保護者が出来ました。


「それじゃ、詳しいことを話して貰おうか」


 目の前に置かれた水をちびちび飲みながら、悠利ゆうりはこくんと頷いた。

 ここは、クラン《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の住処である。王都ドラヘルンの外れ、冒険者達がたくさん住み着いている一角に、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の住処はある。今は引退して楽隠居な先代が購入した屋敷は、悠利の感覚で普通に豪邸であった。見た目が豪奢というか、サイズが豪邸なのだ。

 というか、印象としては合宿所に近いかも知れない。少なくとも、周囲の家よりは圧倒的に大きい。その理由も聞いた。普通、クランが同じだからと言って、一緒に住んだりはしないらしい。必要なときの集合場所だけあって、後はそれぞれが宿暮らしか下宿かなのだとか。けれど、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》は全員が同じ場所に住んでいる。これは実に珍しいことだ。

 ただし、理由はきちんとある。聞いて、悠利も納得はした。



 《真紅の山猫スカーレット・リンクス》は、トレジャーハンター養成所のようなものなのだ。



 この世界に学校はない。いや、あるにはあるが、貴族や金持ちが通うような、礼儀作法を身につける類の学校しかないのだ。その状態で、駆け出しの冒険者がどうなるかなど、想像に容易いだろう。必要な教育も受けず、ノリと勢いだけで突っ走りそうな若手は、絶対にすぐに死ぬ。特に、ダンジョンに潜るのが当たり前のトレジャーハンターなど、ぽこぽこ死ぬ。むしろ死なない方が珍しい。

 そんなわけで、それを憂えた先代が《真紅の山猫スカーレット・リンクス》を作り上げ、トレジャーハンターを目指す若手がここで修行をしているのだ。アリーとブルック、フラウの三人は、そんな新人の指導係らしい。他にもあと二人ほど指導係がいて、現在|真紅の山猫《スカーレット・リンクス》の総数は20人。これはクランとしては小さい方だ。

 そして、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》は、一人前になった者達がどんどん卒業していく。入れ替わり立ち替わり、新しいトレジャーハンターを目指す冒険者達がやってくる。そういう、養成所のような不思議なクランなのである。


 閑話休題。


「…僕の職業ジョブは、探求者です」

「…………は?」

「…すみません。騙すつもりはありましたけど、それは、その、…目立つの嫌だったんです」


 しょんぼりした風情で悠利が告げた言葉に、アリーは絶句した。せざるを得なかった。そんなことがあるのかと、目の前の気弱そうな少年を見ることしか出来ない。

 探求者は、伝説の職業ジョブだ。鑑定系の職業ジョブの者達にとっては、もはや憧れで伝説の存在だ。そしてソレは何も、鑑定士達だけの話では無い。神々より真実を見抜く眼を与えられた探求者は、この世界においては、神の代行者と呼ぶべき存在なのだ。


 それが、目の前の、この、気弱そうな少年?信じられるわけがなかった。


 だがしかし、嘘を言っているようには見えなかった。何より、真贋士であるアリーの鑑定をはね除ける相手が、普通であるワケが無い。…真贋師とは、鑑定系では現在、最上位と言われている職業ジョブなのだ。探求者の存在が確認されていない以上、そのすぐ下に位置づけられた真贋士が、鑑定系で最強と言われても無理は無い。

 だが、目の前に、探求者がいる。誰もが追い求め、けれど決して後天的にはその才を得ることが出来ない、生まれもっての超越者が。


「…お前が探求者なら、俺の職業ジョブ技能スキルも見えてるわけだな?言ってみろ」

「あ、はい。職業ジョブは真贋士。技能スキルは、【魔眼】レベルMAX。…ただし、半減と書かれています」

「…そこまで正確に見抜くたぁな。同じ真贋士でも半減まで見抜けるヤツぁそうそういねぇ。伊達に技能スキルレベルMAXじゃねぇからな」


 アリーは頭を抱えて呻いた。悠利が口にしたのは事実だ。アリーは【魔眼】と呼ばれる、鑑定系上位の技能スキルを保持している。早い話が、【神の瞳】の下位互換ともいえる。概ね似たような能力を持っているが、それでも全てが見えるわけではない。鑑定より上というだけだ。

 そしてアリーは、かつてダンジョンで負った傷により隻眼となり、その結果【魔眼】が半減した。とはいえ、半減した今でも技能スキルレベルはMAXなので、そこらの【魔眼】持ちの真贋士よりは腕は良い。そして、レベルMAXなので、アリーの【魔眼】が半減だと見抜ける者もいない。

 よもや、技能スキルが実際の瞳に依存しているなど、誰が思うものか。アリーとて、喪って初めて、自分の技能スキルが瞳に影響していると知ったのだ。…同じ【魔眼】持ち同士ならば、その虹彩が光の加減によって七色に変化するのを見ることが出来るが、一般人には普通の瞳に見える。その事実を、もっと重く受け止めるべきだったと、今ではアリーも思っているが。


「…お前、故郷でも探求者だってのは秘密か?」

「…言ってません。他に、料理や裁縫の技能スキルが高いので、そっちが趣味というか、メインというか…」

「わかった。探求者だってのは口にするな。だが、トラップを見抜いた以上、お前が鑑定系持ちだってのはバレてる。他人の技能スキルを吹聴するようなバカ共じゃねぇが、隠しきれるもんでもない。仕方ねぇから、鑑定士ってことにしとけ」

「…はい」


 こくんと悠利は頷いた。アリーとしては、本当は真贋士としておきたいぐらいだ。だが、悠利の瞳は普通なのだ。真贋士達は互いの眼の色を知っている。虹彩の変化の無い悠利が真贋士を名乗っても、説得力が無い。…いきなり無理矢理鑑定をするようなバカはいないだろうから、それで誤魔化すしかあるまい。そう思った。

 アリーは頭を抱えた。唸った。何でこんなことになった、とすら思った。ダンジョンから無事に戻れたのは有り難いことだし、吊り天井のトラップはアリーもうっかりしていて気づくのが遅れたのだから、悠利には感謝するべきだ。だがしかし、だがしかし、である。何でこんな面倒ごとを抱え込む羽目になったのか、アリーは神々に聞いてみたい気分だった。


「お前が祖国に戻れる目処が立つまでは、ウチにいろ」

「…?」

「国が違えば常識も違う。うっかり騙されて売られるぞ」

「それは嫌です。よろしくお願いします」


 ぺこりと悠利は素直に頭を下げた。この短期間の間で、悠利はアリーが信用できることを見抜いていた。ソレが技能スキルの効果なのかは彼にも解らない。けれど、アリーは口調が荒いだけで、ずっと悠利を案じてくれている。何だかんだで面倒見の良い兄貴分のようだったので。

 もしかして、運∞という能力値パラメータの影響かな?と考えもしたのだが、面倒だったので放棄した。自分で弄ったわけでもないステータスなど、どうにもできない。そもそも、元来の悠利は別に運が高いわけでもなかったのだ。何で異世界に来たら運の値が∞なのか、全然意味が解らない。

 一方のアリーは、突然増えた新入りにため息をついていた。技能スキルが規格外すぎるが、それ以外があまりにも素人過ぎた。ダンジョンにいる間に聞いたが、レベルは1。能力値パラメータもさして高くないと言われてしまえば、うかつにダンジョンに連れて行くのも困る。身の安全の為に、戦闘以外の方向でレベルを上げさせないとな、とアリーは思った。


 そして、悠利はしばらく《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に居候することになった。


 詳しい説明や役目内容は明日に、と言われて、アリーと別れた悠利は、アジトの中をうろうろ歩いていた。与えられた部屋は、学生寮みたいな雰囲気だった。ベッドと机とタンスがあるだけの、部屋だ。けれど、一人部屋だったので、プライバシーは護られる。生活に必要な小物の買い出しなどは、明日だと言われたので、大人しく頷いておいた。

 そして、間取りの確認をするというか、子供らしい好奇心で悠利はうろうろしていた。あと、小腹が空いたので、台所っぽい場所を探しているのも事実だった。好奇心は異世界に放り込まれたびっくりを凌駕していた。

 …やはり、悠利はマイペースである。

 悠利が新入りだという話は広まっているのか、出会う人出会う人、皆が親切に挨拶してくれて、色々教えてくれる。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》は人員の入れ替わりが激しいクランであるが、それゆえか、新入りにもフレンドリーである。ぼっち生活の長かった悠利にしてみれば、びっくりするぐらい快適な場所だった。だって、皆が優しい。

 この世界の文明レベルがどんな感じかはよく解らなかったのだが、上下水道は完備されているらしい。風呂に案内されたが、ちゃんと蛇口からお湯が出た。原理は悠利にはよくわからないが、火属性の魔石を使った装置がどうのという話であった。



 …鑑定すれば色々解るのだろうが、面倒だったので悠利はそんなことはしなかった。温かいお風呂に入れるという事実があれば良いのだ。



 洗濯機も存在するそうだ。ただ、悠利の知っているそれとは異なり、脱水は手動なのだとか。それでも、手洗いしなくて良いだけ十分だよねぇ、と悠利は思う。洗濯と脱水が別になっている洗濯機というと、昔に祖母宅で見た古い洗濯機を思い出す。見た目は全然違ったが、似たようなものかなと思った。



 …これも鑑定すれば色々解るのだろうが、やはり悠利は、気にしなかった。洗濯が楽に出来るという事実があれば、彼はそれで良いのだ。



 自室の掃除と自分の洗濯は個人でするが、全体の掃除や風呂掃除、食事の支度などは、新入りの仕事らしい。それ専門の人間などいないので、勿論他の面々も持ち回りでやっているのだが、基本的には新入りの仕事。まずは基本的な身の回りのことが出来るようになってから、トレジャーハンターとしての技術を仕込まれていくのだとか。…お寺の修行に似てるなぁ、と悠利は思った。


「…誰かいるの?」


 台所に近づいた悠利は、誰かのうなり声が聞こえて首を捻った。うなり声というか、困りきった声だ。何がそんなに困っているのか、うんうん唸っているのが聞こえて、好奇心でひょこっと顔を覗かせた。

 そこにいたのは、悠利よりもまだ幼い容貌の少年だった。普通に人間だ。茶色の髪に瞳、そばかすが浮いている。愛嬌のある顔立ちの少年だが、今は脂汗でも流しそうな勢いで唸っている。どうしたんだろうと不思議に思って、悠利は台所に足を踏み入れて、声をかけた。…困っているヒトを見捨てられないお人好しな部分は、悠利にもある。


「あの、何か困ってるんですか?」

「うわ?!だ、誰だ?!」

「あ、初めまして。僕、ユーリと言います。この度、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に居候することになりました」

「新入り?そっか。オイラ、ヤック。今のところ、ここで一番下っ端の見習いだよ」


 名乗った悠利に、ヤックはにかっと笑って手を差し出してきた。握手を求められていると気づいて、悠利はその手を握った。ぎゅっと力を込められて、ちょっと痛いと涙目になった。…どうやら、この世界の住人は、皆さん悠利より能力値パラメータが高いらしい。失礼になるのでステータスを確認したりなどはしないが。


「それで、何を唸ってたんですか?」

「…それがさぁ、オイラ、食事当番なんだけど…」


 しょんぼりとしたヤックに、悠利は首を傾げる。食事当番なら食事の用意をすれば良いだけでは無いのか。そう言いたかったのだが、ヤックの落ち込みっぷりを見ていると、何だかそんな事も言えなかった。




 まさか、この出会いが自分のポジションを決定づけることになるなんて、悠利は思いもしなかったのである。


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