保護者が出来ました。
「それじゃ、詳しいことを話して貰おうか」
目の前に置かれた水をちびちび飲みながら、
ここは、クラン《
というか、印象としては合宿所に近いかも知れない。少なくとも、周囲の家よりは圧倒的に大きい。その理由も聞いた。普通、クランが同じだからと言って、一緒に住んだりはしないらしい。必要なときの集合場所だけあって、後はそれぞれが宿暮らしか下宿かなのだとか。けれど、《
ただし、理由はきちんとある。聞いて、悠利も納得はした。
《
この世界に学校はない。いや、あるにはあるが、貴族や金持ちが通うような、礼儀作法を身につける類の学校しかないのだ。その状態で、駆け出しの冒険者がどうなるかなど、想像に容易いだろう。必要な教育も受けず、ノリと勢いだけで突っ走りそうな若手は、絶対にすぐに死ぬ。特に、ダンジョンに潜るのが当たり前のトレジャーハンターなど、ぽこぽこ死ぬ。むしろ死なない方が珍しい。
そんなわけで、それを憂えた先代が《
そして、《
閑話休題。
「…僕の
「…………は?」
「…すみません。騙すつもりはありましたけど、それは、その、…目立つの嫌だったんです」
しょんぼりした風情で悠利が告げた言葉に、アリーは絶句した。せざるを得なかった。そんなことがあるのかと、目の前の気弱そうな少年を見ることしか出来ない。
探求者は、伝説の
それが、目の前の、この、気弱そうな少年?信じられるわけがなかった。
だがしかし、嘘を言っているようには見えなかった。何より、真贋士であるアリーの鑑定をはね除ける相手が、普通であるワケが無い。…真贋師とは、鑑定系では現在、最上位と言われている
だが、目の前に、探求者がいる。誰もが追い求め、けれど決して後天的にはその才を得ることが出来ない、生まれもっての超越者が。
「…お前が探求者なら、俺の
「あ、はい。
「…そこまで正確に見抜くたぁな。同じ真贋士でも半減まで見抜けるヤツぁそうそういねぇ。伊達に
アリーは頭を抱えて呻いた。悠利が口にしたのは事実だ。アリーは【魔眼】と呼ばれる、鑑定系上位の
そしてアリーは、かつてダンジョンで負った傷により隻眼となり、その結果【魔眼】が半減した。とはいえ、半減した今でも
よもや、
「…お前、故郷でも探求者だってのは秘密か?」
「…言ってません。他に、料理や裁縫の
「わかった。探求者だってのは口にするな。だが、
「…はい」
こくんと悠利は頷いた。アリーとしては、本当は真贋士としておきたいぐらいだ。だが、悠利の瞳は普通なのだ。真贋士達は互いの眼の色を知っている。虹彩の変化の無い悠利が真贋士を名乗っても、説得力が無い。…いきなり無理矢理鑑定をするようなバカはいないだろうから、それで誤魔化すしかあるまい。そう思った。
アリーは頭を抱えた。唸った。何でこんなことになった、とすら思った。ダンジョンから無事に戻れたのは有り難いことだし、吊り天井の
「お前が祖国に戻れる目処が立つまでは、ウチにいろ」
「…?」
「国が違えば常識も違う。うっかり騙されて売られるぞ」
「それは嫌です。よろしくお願いします」
ぺこりと悠利は素直に頭を下げた。この短期間の間で、悠利はアリーが信用できることを見抜いていた。ソレが
もしかして、運∞という
一方のアリーは、突然増えた新入りにため息をついていた。
そして、悠利はしばらく《
詳しい説明や役目内容は明日に、と言われて、アリーと別れた悠利は、アジトの中をうろうろ歩いていた。与えられた部屋は、学生寮みたいな雰囲気だった。ベッドと机とタンスがあるだけの、部屋だ。けれど、一人部屋だったので、プライバシーは護られる。生活に必要な小物の買い出しなどは、明日だと言われたので、大人しく頷いておいた。
そして、間取りの確認をするというか、子供らしい好奇心で悠利はうろうろしていた。あと、小腹が空いたので、台所っぽい場所を探しているのも事実だった。好奇心は異世界に放り込まれたびっくりを凌駕していた。
…やはり、悠利はマイペースである。
悠利が新入りだという話は広まっているのか、出会う人出会う人、皆が親切に挨拶してくれて、色々教えてくれる。《
この世界の文明レベルがどんな感じかはよく解らなかったのだが、上下水道は完備されているらしい。風呂に案内されたが、ちゃんと蛇口からお湯が出た。原理は悠利にはよくわからないが、火属性の魔石を使った装置がどうのという話であった。
…鑑定すれば色々解るのだろうが、面倒だったので悠利はそんなことはしなかった。温かいお風呂に入れるという事実があれば良いのだ。
洗濯機も存在するそうだ。ただ、悠利の知っているそれとは異なり、脱水は手動なのだとか。それでも、手洗いしなくて良いだけ十分だよねぇ、と悠利は思う。洗濯と脱水が別になっている洗濯機というと、昔に祖母宅で見た古い洗濯機を思い出す。見た目は全然違ったが、似たようなものかなと思った。
…これも鑑定すれば色々解るのだろうが、やはり悠利は、気にしなかった。洗濯が楽に出来るという事実があれば、彼はそれで良いのだ。
自室の掃除と自分の洗濯は個人でするが、全体の掃除や風呂掃除、食事の支度などは、新入りの仕事らしい。それ専門の人間などいないので、勿論他の面々も持ち回りでやっているのだが、基本的には新入りの仕事。まずは基本的な身の回りのことが出来るようになってから、トレジャーハンターとしての技術を仕込まれていくのだとか。…お寺の修行に似てるなぁ、と悠利は思った。
「…誰かいるの?」
台所に近づいた悠利は、誰かのうなり声が聞こえて首を捻った。うなり声というか、困りきった声だ。何がそんなに困っているのか、うんうん唸っているのが聞こえて、好奇心でひょこっと顔を覗かせた。
そこにいたのは、悠利よりもまだ幼い容貌の少年だった。普通に人間だ。茶色の髪に瞳、そばかすが浮いている。愛嬌のある顔立ちの少年だが、今は脂汗でも流しそうな勢いで唸っている。どうしたんだろうと不思議に思って、悠利は台所に足を踏み入れて、声をかけた。…困っているヒトを見捨てられないお人好しな部分は、悠利にもある。
「あの、何か困ってるんですか?」
「うわ?!だ、誰だ?!」
「あ、初めまして。僕、ユーリと言います。この度、《
「新入り?そっか。オイラ、ヤック。今のところ、ここで一番下っ端の見習いだよ」
名乗った悠利に、ヤックはにかっと笑って手を差し出してきた。握手を求められていると気づいて、悠利はその手を握った。ぎゅっと力を込められて、ちょっと痛いと涙目になった。…どうやら、この世界の住人は、皆さん悠利より
「それで、何を唸ってたんですか?」
「…それがさぁ、オイラ、食事当番なんだけど…」
しょんぼりとしたヤックに、悠利は首を傾げる。食事当番なら食事の用意をすれば良いだけでは無いのか。そう言いたかったのだが、ヤックの落ち込みっぷりを見ていると、何だかそんな事も言えなかった。
まさか、この出会いが自分のポジションを決定づけることになるなんて、悠利は思いもしなかったのである。
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