第1章 それは満月の夜だった

午前6時。


耳元の目覚まし時計が鳴り、横田啓介は目を覚ました。


鳴り止まない時計を睨みつけながら、ゆっくりとベッドから起き上がった。


冷蔵庫を開け、買ってきたコンビニのおにぎりを一つ手に取り、テレビをつけた。



朝食を済ませ、スーツに着替えて出社の準備をする。


通勤には片道1時間ほどかかる。

最寄りの駅に着くと、通勤ラッシュのためサラリーマンの姿が多く見られる。

すれ違う人と肩をぶつけながら、電車に乗り込む。


会社の最寄駅に着き、駅のコンコースの中にあるコンビニに立ち寄る。


帰りに買うビールの目星をつけておく。


「お!横田じゃん!おはよう!」


コンビニを出てすぐ、声をかけられた。


同じ会社の同期、島崎浩一だ。

啓介とは同じS大法学部だった。

就職氷河期と言われた年に同期として入社した。社内で唯一啓介の学生時代を知っている男だ。現在は、総務部に所属しており、次期係長候補の一人である。


「最近どうよ?ノルマ、達成してる?」


朝から一番振られたくない質問をされ、無意識にため息が出る。


「そっか、、人それぞれペースってもんがあるし、、まぁ、頑張れよ!な!」


と啓介の肩を叩いた。


会社に着き、島崎と別れ、営業部のフロアに向かう。


エレベーターを降りると、まず目につくのは「2017年上半期 ノルマ統計」と書かれたポスターだ。


そのポスターをなるべく見ないように、自分の席へつく。


勤務開始の社内放送と、朝礼が終わり、啓介は取引先へ向かう準備をする。


そこへ、営業部長の山中健三がやって来た。


「おー横田くん。ちょっといいかね。」


準備していた手を止め、部長の顔を見る。


「今月はまだノルマ達成していないみたいだけど、頑張ってね!君には期待してるんだから〜」


本当のような嘘のような、どちらともつかない表情で言った。


「はい。」


力弱く返事をした。


大量のパンフレットや、試供品を持って会社を出る。


どれだけの人に会っても減らない荷物。

額から汗が流れるだけだった。


帰社すると、周りの視線が一段と冷たい。


「ま、明日頑張ればいいよ!」


感情のこもっていない声のトーンで、同僚がささやく。



退社時間になり、早々と会社を後にする。


駅のコンビニで、目星をつけていた缶ビールを二本とつまみを買い、電車に乗り込む。


家の最寄駅を降り、家とは逆方向の公園へ向かう。



その公園は、小さく、ブランコと滑り台があるだけの小さな公園だ。公園の真ん中には桜の木があり、桜の季節になると花見客で賑わう。


啓介日、桜の木の下のベンチに腰掛けた。


大きなため息をつきながら、缶ビールを開け、一気に飲み干した。


その夜は、大きな満月が出ていた。



すると、突然。


ゴソゴソとビニール袋の擦れる音が聞こえた。


驚いて、後ろを振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。


その女性は泣いていた。


「あの、、そこ、、、座ってもいいですか??」


涙を流しながら、そう言うと、女性は啓介が返事をするよりも早く、啓介と同じベンチに腰掛けた。


その女性の横顔が月明かりに照らされ、頬を伝う涙がキラリと光った。

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