お掃除上手は重宝される?

「掃除をするときは上から順番に-」


 悠利ゆうりの脳天気な声がアジトに響いた。その声に素直に返事をするのは、総勢4人の少年達。ヤックを始め、全員がまだまだ見習いとして雑用をさせられている少年達だ。年齢は、一番年下のヤックが13歳で、最年長のウルグスが16歳だった。この世界では18歳で成人とされているが、それでも大人扱いというよりは、半人前のひよこという扱いである。

 18歳で成人し、そこで一人前の仕事が出来る者なんて、一握りだ。職人系の家系で、幼少時からそのノウハウをたたき込まれた人間ぐらいで無ければ、あり得ない。…或いは、生まれながらの戦士である亜人種達ならば別なのだろうが、ここにいるのは人間の少年ばかりだった。別に、種族差別をしているわけではない。単純に、現在の見習いは人間しかいないだけである。あしからず。

 悠利はぞうきんを手にして、棚の天井を拭いていた。…《真紅の山猫スカーレット・リンクス》は、個室の掃除は本人の責任だが、それ以外の公共場所の掃除は見習達の仕事である。勿論、見習いの人数が少ない場合は、他の構成員が手伝うことになっている。これは何も新人苛めではなく、料理同様に必要最低限のことが出来るようにとのことであり、こういった雑用を嫌と言わずにこなす根性が求められている。

 ここはアジト内の書架だ。本は貴重品だが、流通していないわけではない。そして、このアジトには、構成員達が手に入れてきた本や、必要な知識をたたき込むための教本などが多数置いてある。その為、この部屋は他の部屋に比べて棚が多い。その棚の天板が、今まで殆ど掃除をされていなかったことを示すように、埃まみれだったのだ。

 悠利は最初、ヤックたちの指示に従って掃除をするつもりだった。郷に入っては郷に従え。先輩であるヤックたちに教えて貰いながら作業をしようと思ったのだが、彼らの言うところの《掃除》は、悠利の基準ではちっとも《掃除》ではなかったのだ。まだまだやり残したところがたくさんあるようにしか見えなかったのだ。

 その結果、ヤック達が終わったと意気揚々と退出しようとした部屋で、悠利は一人黙々と掃除を続けた。そもそも、掃除道具が足りないと思いつつも、手にしたぞうきんとバケツで掃除を続けていたのだ。箒での掃き掃除はそこそこ普通に出来ていると思ったが、細かいところが気になって仕方ない悠利であった。



 その結果、気づいたら悠利は、全体の掃除の指揮を執るカタチになっていた。



 ただし、のほほんとした悠利なので、周囲も別に命令されているという雰囲気はない。しいていうなら、幼稚園だ。保育園だ。先生と同じようにやろうね~?みたいな雰囲気だ。…多分、そんな雰囲気になっている元凶は悠利である。唯一アジトに残っていた大人のティファーナ(指導係の一人で職業ジョブはシーフ)が、微笑ましそうに見ているので、なおさら幼稚園っぽい。

 悠利と同じように、各員棚を拭いている。身軽な少年は、ひょいひょいと棚の上へとよじ登り、そのまま拭いている。なお、悠利は椅子を足場に背伸びをして拭いている。やや小柄なヤックは、背の低い棚を拭くことにしている。普段はアレコレ喧嘩もするらしいのだが、悠利のほわほわに巻き込まれたのか、誰一人喧嘩せず、文句も言わず、仲良く一緒に掃除をしていた。


「ヤック、お前、危ないから低いところ拭いとけよ。カミールは棚から落ちないようにしろよ!」

「オイラは大丈夫だよ、ウルグス」

「はいはーい。そういうウルグスこそ、体重かけ過ぎて棚ひっくり返すなよー」

「うるせーよ」


 最年長のウルグスは、何だかんだで面倒見の良いタイプらしい。見習いの中で一番先輩というのもあって、ヤックとそのすぐ上であるカミールの二人を案じている。大柄なのでウルグスが体重をかければ棚が揺れるので、そのことをカミールがケラケラ笑いながら指摘するが、険悪な雰囲気は無かった。


「……」


 そんな中で、一言も喋らずに黙々と作業を進めているのが、マグ。基本が無口で無表情なので、何を考えているのか解らないと言われる。が、仕事はきちんとするタイプなのか、黙々と作業を進めている。なお、ウルグスのすぐ下で、つまりは見習いの中では面倒を見る側なのだが、個人プレイオンリー派なので、あまりそういうことはしていない。

 そんな感じではあるが、何だかんだで皆は掃除を楽しんでいた。そう、楽しんでいたのだ。だって、悠利の言う通りに作業をしたら、棚が綺麗になるのだ。綺麗になると嬉しいし、通りすがりのティファーナが「今日は綺麗に掃除をしているんですね。皆さん偉いですよ」とか言うもんだから、綺麗なお姉さんに褒められて、少年達は俄然張り切ってしまったのだ。


 その結果、書架の棚はぴかぴかになった。


 まるで新品のように綺麗になった棚に、全員が感動した。感動した結果、彼らはぞうきんとバケツを手に、アジト中の棚を拭くことにしてしまった。ダッシュで棚を拭きに出かけた少年達を見送って、悠利はじぃっと窓を見つめた。

 この世界のガラス生成技術は、悠利の知っているそれよりもまだまだ未熟である。ガラスの透明度も強度も、まだまだ足りない。けれど、鍛冶技能スキル持ちの人々が切磋琢磨しているおかげで、それなりに見事なガラス窓である。…なお、鍛冶レベルMAXな人たちが作るガラスは、この世界基準で最高峰で、透明度といい、強度といい、素晴らしいのだが、そんなものがはめ込まれている窓は領主の館か王宮ぐらいである。

 よって、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》のアジトの窓ガラスは、ちょっとくすんだ感じのガラスで出来ている。それが、雨風によって汚れている。また、内側も埃や塵などのハウスダストで汚れているのが見て取れる。窓ふきはしているというが、毛羽だった布で拭いたのだろうか。跡が残っていて、少しも美しくは無い。

 悠利は手にしていたぞうきんを見つめた。このぞうきんは、一応綿だった。この世界では綿が一般的な生地らしい。庶民でも手に入る安価な素材としてあるそうで、ぞうきんもそれによって綿である。だが、タオルでは無い。

 ガラス窓の掃除のコツは、生乾きのぞうきんで拭くことだ。半分を濡らしてから、きっちりと絞る。そして、次に乾いた残り半分と重ねて、もう一度きちんと絞る。そうすることで、半乾きの状態を作り出すのだ。そのぞうきんでガラス窓を拭くと、ガラスを濡らさずに、ほどよく水分で汚れを浮かして取ることが出来る。

 これが、悠利の知っているガラス窓の掃除の仕方だ。他にも道具を使った方法はあるが、道具が無いので今は出来ない。手元にあるのはぞうきんだけだ。ならばこの方法を実行すれば良いかと思ったのだが、一つ問題点がある。



 悠利がいつも掃除に使うぞうきんは、タオルなのである。



 使い古したタオルを、ぞうきんにする。どこのご家庭でもそうではないだろうか?小学生の頃、ぞうきんを持ってきなさいと言われたら、タオル地のぞうきんを親に用意して貰っていた。悠利の家では、古くなったタオルをぞうきんサイズに折り重ね、縫い合わせて作っていた。だから、悠利にとって、ぞうきん=タオルなのだが、今手に持っているのは、同じ綿でも、布である。果たして、これで同じようにガラス窓を綺麗に出来るのだろうか。


「まぁ、試してみれば良いよね」


 小さく呟くと、悠利はバケツにぞうきんを半分だけ付けた。そしてしっかりと濡らした部分を絞る。次に、残りの乾いた部分と重ねて、再び絞る。これで準備は整った。生乾きのぞうきんをそっと悠利はガラス窓にくっつける。あまり力を入れすぎず、けれど汚れをちゃんと拭き取れるように注意しながら、拭いてみる。汚れは取れた。妙な筋も残らない。どうやら、綿のぞうきんでも大丈夫そうだ。

 それを確認すると、悠利は次から次へと窓ガラスを拭き始めた。外側は後回しだ。とにかく、室内の窓ガラスをキュッキュキュッキュと拭いていく。生乾き状態で拭くことによって、すぐに水分は蒸発し、窓ガラスは乾いた状態に戻る。よって、妙な水の線が残ることも無いし、重ねて拭いて繊維がくっつくこともない。それなりに及第点を与えられる状態に綺麗にされていく。


「アレ?ユーリ何やってんの?」

「窓ガラスの掃除だよ」

「へー…って、めちゃくちゃ綺麗になってる!?ユーリ、これどうやるの!?」

「うぉ?!マジだ!いつも白っぽくなるのに、ユーリが拭いたあと、めちゃくちゃ綺麗だ!」


 ヤックが声を上げると、同じように見ていたウルグスが叫ぶ。カミールとマグも近寄って窓を確認し、二人の発言が事実だと解ると、じぃっと悠利を見た。方法を教えろという無言の訴えに、悠利は不思議そうに首を傾げて、いつもみたいにほわんと笑って、説明を始めた。



 そこから先は、人海戦術で窓ガラスの大掃除になった。



 最初は、書架と食堂だけで終わらせるつもりだったのだ。だが、中を拭き、外も拭き、そして出来映えを確認した瞬間、彼らは理解したのだ。一部だけが綺麗だと、他の部分の汚れが大変目立つのだと言うことを!

 室内で見ているだけの時は良かった。だが、外に出て、外側も綺麗にした書架と食堂の窓ガラスと、その隣の部屋の、全然掃除をされていない窓ガラスを見比べたら、もう駄目だった。悠利が「気になるから掃除してくるね」と動き出せば、当然少年達も続いた。…何故彼らがこんなに張り切るかと言えば、やはり、ティファーナに褒められたのが大きい。美人の存在は強かった。

 その為、本来ならば自主鍛錬にあてがわれる時間まで、彼らは窓ガラスの掃除に使った。鍛錬は午後からでも出来る。だが、掃除を途中で止めるのは彼らの本意では無かった。それに、悠利は一人でも窓を拭き続けるだろう雰囲気だったのだ。自分たちより体力の無い悠利に、無茶をさせるのは彼らの本意では無かった。



 だって、もしも悠利が倒れたら、美味しいご飯にありつけなくなる。



 それは死活問題だった。

 というか、悠利一人に掃除をさせて、無理をさせて、倒れさせて、食事の用意が出来なくなったとしたら。探索に出かけているメンバーに、彼ら見習いたちは、全員揃って怒られるだろう。夕飯と朝食のたった2回の食事だけで、悠利は《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の胃袋を掴んでしまっているのだから。

 そんなわけで、彼らの午前中は、窓ガラスの掃除で終わるのであった。余談であるが、悠利の指導で若干大掃除めいた感じになったのだが、その結果共同スペースがかなり綺麗になったので、戻ってきたメンバーが、悠利に掃除のコツを聞いて、自室を綺麗にするという事態が多発するのであった。



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