彼らは胃袋を掴まれたようです。

 アリーは雑務を終えて、少し遅めの夕食を取るために食堂へと向かった。このアジトの食堂は、台所と繋がっている。繋がっているというか、大衆食堂のように、台所から料理を手渡せるように作ってある。何故そんな作りかと言えば、ここに住む人数が多いからだ。テーブルの数も、一応全員揃っても食べられるようにしてある。…もっとも、何だかんだでダンジョンに潜るトレジャーハンターのクランである。全員が揃うことなど、そうそうない。

 そういえば月末だったな、とアリーは憂鬱になりながら歩く。ただでさえ、今日は面倒な《拾いもの》をしてしまったのに、月末で食料が枯渇し、マトモな食事にありつけないことが判明している。…アリー達がダンジョンに潜っている間に、見習いの阿呆共がやらかして、昼は結構豪勢に肉を焼いていた、らしい。おかげで食料はほぼないだろうとアリーはアタリを付ける。


「…やれやれ。今夜は蒸かし芋かねぇ…」


 現在一番の下っ端であるヤックは、農村育ちで食料の重要さも、その配分がいかに大切であるかもわかっている、見所のある少年だ。だが、料理当番をしているのは彼だけではない。阿呆な先輩達の豪快な使い方で枯渇する食料を、涙目になりながら帳尻を合わすようにして食事を作っている。ゆえに、ヤックが食事当番の時は、ジャガイモ、卵、牛乳の三点セットになることが多い。ヤックが悪いわけではない。その三つとパンだけは、数が豊富なのだ。

 そうして食堂に向かいながら、妙に気配が多いことに気づいた。いつもなら、さっさと夕飯を食べて自室に引き上げているだろう面々が、残っているようだ。食堂に感じる気配は、およそ10人分。アリーを除いて、現在アジトに残っているメンバー全員だ。


「…何やってんだ?」


 首を捻りながら歩きつつ、もしかしたら新入りの歓迎でもしているのかもしれない、と思った。今日、ダンジョンでうっかり拾った規格外の迷子。見た目だけなら、木訥とした、何の取り柄もなさそうな、危機感の薄い10代の少年だ。それだけならアリーだって、不運にも迷子になった子供を保護した気分で終わったし、ちょっと良いことした気分に浸れたのだ。


 その規格外っぷりがあり得なかっただけで。


 考えるのはよそう、とアリーは思った。誰かに相談することも出来ない。何しろ、コレはアリーにも手に余る事案だ。相談できるとしたら、冒険者ギルドのギルマスとか、鑑定士組合のトップとか、そういうお偉いさんぐらいだ。正直面倒くさい予感しかしないので、会いたくない。


「あ、リーダー!お疲れ様っす!」


 アリーの姿にいち早く気づいたのは、ヤック。というか、一人だけ、食堂の扉から顔を出して、アリーが来るのを今か今かと待っていたようだ。そんなヤックが、アリーの姿を認めた瞬間に中に引っ込み、そして聞こえてきた声がある。


「ユーリ!リーダー来た!」

「わかったよ。じゃあ、用意始めるね」

「頼む-!」


 オイ、何やってんだ。

 喉元まで出掛かったツッコミを、アリーは飲み込んだ。細かいことを気にするのは止めよう。そう思った。聞き間違いであって欲しかったが、アリーは生憎耳が良かった。あと、記憶力も良かった。聞こえた声は、紛れもなく今日アリーが拾った件の迷子のそれだったのだ。

 食堂に入ったアリーを出迎えたのは、現在アジトにいる《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の全員だった。全員である。お前ら何してんだとアリーがツッコミを入れる前に、仲間達は大声で叫んだ。



「「リーダー、あいつ絶対ウチから追い出さないで!」」



 特に、下っ端連中が必死だった。意味が解らずにちらりと視線でブルックとフラウを見れば、アリーと付き合いの長い腕利きの冒険者である二人は、苦笑した。苦笑しているが、どちらも彼らの発言を咎めない。やはり、アリーには意味が解らなかった。


「まぁ、食事をすれば解る、アリー」

「あ?」

「ヤックが困っているのを見かねて、ユーリが夕飯を手伝ったらしい。手伝ったと言うよりも、ほぼユーリが作ったそうだ」

「……何やってんだ、あいつ…」


 ブルックの説明に、アリーはため息をついた。まだ仕事を割り振っていないのに、何を自主的に働いているのか。だが、そこでアリーは、少しだけ期待をした。悠利ゆうりが料理の技能スキルを持っていることを、アリーは知っているのだから。

 そして。


「お待たせしました。熱いので気をつけて食べて下さいね」

「…おう」


 にこにこ笑顔で悠利が食事を運んできた。見慣れない物体ばかりだったが、匂いはまず間違いなく美味しそうだ。きつね色の揚げ物らしい何かが二種類。一つは歪な形で、もう一つは楕円形だった。椀によそわれたスープは白かった。そんなスープは見たことがなかったので、アリーは少しだけ眼を細めた。いつも通りなのは、皿にのせられたパンぐらいだ。

 一瞬鑑定しようかと思ったが、流石にそれは失礼かと理解した。この脳天気な少年が毒を盛るわけが無い。また、周囲の反応から、これは食べられるのだと理解している。


「んじゃ、食べるか」


 アリーがフォークで歪な形の揚げ物を突き刺して口に運ぶと、興味津々と言った顔で皆が見てくる。それは、不思議な食感だった。ぱりぱりとサクサクが感じられる。また、噛んでみればそれが、野菜が固めて揚げてあるものだと理解出来た。味付けは塩なのだろうが、そのシンプルな味がまた、野菜の甘みを引き出している。


「…なんだこれは」

「野菜が切れ端とかしかなかったんで、かきあげにしました」

「…カキアゲ?」

「僕の故郷の料理です。味付けは塩だけですけど、大丈夫ですか?足りなかったら塩、持ってきますけど」

「いや、大丈夫だ。普通に美味い」

「良かった」


 サクサクとしたかきあげのシンプルな味付けに、アリーは感心した。言われた通り、使われている野菜は様々だ。それも、いずれも細く切ってある。…それは多分、そうしなければならないほどに、ろくな残り方をしていなかったということだろう。

 次にアリーは、同じように揚げたてと思しき楕円形の塊に手を付けた。ナイフとフォークで一口サイズに切ってみる。きつね色の表面と裏腹に、中身は白っぽかった。感触は柔らかい。ところどころ見える茶色が肉だろうかと思いつつ、食べる。

 ジャガイモの甘みと、肉の旨味。そして、揚げられたがゆえの香ばしさにアリーは目を見張った。そもそもが、これがジャガイモだと気づいたのも奇跡に近い。何となく食感がマッシュポテト(茹でたジャガイモを潰しただけの味気ない物体)に似ていたからだ。また、外側のサクサクとした食感の部分が、何か解らないが非常に美味しかった。


「…これは?」

「ジャガイモと、骨に付いてた肉をミンチにして作ったコロッケです。外側の衣は、パン粉がなかったので食パンをすり下ろして作らせて貰いました」

「……パンコ?」

「はい、パン粉です」


 ニコニコと笑う悠利に、アリーは細かいことを聞くのは後にしよう、と思った。とりあえず今は、この美味しい食事を堪能しようと思ったのだ。蒸かし芋しかないと思っていた所に、予想外に美味しい食事が出てきたのだ。堪能するべきだろう。

 そしてパンとかきあげ、コロッケを交互に食べつつ、アリーは真っ白なスープへと手を付ける。ごろごろと浮かんでいるのはジャガイモだろう。…やはり、マトモな野菜はジャガイモしか残っていなかったんだな、とアリーはヤックに同情した。あと、そんな状況でこんな料理を作り上げた悠利を尊敬した。

 真っ白なスープという謎の物体だが、匂いは問題無かったのでアリーはそのまま口を付けた。それは、実に不思議な味わいだった。肉の旨味と、牛乳のまろやかさと、塩こしょう、ハーブで調えられた何とも言えない味付けだった。だが、不思議と身体の芯から温まるような優しい味わいだった。中に入っている大きめのジャガイモを食べてみれば、味を吸っているのか柔らかく、何とも言えず美味だった。

 結局、アリーはそのまま黙々と食事を続けた。美味かったのだ。それはもう、美味かったのだ。まさか、こんなアジトで食べられる料理とは思わないぐらいに、美味しかったのだ。普通に金を払って料理屋で食べるような食事だったのである。

 そして、アリーが食事を終えると、下っ端達が、もう一度、叫んだ。というか、床に座り込んで、必死に訴えてきた。


「リーダー、こいつ、余所にやらないで!」

「お願いします、リーダー!こいつの飯が食えなくなるのは辛い!」

「私も、この食事を手放すのは辛いかな」

「俺も!」

「……お前らなぁ…」


 思いっきり餌付けされていた。気持ちはわかる。気持ちはわかるのだが、仮にも冒険者である。そんなあっさり胃袋掴まれて、餌付けされて、必死に訴えてくるなとアリーは言いたい。…だがその中で、何も言わずに、ただ、真剣な瞳でアリーを見ている少年がいた。ヤックだ。


「…ヤック、どうした」

「リーダー、ユーリは凄いんだ。めちゃくちゃ料理が美味い。それも、残り物で料理が出来るぐらいに」

「おう。これを見りゃわかる。…お前一人なら、こんな夕飯は無理だったろう」

「うん。…だからリーダー、オイラ、ユーリにはここにいて欲しい。そして、色々教えて貰いたい」


 他の面々が自分の食事事情の向上だけを目的に悠利の残留を望んだのに対し、ヤックは自らを向上させるために、悠利に師事したいと言い出した。やはりこいつをウチに入れて正解だった、とアリーは思う。ヤックはまだ幼く、身体作りから始めなければならないぐらいにやせ細っていたのだが、その眼も、思慮深さも、アリーのお眼鏡に適ったのだ。現に今も、彼だけが、前を見ている。

 くしゃり、とアリーはヤックの頭を撫でた。他のバカと違って、目の付け所がしっかりしている新人は、アリーも可愛い。また、悠利をここから追い出すつもりはない。…追い出した先で、何をやらかすかわからないのだから。


「ユーリ」

「はい?」

「美味かった。ご馳走さん」

「いえいえ、お粗末様です」


 喜んでくれて嬉しい、と言いたげに笑う悠利の顔は、幼い子供のそれだ。これがアレでソレで色々規格外だなんて、知らなければ普通に微笑ましく見れるのになぁ、とアリーは思う。思っても仕方ないことだが。


「とりあえず、お前当面、ヤックと一緒に下っ端の仕事しとけ。その合間に、色々常識は俺らが教えてやる」

「ありがとうございます。ヤックと一緒ってことは、料理とか掃除とかですか?」

「そうなる。…ヤック、こいつは色々知らないことが多すぎる。そこは、お前が教えてやれ」

「はい!」

「よろしくね、ヤック」


 ぱんと手を合わせて喜び合っている悠利とヤック。どうやら、共に料理を作ったことによって、彼らは意気投合したらしい。色々と常識が欠落している悠利であるが、ヤックに任せておけば大丈夫だろうとアリーは判断した。ヤックは目端が利くし、実家にいたときは弟妹の世話もしていたとかで、他人に教えるのも上手だ。二人の相性も悪くなさそうなので、細々したことはヤックに任せようとアリーは思う。

 そこでアリーは、悠利の残留を喜んでいる見習い達を一瞥した。いつまでたっても食材の重要性を理解しない、お馬鹿共を。


「お前らは、ユーリに料理の仕方を徹底的に習え。特に、食材の使い方について」

「「へ?」」

「毎度毎度、お前らが考え無しに使うせいで、マトモな食事にならねぇ。…お前ら、そんなんで一人前になれると思うんじゃねぇぞ」

「「わかりました!」」


 すぅっと眼を細めてアリーが告げた言葉に、見習い達はこくこくと頷いた。普段は口が悪くて面倒見が良いリーダーが、本気で怒ったときの怖さを、彼らはちゃんと知っていたので。



 かくして、悠利は《真紅の山猫スカーレット・リンクス》で料理をすることになったのである。


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