お昼ご飯は、お手軽に他人丼で。

「それじゃ、皆でお昼ご飯作ろうね」

「「はい!!」」


 台所から元気の良い返事が聞こえた。午前中をアジトの大掃除に費やしたのだが、そこはトレジャーハンターを目指して日々修行をしている少年達である。悠利ゆうりの三倍ぐらいは動いていたが、誰一人としてへばってはいない。なお、悠利は無理をしない程度で良いと皆に言われて、のんびりまったり自分のペースで掃除をしていた。

 なお、そんな心遣いをして貰った理由は、今のこの瞬間にあった。お昼ご飯を作るときに、悠利が力尽きていては話にならないからである。ヤックはちゃんと覚えていた。お手軽で美味しい料理を作ってくれると。ゆえに、見習い全員で悠利の前に整列し、素直に返事をしているのである。

 

「今日のお昼は、人数も少ないし、他人丼にしようね」

「タニンドン?」

「えーっとね、お肉を甘辛く炊いて、卵とじにして、ライスの上に乗せて食べる料理だよ。それと野菜スープでどうかな?」

「…それ、美味しい?」

「個人的には、ご飯が進む系のおかずだと思ってるよ?」

「「よっしゃぁああああああ!!!」」


 首を傾げて悠利が答えれば、一同大興奮であった。物凄く喜んでいた。悠利の作る食事が美味しいのは既に解っていた。そして、食事が進むと教えられたコロッケは、本当に美味しかった。その悠利が、ご飯が進む系のおかずだと言ってくれたのだから、美味しいに決まっている。少年達の心は一つになった。

 彼らは悠利の指示を待っていた。早く作業を教えてくれ、という感じだ。なお、悠利は手助けをしつつ、自分の分は自分で作って貰おうと思っている。…調度手頃な大きさのフライパンがあったので、それで一人分の卵とじを作って貰おうと思ったのだ。とはいえ、味付けは慣れないと難しいだろうから、肉を炊くところは別の深めのフライパンで悠利がまとめてやる予定だが。


「じゃあ、まずはスープから作ろうかな。ヤック、この間みたいに、骨を茹でてくれる?」

「了解-」

「…なぁ、ユーリ。この骨、どうしたんだ?」

「お肉屋さんで、解体したあとの骨が残ってたから貰ってきたんだよ。骨からは出汁が取れて、旨味が増すからね」

「「えぇええ?!」」


 衝撃を受ける少年達を放置して、ヤックは鍋にぽいぽいと骨を放り込む。野菜スープに旨味を付けるためには、出汁が必須である。なので、肉屋で廃棄される所だった家畜の骨を、譲り受けてきたのだ。しかもタダで。向こうからしたら、ゴミを引き取ってくれただけになるので、WIN-WINである。

 そうしつつ、悠利は別の鍋を取り出した。そこには水が張られており、その中に、皆が見たことも無い緑の物体があった。べろんとしたそれが何なのか、少年達は知らない。だが、悠利には大変馴染みのある食材である。…出汁を取るのに大変お役立ちな、昆布さんである。

 この昆布は、魚の干物を売っている店主が、隅っこに並べていたのを悠利が発見して、買い取ったのだ。この辺りでは昆布で出汁を取るという概念が存在しないのか、使い道の無い謎商品とされていたらしい。魚屋の主人も、干物を仕入れた際に、漁師に一緒に買わされただけで、何か解っていなかったのだ。…漁師がちゃんと説明をしていたら、港町以外にも昆布出汁の素晴らしさが広がるんじゃないか?と悠利はかなり本気で思った。

 さて、昆布をつけた鍋からスープを深めのフライパンへと移す。フライパンの半分ほどまで入れたら、昆布も数枚フライパンに移して、火にかける。それを横目に、悠利はタマネギを手に取った。


「皆、タマネギのむき方は知ってる?」

「あん?茶色い部分をむいたら終わりだろ?」

「うん。じゃあ、上と下を落して、茶色い部分を外したら、縦に半分に切って、芯も抜いてね」

「「……芯?」」


 彼らはタマネギの芯を取るということを知らなかった。手にしたタマネギの芯はまだ白く、別に実害はなさそうだ。ただ、悠利はいつも芯を取っていた。そこはいずれ芽になる部分である。何となく食べたくない。別に毒は無いのだが、芯は食感が違うので、悠利は遠慮無く切り捨てている。

 ので、悠利の手順を見ながら、少年達も倣う。なお、一人一個タマネギを持っているのは、自分の分である。悠利だけ二個なのは、留守番&お目付役のティファーナの分も一緒に作るからだ。

 皮を剥き、芯も取ったタマネギは、個々人好みの大きさでスライスする。悠利は細切りが好みだが、千切りまで行くと食感が楽しめないので、その間ぐらい。ヤックとウルグスは炒め物サイズで少々大きめ。カミールは悠利と同じぐらいの厚み。…そしてマグは、オニオンスライスかと思うほどに薄く、薄く、切っていた。黙々と包丁を使う姿は何かの職人みたいである。

 続いて悠利は、ビッグフロッグの肉を取り出した。一口サイズにそぎ切りにしていく。そぎ切りにするのは、味が染みこむ面積を増やすためと、火が早く通るようにだ。肉を人数分より少し多いイメージで切り分けると、悠利は昆布出汁のスープが煮立っているのを確認する。…勿論、沸騰する前に昆布は回収している。


「味付けは、お醤油とお酒、それに砂糖でちょっと甘くします」

「はい。何でこの昆布?を浸けたスープを使うの?」

「昆布はね、海藻の中でも出汁が凄く出るんだよ。それに、出汁があるだけで、ぐっと美味しくなるしね?試しに、この昆布出汁だけのスープ、味見して?普通のお湯と比べてみて?」


 味見用の小さな器に、悠利は昆布スープを四人分よそう。そうして差し出された、ほんのり昆布の色が付いたスープを、四人は飲んだ。…飲んで、驚いたように目を見張る。塩も醤油も入れていないのに、味がするのだから。


「え?何で?味がする」

「うわー、お湯なのに美味しい-」

「動物の骨とはまた違う味わいだね」

「……美味」

「「マグが喋った?!」」

「……え?マグって普段喋らないの?」


 嘘だろ、マジかよ、と三人が大騒ぎするのを見て、今度は悠利が目を点にする。マグは基本的に無口で、しかも前髪で眼を隠しているので、全然表情も解らない。だが、仕事が丁寧で、与えられることをきっちりこなすタイプだ。…そのマグが、ぼそりとではあるが口をきいたことに、皆が驚いているのだった。

 まぁ良いかと思いつつ、悠利はフライパンの昆布スープに調味料を入れていく。酒、醤油、砂糖を加えて煮詰め、甘辛い丼のタレの味にする。味が調ったら、そこにそぎ切りにしたビッグフロッグの肉を入れる。ことことと煮詰めるために放置する。

 そのフライパンを真剣な顔で見つめている四人を放置して、タマネギは手早く細切りに。人参も同じように細切りにしようかと思ったが、違う切り方の方が面白いかと考え直し、半月切りにしていく。最後にジャガイモもは一口サイズに切ると、動物の骨がぐつぐつと煮込まれている鍋を覗き込んだ。…良い感じに出汁が出ている。

 慣れた手つきでぽいぽいと骨をボールに移すと、悠利はスープの味を確かめて、塩、こしょう、ハーブを手早く入れて、スープの基本の味を調える。メインディッシュが甘辛い他人丼なので、スープは野菜の旨味が引き出されるように少し薄味だ。味が調ったらそこに野菜を入れて、弱火に近い中火でことこと煮込む。野菜の旨味が溶け出してくれたら、柔らかな味わいのスープになるだろう。


「お肉、煮えたかな?」

「色は変わったよ」

「それじゃ、ちょっと味見ね」


 そう言って、悠利は大きめの肉を二つ取ると、それを五人分に切り分けて、味見の器に入れていく。ひょいひょいと全員が口に運び、悠利以外はその美味さにまた声を上げて喜んでいる。悠利は、酒の入ったタレで柔らかくなったビッグフロッグの肉の食感や、味の染み具合を確認している。…言われなければ、鶏もも肉としか思えない食感で、味だった。

 ただし、旨味が凄まじかった。魔物の肉は、悠利が知っている、《食べるために育てられている》家畜達よりも、さらに美味だ。確かに食感や味は鑑定結果の動物の肉と似ている。煮ているが、旨味が段違いなのだ。これが魔物の肉かぁ、と悠利は思った。素材が美味しいので、調理方法が単純でも美味しいのかもしれないと思った。


「それじゃ、他人丼作るよー?まず、ライスを器に盛ります」


 この世界には魔石で動く魔導具の中に、炊飯器が存在する。勿論このアジトにも存在する。その炊飯器は、悠利の感覚で言うところの一升炊きのモノで、なんとそれが二つも置いてある。…まぁ、総勢20人が一気に食べるなら、それでも足りないかも知れないが。とりあえず、炊きたてのご飯を深皿に盛りつける悠利。勿論、上に肉と卵を乗せるのだから、多すぎてはいけない。


「一人分の肉とスープを、こっちの小さなフライパンに入れます。で、タマネギを入れて、タマネギに火が通るまで煮ます」


 まずは自分の分を作るということで、悠利はお玉で肉とスープをフライパンに入れ、切ったタマネギを入れて火にかける。ことことと煮込みながら、ボールに卵を手早く二つ割って、菜箸で溶く。カカカカという小気味よい音で溶かれる卵に、一同呆気に取られているのだが、そんなことには悠利は気づいていない。


「タマネギが煮えたら、溶き卵を流し入れて、火を通します。…まぁ、どこまで火を通すかは、好みかな?僕は白身が煮えた方が好みです」


 にこにこ笑いながら、悠利は完成した卵とじを深皿に盛ったライスの上に、そろっと流す。とろとろの卵とその隙間から見える肉とタマネギ。そして、甘辛いタレがご飯に染みこんでいくのが見える。ごくり、と皆の喉が鳴った。


「それじゃ、一人ずつ、僕が見てるから、作ってみようか?」

「「はい!」」


 そして、とくに大きな失敗も無く、全員が他人丼を完成させた。勿論、いつの間にか食堂に来ていたティファーナの分は、悠利が作って提供している。ほどよくタマネギの溶けた野菜スープと、卵が誘惑してくる他人丼。その二つの配膳が終わり、一同が食べようとした瞬間、悠利はその行動を取った。



「いただきます」



 両手を合わせ、食材の恵みに感謝するように静かに告げる。日本人としては当たり前の行動。だが、それは異国の人間にさえも異質に移るらしい行動だ。…食前に神への祈りを捧げるのはよくあるだろうが、特にそういう意味でも無く、感謝の意を込めて告げる「いただきます」の意味を、知る人は少ないだろう。ましてここは異世界で、皆が不思議そうに悠利を見ている。

 それに気づいて、悠利はふわりと笑って告げた。


「僕の故郷の習慣でね。食材とか、それを作ってくれた人とかに感謝するっていう意味なんだよ」

「では、それに倣わせてもらいましょう。こうで、よろしいですか?」

「はい」

「…それでは、いただきます」

「「いただきます!!」」


 ふわりと微笑んだティファーナの言葉に、少年達は続いた。そして、全員が凄い勢いで他人丼を食べ始めた。少年達は、美味いしか言わなかった。ティファーナは女性らしく調理工程が気になるのか、傍らに座った悠利に細々と聞いている。聞いた後、驚いたように目を見張った。


「これほどに美味しいのに、手順は随分と簡単ですね。それに、大量に作れます」

「そうですね。丼というのは、古くは僕の故郷で労働者に振る舞われていた食事ですから。早くて美味しくて食べやすい、というか」

「……この料理を食事処に教えれば、大喜びすると思いますよ」

「そうなんですか?お役に立てるのは嬉しいですけど」


 のほほんと笑いながら他人丼を食べる悠利に、ティファーナは困ったように笑った。欲の無い人ですね、と柔らかに微笑んだ彼女の瞳に、悠利はやはり、不思議そうに首を捻った。彼にはただの昼ご飯。だが、ティファーナの価値観からすれば、この料理を教え、その情報料を貰うことでかなりの儲けになるだろう。だが、悠利にはそんなつもりはない。

 というか、教えてくれと言われたら、普通に教えて、それだけで終わるだろう。だって別に、悠利が発明したわけではない。あと、料理を教えてお金を取るとか、彼の価値観には存在しない。一般人男子高校生(ただし乙男オトメン)にそんな考えは思いつかない。



 今度食事処に一緒に行きませんか?と誘われて、普通に頷いた悠利に、少年達が羨ましそうな顔をしていたのだが、彼は全然気づいていなかった。


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