美味しいお肉は魔物の肉です。
「……ねぇ、お肉って、魔物のお肉なの?」
「?そうだよ。美味しいのは魔物の肉の方に決まってるじゃん」
「……そっかー」
連れてこられた肉屋さんのラインナップを見て、
ずらりと並ぶ肉は、様々な種類があった。隅っこの方に、申し訳程度に、鶏とか牛とか馬とか書かれたのがあるが、値段が物凄く安かった。安すぎて困るぐらいに安かった。魔物の肉に比べたら、十分の一ぐらいの価格なのだ。これはどう考えても、美味しくないか訳ありと思えるほどの値段だった。
「あのー、そこの隅っこのお肉は?」
「あん?ありゃ、家畜を潰した肉だな。一応売ってはいるが、あんまり勧めねぇなぁ。マズイし」
「マズイんですか!?」
悠利はびっくりして思わず叫んだ。悠利の感覚では、鶏とか牛は、普通に考えて魔物の肉よりも美味しいはずだ。それなのに、何で?と疑問符を浮かべている。
…だが、それはこの世界においては、間違いなのだ。食べるためだけに家畜を育てるような産業は、存在しないのである。悠利は知らないが、この世界では魔物の肉が食べられるので、わざわざ、魔物や動物に襲われる危険を冒してまで、肉のために家畜を育てたりはしない。
では、店に並んでいる家畜の肉は何なのか?
ようは、廃棄された家畜を潰して肉にしているだけだ。農具を引けなくなったり、牛乳を取れなくなった牛。卵を産めなくなった鶏。荷馬車を引けなくなった馬。それらを潰して、二束三文でも良いからと売り場に並べてあるだけだ。…もっとも、その激安の肉を買っていく、貧しい者達もいる。味はイマイチでも、肉は肉。
……なお、昨夜悠利がコロッケに使用したミンチは、全て、この隅っこに置かれているような、全然美味しくない家畜のお肉である。理由は、言わずとも解るだろう。先輩達が金を使いすぎた結果、ヤックが節約のために仕方なく購入した、なけなしのお肉だったのだ。……まぁ、それも豪快に使われてしまって、ヤックの手元に残らなかったというお話だが。
「…ヤック-、どれが美味しいか教えて-」
「それはオイラじゃなくて、おっちゃんに聞いてよ。」
「だって、お店のヒトはどれも美味しいって言うよ。こういう場合」
「マズイ肉はそこの家畜の以外は仕入れてねえなぁ」
「ほらね?」
「…あー、うん」
悠利の言葉に、肉屋のおっちゃんは豪快に笑った。それは確かに事実かも知れないが、どれが美味しいですか、オススメですか、と未知の食材と対峙した場合には、全然頼りにならないコメントである。ヤックは苦笑しながら、並んでいる肉を一つ一つ悠利に説明してくれる。何だかんだで面倒見が良い。
ついでに、悠利はヤックが説明してくれる肉を、鑑定することにした。
「これは、バイパーの肉。あんまり癖がなくて、さっぱりしてるよ」
「癖がないなら、あっさりした味付けでもいけるかなぁ…?」
――バイパーの肉。
魔物バイパーの肉。胴体部分の肉。癖が無くさっぱりとしていて、女性に人気。
特に脂身もなく、どんな料理にも使える定番食材の一つ。
日本の鶏肉に近い食感。主にむね肉やささみの部分に似ている。
相変わらず、最後の一文に、悠利以外の誰にも必要ない解説がついてくるオマケ付きだった。だが、悠利はそれで確信した。ヤックの説明を聞きつつ、鑑定しよう、と。そうすれば、味の想像が出来る筈だ。味の想像が出来なければ、どんな料理に使えば良いかわからない。必然的に、購入するべきかどうか悩むのだから。
「こいつは、オークの肉。部位によっては脂身っぽいけど、焼いても炊いても美味しいよ」
「へー。わりと万能なお肉さんなんだー」
――オークの肉。
魔物オークの肉。部位によって評価が変わる。調理しやすく、重宝される。
脂身の多い部分は男性が好み、赤身の部分は女性が好む。火を通しても柔らかい。
日本の豚肉とほぼ同じ。部位の判断もほぼ同じ。
オークは豚の魔物なので、豚肉と同じと言われたらソレまでなのだが、二足歩行する豚と、豚肉が一緒と言われると、色々と複雑な気分になる悠利だった。ただし、豚肉ならば使い勝手は解っている。色々とアレンジも聞くので、購入候補に入れておく。…値段もお手頃だった。
「こっちはバイソンの肉だな。脂身が多いのが特徴かなー。でも、赤身もめっちゃ美味しい。分厚く切って焼くとめっちゃ美味しいんだー」
「…ステーキが美味しいってこと?僕は脂身苦手だから、網焼きしようかなー」
――バイソンの肉。
魔物バイソンの肉。脂身が多く、赤身と呼ばれる部分にも脂の筋が入っている。
主に厚切りにしてステーキとして食べられている。上級のものは霜降りと呼ばれる。
値段はそこそこするが、それだけに美味でもあり、庶民のちょっとしたご馳走扱い。
日本の牛とほぼ同じ。それほど等級は高くない国産牛レベル。
バイソンの肉はやはり、悠利の予想通り牛肉だった。それは別に構わないのだが、等級が高くないとか書いてあげないで、とバイソンが不憫になった。バイソンが普通の国産牛でレベルなら、どこかに特上国産和牛レベルの、ハイパー高級なお肉もあるんだろうな、とぼんやりと思う。
牛肉も汎用性が高いし、若者は牛肉が好きな場合が多い。値段がオークよりも高いので、ほどほどに見繕って買おうと悠利は決める。お肉は大切なのだ。
「あ、ビッグフロッグの肉が入ってる。おじさん、これ、どうしたの?」
「おう、近所の沼地で大量発生したとかで、冒険者ギルドから卸してもらったんだ」
「ユーリ、ビッグフロッグはバイパーと似てて、でもバイパーよりちょっとしっかりした味のお肉だよ。値段も安いし、オススメ!」
「あっさり系で、でも味は濃いお肉…。…っていうか、フロッグって、蛙?」
ぼそりと悠利は思わず呟いた。流石に蛙は食べたことがないのだ。だがしかし、テレビなどで鶏肉に似ているというコメントを見たことはある。あと、丸ごと唐揚げにする文化もあるとか、ないとか。とりあえず鑑定で確認することにした悠利である。
――ビッグフロッグの肉。
魔物ビッグフロッグの肉。沼地などに住むが、肉自体は淡泊であっさりしている。
女性好みの淡泊系だが、肉自体にも旨味がたっぷりとあり、年代問わずに好まれている。
時折大量発生することがあり、その時は単価も下がるので庶民の味方。
日本の鶏肉に近い。どちらかと言えば、もも肉に近い食感。
バイパーがむね肉ならば、ビッグフロッグはもも肉らしい。蛇と蛙の魔物が鶏肉と近いというのはイメージできないが、店頭に並んでいる肉の雰囲気も、鶏肉に似ていた。…時々、明らかに蛙の脚と思しき物体があることに目をつぶれば、であるが。
他にも肉はあったのだが、値段が割と高そうだったので悠利はスルーした。ヤックが説明してくれたのは、庶民が普段使う肉類らしい。というか、それ以外のちょっとお高いお肉に関しては、ヤックも食べたことが無いので説明が出来ないとのこと。
それもそうか、と悠利は思った。悠利だって、国産黒毛和牛のサーロインステーキとかいう、ゼロが明らかに多すぎるお肉は食べたことが無い。国産黒豚とか呼ばれる素晴らしい豚肉があるのも知っているが、食べたことは無い。ハーブ豚とかいうちょっと特殊な豚肉なら食べたことはあるが。…つまり、存在を知っていても、食べたことの無い肉類など、どうやったって説明できないのだ。なら、今回はスルーで問題無かろう、と思ったわけである。
「とりあえず、今伺った四種類をいただけますか?分量は、全部均等で。…ヤック、いつもお肉はどれぐらい買ってるの?」
「んー、無くなったら買い出しに来るから、そんなには…」
「ヤック?」
「っていうか、オイラが買い物に来る頃には、予算が減りまくってて、そんなに買えなくて、大量発生した時のビッグフロッグとか、安いバイパーとか、もう諦めて家畜の肉とか買ってた」
「…お疲れ様」
遠い目をして呟いたヤックの頭を、悠利はぽんぽんと撫でた。肉屋のおっちゃんも、ヤックの頭を大きな掌でわしゃわしゃしていた。ヤックが色々と苦労しているのは、皆さんご存じなのである。…そして、ご存じだからこそ、いつもいつも、こっそりオマケをくれたり、割り引いてくれたりと、優しい。
……そうやって帳尻を合わせようとしても、うっかりな先輩達が、表通りのお高いお店で購入するので、全然合わないのだが。
現実は無情である。
だがしかし、多分、現実はもうちょっとマシになる予定だ。何故ならば、これからは食事事情は悠利が実権を握ることになるから。悠利はトレジャーハンター志望ではない。一般常識と居場所の確保のために《
そして、色々駄目駄目で困ったさんな先輩見習いたちは、悠利が指導することになっている。料理のやり方を、食材の使い方を、教えて貰え。アリーはそう言っていたが、それはつまり、食材を選別するところから、購入するところから覚えるべきだ。今はまだ、悠利が買い物に慣れていない。だが、彼が慣れたならば、次は確実に、無駄な買い物を防ぐだろう。
…
おそらく、悠利が財布を握るようになれば、いかにして安くて美味しいご飯を作るか、に燃えるだろう。今も若干その片鱗がある。同じ値段で少しでも大きな野菜をゲットしようとしたり、品質の良い肉を選ぼうとしたり。鑑定系の技能(スキル)様々である。
「ヤック、今日のお昼はこのお肉で、簡単で美味しいご飯にしようね」
「…簡単で、美味しい、肉料理?」
「うん。だから、買い物終わったら掃除頑張って、お昼ご飯作るの、手伝ってね?」
「…料理当番は先輩達だよ」
「そこは平気。先輩達にも手伝って貰うけど、献立考えたりするのは、しばらく僕がやって良いってアリーさんが言ってたから」
にこにこと笑う悠利に、ヤックはぽかんとした。ぽかんとして、けれど次の瞬間、嬉しそうに笑った。阿呆な先輩達の暴走に巻き込まれなくてすむと思ったのか。美味しいご飯にありつけると思ったのか。悠利にはわからなかったけれど、別にどちらでも良かった。自分に優しくしてくれた、この真面目でしっかり者の少年が、笑ってくれるのが嬉しかったので。
かくて、大量の肉を購入すると、買い物を終えた二人は、うきうきわくわくでアジトに帰還するのだった。
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