余り物料理は主婦の知恵です。


 ヤックは、新入りだと言って現れた少年、悠利ゆうりに事情を説明した。半分泣きそうになりながら、である。

 《真紅の山猫スカーレット・リンクス》では、新入りが料理や風呂掃除を担当することになっている。勿論他の面々も持ち回りなのだが、見習いは料理当番が鉄則である。恐らくは、ダンジョンで限られた食材で生活をしなければならないことなどを踏まえての、最初の訓練なのだ。だがしかし、全ての新入りがそれを理解しているわけでは、ない。


「オイラは解ってるよ。食料って大事だもんな。今ある食料で、何とか頑張って料理をするのが基本だってことぐらい」

「うん。基本だね」

「一ヶ月に使える食費も限られてるし、何よりリーダーが、食材が残っているウチはそう簡単に補充はさせてくれないんだ。勿体ないからって」

「傷んじゃうし、使い切るのは基本だね」


 ヤックの発言に、悠利はうんうんとちゃんと頷いてくれる。訓練を経た先輩達ならともかく、身なりの良い服を着た新入りがそんな風に言ってくれることに、ヤックは感動した。唐突に現れた新入りだけれど、ヤックにしてみたら、今いるすぐ上の見習いである先輩達に比べて、よっぽど頼りになる相手だ。特に、色々ピンチな現状においては。

 何のことは無い。ヤックのように、そんなに豊かでは無い農村出身者ならともかく、王都やそれなりの街で育ったような面々は、食材に対する感謝が足りない。買えば良いと思っている。そして、料理の仕方などもしらないので、必然的に食材の使い方が荒いのだ。


「たっぷりあるのはさ、パンとジャガイモだけだよ。この二つは主食だからって、リーダーがいっぱい買ってくれるからね」

「あ、ジャガイモも主食扱いなんだ。ライスとかパスタとか無いの?」

「あるけど、そんなに使わないかな。パンは、近所のパン屋と契約してるらしくって、毎日人数分よりちょっと多いぐらいを届けてくれるんだよ」

「わー。毎日パン屋さんから直送かー。良いなー」


 現代日本で育った悠利にとって、それは結構夢のような状況だ。時間帯を合わせれば、毎日焼きたてのパンが食べられるということではないか。何という素晴らしい状況。なお、朝にまとめて届けられるらしいので、昼や夜は冷めたパンらしいが。それでも、その日に焼いたパンが美味であることに変わりは無い。何だかんだで晩ご飯が楽しみになってきた。


「で、月末になると食材が足りなくなるんだよね。…使い方が荒いから」

「…困るね」

「うん。困る。だから、月末が近くなると、オイラ、ジャガイモを蒸かして出すことにしてるんだ。ジャガイモはお腹ふくれるし」

「ジャガイモは万能食材だしね」

「万能食材?…いや、ジャガイモって、蒸かして食べるぐらいしか使い道ないだろ?」

「…え?」


 嘘んと悠利は思った。

 異世界で、ジャガイモさんの地位は物凄く低かったようだ。しかも、ヤックの口ぶりからすると、ただ蒸かしただけのものらしい。それは飽きるし美味しくないと思う、と悠利は思った。せめて、熱々の状態にバターでも乗っけなければ、美味ではあるまい。或いは、塩ゆでにするか。

 そんな風にきょとんとしている悠利を残して、ヤックは愚痴を続ける。いや、愚痴では無い。現状の説明だ。


「で、オイラはそうやって調整しようとするんだけど、先輩達は好き勝手に食材を使うんだ。しかも、オイラが作る度に蒸かし芋を出すもんだから、「お前他に料理出来ないのかよ」って言うんだよ…」

「…えーっと、ヤックくん?」

「オイラだって、オイラだって、材料があればちゃんと料理するよ!だけど、配分考えないで食材使いまくって、いつもいつもオイラが使うときには切れ端と欠片しか残してないくせに、どうしろって言うんだよ!」


 だすん、とヤックは台所の中央にある作業台を叩いた。殴ったとも言える。鬱憤がよほど溜まっていたらしい。よしよしと悠利はヤックの頭を撫でた。

 要約すれば、ヤックは真面目に食材の配分を考えて料理をしようとしているのだが、先輩達がそれを台無しにしてくれる。なのにその自覚は無くて、ヤックの料理にケチをつける。そして、月末でもある本日は、もはや食材が底を突いてしまい、どうやって夕飯を作れば良いのかが解らなくなった、らしい。

 なお、昼食は、その残り僅かな食材を好き勝手に使って、それなりのモノを作ったらしい。先輩達が。ヤックはその後の台所を見て、その惨状にがくりとうなだれた。食べるものが殆ど無いので。


「えーっと、とりあえず、何が残ってるのか確認して良い?手伝えるかもしれないし」

「ユーリ、料理出来るの?」

「素人の趣味程度だけどね。お客さんに出すのは無理でも、家族に出す料理とかなら、出来るよ」


 乙男オトメンはにこやかに笑った。喫茶店でアルバイトなどをしていたわけではないので、悠利の料理はあくまで家庭料理だ。ネットでレシピを見たり、テレビで見たものを再現する場合もあるが、大抵は主婦である母親から教わった料理である。いわゆる家庭の味。素朴で平凡な料理しか出来ないので、奇抜なものを求められたら困る。

 ヤックは、目を輝かせた。料理の出来る男はそんなにいない。訓練だから頑張っているだけで、先輩達もそんなに料理は得意じゃ無い。そんな中に現れた、料理が出来る新入り。どう考えても救世主だった。


「それじゃ、説明するよ」

「うん」

「残ってる野菜は、ジャガイモ以外だと、こんな感じ」

「…うわぁ。見事に残骸だねぇ」

「…うん」


 遠い目をして笑った悠利に対して、ヤックも同じような顔をした。そこにあったのは、皮を剥いたと言うよりも、中身を小さく削ったと表現した方が正しそうな、身が付きまくった野菜の皮。ごろごろと転がるそれらが、辛うじて残った野菜だとヤックは肩を落す。…気分は、ウサギの餌を見た感じだった。

 続いて冷蔵庫を開けて見せられたのは、肉。…否、肉だった何か。もとい、骨と、それにちょびちょびと付いている肉だった。お肉さんは殆ど残っていなかった。


「肉、昼に削いでいっぱい焼いててさ…」

「…そっかぁ」

「こんな骨とちょっとだけ残ってる身で、どうやって料理しろってんだよ」


 自分で言っていて哀しくなったのか、ヤックがえぐえぐと鼻水をすする。不憫である。ヤックは何も悪くないのに、とばっちりをもろに受けている。これが新入りの宿命だとしたら、あまりにも残酷すぎる。

 キョロキョロと悠利は周囲を見渡して、調味料や調理器具を確認する。水道とガスコンロは、ある。いや、コンロはガスではないようだが、火力調節っぽいつまみがついているので、使い方は似たようなものだろう。調味料は生憎と、塩、こしょう、醤油、ぐらいしか見当たらなかった。残念。

 冷蔵庫には卵と牛乳がたっぷりあった。この二つは使って良いのかと視線を向けたら、ヤックは笑顔で、というか、胸を張って答えた。


「牛乳と卵は、近所の牧場から毎日届けて貰ってるから、使って大丈夫だ!…だから、朝はほら、牛乳と卵とパンだったりするんだけど…」

「…あー。食材使い込まれると、他に出来ないもんね」


 それでも、今まで辛うじて何とかなっているのは、大量のジャガイモと、毎日届けられるパンと卵と牛乳のおかげだろう。本当はもっと野菜や肉が欲しいところだけれど、少なくともこれらがあれば、軽いモーニング的なものは用意できるはずだ。…おそらく、リーダーであるアリーのお情けというか、フォローなのだろうと悠利は思った。

 そして、悠利はヤックを見て笑った。これだけあれば、簡単なご飯なら何とか出来そうだと思ったのだ。使い切ったら買い出しに行って良いというなら、今日はコレで乗り切って、明日の朝は牛乳、卵、パンの簡単モーニングで堪え忍べば良い。そうしたら、明日には新鮮な食材を買いに行ける。


「それじゃ、晩ご飯の支度しようか。夕飯まであとどれくらい?」

「え?…個人差あるけど、だいだいあと3時間もしたら最初のヒトは来るかな」

「わかった。それじゃ、頑張ろう-」


 えいえいおーと気の抜ける声で告げる悠利に、ヤックは瞬きを繰り返す。ヤックには意味が解らなかった。だって、目の前にあるのは、全然料理に出来ないような食材ばっかりだ。これでどうやって料理を作るのか、さっぱりわからない。


「何人分作れば良いの?全員揃うの?」

「いや、揃わない。ダンジョンに出かけてるし。…今日の夕飯は、ユーリを入れて、11人かな?」

「そっか。それなら、何とか出来るかな。あんまり大量のご飯は作ったことないからさー」


 分量の把握が難しい、と悠利は笑った。その笑顔は、何も苦労を感じて居ない顔だった。ヤックは絶句した。食材は全然ないのに、こんな気楽にご飯を作ろうと笑う悠利の考えが読めないのだ。

 …なお、悠利はうきうきしていた。彼は乙男オトメンなので、乙男オトメンらしく、料理が大好きだった。ここは異世界で、彼はいきなり異世界転移を果たしているのだが、とりあえず住居と保護者は確保しているので、大好きな料理が出来る状況にうきうきだった。

 …………何度目になるか解らないが、言っておこう。悠利は暢気で楽観的な性格の持ち主である。


「ちょ、ちょっと、ユーリ!」

「うん?どうかした?」

「ほ、本当に、夕飯作れるの!?この材料で!?」

「これだけあれば、簡単な家庭料理ぐらいは出来るよ-」

「えぇええええ?!」


 驚愕の叫びを発するヤックを無視して、ユーリはパンが大量に入った籠から、おそらく数日前の分なのだろう、固くなった食パンを手に取った。一斤の食パンは結構固かった。焼いて食べても固いだろうなと思う食パンを手に、悠利はボールを取りだし、そして、おろし金をすちゃっと構えた。


「…ユーリ?」

「とりあえず、これ作るの手伝って。パンを切って、おろし金でボールの中にすり下ろすの」

「…う、うん」


 にこにこ笑顔の悠利に、ヤックはとりあえず頷いた。どうせ、自分では何も考えつかないのだ。それならば、何かやる気満々の新入りに任せてみようと思ったのだ。…お前が担当だろうと後で皆に怒られたら、食材がこれしかなかったんだ!と説明しようと思いながら。




 そんなわけでヤックは、悠利と並んで、黙々とパンをすり下ろし、パン粉を大量に作るのであった。



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