とどめのクリームスープ。
「さて、次はスープだね」
「…え?まだ作るの?」
「作るよー。だって、食事の基本は一汁三菜だし。今回は一汁二菜だけどね」
「…イチジュウサンサイ?それって呪文?」
「僕の故郷の言葉。えっとね、汁物一つに、おかずが三つ。それが理想の食事って言う例え」
にこやかに笑う
何故こんなことをしているのかと言えば、バターも出汁の原料になりそうなモノもなかったからだ。…まぁ、流石に、異世界で顆粒の出汁の素を発見できるとは思っていなかったが。それでもバターぐらい欲しかった…、と悠利は思う。が、話を聞くと、バターも限られた分量しか購入して貰えないのに、件の迷惑な先輩達が昼に使い切ったらしい。迷惑すぎる。
そんなわけで、出汁が取れる野菜も余分な肉もないので、骨から出汁を取ることにしたのだ。…なお、悠利はどちらかというと海鮮出汁の方が好きで、煮干しや鰹節、昆布の和風系が好きなのだ。しかし彼らは見当たらなかったので、諦めて骨になったという話である。あと、一応洋風のおかずにしようと思ったのもある。
「それじゃ、僕がジャガイモ切ってる間に、骨を全部ボールにあげといて貰って良いかな?」
「この骨どうすんの?」
「流石にもう使えないよ。…犬とかいたら、あげたら喜ぶかな?」
「……生ゴミにしとく」
「うん」
斜めの方向にズレた悠利の発言に苦笑しつつ、ヤックは黙々と大鍋の中の骨を取り出していく。それを横目で確認しながら、悠利はジャガイモの皮を剥いて、ちょっと大きめの一口サイズに切っていく。イメージはカレーのジャガイモだ。ジャガイモは煮込むと型崩れがしやすいので、少し大きめに切る方が良い。あと、他に具材がないので、ジャガイモを大きめに切ってごろごろさせて、ボリュームがあるように見せかける作戦である。視覚効果を侮ってはいけない。
ジャガイモを切り終わると、悠利は色が変色しないように水にさらす。そうしておいて、鍋を見た。煮詰まったようで、水の分量は最初よりだいぶ減っている。だが、これで良い。悠利は鍋を見てニコニコ笑うと、冷蔵庫から牛乳を持ってくる。大きなアルミケースみたいな謎の物体に入っている牛乳を持ってきた悠利に、ヤックは首を捻った。何をするのか理解していない顔だ。
そんなヤックの目の前で、悠利は容赦なく、どぱっと牛乳を鍋に投入した。
「何やってんのぉおおおお!?」
思わずヤックが叫んだ。しかし、悠利は不思議そうに首を捻っただけで、気にせずどぱどぱ入れている。そう、悠利はジャガイモをメインの具材にした、牛と豚と鶏で出汁を取った、クリームスープを作ろうと思ったのだ。最初はただのスープにしようかと思ったが、それでは具材がジャガイモオンリーでは寂しすぎる。だから、大量にあった牛乳を拝借することにしたのだ。
なお、同じように大量にあった卵は、明日の朝ご飯に色々仕込みたかったので、残してある。後ほど許可が取れたら、朝ご飯の仕込みに一手間かけようと思ったのだ。
「ちょ、ちょっとユーリ!何で鍋に牛乳入れてんの!?」
「え?だって、クリームスープだし」
「牛乳温めたってマズイだけじゃん!?」
「それは誤解だよ~。ちゃんと味は調えるから、心配しないで~」
あわあわしているヤックに向けて、悠利はのほほんと笑った。かきあげとコロッケで、こちらの人も自分と味覚がそんなに変わらないことは確認済みである。どうやらクリームスープに馴染みがないようだが、そこは気にしない。もしかしたら、シチューやグラタンといった料理は存在しないのかも知れない。だが、悠利にはどうでも良い。彼はただ、今日の夕飯を美味しく食べたいだけである。
牛乳を入れて量を増やしたスープ。この世の終わりみたいな顔で見ているヤックを無視して、悠利はことことと煮込む。焦ってはいけない。牛乳は沸騰させると膜を張ってしまうので、そうならないようにゆるゆると温めるのがコツだ。本当はここにバターとか生クリームがあればコクが増すのだが、無い物ねだりは出来ない。しいて言うなら、悠利としてはチーズも欲しかった。粉チーズみたいなものでも、風味を出すには最適だ。でも存在しないので諦めた。
ぽこぽこと表面が沸騰の兆しを見せると、悠利はひとまずスープをすくって飲んでみる。動物のガラからとった出汁と、新鮮な牛乳が混じり合ってそれなりに美味しい。美味しいが、物足りないのは事実だ。とにかく味を調えようと、塩とこしょう、それにハーブの瓶を数本手にして、適当に振る。味付けが適当なのは、悠利が家庭料理しか知らないからだ。なお、お菓子やパンを作るときはちゃんと計量する。お家ご飯になると、どうしても味見をしつつちょいちょい修正するのが習慣なのである。
ぱらりぱらりと調味料を入れて、味を調えて。悠利はもう一度スープを飲んでみた。完全に満足のいく出来映えではない。バターもチーズも生クリームもないので、イメージするクリームスープよりはさらっとしているのだ。それでも、それなりに美味しく出来ていると思う。
「ヤック、味見する?」
「……の、飲めるの?」
「味は調えたし、そんなに不味くはないと思うけどなぁ…」
はい、と味見に使った小皿にスープをよそうと、悠利はヤックに差し出した。ヤックは恐る恐る受け取って、けれど、匂いを嗅いで目を見張った。少しも臭くなかったのだ。匂いだけなら、物凄く美味しそうだったのである。だからヤックは思い切って飲んでみた。
そして。
「めっちゃ美味い!!!!」
絶叫再びであった。ヤックの想像もしない味だった。温めた牛乳などマズイと思っていた。だが、動物の骨で出汁を取ったスープと牛乳は喧嘩せずに混ざり合い、悠利が調味料で調えた味付けによって、立派なスープになっていた。まるでどこかのお店で食べるようなスープである。美味しすぎた。
……なお、悠利はあまり意識していないが、やはり、おそらく、どこかで、料理
「その味で大丈夫そう?」
「大丈夫!めっちゃ美味しい。これでできあがり?」
「ううん。ジャガイモ入れないと」
顔をキラキラさせているヤックに笑って、悠利はボールの中のジャガイモを、水を切ってから鍋に投入する。ごろごろと放り込まれる大きめのジャガイモ。焦げ付かないようにお玉で鍋を混ぜながら、悠利はじっくりことこと、ジャガイモが煮えるのを待った。とはいえ、ジャガイモは煮過ぎると溶けてしまうので、ほどほどにしておかなければならないが。
「……スープなのに、ジャガイモ入れるの?」
「え?スープにだって野菜や肉は入れるでしょ?でないと、味が出ないもの」
「……スープって、汁だけだと思ってた」
「へー、そうなんだー」
真顔で答えたヤックに、悠利は具材を入れた方が美味しいよ、と笑った。
和食ではあるが、けんちん汁や豚汁などは、汁物でありながら大量の野菜が食べられる、とても身体に良いスープである。洋食や中華だって、悠利の感覚では野菜を入れて味を調える。キノコなんか、入れただけで旨味を増やしてくれる素晴らしい食材だ。だがしかし、この世界のスープは、そこまで具材を入れない。
この世界のスープのイメージは、オニオンスープに近いだろうか。アレはアレで、大量のブイヨンを使用しての、実に手間暇かかったスープなのだが、それを適当に作った感じだ。インスタント味噌汁に具があんまり入ってないあんなイメージ。なので、悠利がスープにジャガイモをごろごろ放り込んだことが、ヤックには不思議でならなかったのである。
「本当は、バターとか生クリームとかチーズがあったらもっとコクが出るし、ベーコンとかあったら旨味が増えるんだけどね。食感も楽しめるし」
「…ユーリは、本当に料理上手なんだな」
「別に上手じゃないよ。家庭料理が出来るだけだもん」
よし、出来た。笑顔で笑うと、悠利はジャガイモが煮えたのを確認してコンロの火を消した。鍋に蓋をしておけば、しばらくは保温できるだろう。あとは、食べる前に温めれば良い。
大量に作ったクリームスープ。それに、まだ揚げていないが、かきあげとコロッケも大量にある。ヤックが全部揚げようとしたときに、悠利はそれを止めた。揚げ物は揚げたてが一番だ。皆がばらばらに食べに来るならなおのこと、食べるときに揚げるのが肝心だろう。…何も、一人で10も20も食べるわけでなし。
「それじゃ、後はご飯を食べに誰かが来るまで、後片付けだね」
「洗い物だな!」
「あと、使った場所を拭いたりね」
にこやかに笑う悠利と同じように笑うと、ヤックも片付けに取りかかる。洗い物は悠利がして、ヤックが拭いて片付けるという分担にした。悠利には、何がどこに入っていたか解らない部分が多かったからだ。そうして、ついでに流し周りもぴかぴかに磨く悠利。元々そんなに汚れていなかったが、丁寧に磨かれて、美しく整っている。
「それより、こんなんで皆さん食べてくれるかな?」
「食べるよ!めっちゃ喜んで食べるよ!?」
「そう?それなら良かった~」
色々やらかしてる割に、悠利はズレたことを言っている。ヤックは思わず喰い気味でツッコミを入れてしまった。自分の反応を見ていたら、他の皆が喜ぶのなんて解るだろう、と言いたいのだ。だがしかし、相手は悠利なのである。暢気で楽観的でマイペースな悠利なのである。
そういう空気を読んだりとかは、出来ない。
かくして、悠利は夕飯に皆がやってくるまでの間、ヤックと友好を深めるのであった。
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