時間と密度と距離のカンケイ 5
夜になってから、今度はみんなで空き家へ向かった。今回は透さんは運転手だけということで、駐車場に停めた車の中で待っているそうだ。来る前に誠史郎さんと何か相談していた。
「怖かったら、みさきちゃんもここで待っててええで」
透さんは満面の笑みで助手席を指差す。
「みさき、行くぞ」
聞こえないフリの眞澄くんに肩をポンと叩かれた。私は運転席の透さんに会釈してからみんなについていく。彼は特に気にした風もなく、笑顔でヒラヒラと手を振ってくれた。
人気ひとけがないので灯りも少なく感じる。
「……行きますよ」
誠史郎さんの声にみんな頷いて、すぐに応戦できるよう用意した。
あれだけ気配を消すのがうまいとなると、かなり強い可能性がある。
だけど妖怪に
唾液を飲み込むのと同時にドアが開かれ、静かに迅速に中へ飛び込んだ。先頭にいた裕翔くんが家の中を照らす灯りになる札を壁に貼ると、廊下の突き当たりに長い黒髪の女性がひとり立っているのがわかる。
「……昼間の者たちか」
肩から大きく落ちた鮮やかな紅地に菊柄の着物からは、白いデコルテどころか胸まで見えてしまいそうだ。
黒目がちな双眸が裕翔くんを捉える。
「多くのおなごを泣かせている眷属というのは、そなたか?」
みんながぎょっとして裕翔くんを見る。当の裕翔くんはきょとんとしている。
「先刻もその娘をたぶらかしておっただろう?」
「あ、あれは私が虫を怖がったからで……」
私が半歩進もうとすると誠史郎さんと眞澄くんに腕を掴まれ止められる。
「だが確かに、あやつに伝えられたのはそなたの特徴であったぞ?」
「何か誤解があるかと……」
淳くんがくちばしを容れると、女郎蜘蛛さんの目は琥珀色の王子様を睨みつけた。
「では、実はそなたなのか!?聞いていたのとずいぶん違うが」
視線の鋭さと迫力に淳くんも圧倒されてしまう。
「ここにはそんなコトしてるヤツはいないぜ」
「そうですね。ここにはいませんね。彼は眷属でもありませんし」
眞澄くんに同意した誠史郎さんがしれっと、ちょっとした風評被害なことを口にした。そう思ったけれど、余計なことは言わないでおく。同時に、こうなったときにややこしいから透さんは待機してもらったのかと納得する。
「なん……じゃと?」
露出の多い和装美人は大げさなぐらい狼狽える。
女郎蜘蛛は婚約していた男性に裏切られた美しい女性が妖怪となったものだと言われているので、女の敵を許せないのかもしれない。
「あやつは確かに……」
ひとりでぶつぶつ言いながら真剣に悩んでいるみたいだ。なんとなく悪い人ではなさそうに感じた。
「あの、あやつって……」
女郎蜘蛛さんの目がカッと見開かれて、私の方へ向く。
「あやつはあやつじゃ!妾わらわにここを提供してくれたのじゃ!」
妖怪にも不動産屋さんみたいなのがいるらしい。だけど名前も知らない相手なのだろうか。
「名前も名乗らないヤツを信用したのかよ?」
「同じ人の生き血をすする者だが、種族が違う。名など知ったところで、この先関わることもない」
帯に差していた扇子を広げて艶やかな仕草で口元を隠す。うっとりする素敵な光景だけど、要は名前も聞いていないということみたいだ。
「安住の地を提供したのは貴方を利用するためだと思いますよ」
あきれたような誠史郎さんの声音に、女郎蜘蛛さんはぎりっと奥歯を噛み締めるような表情になった。
「そなたたちも名乗っていないであろう!」
裕翔くんがおもむろに一歩前へ進んだ。
「教えたらコッチの話も聞いてくれる?」
「……よかろう」
ゆっくりと首を縦に振る彼女は、こちらを値踏みするように目を眇める。そして再び扇子で顔の下半分を隠した。
女郎蜘蛛さんの返答に頷くと、裕翔は足を開いて胸を張る。
「オレは、
「そのようなことはしておらぬ。ここで待っておれば、妾がエサにしても良い男が来ると吸血鬼の男に言われたのじゃ。眷属だからうまくはないかもしれないとも言っておった」
こんなに素直に教えてくれるなんて、やっぱりこのひとは怖い妖怪ではなさそうだ。ただ女郎蜘蛛も人間の男性の血を好む種族なので、この辺りに住みつかれるのは困る。
「まだこちらへ来てから日が浅いのでな。勝手がわからず困っていたところを親切にしてもらった」
義理堅い性格みたいだ。そこにつけこまれてしまったのだろう。
「悪いことは言いません。元の世界にお帰りになられた方がよろしいですよ」
「非道な男をこらしめるのが妾の仕事なのじゃ。まだことを成しておらぬ」
得意げに微笑まれて、私はどうしたものかと視線をさ迷わせた。女郎蜘蛛さんの言うような悪人がいたとしても、真堂家の立場からすると、その人を血祭りにあげさせるわけにはいかない。
「その吸血鬼の方が、おねーさんをダマしてよっぽど悪いヤツだよ。オレたちを戦わせようとしたんだから」
「そいつの顔とか特徴、覚えてないのか?俺たちで取っ捕まえて、どっちが本当のことを話してるかあんたに教える」
血気盛んな裕翔くんと眞澄くんは、犯人探しするつもりみたいだ。確かにうやむやにはしたくない。
「……そうじゃのう。そこまで言うのであれば、どちらが真実を語っておるのか、明らかにせねばなるまい」
「それで、どんなヤツなの?」
「着物を着た若い男であった。なかなか綺麗な顔立ちをしておったぞ。ああ、そう言えば、人間の男を連れているようであったな。血の香りがしておった」
人間の男性を連れている吸血鬼なんて、そうそういるものじゃない。
だけど、彼らがそんなことをするとは思えない。
裕翔くんも同じことを考えたみたいで困惑したようにこちらを振り向いた。
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