別に並べ替えされること、です」

「……どんだけ桁外れなんだ」

「えーっと…、すみません?」

「謝るな」


 怒られても悠利にはどうにも出来ないのだが、とりあえず謝ってしまうのが性質だった。とりあえず、悠利の学生鞄に関しては、他人に盗られないように注意しろ、というもっともらしい忠告が与えられた。

 …なお、それに対して悠利の返答は。


「あ、この鞄、僕以外のヒトが勝手に持ち出したら、手元に戻ってくるみたいです」

「どんな魔法鞄マジックバッグだ!?」

「えー、だって、そういう風に注釈が付いてたんですよー」


 アリーの罵声が響くが、悠利にはそうとしか答えられない。なお、その注釈は悠利にしか見えない。スキル【神の瞳】の効果なのか、単純に持ち主だからなのか判別がつかない。とはいえ、この規格外な魔法鞄マジックバッグが、とりあえず悠利以外の人間に奪われることはないようなので、アリーはホッとした。誰にも使えないとしても、その構造を知りたがる輩には、垂涎の的である。

 気を取り直して、鑑定は続いていく。

 …ただし、悠利はこの異世界で絶対に存在しないだろう、スマホとミュージックプレイヤーに関しては、鞄の中にしまったままだった。何しろ、学生鞄は悠利専用の魔法鞄マジックバッグなのだ。その中に何が入っているかなんて、鑑定持ちのアリーでも把握できない。なので、そこは騒動にならないためにも、見せないという選択肢を選んだ。…たまには悠利も色々考える。

 


――ユーリの裁縫針。

  ユーリ・クギミヤの裁縫針。高性能の魔法道具マジックアイテム

  どのようなモノでも縫える。決して折れない。裁縫の出来上がりが上昇する。

  ただし、所有者もしくはその許可を得た者にしか使用不可。殺傷能力皆無。



「…何でも縫えるってどういうことだ」

「この間試したら、木の板も縫えました」

「糸は?!」

「…普通の糸でした」

「針につられて糸までパワーアップしてんのか…」


 愕然とするアリーに、悠利は謝ろうとしたけれど、やめた。また、謝るなとツッコミを入れられるだけだとわかったからだ。なお、裁縫針は裁縫セットの中にあるので、まち針も含めて何本もある。注目すべきは、殺傷能力皆無という部分で、実は、この針で指を突いても怪我をしない。何とも言えず、初心者に有り難い設計になってしまっていた。

 勿論、元来裁縫が得意で、しかも裁縫の技能スキルレベルが50ある悠利は、針で指を突くなんて初歩的な失敗はまったくしないが。



――ユーリの裁縫糸。

  ユーリ・クギミヤの裁縫糸。高性能の魔法道具マジックアイテム

  決してなくならない。そして、一度縫ってしまえば切れることは無い。

  ただし、所有者もしくはその許可を得た者にしか使用不可。



「…糸もか」

「無くならないので便利です~」

「そ・う・い・う次元か、この阿呆!」

「痛い、痛いです…ッ!」


 ギリギリと頭を鷲掴みにされつつ、ユーリはギブギブと訴えるように机を叩く。裁縫針に続いて糸もなので、アリーが怒るのも無理は無い。色々と規格外なのだ。そして、それはまだまだ続くのだ。…続いちゃうのだ。

 だって、裁縫セットだけでも、まだ中身が存在している。



――ユーリの糸切りハサミ。

  ユーリ・クギミヤの糸切りハサミ。高性能の魔法道具マジックアイテム

  どんな糸も切ることができるハサミ。決して刃こぼれすることは無い。

  ただし、所有者もしくは許可を得た者にしか使用不可。殺傷能力皆無。



――ユーリのノート。

  ユーリ・クギミヤのノート。高性能の魔法道具マジックアイテム

  どれだけ使っても無くならない。書いた文字が劣化することもない。

  ただし、所有者もしくは許可を得た者にしか使用不可。



――ユーリのボールペン。

  ユーリ・クギミヤのボールペン。高性能の魔法道具マジックアイテム

  どれだけ使っても無くならない。どんなものにも書ける。一度書くと消えない。

  ただし、所有者もしくは許可を得た者にしか使用不可。



「……基本的に、全部こんな感じか?」

「こんな感じです」

「……わかった。もう良い」

「良いんですか?まだシャーペンとか消しゴムとかカッターとか色々ありますけど」

「見ても同じだ。あと、他人にホイホイ貸すなよ」

「貸しませんよ~。僕が使うんですから~」


 へにゃりと笑う悠利に、アリーはがっくりと肩を落した。幸いなことは、悠利が持っていたのが文房具や裁縫道具といった、大事にならない物ばかりということだろう。アリーが警戒していた、攻撃用の魔導具とか武器になりそうな何かとかは出てこなかった。それだけでも安心である。

 あと、使いようによっては武器になりそうな刃物の類は、全てに「殺傷能力皆無。」という一文が付いていた。どうやら、持ち主だけでなく、それを向けられた相手も怪我をしないらしい。ある意味素晴らしい安全設計だ。……身を守る術が皆無である、という現実は突きつけられるが。


「何というか、お前自身も規格外だが、持ち物も色々アレだな…」

「でも、折れない裁縫針と無くならない裁縫糸は本当に便利ですよ!ずっと書けるボールペンと、無くならないノートも!」

「…そりゃな?そのどうやって作ったのか謎なぐらいに綺麗な紙が大量にあるのはすげぇと思うが、お前しか使えないだろうが…」

「え?こうやって破ったら、他の人も使えますよ?破った時点で、ノートから離れたと見なされて、他の人も使用可能な普通の紙です」

「何!?」


 びりびりと根元から綺麗にノートを破る、というよりも、このノートは使いやすいように切り取り線が入っているタイプなので、とても楽に切り取れる。また、実は白紙では無く、うっすらとマス目が記入されている。このマス目は最近新しく考案されたモノで、マス目のようにも使える点線、なのだが。日本人の感覚で言えば、日本語も英語も書ける便利ノートである。悠利も学校で重宝していた。

 綺麗に破った、もとい切り取ったノートの1ページをアリーに渡す悠利。渡されたノートを、アリーは真剣な顔で見ていた。なお、鑑定結果はこんな感じである。



――ユーリのノートの1ページ。

  ユーリ・クギミヤのノートから切り離された紙。綺麗なただの紙。

  普通の紙よりも劣化しにくく、水にも強い。損傷すれば無くなる。

  誰でも使用可能。



「……マジか」

「あ、アリーさん使います?それなら、何枚か千切りますね。これ、魔法道具マジックアイテムになってるから無くならないので~」


 ニコニコ笑いながら、悠利はびりびりとノートを千切っていく。どんどん机の上に積み上げられていく真っ白な極上の紙(ただし、アリーにはどうやって使うのか謎な点線入り)を、アリーは呆気に取られながら見ている。

 結局、アリーが悠利の奇行を我に返って止めた時には、机の上には数十枚に及ぶノートの切れ端が積み上げられることになった。…まぁ、消耗品なので、紙はいくらあっても困らない。それがこんな極上の紙だというのなら、文句はあるまい。

 文句は無いのだが、お前本当いい加減にしろ、とアリーがぼやいて悠利の頭を小突いたのもまた、無理の無いことであった。




 なお、点線入りのノートが地味に書きやすいと知れ渡り、製紙業を営む者達が悪戦苦闘するのはしばらく後のことであった。

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