かきあげとコロッケ。

 悠利ゆうりは黙々とジャガイモの皮を剥き続けていた。手慣れた仕草なので、繋がった皮がくるくると踊っている。それを驚きの表情で見ているヤックは、スプーンを使って、骨に付いた肉を丁寧にそぎ落としている。もはや食べる部分もなさそうな破片であるが、ボールに全部そぎ落として欲しいと言われたので、真面目にやっているのだ。…なお、そうやってボールに削いだ肉を溜めていくと、意外に量があることに気づいた。勿論、主菜に使えるほどの分量はないけれど。

 悠利は皮を剥いたジャガイモを、大きな寸胴鍋に放り込むと、茹で始める。塩をひとつまみ入れて、ことことと茹でる。柔らかくなるまで放置している間に、もはや皮が付いた身としか言えない野菜達を、丁寧に皮むきしていく。皮をむき終わった野菜は、いずれも細く細く切っていった。

 その手際も実に慣れていて、ヤックは何度目になるか解らない感嘆の声を上げる。その度に悠利は困ったように笑っている。…だが、そうやって料理をしている本人も、今までよりも料理の手際が良くなっている事実に気づいた。何というか、動作一つ一つがあまりにもスムーズすぎるのだ。


(…あ、もしかしてこれが、技能スキルの影響かな…?)


 悠利の料理技能スキルは、レベルが50だ。基準がどこなのか解らないが、MAXが100であることは確認済みなので、それを考えれば、50はそこそこのレベルだろうと思っている。…なお、悠利に自覚はないが、料理の技能スキルレベルが50もあれば、そこそこ普通の料理屋のレベルである。無知って怖い。

 とりあえず、悠利は細かいことは気にせずに料理をしていた。ふんふんと鼻歌を歌いながらだ。物凄くご機嫌だった。悠利は乙男オトメンなので家庭科系は全部大好きなのだが、その中でも料理が一番好きだった。何故ならば、料理が一番、誰かが喜んでくれるからだ。

 勿論、裁縫や掃除だって喜んでくれる。けれど、料理を作って食べて貰うときが、一番喜んで貰えていた。それが大好きで、楽しくて、ついつい料理を頑張ってしまうのだ。…まぁ、学校では手作りのお弁当(時々お茶目にキャラ弁とか作ったりもした)や自家製のお菓子などを持って行けば、「キモイ」の一言を周囲から頂いていたのだが。

 それでも、腹を空かせた男子達が、悠利の作ったお菓子をひょいぱく食べて「美味かった」と言ってくれることもあった。普段キモイと毛嫌いしている女子達が、バレンタインだの彼氏の誕生日だのが近づくと、悠利に助力を求めてくることもあった。そういうときに、嫌がらずに素直に手伝うぐらいにはお人好しだった。


「ユーリ、肉、全部削げたけど、この骨どうすんの?」

「あ、骨はねぇ、スープの出汁にするから、そこの大鍋に水入れて煮込んで欲しいな」

「わかった」


 ヤックは悠利の言うことに絶対服従みたいになっていた。何しろ、目の前で凄腕だと解る技量を披露されているのだ。そこまで料理が得意じゃない上に、どうしたら良いか解らなくなっていたヤックにしてみたら、天の助けである。言われたことをするなんて、余裕でやってしまう。

 大量の動物の骨を放り込んだ鍋は、ことことと弱火で煮込まれている。豚も牛も鶏もごちゃ混ぜらしい。お肉の方もごちゃ混ぜになっているが、ミンチにするつもりの悠利にはあまり気にならない。そもそも、肉はどちらかというと、オマケだ。


「それじゃ、ボールの中のお肉を包丁で叩いて、ミンチにしておいてくれる?」

「おう、任せろ!」


 繊細な作業は苦手でも、肉を叩いてミンチにするのは簡単である。合点承知とヤックは嬉々として肉を叩き始めた。…何故だろうか。妙に楽しげに肉をミンチにしていくヤックの顔が、ちょっとだけ怖い。笑顔が怖い。おそらく、色々と鬱憤が溜まっているのだろう。下っ端は辛いよ。

 そんなヤックを横目に、悠利は茹で上がったジャガイモをマッシュする。マッシャーは見当たらなかったので、麺棒の先端を綺麗に洗ってぐいぐい押しつぶしている。煮崩れする直前まで茹でられたジャガイモは、ほろほろと崩れながら潰されていく。大量のジャガイモと格闘しつつ、悠利はやっぱり鼻歌を歌っていた。

 さて、悠利が何を作ろうとしているのか、お解りだろうか?答えは、コロッケである。パン粉がなかったので、古い食パンをすり下ろしてパン粉を作り上げた。小麦粉と卵は確保している。ジャガイモは大量にあるので、余裕でコロッケが作れる。骨に残っていた僅かの肉でも、ミンチにして、塩こしょうで下味をちゃんと付ければ、立派にコロッケのアクセントになるのだから。

 そんなわけで、悠利はミンチ作成が終わったヤックに、ジャガイモのマッシュを交代して貰い、フライパンでミンチを炒め始める。本当は、ここにタマネギのみじん切りでもあればグッドなのだが、生憎材料がない。こちらにタマネギを使ってしまうと、もう一品が色々と寂しすぎるので、我慢だ。塩こしょう、そして棚の奥の方に隠れていた、普段使われていないだろうハーブの粉末をぱらぱらとかけて下味をつける。

 なお、コロッケのミンチの下味のコツは、ジャガイモと混ぜることを考慮して、少し濃いめに下味を付けることだ。下味をしっかり付けておけば、ジャガイモと混ぜた段階でも味が薄まらない。その上、油で揚げれば味が付く。そうすれば、不必要にソースだの醤油だのをかけずにすんで、塩分控えめになるという寸法である。by悠利の母親。


「ヤック、ジャガイモにこのミンチ混ぜ込んでおいて」

「わかった!」


 下味の完了したミンチをヤックに示すと、悠利は細切りにした野菜を大量に入れたボールに向き直る。手にするのは、小麦粉の入った袋と、水が入ったカップ。まず最初に、小麦粉をぱらぱらと野菜にまぶし、菜箸で混ぜ合わせる。均等に、全体に小麦粉が行き渡ったら、水を少しずつ加えつつ、混ぜる。混ぜているときの感覚だけで、堅さの調整を行いながら、粉と水を調整していく。

 悠利は、野菜の切れ端を集めて、かきあげを作ろうとしていた。普通の天ぷらならば、形が良くないと見目が悪い。だが、かきあげは違う。あれは、細かい野菜をまとめて上げるモノだし、家庭用ならば、多少歪でも赦される。お店は型に嵌めて作っているようだが、一般家庭では菜箸で放り込む一口サイズだろう。少なくとも釘宮くぎみや家ではそうだった。

 ヤックがジャガイモとミンチを均等になるように混ぜている間に、悠利は熱された油の中へとかき揚げを放り込む。じゅわっという音と、ぱちぱちという水分のはぜる音が響く。ヤックが驚いた顔をしている。何を作っているのかわからないのだろう。しかし悠利はそれを気にせずに、きつね色にこんがり揚がったかきあげを、仕切り網の付いたトレイの上に乗せた。調度良く油切りの出来そうなものがあって、大助かりだ。…流石に、キッチンペーパーの類は見当たらなかった。

 揚がったばかりのかきあげに、悠利はぱらぱらと塩を振った。野菜のかきあげは、天つゆで食べるのも美味だが、悠利個人の好みとしては、あっさり塩味がオススメだった。野菜の旨味がぐっと引き立つし、衣のぱりぱり感も味わえるので。小さな欠片を味見がてら食べてみると、衣の堅さも良い感じだった。


「……味見、する?」


 ボールの中身を混ぜる手が止まっているヤックに、悠利は苦笑しながら問いかけた。瞬間、凄い勢いで首を縦に振られて、笑いながら一つ差し出す。熱いよと注意されつつ口に頬張ったヤックは、熱さにはふはふしながらも、未知の味に目を白黒させていた。


「ユーリ、これ何!?サクサクしてて、めっちゃ美味い!ナニコレ!」

「かきあげって言うんだよ。今回は野菜が切れ端だったから、こうやって小麦粉と水で作った衣でつなぎ合わせて、油で揚げるの。お口に合った?」

「めちゃくちゃ美味いよ!あの野菜くずでこんな美味い料理が出来るなんて…!」

「あはは、ヤックは大げさだねぇ」


 凄い凄いと大喜びするヤックに苦笑しつつ、悠利は一旦コンロの火を止めた。揚げ物は、揚げたてが一番美味しい。ならば、味見で状態が確定したならば、次の調理に取りかからねばならない。サランラップはなかったので、布巾をかぶせてボールに蓋をすると、悠利はそれを丁寧に冷蔵庫にしまった。うっかり零してしまったら目も当てられない。


「それじゃヤック、一緒に成形してね」

「成形?」

「えーっと、形を整えるの。このジャガイモとミンチを混ぜたのを、こう、楕円形にしていってくれる?あんまり大きいと次の作業が面倒だし、壊れるから、掌に収まるぐらいかなぁ?」

「わかった」


 二人して丁寧に手を洗って、ジャガイモとミンチを混ぜたタネに向き合う。スプーンを一本用意して、それで交互にタネを取って、丸めていく。慣れていないヤックは不格好になるが、悠利にアドバイスを受けながら少しずつ綺麗な形に整えていく。これが何になるのかわからないのか、ヤックは首を捻りつつ形を整えている。…なお、ヤックの感覚では、これは既に食べられるんじゃないか?である。

 間違ってない。ミンチは既に下味を付けて炒めてあるし、ジャガイモはそもそも茹でてある。生ではないので、このまま食しても問題はない。だがしかし、それだとただの、肉入りマッシュポテトにすぎない。悠利が作りたいのはコロッケだ。理由は簡単。マッシュポテトでは主菜にならないが、コロッケは十分におかずとして主役を張れるからだ。

 そして、大きなトレイの上に、山のようにコロッケができあがった。二人で黙々と作っていたのだが、結構な量である。…まぁ、分量の大半がジャガイモなのだから、大量に作れて当然だ。ジャガイモはいっぱいある。

 悠利は、いつも家で作っていた三倍ぐらいの分量で作っていた。理由はただ一つ。ここにいるのは、健康で若い者ばかりだからだ。おそらく、胃袋もかなりのモノであろう。悠利は男子高校生の割に食が細かったが、育ち盛りの男子の胃袋のブラックホールっぷりは知っている。それを考慮して、実家にいるときの三倍にしたのだ。…これで足りたら良いなぁ、と思いながら。


「次は、衣を付けるからね。僕が小麦粉と卵を担当するから、ヤックはパン粉をお願い」

「衣…?」

「うん。小麦粉をまぶして、卵液にくぐらせて、最後にパン粉を付けて、それから油で揚げるんだよ。コロッケって言うんだ」

「へぇ、美味い?」

「…んー、個人的には、かきあげより食事が進むと思うよ」

「わかった!頑張る!」


 ヤックは物凄く現金だった。とはいえ、彼に罪はない。ヤックはまだ、育ち盛りなのだ。育ち盛りの少年が、先ほど食べた、とても野菜くずから作り出したとは思えなかった食べ物よりも、更に美味しいと言われては、張り切らないわけがない。

 そうして、ボールに小麦粉、卵、パン粉をそれぞれ入れたものが用意され、二人は黙々と衣を付ける作業を続けた。料理技能スキルのレベル50は伊達ではないらしく、悠利は片手で小麦粉、片手で卵と軽々と作業をこなす。ヤックは多少もたつきながらも、パン粉をまぶし、余分なパン粉を落とし、トレイに乗せていく。やがて、山のようなコロッケが二人の前に残った。


「それじゃ、とりあえず味見に一個揚げるね」


 笑顔で悠利がコロッケを揚げる。揚げ物なぞ自分でしたことのないヤックは、真剣な顔でその作業を見ている。真っ白だったパン粉が、徐々にきつね色になっていく。先ほどのかきあげよりも、色づきが良い。やがてできあがったそれを、悠利は油切りの網の上に乗せて、半分に割った。


「熱いけど、半分どうぞ」

「うん!」


 ご馳走を与えられた子供のように、ヤックはその揚げたてのコロッケを手にした。悠利もふーふーと冷ましながら囓る。味はわりと良かった。素材の味が良いのかも知れない。味付けは塩こしょうと軽くハーブのみのあっさりとしたものであった。それなのに、ジャガイモの甘みと肉の旨味、揚げたことによって加わった何ともいえない香ばしさによって、シンプルなコロッケは極上品になっていた。

 あと、やはり揚げ物は揚げたてが一番である。


「むっちゃ美味い!」

「それは良かった。これで、おかずになるかな?」

「なる、なるよ!ユーリすげぇ!」



 やっぱり彼は救世主だと、ヤックは熱々のコロッケを頬張りながら、悠利を見て嬉しそうに笑った。


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